最初は手広く何でも屋として動くのが良いだろう。でなければ依頼も何もやってこない。ある程度の信用が出来て依頼が直接来るようになったら自分たちのやりたいことをやればいい。
ユニオンの人にそう助言を受けて、数ヶ月。
イチトシの発足したギルド【夜駆け鼠(ナイラット)】は何でも屋ギルドとして名を売り、知る人ぞ知っているギルドとなった。規模は相変わらず小さく、十人ほどで活動しているとも、五人ほどで活動しているとも言われている。
実際、そのメンバーは未だ三人を中心としている。便宜上何人か増えたりはしたが、首領である彼女が信頼するのは二人だけだ。
夜駆け鼠の主な仕事は荷物の運搬となっている。ギルドの構成人数が少なく、依頼をすることは難しいが確実かつ丁寧に仕事をこなす姿は口コミで広まった。依頼人の中には大金を支払ってでも夜駆け鼠に仕事を頼みたいという人も居るほどだ。
もっとも、彼らが仕事を受けるかどうかは別の話。
「首領、なんか、聞いたこと無いギルドの首領が挨拶に来てますよ」
やる気なく語尾を伸ばすのはカレンだ。
「……私、そんな挨拶されるような人じゃないよ?」
思わず報告書を取り落としそうになりながらやわらかな口調で返すのは夜駆け鼠の首領、イチトシ。貴族であった時もよく着ていた動きやすさを重視した軽装を着ている。
もう一人、彼女の部下であるジイは現在単独で依頼遂行中である。
拠点としている建物には現在、イチトシとカレンだけが居る。
カレンは謙遜しているような首領の言葉に苦笑し、言葉を続けた。
海凶の爪、というギルドの首領が挨拶に来ている。本人が言うには暗殺ギルドの首領をしているらしいが、どうにも信用出来ない顔をする男だ。
通しても良いか。
彼の言葉にイチトシは頷いた。どんな仕事だとしてもギルド仲間だということに変わりはないから。
そうして通されてきた青い髪の男はイチトシの前、部屋の入口で大きく頭を下げる。
その髪色に、その顔に、覚えがあった。けれどそれは喪ったはずのモノ。
「君は――」
「今は海凶の爪、イエガーと」
「……そう。イエガーさん、じゃあ、初めましてと言った方が良いですか?」
「いえ、今はどうか。以前のまま……」
客間の椅子を勧めると気を利かせたカレンが紅茶を入れてくる。
「彼を探しているのですか?」
イエガーの言葉に、イチトシは思わず笑った。
「そんなに有名? そうだよ、彼が死んだならその確実な証拠を探しているんだ」
「私の証言だけでは足りない、ということですか」
「足りないね。それに、今の君の言葉を信用出来ない」
「……貴女は何もかも知っているようだ」
困ったように笑うイエガーは目を伏せがちにすると場をごまかすように紅茶を飲んだ。
貴族ではなく、ギルドとしての生活はどうですか。イエガーの言葉にイチトシはううん、と言葉を詰まらせる。やはり長い間貴族として生きていたからこうして足を動かして働くのは慣れないよ。そうですか、ならば貴族に戻ったら良いのでは。
イエガーの本題はどうやら、今話していることらしい。
真顔になった彼は畳み掛けるように言葉を続ける。
貴族である必要はあっても、ギルドである必要はない。情報を集めるだけであれば貴族の立場を利用したほうが早く集まるであろうこと。イチトシにとって利点となり得、ギルドでいることの不利益。
ギルドから遠ざける言葉にイチトシも表情から笑みを消す。
「君は、彼の下についたのか。だけど、残念ながら私はギルドで動くと決めた」
「……残念です。敵対する可能性も有り得る、有り得てしまう」
「そう、じゃあ敵対する前に聞かせて。彼は死んだのかな?」
「死んだ、とも、生きている、とも」
「うん、そう。ありがとう」
彼女が浮かべたのは笑顔。もういいよ、と言われている。
用はない、と。
イエガーは紅茶を飲み干し、再度深く頭を下げた。
これでさよならデース。
ふざけたような口調に大袈裟な動作。取ってつけたそれに、イチトシは片手を振った。さようなら。
もう二度と、会わないように。
イエガーの居なくなった拠点でイチトシは一枚の書類を机の中へとしまい込む。
「あれ、誰なんすか?」
「元騎士だよ。彼と同じ隊にいてね。彼と知り合う前に何度か会っていたんだ。彼と同じ場所に向かった一人だよ。あとは、そう。今噂の隊長さんくらいだね」
「ああ、あのシュヴァーンっていう」
「そう。無名から一気に英雄となった平民出の騎士。おかしなことにね、私の記憶にその名前はない。……人魔戦争へ向かった騎士のリストが欲しいところだね」
机の上の書類をまとめて留めてからファイルへとまとめてしまいこむ。
「騎士団に潜入しますか?」
「いや、必要ないよ。少なくとも今はまだね。それはジイを含めて話をしなければいけないし」
「俺は、そんなに頼りないですか?」
「ふふ、違うよ。君たちは特性が違うから役に立てる場所が違うだけ。ジイは冷静で常に客観視ができるから意見は欲しいだけ」
良い年をしたカレンの頭を撫でてやる。
さて、それよりも。
イチトシはペンを取り出して手元のメモに文字を書きつける。
脈絡のない子供のラクガキのようなそれをカレンに渡す。これはギルド内にだけ通じる言葉、暗号。
「頼むよ」
「……はい、いってきます。ご両親へは?」
「要らない。あの方々とは縁を切ったから」
表情に一欠片の悲しみも出さない。
カレンは自分の懐に手紙をしまい、拠点を後にした。
最後に一人、残されたイチトシはため息を付いた。
「イエガーか……。私と同じ、なのか。けれど私は」
言葉が続かない。同じだけど、何なのか。
イチトシは引き出しの中へ落とした書類を再度机の上に出した。
覚えている限りの騎士の名前。"彼"が目をつけていた小隊に属していた騎士の名前が多い。キャナリを筆頭にヒスーム、ソムラス。あの子の名前も、もちろんここにある。
懐かしい名前を指先でなぞる。
彼を長く忘れたことは無い。過去を振り返る度に思い出す。目的を想う度に思い出す。
――彼は、死んだ。
そう告げたあの人の表情が不可思議すぎて信じられなかった。
まるで告げたくないと。
高い目標と強い意志を持っているあの人がそんな表情でそれだけを告げるわけがない。そう思った。だから、情報が欲しかった。
彼がとんでもない姿で死んだのであればその情報を、生きているのであれば――再び、共に。
(2015/12/12 21:46:47)