落第騎士と生徒会長の幼なじみ   作:簾木健

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ついにここまで来ましたね・・・・

今回も楽しんでいただけると嬉しいです。

簾木 健


開幕

「じゃあそろそろホテルに戻るか」

 

総司から代金を出してから立ち上がる。あとちょっとしたら本番に日時になるような時間になっていた。もう店内には総司、キリコ、雄大、八心、雄大の母しかいなかった。

 

「あらもうこんな時間なのね。私も一緒に戻るわ」

 

「雄大はどうするんだ?」

 

「わいはここに泊まるわ」

 

「そうか。じゃあまた明日会場でな」

 

「ああ・・・・・」

 

雄大がスッと総司を指した。

 

「総司わいは絶対に総司まで辿りつく・・・・・そして勝つ」

 

雄大から滲み出る闘気。『七星剣王』の並ではない強さの闘気に総司はフッと笑った。

 

「ああ。楽しみにしてる」

 

「っ!!!!」

 

総司から放たれる闘気。それは一瞬にして雄大の闘気を喰い尽し、『一番星』の店内を満たす。戦いの場に身を置いてない八心や雄大の母にすらわかった。今目の前にいるこの男は次元が違う。

 

「雄大。昨日も言ったが一輝は強い。この頃の戦いを超えてまた強くなったみたいだしな。だから・・・・」

 

「わかっとるわ。やから初戦から飛ばしていくで。総司こそ一回戦負けんなや」

 

「負けねぇよ・・・・・うんじゃ、今日もうまかったよおばちゃん。また来るわ」

 

「またね!待っとるよ!」

 

「キリコ行こう。八心はどうすんだ?」

 

「うちも駅まで一緒に行くよ。今ならまだギリギリバスあるしな」

 

「わかった。じゃあ雄大、小梅ちゃんにもよろしく行っといてくれ」

 

「おう。また来いよ!」

 

そうして三人は『一番星』を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後三人は商店街を抜け駅についたところで八心と別れた。

 

「さてキリコは電車に乗るか?」

 

「そうね・・・・・いえたまには歩こうかしら」

 

「歩くのか?歩いて帰れない距離じゃねぇけど・・・・・珍しいな」

 

二人はホテルに向かって歩き出す。キリコがこんなことを言い出すのは本当に珍しいことなのだ。キリコはあくまでも医者だ。総司たち騎士とは違ってそちらを本業としている手前、総司たちのように身体を動かそうとすることはあまりないのだ。だから総司は驚いたのだった。

 

「そういえば聞いてなかったけど・・・・キリコなんで七星剣舞祭に出ることにしたんだ?」

 

総司がそう聞く。これも同じ理由だ。騎士ではなく医者として生きているキリコにとって七星剣舞祭には興味はそれほどないだろう。だから実際一年、二年と出てはいなかった。その問いにキリコ答える。

 

「まぁ最初は学園側から出てくれって泣きつかれたのよ」

 

「そうなのか?でもそれくらいなら普段のキリコなら断るだろ?」

 

「ええ。そうね。今回も断るつもりだったわ。でもどこで聞きつけてきたのか病院の子どもたちがね。『先生が七星剣舞祭に出るなら僕たちテレビの前でいっぱい応援するね』って言われてね・・・・・それを皮切りに病院のみんなに伝わったみたいで・・・・」

 

「ああ。断り切れなかったのか」

 

「ええ。スタッフも『普段は仕事ばかりしてるんですし、たまには任せて行ってきてください』なんて言われるしそれならもうわかったわって折れたのよ」

 

「なるほどな・・・・で?実際に来てみてどうだ?」

 

「そうねぇ・・・それなりにはレベル高いわね。ただ私は騎士の考え方はやっぱりわからないわ」

 

「まぁキリコからすれば自分から身体を破壊にしに来てるような人間はやっぱりわからないか」

 

「ええ。しかも諸星君みたいな子になればさらにわからないわ」

 

「雄大か・・・・あいつの話をキリコとしてるとあの日々を思い出すな」

 

「諸星君が私のところにいた時よね・・・・・」

 

キリコが苦笑する。総司もそれを見て苦笑した。

 

「まずあいつをおれが病院の近くで拾ったんだよな」

 

あの日・・・総司はキリコから頼まれてに行って買い物の帰り、病院の近くで地面を這って進む男を見つけ保護したのだ。話を聞いてみるとキリコに会いたいとのことだったので総司がそのままキリコのもとに連れていったのである。そしてその男こそ諸星雄大だったのだ。そして雄大はキリコの前に来た瞬間にこう頼んだのだ。

 

「頼む先生!!わいの足を治してくれ!!!!」

 

その質問にキリコはニヤリ黒い笑みを浮かべたのを総司はよく覚えている。

 

「あの時のキリコは悪魔に見えたよ」

 

「ええ。あの時は自分が神にでもなった気でいたのよね・・・・・本当に傲慢だったわ」

 

さっき一輝たちの前でも言ったように雄大の足を治療したのはキリコと総司だ。その足の治療というのは神を恐れぬ方法で行われた。現代には《再生槽(カプセル)》という医学の粋を尽くしたものがある。しかしそれは切断された腕や足、場合によっては首すらも修復できる奇跡の箱だ。ただできるのは()()まで。ミンチになった足を新しく生やすことはできない。しかし雄大は足を完全に欠損していた。それを生やすとなると方法は一つしかない。その方法こそ当時《白衣の騎士》こと薬師キリコが研究していた魔術であった、『全身細胞を使った欠損部位の復元魔術』だ。キリコはこの雄大からの頼みをすぐに引き受けた。それはもちろん雄大の熱意に心動かされたとかではない。ただ自分の研究の『実験台(モルモット)』にするため。そのためにキリコは二つ返事で返事を返した。その場にいた総司はそんなことをすることをすぐに止めた。しかし二人はそれに聞く耳など持つことなくすぐに治療という名の実験を始めることになった。雄大の全身組織をそぎ取り、一度分子単位までバラバラにしたそれをこね回して雄大の偽足を作った。総司はいやいやながらも乗りかかった船ということでその治療に参加した。

 

「おれは最初絶対に雄大が途中で根を上げると思っていたよ」

 

「そうなの?」

 

「ああ。まぁそうなった時にキリコが暴走しないようにするためにあの治療に参加したようなもんだしな」

 

「そうだったのね」

 

根を上げる・・・・総司がなぜそう言ったのかはこの治療の副作用をある。もちろん全身組織から作り出すのだから、他人の臓器を移植するときに起こる拒絶反応などは起きることはない。この治療の副作用とは全身組織から人体の半分近い組織を作り直したことによる全身の筋肉量の著しい減衰と全身の骨密度の激減による重度の骨粗鬆症だ。それにより患者は肺の伸縮で胸骨を痛めたりしてしまうほどになってしまう。そしてすっかり骨と皮だけになった身体をもう一度満足に動かすためには、筋肉をつけ直さなければならない。それも可及的速やかに。なぜなら減少した筋肉量的に、すぐにでも筋力をつけ直さなければ生命活動にすら支障が出るレベルなのだから。故にキリコは雄大に強要した。その枯れ木のような身体での、一流アスリートと同レベルのハードな筋力トレーニングを。当然そんなことをすれば肉体はただでは済まない。スカスカの骨は幾たびも砕け、強度を失った筋肉は千切れる。柔らかくなった腱は軒並み裂け、至るところの神経が断裂を起こる。その痛みに歯を食いしばり、折れた足で走り、千切れた腕でダンベルを持ち上げる。しかも『壊れる』だびに総司とキリコの治療魔術で破損部位を復元するのだ。それは『壊れる』痛みを何千回と味わうということだ。それはもはや治療ではなく拷問と言って差し支えない荒行。嘔吐、失禁は日常茶飯事。雄大のリハビリの光景はまさに地獄絵図だった。しかしそれが三か月たったころだった。キリコが総司に泣きながらこう漏らした。『もうこの研究を終わりたい』と。雄大よりも先に根を上げたのはキリコだった。この三か月間、毎日響く激痛による叫び声や呻き声はキリコの夢の中でも響き、キリコを完全に疲弊させてしまったと同時にキリコは気づいたのだ。雄大はモルモットではない。自分と同じ『形』をした生き物でこんなことのために犠牲になってはいけないものなんだと。そんなキリコに対し総司も当の本人である雄大も中止することを認めることはなかった。疲弊しきったキリコにはそこまでしてこの地獄に耐える雄大とこの地獄を毎日のように見続けている総司の二人は人間ではないのではないのかと思った。そんな時キリコに対し雄大は言った。

 

「総司には話したんやけどな・・・・なぁ先生。小梅が最後に言った言葉なんやと思う?」

 

諸星小梅。雄大の妹は話すことができない・・・・・できなくなってしまった。その原因こそこの雄大の怪我にあったのだ。雄大が怪我を負ったのは大きな電車の事故だ。ではこの日雄大はどこに電車で向かっていたのか。向かっていたのは遊園地だった。そこに行きたいとねだったのこそ小梅だったのだ。小梅は自分のちっぽけな願いのせいで兄は両足と騎士としての輝かしい人生を失ってしまった。自分が我が儘を言わなければ・・・・そう自分を責め続け、最後には心が壊れてしまった。そして声を失った・・・・・そんなその経緯はキリコも聞いてた。それが雄大を動かしていることも聞いていた。ただその辺のことは総司から伝聞でしか聞いていなかった。そういったところは総司に任せっきりにした。実験体と会話をする必要なんてないそれがキリコのスタンスだった。しかしこのタイミングでキリコはついに雄大の言葉に耳を貸したのだ。

 

「ボロボロ泣きながら、ごめんなさいや・・・・その日以来、口がきけんようになってもうたんや。全部、全部ワイが情けないせいや。ワイが怪我なんかしたもんやから、小梅にいらん負い目を背負わせてもうた。遊園地に行きたいそんな可愛らしい我が儘を罪やと思わせてもうた・・・・だからこのままでは終われんのや。ワイが教えたらなあかん。なんも謝ることはない。気にせんでええって。せやけど、こんな情けな身体のままやと駄目や。ワイがあの事故で無くしたモン。脚も、力も、地位も・・・・全部取り戻して、言葉やなく結果で『ワイはもう大丈夫や』と示したらんと、アイツは自分を許してくれへん!!だから!!!ワイは小梅が自分を許して、もう一度しゃべれるようになるまで、たとえ何度骨が砕けようと・・・・肉が引きいぎれようと・・・・・(アイツ)の前で、曲がった背中は二度と見せんッッ!!!!それが、兄貴っちゅうもんやッ!!!!」

 

この時キリコは悟った。この男は絶対に途中で投げ出すことはない。どんなことがあっても最後までこの()()を受け続ける。

 

「あの話を聞いた瞬間に総司君がなんで協力したのかもすぐにわかったわよ」

 

「・・・まぁな。あそこまで覚悟を決めた男に色々言うのは野暮ってもんだ」

 

その地獄を乗り越え今、雄大は学生騎士の頂点にいる。それがこの二人とっては誇らしくもあった。しかし今回の七星剣舞祭ではそんな悠長なことは言ってはられない。

 

「向き合うことになれば斬るけどな」

 

総司がニシシといたずらっぽい笑みを浮かべる。それにキリコは困ったような笑みを浮かべた。

 

「総司君。明日第一試合よね?」

 

「ああ。相手は恋司だからな相手にとって不足はない」

 

「最初から飛ばしていくの?」

 

「もちろん」

 

「ふふ。体調の心配とかはしてないけど・・・・・頑張ってね」

 

「ああ。もちろん」

 

二人がそんな風に話しながらホテルへの道を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『闘争は悪しきことだと人を言う。それは憎しみを芽生えさせるから。平和は素晴らしきことだと人は言う。それは優しさを育むから。暴力は罪だと人は言う。それは他人を傷つけるから。協調は善だと人は言う。それは他人を慈しむから。良識ある人間ならば、そう考えるのが当然のこと。しかし、しかしそれでも人は――――――()()()()()()()誰よりも強く!誰よりも雄々しく!何人も寄せ付けない圧倒的な力!自分の自己(エゴ)を思うままに貫き通す、絶対的な力!!憧れなかったと誰が言えよう!望まなかったとどの口で言えよう!この世に生まれ落ち、一度は誰もが思い描く夢。いずれはその途方もなさに、誰もが諦める夢。その夢に、命を懸け挑む若者たちが今年もこの祭典に集った!!!!北海道『禄存学園』。東北地方『巨門学園』。北関東『貪狼学園』。南関東『破軍学園』。近畿中部地方『武曲学園』。中国四国地方『廉貞学園』。九州沖縄地方『文曲学園』そして――――新生『日本国立暁学園』。日本全国計八校から選び抜かれた精鋭たち!!いずれも劣らぬ素晴らしき騎士ばかり!されど、日本一の学生騎士《七星剣王》になれるのはただ一人!!ならば――――その剣をもって雌雄を決するのは騎士の習わし!!若き高潔なる騎士たちよ。時は満ちた!この一時のみは、誰も君たちを咎めはしない!思うまま、望むまま、持てる全ての力を尽くして競い合ってくれ!!ではこれより、第六十二回七星剣舞祭を開催します!!!!!!」

 

大阪の中心地から離れた、湾岸の埋め立て地にある『湾岸ドーム』が観客の声によって揺れる。その中で刀華は緊張した面持ちで観客席からリングを見つめていた。その横にはいつもと同じように白いドレスを身に纏った貴徳原カナタと薬師キリコがいた。カナタも刀華と同じように緊張した面持ちで、キリコはいつも通りに不敵な笑顔を浮かべていた。

 

「そうちゃん緊張とかしてないかな・・・・」

 

「大丈夫よ。なんて言ったって総司君なんだから」

 

キリコをムッとして見つめる刀華。そんな二人にカナタはふふっと微笑んだ。

 

「大丈夫ですよ会長。総司さんならきっとやってくれます。薬師さんもあんまり会長を煽らないでください」

 

「ふふ。ごめんね。刀華ちゃんがかわいくて」

 

「まぁそれはわかりますが、今くらい自重してください」

 

「ちょっとかなちゃん!!それはどういうこと!?」

 

『さて!!!では早速Aブロック一回戦第一組の試合を始めていきましょう!!!!』

 

「ほら刀華ちゃん。始まるわよ」

 

「えっ!?わわ・・・・」

 

刀華は慌てて視線をキリコからリングに移す。そんな刀華をカナタとキリコは顔を見合わせてふふっと笑い、刀華と同じように視線をリングに移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『実況はこの私、飯田が!解説は牟呂渡プロがお届けします!!!!それでは早速、入場してもらいましょう!!まずは青ゲートより、加我恋司選手の入場です!!』

 

その声に応じ、のそりと、青ゲートの闇から大きな影が現れる。スポットライトの明かりに照らされた眩い舞台に姿を見せたのは、身の丈2メートルはゆうに超える巨大な岩石のような大男。それこそが――――

 

『おお!加我だ!加我が来たぞ!』

『相変わらずでけぇぇぇ!!』

 

北海道の雄。加我恋司だった。

 

『北の大地、禄存学園からやって来た《鋼鉄の荒熊(パンツァーグリズリー)》!何よりも目を引くのは《荒熊》の名に恥じないその規格外の巨体だぁ!!身長236センチ!体重370キロ!!ヒグマとはぼ変わらない恵体による剛力を武器に戦う、日本屈指の超パワーファイターです!!』

 

『加我選手は攻守が非常に高い次元でバランスよく整っている選手です。持ち前の恵体から繰り出されるブルドーザー級の膂力。そして伐刀者(ブレイザー)としての能力による《全身鋼鉄化》というオリジナリティ。単純に強く、単純に硬い。それ故に、使い方や状況、相手の能力との相性に左右されにくい《純粋な強さ》を持っていますね』

 

観客の声援を受けながら加我がリングに上る―――瞬間、彼はある行動を取る。自分の着衣をその太く巨大な手で掴むと、それを引き千切るように脱ぎ捨てたのだ。

 

『おおおおぉ――――っとぉ!?加我選手!特注サイズの制服を引き千切って脱ぎ捨て、褌一丁になったァ!これはどういうパフォーマンスだァ!?』

 

困惑する実況と観客。それに対し、解説の牟呂渡が言葉を挟む。

 

『『指輪』や『首輪』、『眼鏡』など、伐刀者(ブレイザー)霊装(デバイス)は必ずしも武器としての形状を取るわけではありません。そして加我選手の霊装(デバイス)《雷電》はあの褌―――『廻し』なんです。普段は服の下に着用しているので見えることはありませんが・・・・・、あえて着衣を脱ぎ捨て、廻し一丁で戦いの舞台に上る。この試合をここ一番の勝負と考えての、気合の表れでしょう』

 

牟呂渡の解説は正しい。大勝負には霊装(デバイス)一丁で挑む。それが加我流の必勝を祈願した気合の入れ方なのだ。そして着衣を脱ぎ捨てた加我は、その場で膝を曲げ、腰を落とす。その後、左足を天高くほぼ垂直に持ち上げ、リングに叩きつけた。瞬間、ズドォン!という地響きを伴い、リングの左側が地面に沈み込む。これには会場全ての人間が驚愕に目を見開いた。

 

『す、すさまじいィィィ!!!加我選手が四股を踏んだ瞬間、直径約100メートルのリングが、地面に斜めに沈み込んでしまったァァァァ!!!!そして続けて反対の右足を天高く掲げ――――どすこーーーいッ!!』

 

再び轟音が轟くや、先ほどと同じく今度は右側もまた地面に沈む。

 

『斜めに傾いたリングは二度目の踏み付けでもとの水平に戻りましたが、しかし明らかに彼が四股を踏む、前よりもリング全体が、目算十センチほど地面にめり込んでいます!なんというパワーでしょうか!』

 

『そこもすごいところですが、彼の足元を見てください』

 

『足元、ですか?な、これはァッ!!足形です!!ナパーム弾の直撃にも耐えうる特殊石材で作られている伐刀者(ブレイザー)のリングに、まるでぬかるんだ砂浜を踏みつけたように、指の形までくっきりとわかるほど明確な足跡が刻まれています!』

 

『リングは足の形に陥没しているのに、周囲にヒビひとつ入ってません。力が集約し分散していないのがわかりますね。加我選手はパワフルなだけでなく、力の流動をコントロールする繊細さも兼ね備えているようですね。流石です』

 

『うおおおおお!やっぱすげえやん!ただでかいだけやないで!』

『きゃーー!熊ちゃんかっこいい!!!!』

 

観客席から恋司のパフォーマンスに喝采が起こる。恋司は強靭な肉体を武器にした相撲スタイルという独特な戦闘法を取ることや、その恰幅の良い身体に負けない大らかな人柄で、全国に熱心なファン層を持っているのだ。この会場にも多くのファンが駆けつけてきている。そのファンに笑顔で手を振る恋司。しかしすぐに向き直ると対戦相手の出てくるゲートを見つめる。

 

『加我選手の気合の入ったパフォーマンスに会場は興奮の坩堝と化しています!!その加我選手が見つめる先には彼の対戦相手が出てくる赤ゲート。ではその対戦相手に登場してもらいましょう!!!』

 

実況の言葉を合図にスポットライトの光が集まる。その光の中に、破軍学園の制服を身に纏った男が歩み出る。

 

『破軍学園の襲撃事件。国立暁学園の面々の強さをありありと見せつけられたあの事件。しかしその折に取られと思われるある動画を見た人はこの会場にも多くいるのではないでしょうか。あの鮮烈なまでの強さを見せつけた暁学園をたった一人で圧倒していく男。その映像に目を奪われた人は少ないはずです!!そして多くの人が同じ疑問を持ったでしょう!!『この男はいったい誰なんだ』と。あそこまで圧倒的な実力を持ちながら一度も表舞台に出てこなかった無名の騎士。その騎士がついに今日この七星剣舞祭に登場します!!!曾祖父はあの英雄である『天陰』玖原鷹丸。その二つ名はあまりにも早く破軍選抜戦に勝利する姿から『閃光』と名付けられた騎士。玖原総司選手です!』

 

会場から割れんばかりの歓声を背に総司がゲートから出てくる。いつものように不適な笑顔を浮かべ二本の小太刀を腰に差したこの男。しかしその男の異常さを解説の牟呂渡は感じていた。

 

『解説の牟呂渡プロ。どうでしょうか玖原選手は?』

 

『え、ええ。ヤバいですね』

 

『ヤバい?それはどういうことでしょうか?』

 

『彼からはなにも感じません。強さも魔力も・・・そういった情報を読み取ることが一切出来ません』

 

『えっ・・・・・』

 

『異常ですよ。しかし彼の立ち振る舞い、姿勢には一切の淀みがありません。強いことは間違いでしょう。その強さをこの舞台でぜひ見せてほしいですね』

 

『解説の牟呂渡プロですら予想できない強さ・・・・それはいかなるものなのでしょうか。期待が高まります!!』

 

そんな実況を受けながら総司はゆっくりと歩いていき恋司の前に立ち、小太刀を一本抜きその小太刀で恋司を指した。

 

「恋司・・・・覚悟しな」

 

「がはは。総司、おらはこのときを楽しみにしとった。おらがリトルの時に一勝もできんかった王馬に勝ったオメェとは一度やってみたかった!!」

 

「そういや今まで戦ったことなかったな」

 

「・・・・・総司がっかりさせんなや?」

 

「愚問だな。がっかりなんかさせるわけないだろ?」

 

総司が切っ先を下げる。

 

「恋司こそ油断するなよ。その瞬間・・・・・」

 

今までなにも感じなかった総司の身体から漲る剣気。それは会場を飲み込んだ。総司の近くにいた恋司と審判の全身に鳥肌を逆立てる。

 

「斬る」

 

『これは化物ですね・・・・』

 

牟呂渡が総司の剣気を受け苦笑いを浮かべる。解説の飯田にもこの状況の異質さは理解していた。

 

『牟呂渡プロ・・・・これは・・・・』

 

『単純に気を隠していたのでしょう・・・・それにしてもこれが学生騎士とは考えたくないですね』

 

『それはどういうことでしょうか?』

 

『これほどの騎士がまだ学生なんて考えたくないですよ・・・・それほどに強いです彼は』

 

『なんと!?そこまでですか?』

 

『ええ。今回の七星剣舞祭にはイレギュラーが多いですが・・・・・その中でも彼は最もイレギュラーといえるのではないでしょうか』

 

『牟呂渡プロの言葉に会場がどよめいています。牟呂渡プロにここまで言わしめた玖原選手はどれほど強さなのか!!その強さを加我選手が正面から叩き潰すのか!!さぁもう待てないでしょう!!会場の皆さまもご唱和ください!!―――――Let's Go Ahead!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オオオオオオォォオオッッッッ!!!!」

 

コールの瞬間、まず動きを見せたのは恋司だった。総司は黙ってそれを見つめる。恋司の全身から魔力が滾る。同時に彼の身体は光沢を持つ鋼に変化していく。それこそ《鋼鉄の荒熊(パンツァーグリズリー)》の二つ名の由縁。己の肉体を全て鋼鉄に変える加我恋司の伐刀絶技(ノーブルアーツ)――――《鉄塊変化》だ。

 

『先手は加我選手!ここはセオリー通りの全身鋼鉄化を自らに施した!!』

 

『彼のアビリティを完全に生かすにはこの工程が必要ですからね』

 

加我のヒグマのような巨体と、そこから繰り出される膂力を数倍に高める重量。そして敵のあらゆる攻撃をガードすることなく弾ききる硬度。これら二つの強さと、相撲という突破力と手数に優れる攻撃特化の戦闘スタイルにより、相手を圧倒する。それが《鋼鉄の荒熊(パンツァーグリズリー)》の戦闘スタイルだ。そして先ほどリングを沈めた脚力で総司に向かって突っ込む。その勢いはさながら巨大な砲弾のごとし。

 

『は、速い!!加我選手!その巨体からは想像できない速度で玖原選手に突進する!!』

 

これに対し総司は小太刀を持っていないほうの持ち上げた。すると総司の三メートルほどのところで恋司が停止してしまう。

 

『な、なんだ!!!なぜか加我選手が急停止してしまいました!!加我選手も驚いて玖原選手を見つめる!!牟呂渡プロこれはどうしんでしょうか?』

 

『魔術です・・・・・しかしこれは・・・・・重力の魔術・・・・なぜ玖原選手が使えるのかはなぞですよ』

 

『そういえば玖原選手の能力は・・・・』

 

『ええ。雷系の能力と私のところにも情報が来ています・・・しかし今使ったのは明らかに重力の魔術です』

 

「どういうことだ!?」

「能力が変わるってことってあるんか?」

「そんなんありえへんから牟呂渡プロも驚いとるんやろ!?」

 

会場がさらなるどよめきに包まれる。その会場の客席でステラ・ヴァーミリオンは苦笑いを浮かべた。

 

「いつ見てもすごい魔術ね」

 

そのステラの言葉に横にいた一輝は頷く。

 

「うん。あの加我さんの巨体をいとも簡単に止めるなんて・・・・」

 

一輝の横で二人の会話を聞いていた珠雫も会話に加わる。

 

「あれくらい玖原先輩からしたら普通ですよ」

 

「そうね。シズクの言う通りよ」

 

珠雫の言葉にステラが頷く。

 

「アタシの炎でも指一本で押しつぶしてしまうような人なんだし」

 

「・・・・・それはまたおっかないな」

 

一輝はそれに苦笑いを浮かべるしかできない。ステラは魔術制御では珠雫に後れを取るといっても、世界一の魔力量を誇るため魔術に込められる魔力の量は並ではない。しかしそれを指一本で押しつぶすというのなら総司の恐ろしさは言わずもがなであるし、この状況も当たり前のように思える。

 

「そういえばお兄様は玖原先輩の能力はお聞きになったのですか?」

 

「うん・・・本当に恐ろしい能力だよ」

 

「それを自在にコントロールするのが玖原先輩ですからね」

 

「うん。どうすればいいのか頭が痛いよ・・・・」

 

一輝はハァっと楽しそうにため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんやこい」

 

恋司は驚いていた。突っ込んで一気に接近戦に持ち込み決めるつもりだった。しかし手の届かないところで停止させられてしまっている。なにかにぶつかった感覚はあったしかしここまで急停止させられるとは思っていなかった。驚いた表情の恋司を見てニヤリと総司は笑った。

 

「どうした恋司?来ないのか?」

 

総司が手を下げ膝を曲げる。

 

「それならこっちから行くぞ」

 

『今度は攻守逆転!!玖原選手が突っ込んだ。これもまた速い!!!』

 

『天陰流の歩法である『縮地』ですね。一瞬でに相手との間合いを詰める技ですね。本当に速いです』

 

総司はその速度のままから切りかかる。恋司に反応すら出来ない。しかしその刃は通らない。鋼鉄の肉体によって弾かれる。総司はすぐに体勢を立て直し、間合いを空ける。

 

「なんめんなよ恋司」

 

総司がニヤリと笑う。そしてそのままに続ける。

 

「手を抜いてんじゃねぇよ。それとも・・・それが全力なのか?」

 

その言葉に恋司は苦笑いをこぼす。

 

「いや・・・・すまんかった。オメェの力を試してみたんだ。壊れないみだいだし・・・・・・」

 

恋司の身体から魔力が迸る。

 

「こっから先は本当の全力でいくべ!!!!」




いかがだってでしょうか?

すごいモリモリになってしまいましたがついに七星剣舞祭に入れました!!

これらの激戦をうまく描いていけるよう精進していきたいと思いますのでよろしくお願いします!!

今回も感想、批評、評価募集していますのでよろしければお願いします!!

ではまた次回会いましょう!!!

簾木 健

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