IF GOD 【佐為があのままネット碁を続けていたら…】 完   作:鈴木_

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――いけない。今のはハネておくべきだった

 

口を挟んではいけないことは分っている。

しかし、緊張のせいでヒカルの手が伸び悩み、それがさらに悪手を招いている悪循環に、佐為の表情が曇る。

本来の実力の半分も出せていないかもしれない。

試験官も予めそれも多少考慮に入れてくれるだろうが、やはり試験は結果が全てだ。

 

「ここまでかな」

 

試験官が対局の終了を告げる。

結果は目算が苦手なヒカルでも分かるくらい、一目瞭然だった。

『自滅』

我ながら、そんな言葉がぴったりだ、とヒカルは思う。

最初から最後まで全く自分の碁が打てず、情けなさしかない。

 

――落ちたな

 

ヒカルが心の中で小さく呟く。

それは本来ならヒカルにしか分からない一言だったが、ヒカルにとりつく佐為には聞こえてしまう。

 

――ヒカル……

 

かける言葉が見つからず、佐為もまた意気消沈した。

ただ試験に受かるだけでいいのなら、佐為がヒカルに打つ場所を指示すればいい。

だが、院生になり碁をもっと学びたいのはヒカルだ。

ヒカルが自分の力で乗り越えなければならないのだから、佐為があれこれ言うのは、ヒカルの為にならず、余計なお世話にしかならない。

 

院生試験を受けると決まってから、ヒカルのために尽力を惜しまなかった分、試験に落ちてしまったという事実は、佐為にもまた重く圧し掛かった。

そしてヒカルの方も、頭に入らない耳では、打った碁について試験官があれこれ言っても右から左状態だった。

 

「ここは、こう打てば、左右の連絡が取りやすかったね」

 

「はい……」

 

「そして、この棋譜だが……」

 

ヒカルが持ってきた3枚の棋譜を試験官が眺める。

院生になれば中学の大会に出られないことを知らず、無知だったヒカルを囲碁部のメンバーや加賀は、不器用な優しさでヒカルの背中を押し、応援してくれた。

その皆に、どうやって院生試験に落ちたことを話せばいいのか。

棋譜を眺める試験官の眉間に、小さく皺が寄ったのを見て、

 

「それ!試験の日までに時間なくて3人と同時に打ったんだ!でも初めての多面打ちですっごく大変で!」

 

「君、初めての多面打ちでここまで打ったのかね!?」

 

「そうです!!」

 

対局には負けてしまったけれど、どうにかならないかと藁にも縋る思いでヒカルは訴える。

すると、しばらく考えこんでいた試験官が

 

「いいでしょう。では、来月から来なさい」

 

思わぬ一言に、ヒカルは身を乗り出す。

 

「え?いいんですか!?俺負けたのに!?」

 

「対局は実力を見るためのものであって、勝敗は関係ないよ。もちろん勝つに越したことはないけれどね」

 

ヒカルが誤解していたと分かり、試験官は苦笑しながら説明する。

もっとも院生試験とはいえ、れっきとしたプロ棋士が試験官を勤めるわけだから、試験を受けに来る者が試験官に勝つことなど、まずありえない。

もし勝つとすれば、今年のプロ試験を受けた塔矢アキラが、前年の院生試験を受けていればありえたかもしれないだろうが、既にプロ試験に合格している。

面白い思い込みをする子もいたものだと試験官が内心思っていると

 

「なーんだ!てっきり落ちたとばっかり思ってた!」

 

落ちたと思い込んでいた窮地から一転合格と分かり、緊張が一気に解けて、ヒカルは後ろに倒れこむ。

 

――おめでとう!ヒカル!

 

――おう!!

 

ヒカルと同じく、対局に負けたことで試験に落ちたと思い込んでいた佐為も、合格と分かり、満面の笑みでヒカルを祝う。

 

「こら!なんだね急にその態度は!?」

 

合格と分かったとたんに正座を崩してその場に倒れたヒカルを、試験官が失礼だろうと嗜める。

けれど、一度緊張が解けてしまったヒカルの体は、それまで緊張と落胆で忘れてしまっていたが、慣れない正座を長時間していた為に、

 

「ごめんなさい!でも足が痺れて~!!」

 

「まったく……そういう時は一言断って足を崩してもいいんだよ」

 

「次からそうします~」

 

足の痺れに悲鳴を上げるヒカルに、試験官は呆れつつ、囲碁を覚えるのと同時に囲碁のマナーも教えていく必要を悟った。

 

行きとは打って変わって、試験合格という壁を無事乗り越えられたヒカルの足取りは軽い。

美津子もヒカルの様子に当然気付いていたが、試験に受かったのがそんなにうれしかったのかと、あえて言うことはなかった。

小学校の頃まで外で遊ぶのを好み、中学に上がる前ごろから、急に囲碁に興味を持ち、祖父の平八から高い碁盤まで買ってもらったときは、どうしたものかと美津子も頭を痛めたものだ。

しかし、すぐに飽きて納戸の肥やしにならず、こうしてずっと碁に興味を持ち打ってくれれば、そしてたまにヒカルが平八と打ってくれれば、進藤家の嫁として、義父に顔向けしやすい。

合格という達成感に心躍らせ、ヒカルが家の中に入る姿を視界の端に映しながら、

 

「ヒカル、手紙が来てるわよ。藤原としか書かれてないけど、知ってる人?」

 

ポストの中を確認していた美津子が、ヒカル宛の手紙を見つけて引き止めた。

ヒカルと佐為がバッと互いの顔を見合わせる。

 

「知ってる!!ちょうだいっ!!」

 

急いで引き返し、ヒカルは美津子から奪うようにして手紙を受け取る。

そこには達筆な筆字で書かれた自身の宛名と、裏面に『藤原』の名前を見つけた。

 

 


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