前にも言いましたが、日常編の制作に時間をかけすぎました。
楽しんでいただけたら幸いです。
「英雄・・ですか」
「はい。あなたはこれまで、はぐれ狩りとして多くの実績があるとアースガルドで認証されました。そこで私があなたをお迎えにきたのです」
淡々と颯を英雄的になった説明をした。颯はイスに座りながら目の前のテーブルを挟んで座っているロスヴァイセの説明を聞いていた。難しい顔をしながら。
「それでどうでしょう?ぜひ、あなたにはアースガルドに来てほしいのですが」
「折角ですが、お断りします」
「な、なぜですか!?アースガルドに行けば、あなたの死後の魂はヴァルハラの戦士となり、将来は安泰なんですよ!?」
「いや、別に将来性で嫌がっているわけではないんですが・・・」
「では、なぜなんですか?」
「そもそも私は、英雄とか勇者とか呼ばれる事はしてないんですよ」
「そんなことはありません!!実際にあなたのおかげで多くの命がたくさん助かってます。そんなあなたは、英雄になる資格があるんですよ!」
「そう言われましても、私としては、力を持つものとしては当たり前のことをしているだけで、そんな大層な呼び名をされる言われは無いんですよ」
「そ、それは・・・」
「それに、英雄というのは、どんな理由があるにせよ、護った人がいる分、それに比例して多くの魔物やはぐれ悪魔を殺めたことがあるということです。そんな大量殺戮者が英雄などと呼ばれるのが私は嫌いなんですよ」
「・・・それでは、伝記などに記されている英雄たちも?」
「すべてが、とは言いませんが、伝記などは勧善懲悪風に書かれているので、読む分には好きですが、実際はどうなのかはわからないので、どっちつかず、とだけ申しておきます」
実際に見てきた人がいないので、颯はこういう答えしかできなかった。
「そういうわけで、ロスヴァイセさん。私の勧誘はあきらめて・・・っ!?」
もらいます。と言おうと、ロスヴァイセさんを見ると、俯きながら目尻に涙をためていた。
「うううぅぅぅぅぅ・・・・」
「ど、どうしたんですか!?」
急な展開に颯はうろたえた。
「うわああああああ」
ロスヴァイセはテーブルに突っ伏し、声を上げて泣き出した。
「なぜ!?」
「うう、せっかく、初めての勧誘だったのに。今まで勉強ばかりしていたからずっと仕事はデスクワークだったし、勇者様の勧誘のメンバーになったかと思えば、もう時代は平和で数も少なくなってきたのに、今回やっと理想の英雄様がいたのに、その英雄様も英雄になるのを嫌っていて、もうこのような出会いなんて二度とないのかもしれないのに、このままじゃ私、ただ勉強ができるだけの無能ヴァルキリーと周りから言われるんだぁぁぁ!!」
周りの目も気にせずに大声を上げて今までの鬱憤を晴らすかのように恨み辛みを口にした。
「いや、貴女の事はよくわかりませんが、そこまで自分を卑下することはないと思いますが・・・」
「そんなことはありません!私の先輩たちはこんな御時世でも英雄の勧誘は成功しているんですよ!そんな中、私だけが勧誘に成功していなければ、そんなの同じ部署にいずらいじゃないですかぁぁ!!」
顔を上げると、涙で顔を濡らしているロスヴァイセが見つめてきた。
「(うぅ・・・女性の涙は苦手なんだが)」
颯は少し考えたが、溜め息を一つ吐きながら妥協案を提案した。
「では、仮契約という形ではいかがでしょうか?」
「仮・・契約?」
「私は英雄だの勇者にはなる気はありません。ですが、いつかは気が変わって、なりたいと思うかもしれません。その時になって別のヴァルキリーが契約に来たのでは、ロスヴァイセさんも不本意でしょう?ですので、仮契約をしておけば、優先的に契約の機会が巡ってくるというわけです」
そういうと、ロスヴァイセは考え込むように顎に手を当て、少し考えたのち、
「わかりました。その案で私と仮契約をお願いします」
ロスヴァイセの手元から魔方陣が展開され、そこから契約書が出現。ある程度、ロスヴァイセが手直しをしてから、颯へと差し出される。
颯は、契約書に目を通し、不備や此方にとって不都合なことが書かれていないかを確認し、三十分かけてようやく仮契約書にサインをした。
「これで大丈夫でしょうか?」
「少し待ってください。・・・・・はい、確認しました」
やれやれ、やっと終わったかと思い、席を立とうとしたが、
「では最後に、顔写真をお願いします」
その一言が、颯を凍りつかせた。
「は?・・・顔写真?」
「はい。本来は契約書だけでよいのですが、最近では英雄の名を語る偽物がいる可能性があるので、もし、貴方の名を語って英雄の真似事をし、不名誉な事があった場合、顔写真があれば、それを証拠に本人でないことが証明されるからです」
「・・・私は一応この仮面を着けて行動してますから、そんなに気にしないのですが」
「それでも、一応規則ですから・・・」
「ですが、わたしは、正体を知られるのはあまりしたくないのですが・・・」
「で、では、私だけ情報を所持するという事で妥協していただけませんか?」
ロスヴァイセはようやくとれた契約を破棄されないようにと、必死になって引き留めようとした。
「・・・はぁ、わかりました。そのかわり、約束通りに私の素顔は誰にも公表しないでください。どこで情報が漏れるかわかりませんから。もっとも私自身が漏らしてしまったらそれは意味がありませんけど」
「は・・・はぁ」
「では、できれば人目につかない方法で撮影しましょう。『縛道の七十三 倒山晶』」
鬼道を発動させると、颯を中心にして、四角すいを逆さにした形の結界を出現させた。
「こ・・これは!?」
ロスヴァイセは急な展開に狼狽えはしたが、
「安心してください。これは外から中が見えない結界で、この中なら私も素顔を出しやすいというものですので、このような処置をした次第です」
「そ・そうですか。少し驚きましたが、そういうことでしたら構いません。では早速撮影を開始しましょう」
そういうと、魔法陣を展開し、魔法陣から撮影用のカメラを出現させた。
「では、すみませんが、仮面を外してください」
カメラを構え、いつでも撮影できるロスヴァイセに対して、颯は、頭にかぶっていたローブを取り、仮面を外すと素顔を晒した。
「・・・・・・・・・」
「ロスヴァイセさん?」
「っは!す、すいません。あ、あまりにも若い方なので驚いてしまって」
「まぁ、声もくぐもってますし、わからないのも当然のことですよね」
そう言いながら、首に巻かれているローブの紐を、颯は外していたが、ロスヴァイセはそれどころではなかった。
「(ま、まさかこんなに若い方だなんて!!それによく見ると髪は白髪でくせっ毛なのに艶があってきれいで、身に纏うオーラは感じる限りではわずかですが、そのオーラの濃度は濃く感じられますし、体型は痩せ型で、でもよく鍛えられている感じがしますし、って私はどこを見ているんでしょうか!!!)」
ロスヴァイセは死神(颯)の準備が済むまでの間、ずっと死神を見つめていて内なる気持ちを抱いていたが、すぐにそのような気持ちを振り払った。
その後、無事に撮影を終え、ローブと仮面を着け、颯は鬼道の結界を解こうとしたときにロスヴァイセに声をかけられた。
「あ、あの、ちょっと待ってください。たしかここに・・・」
ロスヴァイセは着ているスーツのポケットの中を探しまくって何かを探していた。
「ありました。これをお渡ししておきます」
ロスヴァイセから手渡されたのは一枚の折りたたまれた羊皮紙だった。
「これは?」
颯は疑問を口にすると同時に羊皮紙を開くと、魔方陣が書かれていた。
「それは、通信用の魔法陣です。何かあればその魔法陣に魔力を込めれば、私に直接繋がるようにしていますので、何かあれば連絡を下さい。すぐに駆けつけますから」
「わかりました。ありがとうございます」
そう言い、懐に羊皮紙をしまうと、今度こそ結界を解除し、元のギルドの酒場にいた。
「では、くれぐれも、お約束の事をお願いします」
「はい。絶対に、あなた様の情報は外部には流させません」
ロスヴァイセに強く念を押した後、任務疲れもあってか、颯は、すぐに自室へと帰ってしまった
~その後のギルドでは~
死神を見送ったロスヴァイセはイスに座り、テーブルに肘を載せて手を組み、そこに頭を載せた。
「(まさか、本当に契約が取れるなんて思いませんでした。でもこれでヴァルキリーとしての務めも果たしましたし、何より、裏でも表の世界でも有名な“死神”様と契約が取れました。まだまだ一人目の契約者ですが、これで私も一人前のヴァルキリーです)」
だがこの時、ロスヴァイセは知らなかった。初めてとれた契約者が“死神”だったので、その手腕が大きく買われ、敏腕ヴァルキリーと呼ばれるようになり、一年後には北欧の神オーディンの付き人になるまでに出世するのだが、この時のロスヴァイセには知る由もなかった。
第二章はもう少し続きます。
楽しみな方も、そうでない方も少し時間をかけて制作作業に入りますのでお待ちください。