~フランス・某所~
ガチャ
「戻りましたよ、マスター」
古惚けた三階建ての建物の地下に重厚な鉄の扉で作られたドアを開けてると、中は外からの雰囲気とは違い、クラシック調の音楽が流れているきれいなBARになっていた。扉を開けた目の前にカウンターがあり、そこには店のイメージとはかけ離れた無骨で筋骨隆々な無精髭が生えている男がワイングラスを拭きながら、扉を開けた人物を見つめた。
「よく戻ってきたな、名無し」
見知っている人物だとわかると、表情を変えずにその人物に声をかけた。
「死にたくないから必死でしたよ」
カウンターの椅子に座りながらマスターの問いに答えた。
「それでいい。はぐれ悪魔を狩るんだから、生き残ることだけを考えてりゃいいんだ」
「ええ、そうします」
「それにしても、おまえのようなガキがはぐれ狩りなんかをやっているとはねぇ。いったいどんな理由でこんな危険な仕事についてるんだ?」
「それはこの世界に入ったときに聞かない約束でしたよね?」
「そうだったな、わるかった。ところでこの後はどうするんだ?もう一件以来を受けるか?」
「いえ、少し休もうと思っています。ずっと仮面の着けっぱなしで顔の中が蒸れていますんで」
「そんな不気味な仮面とっとと外しちまいなよ。気味悪くて仕方ねえや」
“名無し”と呼ばれている男が仮面に手を付けながら、不快さを口にするが、店のマスターに突っ込まれる。
「これはいわゆる正体を隠すためのものだから簡単に人前では外せませんよ。たとえそれが付き合いの長いマスター相手でもね」
「ふん、まぁいいさ。お前さんの正体が誰だろうが関係ない。きっちりとはぐれ狩りの仕事をしてくれれば問題ない」
「では、失礼します」
軽く一礼し、席を立つと、店を出て建物内の階段を使い、三階の一番奥≪305≫の部屋に入っていった。
部屋に入ると、フード付きのマントを脱ぎ、着物姿の換装を解いて、デニムのパンツとグレーのインナーの服装に変わった。そして最後に猿の仮面を外すと、そこには、やや成長した【東雲 颯】が立っていた。
「やれやれ、すこし帰りが遅くなっちゃったな」
部屋の時計を見ると、深夜一時半を過ぎていた。
「ここでの生活を初めて一年あまり。慣れてきたとはいえ徹夜はしたくないんだいよなぁ・・・ファア~~」
手を抑えながらも隠し切れないほどの大きな欠伸をし、部屋に備え付けられている簡易シャワーを浴び、汗を流し終えると時間は午前二時をまわっていたので、部屋の中に結界を張ってベッドに入り眠りについた。
~朝~
チチチ・・・チチチ・・・
小鳥の囀りを耳にしながら、ベッドの中で体を伸ばす。部屋の時計に目を移すと、八時を過ぎていた。
「やれやれ、もう少し寝られると思ったんだけど、午後からはまた仕事に行かなくちゃな」
ベッドから起き上がると、洗面所で顔を洗い、市販のショートブレッドを摘まんで、仕事の時間になるまで、部屋の真ん中で座禅を組み、瞑想に浸る。
~午後三時~
時間になると、慣れた動作で、普段着から黒い着物姿になり、フード付のマントをかぶり、最後に猿の仮面を付け、部屋を出て、ビルの地下の表向きはバー兼、裏でははぐれ狩り専門のギルドへと向かう。