好きな人だから久しぶりに会えば話したいし、触りたい。あわよくば抱きついたりちゅーしたりいちゃいちゃしたい。
久しぶりに任務から帰ってきた人が恋人そっちのけで連絡一つも寄越さずに飲んだくれてて。自分の部屋へ帰ったら帰る報告ももらっていないのにベッドで眠る恋人が居て。
明らかにそのベッドは自分の場所で。
恋人は自分愛用の枕とシーツを抱きしめて着替えもせず幸せそうで。
そんなのがいたら襲いたくなるのが当たり前というわけです。所謂「据え膳」と呼ばれるものがあるから。
いただきます、と手を合わせて馬乗りになったのがつい先程のこと。そのままいただこうと思って。
***
「わー、わー! ストップ、わかった。分かったから!」
「何? これからいただくとこなのに」
「とりあえず退きなさい。色々説明するから、謝るから」
組み敷いた茶髪の青年が顔を真っ赤にして自分の上に居る女性の肩を押す。酒が入っているのかその力は弱いものだった。だが女性はふくれっ面をしながらも自ら体を退け、青年と向き合うように同じベッドの上に座る。
青年は何故か抱きかかえていた枕とシーツを退けて上体を起こすと胡座をかいて女性と向き合う。
正直なところ、まだ酒が残っていて頭が揺れる。けれど無防備に眠れば自分の大事な物が無くなる気がする。男として。
それは御免だ。
意を決した青年が顔を上げると女性は笑みと共にグラスを押し付けてくる。
酔い覚ましの水。
どうしてこうも、この人は自分の必要とするものを分かってくれるのだろう。
水を飲み干すと間近で女性が柔らかく微笑んでいた。
「おかえり」
「あー、うん。ただいま。急にごめんね? ヒスームたちが飲みに行こうって言ったもんだから」
「鍵が開いてたから泥棒かと思った。そしたら据え膳落ちてた」
「ちが、違うから! ちょっと飲みすぎて倒れてただけだから! まあ、でも。ベッド取っちゃったし、うん。ごめん」
青年が申し訳なさそうな顔をすると女性は目を細めて至極嬉しそうに笑った。
そしてもう一度、おかえり。と青年を迎えた。
青年は彼女に釣られて笑い、もう一度ただいま、と帰宅を告げた。
手を伸ばし、青年の短髪をかき乱すように撫でる。やめろ、と騒いで女性の手を掴む彼もまた、至極嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「あ、そうそう。ちょっと。撫でるのは後にして見て欲しいもんがあるの」
「後でぎゅーする」
「分かってるって。ただぎゅーしてたら手元見えないでしょ」
抱え込んでいた青年の頭を離し、改めて向き合うと彼は懐から細長く、黒い箱を取り出した。箱には赤色のリボンが巻かれている。きっと綺麗な蝶結びをされていたであろうリボンは青年が寝ていたことによって少しよれてしまっていた。
だが、贈り物だと分かる。
女性は差し出された箱を受け取る。
「任務で行った先にさ、装飾品売ってる店があったんだ。アンタがそういうのあんまりしないのは知ってるんだけど。あ、ちょ。無言で開けないで!」
青年が顔を少し赤らめながら説明しているのに女性は意に介さず箱を開けた。
細いシルバーのチェーンを持ち上げれば音を上げる飾り。
ドッグタグのように重なる二枚のシルバー板。
恐らく表部分になるであろう板には小さな宝石が埋められていて、重なるもう一枚の板には猫のような模様が彫り込まれている。二枚目の彫り込みは不思議なことに淡く赤くなっている。
リヴァヴィウス。
女性は呟いた。
埋め込まれた宝石も、二枚目の赤くなっている板自体にも。少なからず含まれている鉱石の一種。
「高くなかった?」
「え? いや、そんなに。って、値段は別にいいじゃん!」
「リヴァヴィウス鉱石っていってね。とても貴重な鉱石だよ。とても硬度が高くて、加工も難しいとされてる」
「へえ、そうなの。それ、大事にしてくれる?」
返事の代わりに抱きついた。
青年を押し倒し、首に顔を埋める。片手にはしっかりとペンダントを握っている。
「嬉しい。とても。ありがとう」
「うん。良かった。付けてみてよ」
「付けて」
「寝たままだと難しいんだけど……」
青年の顔の両側に手を付いて肘を伸ばせば幾分かペンダントを付けやすくなる。
ペンダントを受け取った青年は少し体を下げるとチェーンを女性の首へと通す。かちん、と留め具をつければ飾りが音を立てる。
シンプルな飾りは過剰な装飾を好まない彼女によく似合う。
「似合ってる。買ってきて良かった」
「お返し、今はないんだ。けどそのうち用意するから」
「そんなの良いんだって! これだって俺が贈りたかっただけだから」
「そっか。へへ。ありがとう」
片手でペンダントをいじり、女性が笑う。
彼女の姿が愛おしく、青年は両手を彼女の背中へと回す。
幸せとはこういうことを言うのだと実感できる時間。
二人は笑い合う。
恋人同士となり、一ヶ月ほどが経っても彼らは変わらず幸せに過ごしている。
この幸せは永遠に続くのだと信じて。