第18話
~一年後~
東雲颯の護衛生活はそれほど派手ではなかった。
リアス・グレモリーとソーナ・シトリーをただ遠目で見つめている一般生徒と同じように、だが悟られないように見ているだけであった。
だがそれは昼の顔であって、夜になるとまた別である。ソーナ・シトリーは学園での昼の活動が主だが、リアス・グレモリーは夜が主な仕事なのだ。駒王町での管理を任されているため、活動としては、人間の欲望を叶える代わりに対価をもらうということであり、たまにではあるがこの地に入り込んだ不当な輩を捕縛、ないし排除をしている。
その活動に際しても、生命の危険や、討伐不可能な上位の個体に対しては、まったくの不干渉のため、これにも遠巻きに見ているだけであった。
ただし、この活動はあくまでリアス・グレモリーが冥界からの依頼によって請け負っているだけであって、その対象は把握しているだけに留まっているので、それ以外の、人に害を与えるような存在は見つけ次第、颯が駆逐している。
~某日・深夜・駒王町~
「な、何だあいつは!?あんな奴がいるなんて聞いてないぞ!あれが本当に人間か!?」
獣のような姿で、民家の屋根伝いに逃げている生き物、はぐれ悪魔が胸元を押さえながらも後ろを振り返ることも無く、無我夢中で走っていた。その胸に漆黒の蝶の模様を浮かべて。
数分前、はぐれ悪魔は己の気配を隠しながら獲物を探していた。そして、ようやく人通りの少ない場所で獲物を見つけ、いざ襲い掛かろうとしたときに、不意に側面からの衝撃に襲われた。
「ごはぁ!!」
いきなりの事に何も出来ず、その身を地面に叩きつけられながら、数メートル転がされた。
「だ、誰だ!!」
「申し訳ありませんが、この町で人を襲うような輩を見逃すわけには参りません」
立ち上がり、転がされた方向を見ると、そこには一人の黒い着物を着た猿の仮面を被った人間が日本刀を片手に草鞋を履いた足を伸ばしていた。どうやらさっきの衝撃は蹴りによるものだと察することができる。
「貴様、何者だ!!」
「私は、貴方の様なはぐれ悪魔から人間を守るものです」
「はぐれ狩りか?小賢しい!まずは貴様から始末してくれる!」
はぐれ悪魔は立ち上がり、すぐさま四肢の爪を伸ばし、攻撃態勢に移った。
「尽敵螫殺(じんてきしゃくせつ)雀蜂(すずめばち)」
日本刀がなぜか篭手になったのかわからないはぐれ悪魔だったが、その形状を見て鼻で笑った。
「なんだそれは?そんなものでこの俺様を討つつもりか?先ほどの刀のほうが良かったのでは(トスッ)・・・あ?」
喋っている最中だったが、急に胸元に痛みが起き、目線を下に向けると、さっきまで数メートル離れていた人間が、目の前にいて、篭手の先についていた針で胸を刺していた。
「貴様―――!!」
鋭い爪を伸ばした手で左右から挟み込む様に颯に襲い掛かるが、接触する瞬間にその場から姿を消していた。
「どこだ、どこにいる!!」
辺りを見回すが、その人間は見当たらなかった。
「ここにいますよ」
真上から声がした。見上げると、先ほどの人間が、空中に立っていた。
「き、貴様、どうしてその場に立っていられる!?」
「これは、足場に魔力を込めることにより立っています。それだけです」
しれっと答えるが、はぐれ悪魔は驚いていた。悪魔でも空中に飛ぶには背中から羽を生やす必要があるし、これは天使・堕天使にも当てはまる。人間の魔法使いにも空中に浮けることが出来るが、それは足場に魔方陣を展開させなければすることが出来ない。だがこの人間は、羽も無ければ、足元に魔方陣も無い。明らかにいままでの存在とは違うことに。
「さて、それでは今度こそ仕留めさせて頂きます」
篭手についている針をはぐれ悪魔に向けながら言い放つ。その際、わずかばかりの怒気を込めて。
「く、舐めるなよ、人間がぁぁあああああ!!」
はぐれ悪魔は地面を蹴り、跳びあがるが、それは颯の脇を通り過ぎ、そのまま最速でその場を逃げ出した。
「悪いが俺は面倒なのが嫌いでな、ここは逃げさせてもらうぜ!」
そう言いながら、夜の静まった住宅街の空へと消えていった。
はぐれ悪魔は数分ほど全力で逃げ、広い空き地に降り立った。
「こ、ここまでくればもう撒いただろう」
息を切らしながら後ろを振り返るが、そこには自分以外は誰もいない。悪魔の身体能力で追いつける人間などいないと核心を持っていたからだ。
「よし、もう撒けたな。それにしても何だこの模様は?胸を刺したかと思えば致命傷の一撃ではないし、かといって呪いの類ではないな、この模様はいったい?」
自分の胸部についた漆黒の蝶の模様に疑問を浮かべていると、
「それは、『蜂紋華(ほうもんか)』というもので、もう一度攻撃を受けると確実に死に至らしめる刻印ですよ」
はぐれ悪魔は戦慄した。なぜ誰もいないはずのこの場所に声が聞こえたのか?なぜこの声に聞き覚えがあるのか?なぜ背後でその声が聞こえるのか?なぜさっき撒いたはずの人間の声が聞こえたのか?―――頭の中は《なぜ》の単語しか出てこなかった。
改めて振り返ると、そこには黒い着物を着た人物が仮面を着けながらも息ひとつ乱さずにまるで先回りしていたかのように立っていた。
「お、お前、なぜここに!?」
「言ったでしょう?ここで貴方を見逃さないと。もう逃げられませんよ」
仁王立ちしながら、はぐれ悪魔に言い放つ颯。
「ならここで、今度こそ仕留めてやるぅぅぅ!!」
はぐれ悪魔は体から魔力を放出し、身体能力を高め、一気に距離を縮め先ほどとは比べられないほどの爪による攻撃を繰り出す。その攻撃の余波により、地面やブロック塀には切り傷が付いていく。だが颯は攻撃に当たることも無くかわしていく。
「ほらほら、どうしたぁ!避けるしか出来ないのかぁ!」
攻撃もせずに、ただ逃げ回っている人間に、自分のほうが有利になっていると思ったのか、挑発的な言葉を繰り出していく。
「なんだなんだ?得意なのは速さだけか?まぁこの俺様の攻撃を避けているのはほめてやるが、所詮はそれだけよ。貴様が人間である以上、疲れが出てきたところを、いたぶって・・・あぁ?」
尚も挑発行為を続けようとするが、それは無くなった。なぜなら、はぐれ悪魔から赤色の粒子が溢れ出していたからだ。
「貴様、何をした!!」
「すみません。あまりにも隙がありましたから、攻撃しました」
しれっと言い放つ颯。その言葉にはぐれ悪魔は激怒した。
「ふざけるな!あれほどの斬撃をかわしながら攻撃を当てることなど!」
「それよりも、最後に言い残したいことがあったら言ってください」
「なんだと!?なぜそんなこと・・・ッ!」
このときはぐれ悪魔はこの人間の言葉を思い出していた。
『それは、『蜂紋華(ほうもんか)』というもので、もう一度攻撃を受けると確実に死に至らしめる刻印ですよ』
その台詞を思い出し、胸元に目を向けると、先程まで漆黒だった蝶が赤黒く変色していた。そして体からは先程よりも多く赤い粒子が出ていた。
「何も無ければ、私はここで失礼させていただきます」
颯は振り返ると、ゆっくりとした足取りでこの場を離れようとしていた。
「こ、コノヤロ―――!!!」
はぐれ悪魔は人間の背中に向けて特攻を仕掛ける。が、あと数十cmというところで、その体は存在ごと消滅した。
「任務・・・完了・・・」
そういうと、瞬歩を使い、その場から消え去った。
~翌日・駒王学園~
颯の学園では当初の予定通り、目立たずに護衛対象を守ることである。その為、学業成績に関しては可もなく不可もなくの70点台、運動能力に関しては学年全体の真ん中をキープ、生活態度は物静かで、教室で文庫本を読むだけであった。
これだけ目立たない生活をしていれば誰も気には留めないだろうと思っていたが、周りはそうでもなかった。
「ねぇ、東雲君朝来てからまた優雅に読書してるよ」
「あの本を見ている姿勢、ちょっとかっこいいかも」
「別のクラスにも木場君ってイケメンもいるけど、東雲君もいいよね」
「木場君がさわやかイケメンなら、東雲君は物静かでクールなイケメンだね」
「わかる~」
クラスの女子たちの評価はやや高めであった。一方、同じクラスで話題になっている人物がまだいる。その一人が、
「ねぇ、グラウンド見て。サッカー部で日向君が助っ人として練習試合してるよ。・・・目立ちたがり屋だけど」
「ほんとだ、2・3年のレギュラーの人より動きの切れがいいねぇ~・・・目立ちたがり屋だけど」
「相変わらず抜きん出た才能よね~・・・目立ちたがり屋だけど」
話題に上がっているのは、同じクラスの『日向 正義(ひゅうが まさよし)』運動神経は先に述べた通り良いのはもちろんのこと、学業に関しても学年内でトップクラスの実力で尚且つ、イケメンであるのだが、男子はもちろんのこと、女子にも人気はあまり無い。それというのも、何かにつけては他者と自分とを比べたがるので、相手を見下している。クラスはもちろんのこと、学園の先輩たちにも同様のことを行っていて、周りからは疎まれていたが、能力は確かなので各運動部から助っ人をしているので、あからさまに拒絶出来ずにいた。しかも、極度の勘違い男で、女子全員が自分に惚れているというスイーツ脳をしている。
そして次に、話題になっているのが、
「「「「「ま―――て―――!!!」」」」」
「「「嫌だ――――――」」」
女子に追いかけられている三人組の男子、松田・元浜・兵藤である。
刈り頭の男子生徒の松田は、身体能力が高く、一見すると爽やかなスポーツ少年だが、日常的にセクハラ発言をする。中学時代は写真部に所属していたらしく、女子たちのパンチラ写真を日頃から撮っている。そのため、「エロ坊主」「セクハラパパラッチ」の別名を持つ。
眼鏡を掛けた男子生徒の元浜は、眼鏡を通して女子の体型を数値化できることから、「エロメガネ」「スリーサイズスカウター」の別名を持つ。また眼鏡を取ると戦闘力が激減する。そしてロリコンである。
最後に兵藤は、超重度のおっぱいフェチで、独自のハーレムを作りたがっているのを堂々と宣言する熱血男子。その宣言の所為で、女子たちからは警戒・敵視されている。
彼らは、入学してから数日で友となり、親友となった。その為、『変態三人組』とあだ名が出来ている。
「(相変わらずですね、彼らは)」
颯は二箇所で起きている事柄に対して、呆れると同時に、内心では微笑ましく、平和であることをうれしく思っている。