~夜・駒王町某所~
兵藤は家に向かって急いでいた。松田・元浜と一緒に秘蔵のエロDVD鑑賞をしていたらもう日は沈み、辺りは真っ暗になっていた。あまり遅くなってはならないと思い、走っていた。
「やべーやべー。ちょっとあいつらと盛り上がっていたらこんな時間になっちまった。いやーいい時間だった」
先程までの級友達との事を思い出し、満足感に浸る兵藤。そして自宅まであと数分というところで妙な視線を感じた。それもねっとりしたようなもので、兵藤は思わず立ち止まってしまった。そして周りを見てみるが辺りは暗く、道路には街灯以外の光源はなく、人っ子一人見当たらなかった。だが確かに視線は感じた。その時、
カツコツカツコツカツコツ・・・
まるで革靴で歩くような音を出しながら、帰宅する兵藤の正面から聞こえてきた。
「ふむ、こんな場所でこのような出会いがあるとは」
声を発した人物が街灯の下に現われた。その人物は、スーツ姿でシルクハットを被っている中年の男性だった。そして兵藤は確信した。先程から感じていた視線はこいつからだと。
「まさか、夜の散歩をしていただけでレイナーレの邪魔が入り取り逃がした神器所有者に会うとはな」
中年の男性は薄ら笑みを浮かべて兵藤を見ている。この時兵藤は男の発言を聞き逃さなかった。
「レイナーレ・・取り逃がした・・もしかして・・夕麻ちゃん!?」
「夕麻?・・・ああ、レイナーレが変装のときに使っていた名前か。そうか、貴様は正体を知らなかったのだな」
「正体?」
「ならば教えておこう、彼女の正体は堕天使、堕天使・レイナーレだ。そして私はドーナシーク、レイナーレと共に活動している堕天使だ」
そう宣言した男は背中から黒い翼を広げ空へと跳びあがる。兵藤は多くの衝撃をうけ、ただボーゼンと立ち尽くすだけだった。
「さて、ここまで話したからには少年、貴様にはここで消えてもらう」
「・・っ!!」
その瞬間兵藤は後ろを向いて駆け出した。ここにいたら殺されると思い、ただただ走り出した。無我夢中で走り、もはや自分も何処を走っているのかわからなかった。
十五分ほど走った後、兵藤はある広がった場所へと入っていった。周りは暗くなっていて良くわからなかったが、周りの街灯の薄明かりによって何とか周囲の様子がハッキリ見えたときに兵藤は確信した。ここは夕麻ちゃんと最後に立ち寄った公園だと言うことに。
その瞬間、兵藤の足は完全に立ち止まってしまった。自分が殺されそうになっていることなどを忘れて、ただただあの時の光景が脳裏によみがえってきた。
初めて出来た彼女。浮かれていた自分。デートスポットを確認し、一緒に街中を巡り、お互い笑いあった楽しい一時。夕暮れ時になり、雰囲気の良いこの公園に入り、夕麻ちゃんからのお願いを聞く。でもその内容は・・・
「ふん、逃げ切ったかと思ったかね」
「っっ!!」
回想に浸っていた兵藤の真上から、先程の男の声が聞こえた。見上げると腕を組みながら背中から生えている翼を使いゆっくりと降下している。
「もう逃げても無駄だ。この一帯には結界を張っておいた。上級悪魔ならまだしも、脆弱なる人間がこの結界を壊すことなどできん」
相手が何を言っているのかわからず、すぐさま方向転換し、公園の出口へと走るが、道路に飛び出そうというところで、見えない壁みたいなものに阻まれた。
「言っただろう、逃げても無駄だと。さて、それでは人間よ、ここで死んでもらおう」
男は手を挙げると、そこから魔法陣を展開、光の槍のような形をしたものを作り上げた。自分はこれに見覚えがあった。あの時、夕麻ちゃんが掌から出したものと同じだからだ。じゃあやっぱり、夕麻ちゃんは・・・
“死んでくれないかな”
あの時の言葉が脳内にフラッシュバックしてくる。夕麻ちゃんは本当に居たんだ・・でも・・人間じゃ・・なかったんだ。そして自分は死ぬ。・・・イヤだ、いやだイヤだいやだイヤだ!! 『ドクン』
生きたい。そんな強い思いで兵藤の中に『あるもの』が鼓動をし始める。
そして男が、掌から光の槍を放とうとした時に・・・
ガッシャァァァァァァァァン
上からガラスの割れるような音がすると、兵藤もドーナシークも上を見上げはじめる。
~数分前~
颯はいつも通り、夜の見回りをしていた。今回リアス・グレモリーは討伐の依頼がないためか、ずっと旧校舎から出てこない。その為、颯は自主的な見回りをしていたのだ。民家の屋根から屋根へ飛び移りながら散策していると、魔力感知に不振な気配を察知した。距離的にもそんなに離れていないため、すぐに向かう。
向かっている途中、颯はこの気配に覚えがあった。それは兵藤に襲い掛かっていた、天野夕麻にそっくりだったからだ。
颯は急いだ。また件の人物が現れたかと思い、人が襲われているのではないかと感じたからだ。空中を駆けながら向かう。そしてようやく、あと数分で到着しようかという距離になったとき、下のほうから、すごい勢いで颯に向かってくる物体があった。颯はそれをバク宙でかわす。その際、投げられたものを見ると、それは角材で、しかも血管みたいに赤い模様が入っていた。颯はこれに見覚えがあった。そう、それは今朝見たものに酷似していた。バク宙でかわした颯はそのまま道路へと降り立つ。すると曲がり角から出てきた人物、颯が見知っている人物が現れた。
「テメェ、何者だ!俺と同じ転生者か!」
日向正義。颯と兵藤のクラスメイトである彼が仮面とローブで姿を隠しているので、目の前の人物が颯だとはわかっていなかった。
「クソッ!奴といい、貴様といい、なんで俺の邪魔ばっかりしやがる!そんな奴はこの俺が消してやる!!」
そう言うと、日向は道路に刺さっている標識を握り締めた。すると標識は、血管みたく模様が入り、全体に張り巡らされると日向は標識を引き抜いた。
到底人間の腕力では引き抜けないのだが、日向は転生の際、その特典として二つの能力がある。一つが、自身の身体能力の向上。それにより、本気を出せば人間以上の動きが出来るが、貰った時からすでに慢心し、己を鍛えしなかったので、良くて中級悪魔ほどの力にはなっているが、それでも一般人からしたら驚愕の身体である。もう一つが“騎士は徒手にて死せず”。触れたものを自分の武器とし、俗に言う伝説の人物が扱ったとされる、《宝具》になる。それは例え、木であろうが、無機物であれば伝説級の武具となり、それはすべて彼の支配下に置かれる。ただし、宝具にはなっても、無敵というわけではない。支配下に置いた武具は確かに強いが、あくまで通常より強くなった程度で、それ以上の武器とのぶつかり合いでは簡単に破損してしまう。だが、日向のこの二つの能力が合わさることで最大限に発揮し、並みの相手など瞬殺できる。
「驚いたか?これが俺の能力だ!触れたものをすべて俺の武器にすることが出来るんだ!」
「(普通、自分の能力は隠すものじゃないですかねぇ?)」
「この力で、お前をぶっ潰してやるぜ!」
「私は今貴方にかまっている暇はありません。そこを通してください。急がないと人が殺されます」
「あぁ?人が死ぬ?兵藤のことか?別に死んでくれて構わないぜ」
「・・・なんですって?」
「だから、奴が死のうが別にかまわねぇよ。逆に早く死んで欲しいくらいだぜ!そうすれば俺は眷属として迎えられる!そして最後にお前と東雲を殺せば、この世界で俺の邪魔をするものは居なくなる!だから俺のために死ねやぁ!!」
言い終えると、日向は颯に向かって駆け出し、颯に向かって標識を上段から振り下ろす。だが颯は、左腰に帯刀している斬魄刀を居合いで受け止める。
ガァァァァァァァン
金属同士の鈍い音が辺りに響き渡る。そのあまりに強い衝撃に、颯の足元のアスファルトは陥没し、道路の横の壁まで亀裂が入った。その間颯は動きもせず、ただただ相手の攻撃を受け止めただけだった。
「どうしたどうした~?受け止めるだけで精一杯ってか~?」
日向は相手を小馬鹿にしているが、普通道路が陥没する威力があるなら、人間など潰されていいものなのだが、振り上げた体制のまま、微塵も姿勢を崩さないのはおかしいと気づいていなかった。
「貴方に一つ質問したいのですが・・」
「あん?」
「貴方は人の命を何だと思っていますか?」
「そんなもん、どうも思っちゃいねぇよ!いい女がいれば手に入れる!憎い奴がいれば即殺す!この世界は俺のやりたいことすべてが叶う場所なんだ!その為なら例え何人死のうが御構いなしだぜ!」
颯は内心怒りに満ちていた。これほど命というものを軽んじ、尚且つ己の欲望のためなら何をしてもかまわないといった言動がとどめとなった。
その怒りは表に出さず、内に潜めようとしたが出来ず、日向の攻撃を受け止めている間にも、体から怒りにより魔力が抑えきれず溢れ出す。
「・・・・・・」
「な、なんだよこの寒気は!?俺たち以外にもこの近くに転生者がいるのか!?」
颯の溢れ出す薄ら寒くなるような魔力の奔流が、颯自身から出ていることには日向は気づいていない。日向は力こそが自分の欲望を叶える為の絶対なるものだと思っていたため、魔力察知に関してはまったく素質がない。
「・・・決めました。・・・その歪んだ思惑は・・・今ここで潰します」
「はっ!!やれるもんならやってみろ!!」
その瞬間、颯は受け止めていた日向の攻撃を押し上げるような形でつき返す。すると、日向の体は空中に上げられ、距離をとらされた。
「こいつ!?舐めたまねしやがって!!」
突き飛ばされた日向は、このことに腹を立て、そのまま颯に向かって突進ぎみに飛び出す。その威力はまるでトラック並み、ぶつかったら最後吹き飛ばされてもおかしくないほどの威力だったが、颯はそれを右手に構えた斬魄刀を振り上げ、標識に当てることで威力を殺し、逆に日向を再び跳ね飛ばした。その飛ばした方向は颯がちょうど向かっていた先、ドーナシークと兵藤が対峙している場所へだった。
日向はそのまま地面に激突・・・することなく、ドーナシークが張った結界にぶつかる。その直後、同じ方角から、颯が飛んできて斬魄刀を振り上げ、斬りつけてきた。日向はとっさに、手に持つ標識でガードしたが、斬撃は防げても勢いまでは防げず、背中に当たっている障壁を押し壊し、地面へと急落下する。
~現在~
地面へと急落下した颯と日向。結界を壊し、そのまま地面へと落下するが、颯は上から見ていたため、状況の把握が素早く出来た。
このまま落下していけば、兵藤と向かいにいる男の間にちょうど落ちると感じ取った。しかも二人とも上を見上げるように顔を上げ初めた。颯は、左手で日向の顔を掴み、落下速度よりも速く地面に到達。日向を地面につけることなく、掴んだまま黒い羽が生えた男に向かい飛び出す。そして横を通り過ぎる刹那、斬魄刀を逆手にし、峰打ちをしながらそのまま飛び去る。この間、約0.3秒。人間は視覚に入った情報が脳にいくまで、約0.3秒~0.4秒。だから見られても0.4秒以上その場に留まらなければ気づかれない。
しかし、ドーナシークだけは違う。彼は堕天使、人間とは感覚も反応速度も違う。その為、仮面の男に降り立ったと同時に目線を向けようとするが、すでに男とはすれ違っていた。ドーナシークが感じ取れたのはここまで。しかもその時に自分に攻撃されたことについて、気づいたときには地面にうつ伏せで倒れた時だった。
兵藤Side
「な・・なにが・・・」
兵藤はこの短時間に何が起こったのかわからなかった。夕麻ちゃんが実際にいて、その夕麻ちゃんが人間じゃなく堕天使だということを黒い羽が生えた男から聞き、その男も夕麻ちゃんと同じく自分を殺そうとした。逃げようとしたがその場から離れることも出来ず、光で出来た槍みたいなもので殺されると思ったとき、空からガラスみたいな砕ける音がして上を見上げるが何もなく、目線を戻すと、俺を殺そうとしていた男が地面にうずくまるような形で苦しがっていた。
パァァァァァァァ
そのとき、目の前の地面から赤い光が出てきたかと思うと、そこから人が出てきた。その人は光と同じ赤、いや紅い髪の毛で、後姿だけでもわかる抜群のプロポーション、しかも自分と同じ駒王学園の制服、見間違いじゃない。この人はあの時も自分の前に現れた学園の二大お姉さまの一人、リアス・グレモリー先輩だ。
「不穏な気配を感じてみれば、堕天使だったとはね。この私が管理している地で何をしようとしているのか、その不遜極まりない態度を注意しようと思ったのだけど、でもどうして蹲ってるのかしら?」
その場に現れたグレモリー先輩はこの状況がわからないらしく、目の前の堕天使の男に聞こうとするが、未だに蹲っていたので、聞けそうになかった。
「あら?」
すると、ようやく自分のことに気づいたのか、振り返って俺をじっと見ているグレモリー先輩。
「へぇ~。君、面白いもの持っているわね」
そんな一言をつぶやいても何を言っているのかわからない俺は、その美貌と合わせて声をかけることが出来なかった。そうこうしている内に、
「っく・・ううぅ・・」
うずくまっていた男がようやく立ち上がるまでに回復していた。
「あら、ようやくお目覚めね」
「っく・・その紅い髪・・なるほど、グレモリー家のものか」
「ええ、そうよ。ここは私が管理する土地。ここでの争いは私にケンカを売るようなものよ。早々に立ち去りなさい」
「ふっ・・そうか・・先程の奴は貴様の配下の者だったのか」
「・・・?何を言っているのかしら?」
「まぁいい。ここで揉め事を起こすわけには行かない。今宵はこれで失礼させてもらう」
そう言うと男は、翼を広げ夜の闇の中へと飛び去ってしまった。
「まったく、厄介なことになったわね」
「あ・・あの・・」
「ん?あぁ君なかなか面白いもの持ってるわね。どう?私の眷属にならない?」
颯は兵藤たちのいた場所から日向を捕まえて人通りの少ない河川敷に飛ぶと、日向を放し、再び対峙する。
「こ、このやろーこんなところに連れてきやがって、どういうつもりだ!!」
「どうもこうもありません。街中でやるよりここで戦ったほうが被害も少なくていいでしょう」
「!!・・っへ!いいぜ!そういうことなら、思う存分ぶちのめしてやるぜ!!」
日向は迷うことなく、颯に突撃していく。日向は大きく振りかぶり横なぎで標識を振り回すが、当たる寸前に目の前で消える。
「なに?何処へ消えた!?」
日向は周りを見渡すが、前後左右を探しても何処にもいなかった。ただ・・・真上を除けば。
「ぶっ潰せ、五形頭(げげつぶり)」
解号すると、刀身が柄部分と鎖で繋がれた棘付き鉄球(モーニングスター)状に変化する。そしてそのまま振り上げ・・・
「上ですよ」
真下にいる日向に声をかけると同時に、五形頭を日向に振り下ろす。
「え?」
日向は声のした真上に顔を向けるが、その時すでに目と鼻の先に鉄球が迫っていた。
ドッガァァァァァン
直撃。
その場で土埃が舞い、上から見下ろしていた颯も視界がゼロになりその場で動くこともできず、振り下ろした五形頭を手元に戻すとしばらくその場を動かなかった。
そしてようやく土埃が消えてなくなると、そこには地面が陥没しており、中心には仰向けで気絶して倒れている日向がいた。
「これだけ痛めつければしばらくは大人しくしているでしょう。それにしてもやりますね。咄嗟に標識を目の前に出してダメージを軽減するなんて。身体能力はやはり伊達ではありませんね」
斬魄刀を元に戻して、日向をそのまま放置し、その場を後にする。
この時颯は気づかなかった。あの場に残していった兵藤に起こっていたことを。
~翌日・駒王学園~
颯はいつも通り、日課である一人での読書で時間をつぶしていた。そして教室にもちらほらと人が集まってきた頃、外のほうで悲鳴と驚きの声が上がっていた。
颯はふと本から視線を外に向けると、そこにはリアス・グレモリーと兵藤が隣同士で歩いていた。なるほど、学園のお姉さまと学園の嫌われ者が一緒にいればそれは阿鼻叫喚も起きるだろうと思っていたが、それと同時に兵藤が悪魔になっていた。
ゴンッ
教室中に何かを打ち付けたような音が響き渡った。
教室内にいた生徒たちが音のしたほうに目を向けると、机に突っ伏している颯がいた。
「颯君!?」
「どうしたの!?」
「いや、何でもないですよ・・何でも」
近くにいた女子生徒が驚きのあまり声をかけるが、颯はそれをやんわりと答えた。その間颯は思考を巡らせていた。
「(なぜ彼が悪魔になっている?あの後何があった?リアス・グレモリーがあの場に現れたのか?じゃあなぜ?無理矢理?いや、表情を見る限りそんな風には見えない。洗脳?いや、体内の気に揺らぎはない。ならば懐柔?その線が高い。まぁ合意の上では仕方ないが・・・はぁ、なんともまぁ簡単に人を辞められるものですね)」
内心ため息をつく颯。朝早くから気疲れをしてしまったが、後日更にトラブルに巻き込まれるとは予想してなかった。
ちなみに、日向は昨夜全身打撲で見つかり病院にて緊急入院した。なのでその日からしばらくは登校することはなかった。このニュースは生徒の間で広まり、密かに喜ぶ生徒が多くいたらしい。