IF GOD 【佐為があのままネット碁を続けていたら…】 完   作:鈴木_

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アキラと対局した日から消えていたsaiが、再びネット上に現われるようになった。

観戦者の数は日増しに膨大なものになっている。

これだけ強いのに関わらず、誰もsaiについて知らない。

根拠のない憶測だけがネット上を空回りする。

そしてsaiもまた以前と変わらず、チャットを一切せず、自身の素性は隠したまま碁盤にその軌跡だけを残していく。

 

ネット碁で強いと噂されているsaiと対局したあの日のことを、アキラは鮮明に覚えている。

自分の遥かに上を行く棋力、考え抜かれた深いヨミ。

そのどれもがアキラでは歯が立たなかった。

けれど、対局の途中で打たれた一手が、どうしてもある人物と重なってしまう。

 

一旦思い込んでしまうと、その先入観はなかなか捨てられない。

そしてsaiの対局を観戦するたびに、saiの碁の中に彼の存在を探した。

 

半年前、自身の碁になんの疑いも持たなかったアキラを無邪気に、そして徹底的に叩き落とした進藤ヒカルの碁が、アキラは忘れられなかった。

 

「昨日見たかい?」

 

「ええ、見ました」

 

兄弟子である緒方が何を言いたいのか、長年の付き合いのおかげか、主語が抜けていても多少のことならアキラには分かってしまう。

アキラが生まれる前から父の弟子となって囲碁を学んできた緒方は、血は繋がっておらずとも、本当の兄と言っても差し支えくらいだった。

小さい頃はよく遊んでもらった記憶がある。

それと同時に、数えきれないほど碁も打ってきた。

 

「で、どうなんだ?君はsaiの正体が誰か分かったのか?」

 

問われてアキラは顔を俯いてしまった。

 

何度ネット碁でsaiの対局を観戦しても、saiが進藤ヒカルなのか、それとも違うのか確信がどちらも持てない。

以前のヒカルは古い定石を平気で打っていた。

それでもアキラはヒカルに全く敵わなかったわけなのだが、ネットの saiの強さはそんなものに収まる範疇ではない。

実の父であり、名人のタイトルを持つ行洋と同等の棋力、気迫、胆力は、強かったとはいえヒカルと似ているどころか、それ以上だった。

なのに、あの一手だけがどうしても引っかかり、アキラを悩ませる。

 

「……わかりません。」

 

しばらく思案し、アキラはようやく言葉を紡ぐことができた。

 

「そうか」

 

「緒方さんはどう思いますか?」

 

「さあな。saiには惹かれるが、打ち筋は全く覚えが無い」

 

最近では棋院の中でもsaiの名前が聞かれるようになっていた。

名人の息子であるアキラが負けたことを知って安心としたのか、プロの中でもsaiと対局したことのある者が名乗りを挙げ出す。

まるで、それが自慢のように。

 

負けた対局を自慢するなんて到底信じられなかったが、どうやら勝ち負けではなく、saiと対局できたことを言いたいのだとアキラはいつしか理解した。

夜のほんの短い間だけネットに現れるsai。

かの存在に対局を申し込むネットユーザーは多い。

その中で自分が幸運にも打てたことが嬉しいのだろう。

 

世界中の棋士がsaiの打つ碁を見ていると言っても過言ではないことを、sai自身は気付いているのだろうか。

 

「昨日の棋譜を持ってきた。先生に見てもらおうと思ってな」

 

「お父さんにですか?」

 

「先生はこれまで海外のプロ棋士とも沢山打っている。前も見てもらったが、昨日の棋譜は……」

 

そこまで言って緒方は言葉を止めた。

最近saiは疑問手を打つ時がある。

それまでは、全く完全無欠の碁を打っていたのに、不意の一手と言ってもいい。

 

しかし意味がないかのようにさえ見える一手は、後になって来ると、全ての石と連絡しあう要石と変貌する。

それが昨日の対局でも現われた。

一歩間違えばsai自身を滅ぼす諸刃の一手に近い。

まるで手に入れた新しい武器の使い方にまだ慣れていないような、試行錯誤で試しているような印象を観戦者に持たせる。

古い定石から新しい現代の定石へと、saiの碁が生まれ変わろうとしている。

「ネットの中に隠れて何がしたいのかは分からんが、強さは本物だ」

 

「ええ、saiは強い」

 

それだけ言うと、二人は研究会用の部屋に足を向ける。

 

ネットでのsaiの国籍はJP。

それが唯一のsaiについての情報である。

そのせいで日本棋院には日本だけに留まらず、海外の棋士からもsaiを知らないかという問い合わせが後を絶たない。

 

< saiは何者か? >

 

これは世界が知りたがっていることだった。

 


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