IF GOD 【佐為があのままネット碁を続けていたら…】 完   作:鈴木_

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「あ~今日も勝った勝った」

 

――はい、さきほどの一局はなかなか面白かったです。でもその前のヒカルの一局も面白かったですね

 

ヒカルの部屋にパソコンがやってきて、再び佐為がヒカルの力を借りてネット碁を打つようになり一ヶ月が経つ。

しかし夏休みの頃と違い、少しだけ変化があった。

佐為が「sai」のアカウントで打つ以外に、ヒカル自身もsaiとは別にアカウントを取りネット碁を打つようになったのだ。

 

囲碁のルールをヒカルもだいぶ覚えてきたことで、誰かが打っている碁を見るのも、それはそれで面白かったが、マウスを操作しているのがヒカルである分だけ、やはり除け者にされている感は否めない。

むしろルールを覚えてきたからこそ、自分ならここに打ちたいという欲求が出てくる。

 

いろんな人と打つのはいい経験になるからと佐為もヒカルがネット碁を打つのを薦めてくれる。

そして打った碁について、対局後にヒカルは佐為と検討した。

 

けれど、ヒカルはまだまだで白星より、黒星の方がダントツに多い。

それでも、いつかこれを逆転させてやるんだと意気込む。

 

「でも最近っていうか、お前(sai)のアカウントで打つとほんと対局終了後にチャット申し込んでくるやつ多いよな。めんどくせーの」

 

――その<ちゃっと>とは何ですか?前も言ってましたよね、ヒカル

 

「ん~、なんていうか対局した相手とのお喋りかな?気に入った相手がいたら次の対局の約束したりとか、打った碁の検討とかしてるみたいだぜ?」

 

――え!?ヒカル!私も検討したいです!

 

やっぱり言うと思った、とヒカルはため息をつく。

佐為であれば強い打ち手と囲碁について延々と検討したがるし、実際にするだろう。

だが、

 

「無理。俺がキーボード打てないから。マウス動かすだけで精一杯」

 

――そうですか?残念ですぅ

 

佐為には悪いと思うが、如何せん本当にヒカルはこのキーボードが苦手だった。

チャットをする人は、よくこんな小さいキーを素早く間違えずに打てるものだと思う。

 

「まぁ、そう言うなよ。俺だってできるモンならやってみたいんだからさ」

 

ネットカフェで三谷の姉がキーボードを打っていた姿は、ヒカルが傍で見ていても、とてもカッコよかった。

自分もあんなふうにチャットできればなぁともヒカルは思うが、思うまでで終わるらしい。

 

――ヒカル、この箱の中にあの者はいないのですか?

 

佐為の言う<あの者>とは塔矢アキラの父親のことであると、ヒカルも既に分かっている。

塔矢行洋

いま囲碁棋士の中で、『世界で最も神の一手に近い』といわれている人物。

 

一度、無理やり連れて行かれた囲碁サロンでヒカルは塔矢行洋に会ったことがあったが、とてもネットなんてしそうになかった。

言うなれば、厳格な日本の父というイメージで、パソコンや携帯電話どころか電化製品の使い方もちょっと危ない印象を受ける。

 

「う~ん、多分いないだろうなぁ~」

 

――そうですか……。

 

目に見えて佐為が悲しそうな顔をする。

ヒカルも出来ることなら佐為を塔矢行洋と打たせたいとは思うが、ヒカルが表に出ればきっとsaiをヒカルと間違えて、佐為の影を背負うことになってしまうだろう。

他力で注目を浴びるのはヒカルの性には合わない。

それだけは避けたかった。

 

「でもさ、あの塔矢のオヤジさんってすっげー恐そうだったけど、口もそれ以上に堅そうだよな」

 

――もちろんです!強いということはそれだけ思慮深く行動するのですから当然です!

 

そんなお前が話したこともない相手のことを力説しなくてもいい、とヒカルは力強く語り始めた差為に内心呆れながら

 

「俺、塔矢のオヤジさんが口堅いんだったらお前の代りに直接打ってもいいかな。アキラとか他の人には内緒ってことでさ」

 

――ほんとに?!ほんとですか!?いいんですか、ヒカル!?

 

「ちょっと大変だろうけどさ」

 

――ヒカルぅ~!ありがとうございます!

 

しかし、どうすれば打てるのか?

相手はプロでタイトル取るような棋士であり、子供がいきなり打ってくださいと言ったところで快諾してもらえるわけもない。

何より他の人の目があるところで、そんなことを言うわけにはいかず、対局となればさらに誰にも見せるわけにはいかない。

 

――ねぇ、ヒカル。手紙ではダメなのですか?手紙にあの者の都合の良い日を指定してもらって、どこか人の目がないところで打つとか……

 

――手紙?

 

意外なことを言われて、一瞬ヒカルは頭が回らなかった。

メールが普及している現代で、小学校でも手紙という意思疎通の手段は、女の子でもないヒカルには馴染みが薄い。

馴染みがあるとすれば、年始の年賀状くらいだ。

だが、よく考えてみれば結構いいアイディアかもしれないとヒカルは思い直す。

手紙であれば誰かにヒカルの姿を見られることもなく、用件を相手に伝えることが出来る。塔矢行洋の住所を知らなくても、日本棋院にファンレターの一つということにして送れば渡してもらえるだろう。

 

「……いいかも、それ」

 

――でしょう!!

 

「けど俺、作文苦手だから、内容お前が考えてくれよ?」

 

――はい!いくらでも考えます~!

 

しかし、それでも何と言えば塔矢行洋は幽霊の佐為のことを信じてくれるだろうか。

子供の戯言だと思って、怒られるようだったら嫌だと思うが、ヒカルの不安を他所に、隣りでこんなに喜んでくれる佐為へ、今さら冗談でしたとも言えない。

とにかく一度、手紙を送って、それで運良く対局約束が出来て、佐為を塔矢行洋と打たせてみればなんとかなるだろうと、ヒカルは楽観的な考えに収まって いた。

 

 


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