IF GOD 【佐為があのままネット碁を続けていたら…】 完   作:鈴木_

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第21回国際アマチュア囲碁カップが開催され、今年も審判長を務める森下が対局の開始を宣言すると、開始の合図を待っていた各国代表のアマチュア棋士達が次々と石を打ち始める。

その様子に、森下はこれまでの大会にはない懸念と不安を抱きながら、今大会が無事に終わってくれるよう頭の隅でらしくもなく願った。

 

去年、大会中に騒ぎが起こったのを、まさか今年も引き摺る形になるとは、大会開催側のスタッフも誰1人予想出来なかっただろう。

対局が始まったのにも関わらず、会場全体が微妙にざわつき落ち着きを取り戻さない。

 

「なんとか開始することができましたね」

 

森下の挨拶を英語に通訳していた年配のスタッフが、にじみ出た額の汗をハンカチで拭きつつ、森下に話しかける。

毎年、日本棋院で行われている国際アマチュア囲碁カップだったが、今年は会場に各国の代表選手が集まり始めると、とたんに話題は囲碁カップではなくネットのsaiに関する情報交換で会場が騒ぎになった。

静まる気配のない騒ぎに、スタッフ総出で静まるように注意し、予定開始時間15分遅れで対局を開始することができた。

 

「そうですね。saiは去年も一時騒ぎになったが、塔矢君の機転ですぐに収めることが出来た。それが今年も尾を引く形になるとは」

 

ため息を扇で隠し、森下は会場を見渡す。

去年、弟子の和谷がネットに強いヤツがいると訴えてきたときは、こんなに事が大きくなるとは思わず、軽く流してしまった。

しかし、saiの噂と話題は、現実に日本棋院にまで問い合わせが何本もくるほど大きくなっている。

にも関わらず正体は不明のまま。

 

和谷が持ってくる棋譜から推測するしかないが、森下もsaiの強さは認める。

類稀な碁打ちだろう。

これでアマだとすれば、相当なものだ。

しかし、森下自身がネット碁をしないので、パソコンに馴染みがない森下からすると、ネットの闇に隠れて碁を打つという胡散臭さがどうしても抜けない。

 

「今年も誰かが会場内でネット碁を始めるというようなことにならなければいいんですが」

 

「棋院内にはインターンネットができるパソコンを一般向けには提供しておりませんから、こちらが用意しなければその心配はないと思います」

 

森下の不安を気遣い、通訳スタッフが説明した。

そう言われると、去年は和谷がsaiについて熱弁していた姿を思い出し、軽い頭痛を覚えた。

 

午前の対局が終わり、昼食の時間になると、各国の選手達はsaiの情報収集に躍起になった。

去年もsaiの素性について、小さなことでも何か分からないだろうかと、連絡先の交換会などが行われたが、一年を通して誰1人、saiの情報を掴んだ者はいなかった。

その代わり、連勝を続けるsaiのファンを名乗り、個人HPを立ち上げ、saiが打った棋譜を収集し公開したり、saiのネット出現時間の傾向や打ち筋を分析したりと、水面下でsaiの正体に迫ろうとする者達も現れた。

HPの掲示板では、saiについての勝手な推測が常に行きかっている。

 

 

□■□■

 

 

プロ試験予選をヒカルは3勝1敗で無事通過し、本戦はまだあったが、とりあえず予選突破に安堵する。

初日の椿には対戦前から飲まれてしまい、自分の碁が全く打てなかったが、それ以降は外来と対戦しても落ち着いて打つことが出来た。

 

「やっぱり塔矢先生の電話の威力はすごいよな~」

 

電話で行洋に言われたとおり、外来から試験を受けに来た相手を行洋だと思いながら打つという、一見無謀で馬鹿らしく思えるような気構えで打ってみたところ、効果覿面でヒカルは全く危なげなく快勝した。

相手は見知らぬ大人かもしれないが、行洋と向き合って打ったときの気迫やプレッシャーとは比較にならない。

ヒカル自身、驚くほど盤面に集中することが出来た。

それに、もし名人の電話まで貰っておきながら、予選で落ちてしまったら、それこそ顔向けできなかったなと、通過した今でこそ苦笑しつつヒカルは思う。

 

――電話云々は別にして、平常心を常に心がけていないとすぐにまた負けてしまいますよ、ヒカル。あのヒゲゴジラのように!

 

「分かってるよ。今度、和谷と伊角さんが連れて行ってくれる碁会所って、塔矢と初めて会ったところみたいな店かな。なんか楽しみー」

 

――対局数を増やすことも大事ですが、その分、様々な年代の者と打つのも同じくらい大事ですからね。あまり多くの人と打つ機会の無いヒカルには、ヒゲゴジラを考えると、とてもいいだと思います

 

1敗した理由を和谷に聞かれ、正直にヒカルは答えると、見知らぬ大人と打ちなれていないことを知った和谷は、伊角と碁会所に行くとき、ヒカルも呼ぶと快く誘ってくれた。

佐為と出会い碁を知った当初、アキラとの事で、碁会所というもの自体がヒカルの中でトラウマのようになってしまい、自ら足を向けることも無かったが、1人ではなく和谷や伊角が一緒だと思うと心強く思える。

 

「いろんな人と打つだけなら、ネット碁で世界中の人と打てるんだけど、やっぱ面と向き合って打つのとは全然違んだなって改めて思い知らされたぜ」

 

――相手がどんな風貌で、どのような表情で盤面に向き合っているのか分かりますから。相手がどのような者であれ、自分を見失わず平常心で打つことの難しさが対局以前の戦いかもしれません

 

「じゃあ、お前にとってもネット碁の方が相手の顔が見えないから打ちやすいとかあるのか?」

 

――あ、いえ……私からしてみると相手の顔が見えないというのは、逆に味気ない気も、でも!碁が打てるのならば、文句など言いませんよ?

 

石も持てず、ヒカルと出会わなければ、ネット碁どころか誰かと打つことも出来なかったことを思えば、佐為の今の環境は十分に恵まれているといえる。

虎次郎が死んで約200年の間、碁盤にとりつき、いつかまた碁が打てる日をひたすら祈り待っていた。

そして、虎次郎の時はあくまで秀策であったが、現代ではただ1人ではあるけれど、藤原佐為として行洋と打つことができる。

 

「塔矢先生以外にも面と向かって打たせてやりたい気持ちはあるけど、あんまり言いふらして騒ぎになるのはイヤだし。当面ネット碁でいいか?たまにはこの前みたく、通りすがりの人となら打たせてやれる時もあるだろうし」

 

――はい!!

 

「それじゃ、ネット碁の続きでもするか。先言っとくけど、交代制!」

 

――それはいいですが、順番から言うと、さっきヒカルが打ち終わって休憩しましたから、次は私の順番ですよね?

 

にこやかに佐為がヒカルに確認を取ると、マウスを持ったヒカルの顔が渋く振り返った。

 

「……覚えてたのか」

 

――それはもう

 

 

 

 


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