《完》[ToV]愛する貴方に   作:つきしろ

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第13話

 

 帝都に帰った彼女を待っていたのは不機嫌極まりない表情をした自分の使用人たちだった。カレンは腕を組んで仁王立ち、ジイは眉間にしわを寄せて姿勢よく立っている。

 

 ああ、心配をかけたんだな。そう思って笑うとカレンが何かを言おうと口を開き、そして閉じた。

 

 

「おかえりなさいませ」

 

 

 ジイの一言。カレンは大きくため息を付いて同じように彼女の帰りを迎えた。

 

 ただいま、と言おうとした。

 

 けれど彼女は言葉を変えた。ありがとう、そう言って旅用の荷物をカレンへと渡した。荷物に括りつけられた武器の幾つかを見てカレンは一瞬動きを止める。

 

 目敏くそれを見つけるのはいつだってジイだ。

 

 

「何を考えていらっしゃるのですか。……もう、よろしいのですか」

 

 

 ジイの言葉にイチトシは封筒を取り出した。

 

 中には二枚の紙。一枚は宣誓書、そしてもう一枚が許可証。ギルドとしてギルドの掟を守ることを誓う宣誓書、ユニオンの一員としてユニオンの掟を守る限りユニオンの一員として認める、許可証。

 

 カレンは驚きジイはわずかに、ほんのわずかに笑った。

 

 

「貴方の決めたことであれば。ご両親には書を飛ばしましょう。カレンは武器と衣装の用意、悲しいですが、イチトシ様の服と武器は問題無いでしょう」

 

 

 どちらかと言えば問題は自分の服か。

 

 考え込むジイに笑う。

 

 ああ、やっぱりジイは言うとおりにしてくれるのか。そして、カレンはやっぱり反対する。貴族で安全な生活を遅れるというのに何故それを捨てる意味が分からない。楽しく生きていけるというのに何故それを捨てるのか。

 

 

「彼を探す。彼の遺体、共に戦った者、何でも良い。見つけるんだ」

 

 

 だがカレンも、彼女の言葉に口をつぐんでしまう。

 

 彼女の表情に、覚えがある。

 

 まだ出会ったばかりの頃の彼女と同じだ。もう何年も見ないままで居ることが出来たのに。認めたくないが、あの男のおかげで普通の表情を、彼女は取り戻していたんだ。

 

 こんな、自分を押し隠して笑うような人ではなかった。

 

 あの男がいなくなったから、だから、彼女は"戻って"しまい、こうして死んだと言われる人間を探そうと言うのか。

 

 これ以上、"戻った"ら。

 

 カノンは奥歯を軋ませた。いつだって正しいのは自分ではなく、ジイだ。自分だって彼以上にイチトシを想っているのに。

 

 

「カレン、私はギルドを知らない。でも、君たちとギルドをやりたいんだ。初期のメンバーはドンに貸してもらった。私にとっての初期メンバーは君たちなんだ。これからきっと今以上に大変だよ。でも、付いて来てくれるだろう?」

 

 

 差し出された片手を、振りほどくような勇気はない。

 

 カレンは彼女の作った笑顔を向けられ、彼女の差し出した手を掴んだ。

 

 

 翌日、帝都ザーフィアスの貴族街の中でも有数の規模を誇る館が取り壊されていた。ルディアース。そう名を打たれた館が壊れていく様を一組の夫婦がじっと見つめていた。初老を越えたであろうその人たちは手を繋ぎ、壊される館を見つめている。

 

 

「やってくれたな」

 

 

 髪を上げ、整えた男は低く、威圧するような声でつぶやいた。

 

 心なしか強くなった握り合う手の力に、女性は小さく笑った。酷く悲しげに、泣くのを堪えるように笑う。

 

 

「また、あの子は逆戻り」

 

「……僕たちは僕達の方法で捜そう。殺しても、気が休まりそうにないな」

 

「ほどほどにいたしましょう。あの子も色々亡くしているのですよ、アトマイスの家も、そう、色々……」

 

 

 だからといって。

 

 男の言葉を、女性は否定が出来ない。

 

 ありがとうございました。そう、夫婦にお礼を言いに来た娘は昔と何ら変わりがなかった。変わってくれたと、喜んでいたここ数年が懐かしく思えるほど鮮明に感じることが出来た既視感。

 

 彼女は元に戻っていた。

 

 幸せを見せた男を失い、中途半端に与えられた情報は彼女を元に戻すのに十分な力を持っていた。

 

 亡くしたものは戻らない。偶然なくさずに済んだ自分たちの命、ならば娘達のために、と駆けつけた先で娘に離縁を迫られた。

 

 迷惑を掛けたくないから。

 

 そういう娘の願いを何故跳ね除けてやれなかったのだろう。

 

 いってきます。

 

 本当に行って"帰って"来る気はあるのか。

 

 

「……そういえば、最近平民出で人魔戦争を生き抜いた騎士が居ると話題ですね」

 

「シュヴァーン・オルトレインか。面会を取付よう。まずは話を聞く」

 

「私もご一緒しますよ」

 

 

 願わくば、一握り。

 

 ほんの一握りでもいい。

 

 彼女を喜ばせる情報が欲しい。

 

 

 けれど夫婦が手に入れたのは、知りたくもない事実そのものだった。

 


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