IF GOD 【佐為があのままネット碁を続けていたら…】 完   作:鈴木_

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「では次は私と進藤君で打ってみようか。前回も、その前も佐為と私が打つのを見ていただけだからね。私も君がどれくらい打てるようになったのか以前から見てみたかった。佐為はそれでいいかな?」

 

佐為と行洋が打った対局の検討が一段落した頃、見えないはずの佐為の方を見やり、行洋が確認を取りながら申し出た。

とたんに、ヒカルは滅相も無いと慌てて顔の前で両手を振り遠慮する。

 

「そっそんな俺なんかまだまだ全然強くないし!佐為と先生が打っているのを見ているだけでも十分勉強になります!」

 

――いいじゃないですか、ヒカル。せっかくですから行洋殿にも打ってもらえば

 

「何言ってんだよ!佐為!俺が塔矢先生と打つなんて!」

 

「そう遠慮することはない。軽い力試しと思えばいい」

 

穏やかに笑いかけながら、行洋は、ヒカルの承諾を待たず置石はどれくらいで打とうか、とヒカルに尋ねてくる。

現役のタイトルホルダーでトップ棋士相手に軽い力試しも何もないとヒカルは思ったが、ヒカルが研究会以外でプロ棋士と打つ機会がないのも事実だった。

もしこのように佐為と行洋を引き合わせることがなければ、ヒカルが行洋と打つ機会など、ヒカルがプロになり公式の手合いで対局でもしない限り無かっただろう。

 

――今のヒカルでしたら4子くらいじゃないですか?

 

「そ、それじゃあ……4子で、お願いします……」

 

肩身を狭くして恐縮しながらヒカルが申し出る。

 

「分かった」

 

行洋の了解を得て、ヒカルは黒石を碁盤に置きながら、ふと思い出す。

初めてヒカルがアキラに出会った頃、行洋はアキラと置石3子で打っていると言っていた。

だとすれば置石4子で打とうとしている自分とアキラの差がどれだけ開いているのか、具体的に見えたような気がした。

もっともアキラが置石3子で打っていたのは一年以上前の話で、プロとなった今はもっと強くなっているだろう。

上目遣いにヒカルが行洋を見やると、すでに笑みが消え、じっと碁盤を見据える行洋がいる。

行洋はさきほど軽い力試しと言ったが、どれくらいヒカルが強いのか己が力を試す以上に、アキラとの差を測られるのかもしれないとヒカルは思った。

 

 

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既に分かっていたことだったが、やはり行洋は強く、置石4子でもヒカルは負けてしまった。

対局が始まった序盤は、どうしても行洋と打っているという焦りと緊張で、打つ手が空回りしてしまったが、佐為が隣にいて静かに見守っていてくれたことで、次第に落ち着きを取り戻し、その後は変に力むことなく全力で打てた一局だとヒカルは思った。

 

「進藤君は、今日は院生研究を休んでここへ?」

 

「はい」

 

いつものように朝家を出てから、ヒカルはそのまま棋院に電話を入れ、体調が悪いので休む旨を伝えたが、事務員は事務的に休みの連絡を師範の篠田に伝えても、次の研修日に和谷たちからサボりかと色々つつかれるような気がした。

 

「やはりそうか、それは申し訳ないことをした。これからはこうして会う日の日程をもっと考えなくてはならないな。院生研修なら休んでもいいと言うわけではないが2ヵ月後からはプロ試験も始まるのだしね」

 

行洋と会うまで、どう切り出せばいいだろうかと思案していたところに、行洋の方から今後の日程について話題を出してくれたので、一度、佐為の方をチラリと見てから、ヒカルはこの機を逃すまいと戸惑いがちに緒方のことを切り出す。

 

「そのことなんですけど、つい先日なんですけど、森下先生の研究会以外で俺が誰かプロ棋士に指導してもらっているかって緒方先生に聞かれたんです」

 

「緒方君が?」

 

「あ、塔矢先生が内緒で佐為と打っていることを喋ったとか言ってるんじゃなくて、この店に入るところを誰かに見られたりとかして、それを知って俺に聞いてきたのかなと思って……」

 

推薦してもらったり、行洋の研究会に誘ってもらったりと、声をかけてもらうこと自体は有難いことだとヒカルも思うが、今回の件は聞かれるタイミングがタイミングだ。

行洋と佐為が対局する日が間近に迫っている時に、ヒカルに他に指導しているプロ棋士はいないかと尋ねられたら、否応なく行洋が思い浮かぶ。

この場に踏み込まれても佐為の姿はヒカル以外見えない。

だが、何故人目を忍ぶようにヒカルと行洋が会っているのか、疑われるのは間違いない。

 

「……進藤君は緒方君に院生試験を受ける際に推薦してもらっているんだったね」

 

「はい」

 

「これまで彼と対局した、対局してなくても君の対局を傍で見ていたとか、そういったことは?」

 

「緒方先生と対局なんかしたことないです。俺が打つところだって」

 

首を振りながら、打ったこともないと言おうとしたヒカルに、佐為が横から口を挟む。

 

――見てましたよ、若獅子戦

 

「え!?マジ!?」

 

――はい。ヒカルは対局に集中して気付いていない様子でしたけれど、ずっと隣で見てましたよ

 

「気付かなかった……」

 

囲碁を打ち始めると回りが見えなくなるのはヒカル自身分かっていたつもりだったが、若獅子戦の時、緒方が隣で見ていたのは本当に気付けなかった。

 

「俺は気付かなかったけれど、若獅子戦の時、緒方先生が俺と村上プロとの対局を傍で見ていたらしいです……」

 

「緒方君は佐為がネットで打った棋譜を集めているようだから、進藤君の打ち方をどこかで見た気がしたのではないだろうか。先ほど進藤君と打ってみて思ったが、 君と佐為の打ち筋はやはり似ている。ただ、緒方君も似ている棋士が佐為とまでは分からなかったから、漠然とプロ棋士の誰かと聞いたのかもしれない」

 

「俺と佐為の打ち方が似ている……」

 

「似ていても何らおかしくはない。進藤君はずっと佐為から碁を学んできたのだからね」

 

苦笑しながら言う行洋に、ヒカルは逆に慌てた様子で

 

「どうしよう!佐為と打ち方が似てるって疑われたら!?」

 

――和谷の時のように誤魔化せばいいのでは?

 

「チャットと碁の打ち方は全然違うだろっ!!」

 

声を荒げてヒカルは言うが、ネット碁の仕組みがいまいち分かっていない佐為には、そうなのですか?、としか言いようがない。

 

「打ち筋が似ているだけで確固たる証拠があるわけではないから、知らぬ存ぜぬを押し通せないこともない。しかし……」

 

言いかけて行洋は口を閉ざした。

ヒカルの方はまだ院生でほとんど知られていないからいいが、佐為の方はネット碁で世界中に知られている。

つい先日、日中天元戦で行洋が中国に行ったおりも、天元戦の検討中にも関わらず、佐為の対局を出してくるほど注目されていたのを目の当たりにしてきたばかりだ。

この先、このままヒカルが力をつけプロになりさらに強くなれば、ヒカルと佐為の打ち方の相似に気付く者が緒方以外にも出てくる可能性は大きいだろう。

ヒカルがプロとして活躍すればするほど、佐為への疑惑が広まっていく。

 

「先生?」

 

急に考え込んでしまった行洋に、ヒカルが不安そうに聞き返す。

 

「いや、なんでもない。気にすることはない。打ち筋が似てしまうことは致し方ないが、だからと言って進藤君が佐為と関係すると決定付けるものでもない。佐為の棋譜をよく並べるとでも言って、適当な理由をこじつけて言い逃れることは出来る」

 

行洋の言葉にホッとしたようにヒカルは胸を撫で下ろした。

その姿を見ながら、行洋は内心、誤魔化すことは出来ても疑惑を晴らすことはできないだろうと思った。

ヒカルの碁は本当に佐為と打ち筋が似ている。

息子のアキラも幼い頃から行洋と打ってきたが、同時に兄弟子達や家に出入りする多くのプロ棋士達とも打ってきた。

だから、行洋の打ち筋と多少似ているところがあっても、ヒカルと佐為ほど似通ってはいない。

対してヒカルは、院生研修日と森下の研究会以外は、佐為と2人っきりで打つだけではないだろうか。

 

「これからこうして会うときは、進藤君とも打つとしようか」

 

「いいんですか!?」

 

「ああ、もちろんだよ」

 

1人でも多くの強い棋士と打つことで、ヒカルの打ち筋に多少変化が出るだろうことを期待して。

 


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