ノードポリカとは違う日常的な喧騒に包まれる夕暮れの街、ギルドの巣窟ダングレスト。
動きやすく丈の長い緑のパーカーに身を包み、彼女は初めての景色を眺めていた。
ノードポリカでベリウスに招き入れられ少しだけ話をしたイチトシはギルドの面白みを知った。帝国のように法律が存在しない。代わりにギルドごとの掟が存在する。
掟は絶対の存在。破れば相応の制裁が加えられる。
例えば帝都でもお馴染みの行商人も、幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)というギルドが取り仕切っている。
帝都では見かけない商品の数々に思わず露店を見ていた。すると連れの人が居ないよと店員に言われて初めて自分が迷子に近しいものとなっていることが分かった。
だからといってこのように楽しそうな場所で人を待つ落ち着きは持っていない。
彼女は笑って街の観光を続けていた。
ふ、と。
視界の端に金色が映り込む。
めったに見ない美しい色に目が止まる。
膝を抱えて蹲る少年だった。
隣に座って頭に手を置いた。
建物の影になる路地裏。差し込む夕陽の赤色も届かない。
そんな場所で誰かが触れてくるとは考えなかった少年が弾かれたように顔を上げてイチトシを見た。
美しい金髪に鼻筋を真横に走る傷跡が印象的な少年。まるで刀傷のように見えるそれは最近できたものなのかまだ少しだけ赤い。
「こんにちは」
金髪から手を離し、笑いかけてやると少年は機嫌悪そうに反対の方向を向く。
「目、赤いよ。泣いてたの?」
「うるさい、アンタには関係ないだろ、余所者」
「そう、余所者。この街は面白いね、色々見てたら迷っちゃった」
「いい大人が」
「いい大人なのにねぇ」
嘲り笑うために視線を寄せた少年に顔を寄せた。少年は触れそうな距離にあるイチトシを見ると顔を真っ赤にする。
「帝都より面白い街だよ」
「ていと……。帝都って、何があるんだ?」
初めて反応を示した少年。彼女は笑った。
帝都で象徴的なのはまず、お城。次に結界魔導器だろう。夜になれば結界魔導器の光がとても綺麗だ。
もちろん綺麗なものだけではない。見たくないものも多い。だから私は帝都よりもダングレストの方が好き。
ダングレストの面白さを語る話を聞いているうちに自分の育つ街を褒められている気分になった少年が照れくさそうに笑う。
「いい街だろ。この街はじいちゃんが……」
片手を広げ、自慢するような声で紡いだ言葉は空に消えた。
「オレ、じいちゃんと喧嘩したんだ」
「あら。そうなの、おじいさんと喧嘩したの」
「ひでえんだよ! オレは、オレはじいちゃんの力になりたくて戦ったのに怪我するから引っ込んでろって言うんだ!」
「おじいさんにとって君が大事なんだね。守られるより守りたい。君がおじいさんの力になろうとしたのと一緒」
一緒。
「ただ、表現が下手だったね。おじいさんも怒鳴らなければ良いし、君も逃げるべきじゃなかった。もう一回話しておいで。きっとおじいさんも今の君と同じ気持ちだよ」
「話、聞くと思うか?」
「君と同じ気持ち。君は話したい?」
こくり。頷く姿。
少年が立ち上がり、イチトシが並んで立つ。
いってらっしゃい。軽く背中を押すと少年は彼女の片手を引っ張った。
「……お姉さん迷っちゃったから少し一緒に行ってもいいかな?」
自分を掴む小さな手を握ると強い力で握り返される。
「ちょっとなら、案内してやる」
彼女の手を引き少年は歩き始める。
向かう場所に何が居るかなど、もちろんイチトシは知らない。