《完》[ToV]愛する貴方に   作:つきしろ

15 / 48
第15話

 

 ドンは事ある度にイチトシを手元に呼んだ。用事は様々で仕事として何かを運んで欲しいと頼んだり、天を射る矢の新顔を紹介したり、新興ギルドの情報を渡したり。

 

 ありがたいことでは有るが、イチトシには不思議で仕方ない。

 

 彼らギルドの憎む貴族であった自分を応援するような行動が。けれどそれを聞いたとしてもドンは笑うだけだ。面白そうだから、と。

 

 今日も今日とてドンは用件も伝えずイチトシだけを手元に呼んだ。

 

「こんばんは、ドン」

 

「存外上手く続いてんじゃねえか」

 

「おかげさまで。今日は何用ですか?」

 

 ドン専用の椅子に深く腰掛けた彼が大きく笑う。今日は随分と機嫌がいいようだ。深く聞いて機嫌を損ねる必要はないだろう。

 

 椅子から距離をおいた場所に立ってどのくらいだろうか。

 

 ガチャリ。ノックがされること無く彼女たちのいる部屋の扉が開く。ギルドの長ともいえるドンの部屋に声掛けもなく入ってこれる人が居るのか。イチトシは無表情のまま背後を振り返り、一瞬だけ、息をすることを忘れた。

 

 紫の羽織を着た、中年の男がそこには居た。

 

 黒い髪に翡翠の瞳。男にしては長い髪は背中側でまとめている。髭も整えていない姿はどこか遊び人のような雰囲気を思わせる。

 

「おうレイヴン、遅かったじゃねえか」

 

 レイヴン。そう呼ばれた男はイチトシを見て彼女同様に驚き、けれどもすぐに我に返り、イチトシの向こう側にいるドンへと笑いかけた。

 

「もー、じいさんの人使いが荒いだけでしょ。ほらこれ。頼まれてた書類」

 

 イチトシの隣を通ったレイヴンは手に持った筒をドンへと渡し、その斜め後ろへと並んだ。

 

 イチトシはゆっくりと振り返り、説明を求めるようにドンを見た。

 

「レイヴンって――」

 

「そう、てめえが名付けた鼠だ。天を射る矢の新入りでな、気に食わねえことは多いが融通は訊く」

 

「……ドンが名前をあげたってことは、ドンを狙ってきた人?」

 

「よく分かってんじゃねえか」

 

「二回目だよ? 流石に私でも気づきます」

 

 驚きに驚きを重ねるレイヴンを置き、イチトシは笑みを浮かべた。

 

「紹介するってことはお気に入りなんですね。初めまして、未来の天を射る矢幹部、レイヴンさん」

 

 レイヴンは笑みを向けられ、ぎこちなく片手を振った。

 

 よろしくね、美人さん。

 

 そして次の瞬間レイヴンは背後からドンヘと話しかけた。この美人さんは誰? 俺様紹介されてないけど。

 

 自分中心のその考え方こそ遊び人の雰囲気を作り出していて、イチトシは自分から視線を外す彼をじっと見ていた。へらりへらりと笑う彼は掴み所がないというよりどこか浮ついている。

 

 掴んだとしても消えるような。

 

「コイツは夜駆け鼠の首領だ」

 

 不意にドンが発したイチトシの紹介にレイヴンは動きを固めた。

 

「……は?」

 

 ようやく発することが出来た言葉もその程度。新興ギルドの首領であることがそんなに驚くことなのだろうか。イチトシは首を傾げる。

 

「――いやいやいやいや、それはないでしょ。だって夜駆け鼠ってすご腕の集まりって」

 

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

 イチトシの言葉にレイヴンはまたも動きを止める。彼女の言葉は、まるで。

 

 その時、ドンの部屋の扉が叩かれる。何の用だ、とドンが声を上げると扉の向こうにいる人が「夜駆け鼠の人がお会いしたいと」と応えた。その言葉にイチトシがああ、と笑みを浮かべる。

 

「使いに出しているジイが戻ってきたのでしょう」

 

「ああ、てめえの迎えか。今度は何を盗ってきたんだ」

 

「騎士団のリストです。人魔戦争に参加した騎士のリスト、あとはそれを証明するようなものがあれば、と頼んでいました」

 

 固まったままのレイヴンを置いて、部屋の扉が開かれる。

 

 白い髪にギルドとは似つかわしくない正装のような服。紫の瞳はイチトシを見ると安堵したように細められ、ドンの隣に立つレイヴンを見て鋭く変わる。

 

 まるで"敵対"するような瞳にレイヴンは無意識に息を潜めた。

 

「では、ドン。私はこれにて。レイヴンさん、これから関わることが有りましたらよろしくお願い致します」

 

 いまだレイヴンを睨むジイの片手を引っ張り歩き始めれば、彼の視線はレイヴンから離れる。

 

 二人が部屋から完全に見えなくなってレイヴンは溜息をついた。

 

 大きく、安堵するように。

 

「なんだ、知り合いだったのか」

 

「違うっての。俺様も何であんなに嫌われてるのか……」

 

「はっ、奴が理由もなく人を嫌うか。有り得ねえな。まあ良い、これから夜駆け鼠と関わることも増えるだろ。妙な今年でかすんじゃねえぞ」

 

 後のことは任せる。

 

 ドンすら居なくなった一人だけの部屋でレイヴンは片手を首元に添えた。

 

「いろいろ、わけ分かんないわ」

 

 ドンの言うとおり、夜駆け鼠との関わりが増えたレイヴンは彼らに会う度にイチトシ以外の二人に敵対の強い視線をもらうことになり、会う度に精神をすり減らされた。

 

 イチトシはそんな様子もいつもの笑みで見つめていた。

 

(2015/12/28 14:10:15)


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。