《完》[ToV]愛する貴方に   作:つきしろ

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第19話

 

 夜駆け鼠はギルド間の重要な荷物運搬を請け負う大手ギルドである。こんな噂が流れているのは最早日常。

 

「お婆さん、この荷物はここでいい?」

 

 本日も本日。夜駆け鼠は老夫婦の引っ越しを手伝っていた。荷馬車の手配に道中の安全確保、そして荷解きまで。荷解きは依頼内容ではないが、重い荷物もある引っ越し。老夫婦だけでは荷が重いと思ったイチトシの提案だった。

 

 料金は変わらず、これから贔屓にしてもらうという口約束で追加案件として荷解きを手伝い、日が落ちてようやく完了した。

 

 イチトシの笑みを向けられた老婦は柔らかく笑みを返す。

 

「ええ、ありがとうね。助かったわ。今、お茶を淹れるわね」

 

 終わったー。と、間延びする声を出すのは夜駆け鼠の新人たち。

 

 噂が独り歩きするにつれ、夜駆け鼠はある程度の規模を持つことを迫られ嫌々ながら、構成員を増やした。幸運にも気のいい連中ばかりでジイとカレンに叱られながらも夜駆け鼠で立派に働いている。

 

 ジイが言うには、将来有望で夜駆け鼠に居るのがもったいない、だそうだ。イチトシはいつかのジイの困り顔を思い出して笑った。首領としては失礼な言葉を吐きつけられたとも言えるが、たしかにそのとおりだ。

 

 私情で立てたギルドなのだから。

 

「イチトシさんは綺麗ねえ?」

 

 不意に老婦が笑う。

 

「そう、ですか?」

 

「ええ、でもなんだか悲しそう。貴女を癒やしてくれる人が近くに居ないのね」

 

 自分の人生の倍以上も生きると勘も鋭くなるのだろうか。

 

 答えを濁すように笑うと老婦が謝る。貴方の気持ちを考えていなかったわ。老婦の言葉にイチトシは無言で首を振った。別に気にするようなことでもない。

 

 何より、間違っていないことだから。

 

 イチトシの言葉に周りの新人たちが沸き立った。

 

 元々はいい人が居たんですか。

 

 新人たちに囲まれるも、イチトシは自分のペースを崩さずにやんわりと話題をかわす。

 

「イチトシ様、お時間です」

 

 ジイの声にイチトシは立ち上がり、老婦へと深く頭を下げる。この度はご依頼ありがとうございました、又の機会が有りましたら是非夜駆け鼠をご贔屓に。

 

 定型文を読み上げた彼女に老婦もまた立ち上がり、礼を返す。今回はどうもありがとう、とても親切で助かったわ。またお願いするわね。

 

 ジイも軽く頭を下げ、本当に依頼は終了する。

 

 

 報酬はジイが管理し、皆の報酬へと当てられる。働いたものへ相応の報酬。それが夜駆け鼠に入ったものへ首領が用意できる最低限の物。

 

 だが夜駆け鼠へ入った者は皆、辞めようとは口にしなかった。高待遇、とまでは言えないが、夜駆け鼠の居心地はとても良い。拠点は清潔で大きく、管理が行き届いている。困ったことはすぐに共有され、改善策が立てられる。

 

 荒くれ者の集まりと言われるギルドとは思えない程に徹底された拠点。家事炊事はその時々の担当制で雑に担当をすると首領または幹部の二人に怒られる。苦手でも丁寧に仕事をすると、褒められる。給金も上がっている(ように)感じる。

 

 まるで、親に手伝えと言われていた子供の頃のようだ。誰かがそう言うと構成員たちは皆首を縦に振った。だが不思議と嫌な気はしなかった。

 

「首領ー、各方面から定例報告来てますよー。特に大きい動き無さそうっすけど、そろそろハルルの結界が弱る頃だーって」

 

「ハルルに何人か常駐させてるでしょ?」

 

「あー、そうっすね。そうでした。そういや、カレンさんも今アッチに居るんすね」

 

「カレンも居るなら大丈夫」

 

 報告書はいつもの棚の中。ん、了解す。

 

 少々ふざけた口調だが、彼もまた優秀な夜駆け鼠構成員の一人。何枚かの報告書をひらひらと振りながらイチトシの執務室に幾つかある棚の中に報告書をしまう。

 

「最近カレンさん遠征多いっすね」

 

 不意に顔を上げてふざけた口調の男はへらりと笑った。

 

「うん、彼自身の望みだからね。色々見てきたいんだって」

 

「へえ、たしかにそういうのも良いすね。んー、俺、てっきりカレンさんはイチトシさんのこと狙ってっかと」

 

「あはは、それはないよ」

 

「案外、有り得ると思うんすけど」

 

 まあ当の本人がこの調子ならどれだけカレンが思っていたとしても、その望みが叶う可能性は低そうだ。彼は小さく笑った。好敵手は、少ないほうが良い。

 

 彼は新参者の多い夜駆け鼠の中では古株といえる者だった。元々は情報収集を専門とするギルドに所属しており、夜駆け鼠というギルドの情報を集めようとしていた。

 

 だが、拠点に潜入した彼が出会ったのはジイと呼ばれるギルドの幹部だった。ジイは笑顔で彼を出迎え、茶を出した。情報収集ならば直接首領に話を聞けばいいと、首領もその場に呼んで。

 

 一言で言えば彼の一目惚れだった。

 

 何に惹かれたのかは分からないが、彼はイチトシを慕い、すぐに所属ギルドを抜けて夜駆け鼠にやってきた。ケジメはつけた、と言って。

 

 それからは今のように、首領の書類仕事やジイの情報収集を手伝っている。カイ、と名乗る彼は元々情報収集のギルドに所属していたことも有り情報収集能力に長け、潜入などを得意とする。

 

 ただの運び屋に潜入は要らないだろう。かつてイチトシはそう言って彼を笑った。

 

「カイくん」

 

「ん、なんすか。またなにか欲しい物でも?」

 

「ああいや、違うよ。君に話があるんだ。ジイと三人で話す時間はあるかい?」

 

 椅子から立ち上がった彼女はいつものやわらかな笑みではなく、いつになく真剣な顔をしていた。見たことのない彼女の表情にカイは気圧され、いつものふざけた表情を消した。

 

「気負う必要はない。ただ、君には話を聞かないという選択肢もあることを忘れないで。いつもの酒場にいるよ」

 

 そんな言い方をされて気負わない人間が居るのか。軽く片手を振った彼女が居なくなるのを見送ってからカイは一人、笑った。

 

「とりあえずこれで第一段階はクリア、かな」

 

 がりがりと後頭部を引っ掻いてゆっくりと歩を進める。

 

 夜駆け鼠が助けたという男が経営する、酒場へ。

 

(2016/01/30 15:07:56)


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