《完》[ToV]愛する貴方に   作:つきしろ

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第12話

 

「手紙は読んだ」

 

 

 ドンは重たい口調でそう言うとイチトシの向かい側に腰を下ろして酒を頼んだ。ナッツから見ると酷く機嫌が悪そうに見える。ギルド全体の連合とも言えるユニオンのトップを前にして、緊張しないわけがない。

 

 体を固めるナッツとは違い、イチトシは柔らかく笑ったまま軽く頭を下げる。

 

 

「私がベリウスさんと話した内容がそのまま書かれているのであれば、不本意、ですか?」

 

「不本意、とは少しちげえな。理解出来ねえだけだ。貴族の嬢ちゃんがギルドを始める理由がな」

 

 

 え。

 

 ナッツが思わず声を上げる。何だ話してねえのか。ベリウスさんとは一対一で話していたからナッツさんは知らないのですよ。

 

 ドンとイチトシの何気ない会話も頭に入ってこない。

 

 貴族が、ギルド?

 

 

「理由は情報が欲しいからです。貴族では得られないより多くの、より広い情報」

 

「ベリウスのやつと仲が良いなら何故俺のところに来た」

 

「その方が融通が利くだろう、と言われました。戦士の殿堂(パレストラーレ)はノードポリカを重視しすぎて身動きが取れない。だったら少人数のユニオン所属のギルドを作れば良い、と」

 

「はっ、それでお貴族様がこんな街にか」

 

 

 馬鹿にしたようなドンの態度にもイチトシは笑みを崩さない。

 

 

「人魔戦争で失ったものを探したいのです」

 

 

 人魔戦争。その名にナッツも、ドンも動きを止める。

 

 

「亡くしたモノは戻らねえぞ」

 

 

 酒を片手にドンは突き放すように言う。ウエイトレスが持ってきた料理に適度に手を付けながら、イチトシはわざとらしく考えるように首を傾げる。

 

 

「本当に亡くしたのならその証拠が欲しい。彼の遺体でも、死んだのを見た証言でも。でなければ諦めがつきません。見苦しいと思われるならそれでも良い。貴族を嫌い手を貸したくないのであればそれでも良い。私は今、ひとつでも多くの手が、力が、情報が欲しいだけです」

 

 

 まっすぐにドンを見やる。それは睨むようにも見えるほど強い視線。

 

 イチトシの態度にナッツはヒヤヒヤしている。

 

 貴族がギルドの町に居るだけでも危険なことが多いというのに何故目の前の華奢な貴族の女性はこの世界のギルドに喧嘩を売るようなことをする。

 

 ドンは無表情でグラスの中の酒を一気に飲み干す。

 

 追加の酒を頼み、ドンは不意にイチトシに酒を勧めた。

 

 彼女はいつもの様に柔らかな笑みを浮かべ、ではオススメを、と返事を返した。ついでのようにナッツにも希望を問いかけられてナッツは思わず同じものを、と言葉を返す。

 

 まるで先ほどまでの殺伐とした空気が嘘のよう。

 

 ドンは酒を飲み、イチトシもグラスに口をつけ、ナッツはその酒の度数の強さにめまいを起こしていた。

 

 

「さて、本題に戻るか」

 

 

 ドンの一言が放たれた時、ナッツは既に意識もうろうとしていた。

 

 酒に何かを入れたのだろう。でなければ彼のように手慣れた人がここまで泥酔状況になることはない。イチトシはフラつき、意識もほとんどないナッツを気にかけながらドンへ向き直る。

 

 わざと二人だけの状況を作ったのだろう。

 

 ウエイトレスにほんの少しの目配せをするだけでこの状況を作り出せる人。すごいな。イチトシは素直に感心していた。今までに会ったことのない人。

 

 

「ベリウスが気にかける奴がただの貴族とは思えねえ。何者だ、てめえも、ああいうのか?」

 

 

 ああいうの。

 

 イチトシはベリウスとの短い邂逅を思い出していた。だが、どうなのだろうか。

 

 

「わからないです。ベリウスさんは私を知っていて、私の知らない記憶を知っている。私はアレだと言う自覚はない、今までも人として時を生きてきている」

 

「ほお。……結論から言ってやるよ。ギルドを作りたいなら好きにしな。止めやしねえしユニオンに加入するってんならその繋ぎにはなってやるよ」

 

 

 面白そうだからな。

 

 ドンの言葉にイチトシは大きく一度頷いた。

 

 それにしても酒強いんだな。ドンの一言でその場は飲み比べ大会となってしまい、ドンもイチトシも互いにザルであることを確認すると店側に代金を残し、既に潰れていたナッツはドンに回収されてその場は解散となった。

 

 宿屋に元々取ってあった部屋に戻り、イチトシはベッドに倒れこんだ。

 

 疲れた。

 

 自分とは全く違う種類の立場の上に立つ人間。しくじれば自分の命も危うい状況。けれど成功すれば、これからやるべきことが見える。スタートラインを高い位置に据えることが出来る。

 

 

「ダミュロン……」

 

 

 首元のペンダントが音を立てる。

 

 

「会いたい」

 

 

 左手の薬指が、少しだけ痛かった。

 


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