IF GOD 【佐為があのままネット碁を続けていたら…】 完   作:鈴木_

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< インターネット >

 

PC上で世界中を繋ぐ人類史上最高の技術の一つ。

インターネットにアクセスするだけで、地球の反対側にいる人にさえもコンタクトを可能とする。

しかし、あくまでディスプレイの画面上に文字などの意志が現われるのみであり、カメラ機能等を別で使わない限り、相手の顔は見えない。

そこには意思のみが存在する。

 

 

 

 

中学最初の夏休み、ヒカルは佐為にインターネットで碁を打たせていたが、塔矢アキラの乱入と、その夏休みそのものが終わろうとしていることで、一度はヒカルと佐為の二人はインターネット碁から離れた。

しかし二学期が始まってさほど日が経たない秋晴れの日、ヒカルの家にデスクトップパソコンが届けられた。

業者が運び込む姿を横目に、ヒカルの母である美津子の冷ややかな視線が、明後日の方角を見て、決して視線を合わせないようにしている夫の背中に突き刺さる。

 

「知り合いがな、在庫処分で捨て値近くにまで下がったパソコンを売ってくれることになってなぁ。あまりの安さについ買ってしまった」

 

はははと誤魔化し笑いをする自分の父を横目に、業者の人が最初の設定をしていく様子をヒカルは傍近くからまじまじと眺める。

そしてPCをどこに置くかという段階になって、ヒカルはすぐに自分の部屋を上げた。

ほんの少しだけだが、携帯電話の絵文字も打てない家族より、多少はパソコン知識があると押し通して。

 

結局は、一階にPCを置くスペースが無いことから、PCの置き場所はヒカルの部屋に決まる。

母親として美津子は、ネットゲームに夢中になって本分である学業がおろそかになるのではと危惧したが、ヒカルの懇願に最後は折れてくれた。

 

――まさかうちにパソコンが来るなんてな~

 

――ヒカル、この箱はもしかして以前私が碁を打っていた箱と同じ物なんですか?

 

形に多少の違いはあるが、駅前のインターネットカフェという店でヒカルが佐為に碁を打たせてくれた箱と同じものに見え、佐為はパソコンにペタリと張り付いて隅々まで見渡す。

 

――そうだよ。ラッキーじゃん!ネットカフェだったら塔矢みたいに知ってるやつがいきなり来ることもあるけど、家の中なら誰も来ないから絶対バレねーよ!

 

――もしかして、また箱で打たせてくれるんですか?

 

――ああ。けど俺だってこれから学校あるんだから、夏休みのように一日何時間もってわけにはいかないぜ?

 

――やったー!!やった♪やった♪やった♪ヒカル嬉しいです~♪

 

実体を持たない幽霊の佐為が、ヒカルを本当に抱くなんてことは出来なかったが、無邪気に喜ぶ姿を見るとヒカルまで嬉しくなってくる。

 

「ヒカル?何一人ごと言っているんだ?」

 

いきなり父親から声をかけられハッすれば、どうも佐為との会話が頭の中だけではなく声にでていたらしいと気付く。

 

「ううん、何でもない。これって今日からでもネットできるんだよね?」

 

「ああ、できるぞ。買った時にプロバイダーとも契約しておいたからな。」

 

プロバイダーというものがヒカルにはサッパリ分からない言葉だったが、とにかく設定が終わればすぐにでもネットは出来るということだけは理解した。

 

――あんまり打つと、この前のように騒ぎになるかもしれないけど、少しくらいだったらいいよな

 

夏休み、ネットカフェでヒカルが囲碁を打っていた時、いきなり肩を掴まれ振り向いた真後ろにアキラが立っていたのは、本当に焦った。

たまたま休憩していた時で、ネット碁のウィンドウではなく別のサイトを開いていたからよかったものの、もし佐為が打っている最中に画面を見られていたら、言い逃れできず今頃どうなっていたことか。

今思い出しても怖い気がする。

 

その時アキラは言っていた。

 

saiというネット棋士がインターネット上で話題になっていると。

とてつもなく強く、並み居るネットの強者を蹴散らしていると。

saiが対局した相手の中には、プロ棋士もいて、アマかもしれないsaiの正体が誰なのか皆が騒いでいるのだと。

 

ヒカルがsaiであるとバレずに済み、安堵したのはもちろんだが、アキラの話でヒカルはようやく佐為がどれだけ強いのか、改めて認識できたのも確かだった。

出会ってからこれまでずっと佐為と打ってきたが、まだまだ棋力の低いヒカルでは佐為の実力は推し量れない。

その点、アキラはプロ棋士以上の実力と、そしてネットでsaiがプロ棋士にも勝ったという話から、佐為の実力がプロ棋士以上なのだと分る。

 

佐為が強いことはヒカルも分っていたつもりだったが、相手の顔が見えないインターネット碁で、そこまで『sai』が騒ぎになるとは予想もしていなかった。

家にパソコンがやってきて、これからいつでも打てるようになったのは喜ばしいことだが、また打ちすぎて騒ぎにならないようにだけは気をつけなくてはならない。

パソコンを操作するのはヒカルでも、石の打つ場所を指示し、本当に碁を打っているのは佐為なのだ。

佐為と対局したことでアキラがヒカルを追ってきたように、次はsaiとして自分が騒がれるのだけは勘弁してほしい、とヒカルは思う。

 

目の前で業者の人がPC機器を沢山のコードで繋げていく様子をヒカルが眺めながら待っていれば、約2時間くらいで組立から設定までの作業が終わったらしい。

 

「おまたせしました。初期設定は全て済ませましたので、これからすぐにネットもできますよ」

 

その言葉を待っていたとばかりにヒカルはPC用のイスに座る。

PCの電源立ち上げなどは、組み立てを業者の人がしている間に付属の説明書を読み、一応の手順は実地で教えてもらった。

 

電源を入れ、囲碁ソフトのウィンドウが立ち上がるのが待ち遠しい。

 

「それじゃ父さんは下でお茶をお出しするが、お前はいらんのか?」

 

「ん、いらない」

 

父親の言うことに顔も振り返らず、生返事だけして画面にウインドウが立ちあがれば教えてもらった通りにカーソルをクリックしていく。

 

――よっし。入れたっと。それじゃ行くぞ、佐為。

 

――はい!

 

参加者名簿の中から適当な人物を選んで対局を申し込む。

 

インターネット碁に再びsaiが現れた瞬間だった。

 

 

HNは以前と同じ< sai >

 

対戦成績は一敗一引き分けもついていない全勝の成績

 

 


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