IF GOD 【佐為があのままネット碁を続けていたら…】 完 作:鈴木_
塔矢邸での研究会がひと段落し、休憩をとろうとして碁石を片付けながら
「アキラくん、この間進藤に会ったらね。彼、若獅子戦に出ると言ってたよ」
緒方がさりげなくアキラに若獅子戦の話題を振る。
今年からプロになったアキラはプロ側で、そのアキラにヒカルは院生として挑むのだという。
「楽しみじゃないかい?」
進藤の名前を出しても無表情なアキラに言い重ねる。
「別に、僕は彼のことなど、どうとも……」
気にしていないとアキラは言うが、その口調は重い。
そのやりとりを見ていた行洋が小さく呟く。
「あの子が若獅子戦に……」
□■□■
対局が始まってしまっても和谷は疑惑の眼差しをヒカルに向け続け、ヒカルは対局に集中できない。
和谷の視線に晒されることに耐えられず、ヒカルは救いを求めるように隣の佐為を横目に見やった。
――う~~、俺またいらんことを言って
――ヒカル!そのことはあと!今は盤上に集中して!!
と、佐為もヒカルに盤面に集中するように注意するが、それはヒカルだけでなく疑いの眼差しを向ける和谷も同じようで、はじめて対局したのにも関わらず和谷の集中力が欠けているのが、盤面のいたるところに見て取れた。
お互い初歩的なミスの連発。
結局は和谷が自滅するような形で自ら敗北を認めた。
「ま、負けました……」
変な緊張感を伴う対局が一応終わり、ふぅ、とヒカルが息をつく。
――勝っちゃいましたね
1組に上がったばかりのヒカルが、和谷にまで勝って3連勝するとは佐為も考えていなかった。
しかし、対局前よもやこんな形でヒカルが勝つとは思わなかったが、正念場は対局後かもしれないと俯いたままの和谷を見ながら思う。
――ハハハ
ヒカルも自分が何することなく転がってきた勝利に、乾いた笑みを浮かべる。
「……進藤!おまえsaiの弟子だろ!?saiの後ろでsaiと俺の対局を見てたからチャットの会話知ってんだ!」
俯いていた和谷がバッと顔をあげ、ヒカルにいい詰めよる。
ヒカルがビクリとした。
――惜しいっ!後ろじゃなくて前っ!
和谷の鋭い勘に、佐為が細かいツッコミを入れるのを、そんなことはどうでもいい、とヒカルも佐為に向かって内心ツッコミをいれる。
「saiに碁を教わってるとしたら、塔矢アキラがおまえを追っかけてたっていうのも……それだって、おまえの中にsaiを見たとかさ」
盤上に打たれたヒカルの黒石を指差しながら、ヒカルがsaiと和谷の対局を知っていたことと、アキラがヒカルをライバル視する辻褄合わせを、独り言に近い形で述べていく。
――当たってるような、当たってないような……
――勘がイイですね、和谷
完全に当たらずとも遠からず、な和谷の推察に、ヒカルと佐為は少々驚きを隠せない。
「答えろよ!何故saiと俺の対局を知ってる?」
何も言わないヒカルへさらに強い口調で詰め寄る和谷に、佐為は心配そうにヒカルをみやる。
ヒカルはゴホン、と一つ咳払いをして
「和谷……俺がsaiとzeldaの対局を見たのは偶然なんだ。夏休みだったから暇つぶしにインターネットのできるネットカフェの店に行ったらさ、ちょうど碁を打っている画面が見えて、そしたらもう終局でさ。俺がネット碁の存在をはじめて知ったのもそのことがあったからで、印象深かったから、その時見たsai とzeldaの会話を覚えてたんだよ」
「……で、その人は!?」
「すぐ帰っちゃった。後姿だったから顔も見てねぇ」
――ヒカル、ウソがうまくなりましたね
ヒカルが述べた口八丁な嘘に、佐為がよくそんな嘘がスラスラ出てくるものだと驚く。
――全部お前のせいだよ
ヒカルは開き直ったように言い捨てた。
藤原佐為という幽霊にとりつかれてからというもの、これくらいの咄嗟の嘘がつけなくては、変人扱いされてしまう。
saiとzeldaの対局と、そのチャット内容を知っていたことに対して、ヒカルの説明に一応の筋は通っている。
これ以上のボロさえ出さなければ、知らぬ存ぜぬで押し通せるだろう。
「本当に全くsaiと関係ないのか?これっぽっちも?背格好とか少しくらい覚えてねぇのかよ?」
なおも食い下がってくる和谷に、
「全然。saiを知ってたら、とっくに自慢しまくってるぜ」
――おや、私を自慢したかったのですか?
――和谷を諦めさせるための言葉のあやだ。大体、そんなことしたらsaiは幽霊ですって塔矢先生以外にもバラすことになって、おれは皆から幽霊が見えるキチガイ扱いされるんだぞ!
saiがネット碁で活躍するのは大いに結構だが、佐為の存在が知られてしまうのは、これ以上はご免だとヒカルは憤慨する。
「関係ないのか……」
もしかしたらと期待した分、結局saiの正体について何も分からなかったことに、和谷は落胆したように頭を垂れた。
「いい碁だったぜ。布石、おもしろかった。お前強くなるかもな。いつかsaiのように」
saiの存在を求める姿を、ヒカルはアキラ以外で実際に見るのは初めてだった。
まだヒカルが佐為の言うままに打っていた頃、アキラが追いかけてきたように、ヒカルの知らないところで佐為の存在を追っている人が他にもたくさんいるのかもしれない。
「それでだ。saiを見たネットカフェはどこだ?教えろ」
一度は完全に諦めたかのように見えた和谷が、ヒカルがsaiを見たというネットカフェの場所を、いきなり真顔で尋ねる。
そのネットカフェでsaiが碁を打ったのは間違いないが、やはりヒカルが佐為の代わりに打たなければどうしようもない。
和谷もまだヒカルが店の場所を行ってもいないのに、saiの正体について都内在住の可能性が高い日本人などと勝手に推察している。
saiを諦めるどころか、僅かな手がかりにさえ縋ろうとする和谷に憐れみの眼差しを向け、絶対に佐為に会えることはないのになぁと心の中でそっと謝りつつ、ヒカルは店の場所を教えた。
そして午前の対局が終わり、休憩を挟み午後の対局になると
「3連勝?和谷にまで?」
そして午後の相手は、院生6位の和谷にまで一組に上がりたてのヒカルが勝ったことにびびり、そしてヒカルも連勝してさらに調子にのったことで4連勝した。
しかし、次の研修日からヒカルは負けが続き、最後に勝ちを一つ拾ったところで4月は終わったが、院生順位は1組16位に上がり、ギリギリ若獅子戦に出れることになった。