「順当に勝ち上がっているようね総司」
「まぁここまではな」
準々決勝の朝。総司はホテルの朝食会場で、総司の母である恵と父である宗吾。そして恵の付き人である美奈と一緒に食事を取っていた。刀華は朝から黒乃さんのところに行っているため、この場にはいなかった。
「それにしても珍しいな。母さんはともかく父さんまでおれの試合を見に来るなんて」
総司がそう言いながらなにか勘ぐるような視線で宗吾を見た。その視線に宗吾はハァと一つため息をつき、
「鋭いな」
と一言漏らした。それに今度は総司がため息を一つついた。
「なにかあるんだな」
「ああ。今日の試合が終わった後時間を作ってくれ」
「わかった」
総司は頷き、朝食の焼き鮭をほぐす。
「次の相手はあの王馬君なのよね?」
「そうだよ。そういえば母さんはリトルの時にあったことがあるんだよね?」
「ええ。私は人をあんまり覚えないんだけど彼は覚えているわ」
「そうなんですか?そんなになにが印象だったんですか?」
美奈が恵に尋ねた。
「彼はあの年代の子たちとは明らかに異なっていたのよ。あそこまで強くなることに執着した子どもは後にも先にも彼以外にはあったことなかったわ。まぁ当時の総司はさらにすごかったんだけどね」
「そうなんですか?」
「ええ。毎日毎日取りつかれたように鍛錬をしてたわ。それにその時からこの子は
「おれの昔話はいいよ・・・・さておれはそろそろ行くわ」
「ええ。頑張ってきなさい」
「もちろん。それに・・・・」
総司がチラッと宗吾を見る。
「この試合が何か大きな分岐点になる気がするしね」
総司が去っていく。その背中を見ながら恵は宗吾に言った。
「よかったんですか?この場で言っておいても総司には影響ないと思いますよ?」
「まだいい。どのみち今回のことは・・・・」
「総司はたぶんそちらの道を選びますよ」
恵が確信をもってそう告げる。それに美奈は首を傾げた。
「そうですか?今回の件は総司兄を・・・・」
「ええ。それはたぶん総司も聞いたらすぐにわかるでしょう。でも総司はその道を行くの」
「・・・息子ながらどうしてそう育ったのか」
「あら、よく似てるわよ。私達に」
恵のその言葉に宗吾は大きなため息をついた。
静寂・・・総司はゆっくりと一つ呼吸をする。そして身体の調子を確認する。身体をいつも通り動く。魔力も十分にある。しかし一つだけ問題があった。
「魔術制御がおかしい」
これはこの大会に入って段々と感じるようになってきていた。寧音と修行を行っていく中でこの感覚に関してもさらに鋭くなっていっていた。しかし七星剣舞祭に入り、実際に試合を行ったりや調整をしていく中でだんだんと誤差が広がっていっている。
「もっとやれる気がする。でもそれをやろうとするとできない」
感覚としてはなにか鎖のようなもので縛られており、ある一定の水準に達すとその鎖のせいで前に向かえないような感覚。総司にとってもこんなことになることは初めてであり、どう解決していいものかと思っている。しかし今回の相手はそんな鎖を背負っていて勝てるような相手ではない。
「王馬は必ずこの間よりも遥かに強くなってる」
理由はない。ただ断言できる。だからこそ・・
「この試合で自分の限界を出してでも、必ず勝つ」
総司は控室の扉を開ける。そして歓声が響く中心に向かって歩き出した。
『ご来場の皆さま、お待たせしました!!これより第六十二回七星剣舞祭三回戦を開始します!』
実況により三回戦の合図がなされた。それに呼応し湾岸ドームの客席から地鳴りのような歓声があがる。
『今大会のベスト8達がしのぎを削る三回戦。激戦の期待感に、会場の興奮はすでに沸点に達している模様!実況は引き続き、私、飯田が!解説は八乙女プロがお届けします!それでは早速、三回戦第一組目に入場していただきましょう!まず、青ゲートより、玖原総司選手の入場ですッ!』
その声に応じ、ゆっくりと歩いてくる。しっかりと引き締まった身体に破軍の制服を纏い、まっすぐに反対のゲートを睨みつけ会場に入った瞬間。会場の歓声が弾けた。
『お聞きください!!この大歓声を!!この七星剣舞祭が始めるまでは一切の情報の無い無名の騎士だったこの騎士もこの七星剣舞祭で大きく名をあげました。一回戦で昨年のベスト8である禄存学園の加我選手を無傷で破り、二回戦では『閃光』の二つ名を体現するかのような速攻で勝利を収めました。この三回戦でもその圧倒的な速度と魔術で勝利を収めることができるのか!!破軍学園三年玖原総司選手です!!』
「総司さん大丈夫そうですね」
「うん。体調も良さそうだし今日に向けて万全の調整をしてきたしね」
カナタと刀華が話す中、その横で今日合流した生徒会メンバーの御禊泡沫がうーんと唸った。
「でもさ、そうちゃんと王馬クンってこの間戦ったとき僕から見てもかなりの差があったように思えたんだけどそうちゃんにとってそんなに不安な相手なの?」
「確かに。少し気にしすぎな気がするな」
それに雷も同意する。しかしその言葉に刀華は首を振った。
「王馬さんは必ず強くなってくると思います。それこそが彼の強さですから」
乗り越えること。それが王馬の強さの根源だと総司が言っていたことを刀華思い出す。
「でもそうちゃんも前よりずっと強くなっているから心配しなくても大丈夫だよ」
「玖原・・・・・・」
黒乃はタバコをふかす。
「くーちゃんここ禁煙だよ」
右横にいる寧音が突っ込むがそれを気にする様子もなくさらに煙をふかす。ただ次の瞬間その火のついたタバコの先がスパっと落とされた。さすがの黒乃も驚き寧音のいない側の左側を見る。そこには微笑みながら黒乃と寧音を見つめる椅子に座った女性が槍を構えて座っていた。
「黒乃。ここは禁煙よ」
「恵さん・・・・」
スッと槍を消し、黒乃にそういう恵が身に纏う雰囲気は鋭い。
「ルールはきちんと守るように
ゾクっと黒乃と寧音の肌が粟立つ。恵が現役だったころ後輩だった二人が恵から施された
「というかいつの間に椅子に座ってたんです?」
「さっきよ。今は薬で脚が動くようにしてるから自分で歩いてきたの」
「恵さんは相変わらずだね・・・・」
「あら寧音。そういえば・・・・」
スッと今度は視線が黒乃から寧音に移る。
「学園ではずいぶん色々な人に迷惑かけてたみたいね」
寧音がギクリとして苦笑いを浮かべる。そんな寧音にさらに恵は笑いかける。
「世界三位ってそんなに偉いのねぇ。私四位までしか行ったことないし・・・三位様はそんなことしても許されるのねぇ」
「えっ・・・いや・・・それは・・・」
寧音が言いよどむ。そんな二人を見ながら黒乃は
『こんな風に寧音を追い込むことができるのは世界に寧音の師匠である『闘神』とこの恵だけだな』
と思った。
『さぁ!!玖原選手の入場で会場は興奮の坩堝と化しています。さてその中にもう一人の選手に入場してもらいましょう』
実況の言葉を合図に、赤ゲートにスポットライトの光が集まる。その光の中に、黒い和装を纏った剣士が歩み出る。
『名門・黒鉄家の長男として生を受け、幼少より麒麟児として全国に名を轟かせた天才!U-12(小学校)世界大会でワールドチャンピオンに輝いた瞬間誰もが思ったでしょう!《大英雄》黒鉄龍馬の正当後継者がここに誕生したと!しかし!そんな周囲の喜びとは裏腹に、天才は飽いていた!刃引いた得物でしか戦えない《連盟》のルールに絶望的に飽いていた!彼は求めていたのだ!本物の戦いを!命がけの闘争をッ!より高みを目指すために!それ故に、彼は我々の前から姿を消してしまった!しかし彼は圧倒的な力を持って我々の前に帰ってきました!!新生・暁学園三年《風の剣帝》黒鉄王馬選手です!!!』
長い髪と和装の裾をはためかせながら、一歩一歩、総司との距離を縮める王馬。その姿に、観客席は息を吞んだ。
『・・・す、すげえ・・・」
『相変わらず・・・・・、なんてプレッシャーや・・・・!』
ただ歩いているだけなのに、触れるだけで肌が裂けそうな剣気。まるで抜き身の刀のような冴え冴えとしたプレッシャーだ。
『八乙女プロこの二人と言えば、前に王馬選手の発言で話題となった二人ですね』
『ええ。私も覚えています。王馬選手が昔玖原選手と戦いたい。そして借りを返したいと言ったとき日本全国は震撼しましたからね』
『そうですね。当時この世代最強だった王馬選手が負かした騎士が無名でしたからね。しかし今日その因縁も決着がつきますね!』
『ええ。しかし二人ともこの大会中まだ本気を出している様子はありませんでしたから・・・この試合でついに二人の本当の実力が明らかになるのではないでしょう』
『なるほど!!それは楽しみですね!おっと、そして今両選手が開始線につきました!!』
二人は睨み合い一言も言葉を交わさない。ただ二人の間の剣気がどんどんと鋭くなっていく。その雰囲気に会場全体が飲まれていく。
『なんでしょうかこの雰囲気は・・・・』
『騎士というよりは剣豪の斬り合いという雰囲気ですね。学生騎士の試合でこんな雰囲気になったことは私は知りません』
『この一戦は必ず七星剣舞祭歴史に刻まれる一戦になるでしょう!!では試合を開始していきましょう!!皆さんご唱和ください!!!Let's go ahead!』
開始の合図と同時に両者が跳び出す。総司の小太刀と王馬の野太刀が衝突し、会場の空気を激しく震わせる。会場に面した窓が揺れ、激しい音とともに剣戟が繰り広げられる。
『凄まじい音と振動です!!!思わず会場中の全員がのけ反ってしまう!!!!』
『高次元での魔力のぶつかり合っていますね・・・玖原選手は明らかにCランクではないです』
互いに一切引かない剣戟が十を超えたところで王馬が吹っ飛ばされた。
『おっと王馬選手が吹っ飛ばされた!!剣戟戦は玖原選手に軍配が上がった!!』
『いえ違うと思います』
実況の飯田には見えていなかったものがプロ棋士である八乙女には見えていた。
『玖原選手は剣戟の中で魔力を用いて王馬選手を吹き飛ばしました。たぶん玖原選手が嫌ったんでしょう』
『それは玖原選手が剣戟では王馬選手に勝てないと認めたということですか?』
『そういうことでしょう。やはりAランクの王馬選手には力では勝てないということでしょうね』
「違う」
この解説を刀華が否定する。それにカナタも頷いた。
「ええ。あれは総司さんらしくないですね」
総司は戦闘によく理由を求めるような節がある。しかし根っこは純粋な戦闘狂であり自分から剣戟から逃げるようなことはしない。そんな総司が剣戟から強引に逃げた。それにはなにか理由があると二人は思った。そしてそれはすぐにわかった。
「王馬・・・・舐めてるのか」
総司は切れていた。鋭く尖った魔力と剣気が会場を包み込む。それに会場中が息を吞んだ。
「外せよ。そんな重石を付けたままでおれと戦おうとしているのか」
総司が切っ先を王馬に向けて促す。すると王馬はニヤリと笑った。
「さすがに気付くか・・・《天龍具足》解除」
激しい暴風が王馬を中心に起こり、総司にもその暴風が届くはずだったが・・・それを小太刀一閃に総司は斬り裂いた。
「さぁ始めようぜ。王馬」
「総司・・・おれは考えた」
王馬が語る。
「そして至った。お前に勝つためには手段は選んでいられない。そしておれは自分の信念をここで曲げてでもお前に勝ちたい!」
王馬を中心に巻き起こる風が激しさを増す。しかしそれはただ増しただけではない。明らかに
「王馬まさか・・・・」
この現象を総司は何度か見たことがある。そしてそれはある男の人真似だ。それを行っている男もこの現象に理合いに気がついた。
「王馬兄さん・・・・まさか」
この理合いは一輝自身が生み出した
「王馬兄さんが・・Aランクの騎士が
こんな戦い方をしている人間は自分以外に一輝を見たことも聞いたこともない。だから想像ができない。でも一つわかることもある。
「弱くなることはありえない・・・・」
王馬がこんな土壇場で使うものが力を持っていない訳がない。それは一輝にもそして総司にもわかっていた。
「まさか・・こんな手を使ってくるとはな・・さすがに予想外だ」
総司がニヤリと笑う。そして総司は自身にまとわりつく鎖を見る。さっき重力の力を使ったときから感じている全身に纏わりついている鎖に力を込めた。
「・・おれに勝つために自分の信念を曲げてでも挑んでくるこの男におれも全力で答えたい」
さらに力を込める。はやくしないと王馬が来る。絶対にそれまでにはこの鎖を引きちぎる。
「おれはいままで闘うために理由を求めてきた。刀華たちが傷つけられたから、出なければならなくなったから、『天陰』の名を『玖原』の名を汚さないために・・・殺せと命じられたから。自分でこうしたいと戦ったことなど一度もない!!!でも・・・」
鎖が軋む。
「この男はおれが斬りたい。おれがおれのためにこいつを斬る。おれの全力を持って!!」
ピシリと鎖が音を立てて崩れていく。今まで全身に纏わりついていた鎖が崩壊していく。
「王馬」
その変化に王馬も気づく。その変化はさっき自身が
「お前はおれがおれのために斬った最初の男になる」
小太刀の切っ先を向けて告げた。
いかがだったでしょうか?
さてついにきましたね。
ここまで続けることができて本当に嬉しいです。
この話は実は初期にプロットで書いた話です。ここまでこれたらと思っていたのですがなんとかくることができました。これも皆様の応援のおかげです。本当にありがとうございます。
さて少しずつ伏線を回収しつつ話はこれからも進んでいきます。実は七星剣舞祭編はもう終盤です。それを終えオリジナルに入っていきたいと考えていますのでお楽しみに!
今回も感想、批評、評価、募集しています!よろしければお願いします!!
ではまた次回会いましょう!!