しまった、ベリュース隊長が生き残ってしまったぞ!
まあこの先は粛々と連行されて二度と出てこない予定です( ´∀`)
ガゼフ達とナーベラルが痛む体を引きずってカルネ村に帰還すると、心配そうな村長がほっとしたように駆け寄ってきた。
「ガゼフ様、ガンマ様!ご無事で!!」
大事ないと村長をなだめ、家の中から様子を窺う怯えた村人達に、今度こそ全ての安全が確保されたことを告げると、爆発的な歓喜が周囲に広がった。
ガゼフ・ストロノーフは先程の戦いで傷だらけであり、酷使した筋肉が悲鳴を上げて立っているのも辛い状況であったが、今その全身を満たしているのは満足感であった。
(多くの命を取りこぼしてきたが……今こうして確かに救えた者達がいる)
もっとも、それが己の力や信念によって成し遂げられた成果でなく、通りすがりの気まぐれな救世主におんぶに抱っこされて出た結果であることを思えば、笑ってばかりも居られないが。
(ガンマ殿……いったい何者なのだ……)
仏頂面で隣に佇む美女を一瞥する。目の下にできた隈がやつれた様子を示しているが、そんなことが一切気にならないほど美しい。ガゼフも宮廷に出仕する立場上、王宮で多くの美姫達を目にする機会があったが、目の前の美女に匹敵するほどの美貌の持ち主は一人しか心当たりが無かった。
まあその美貌はどうでもいい。先の戦いに乱入してきたときの魔法の実力。一人で放ったとは信じられないほど雨あられと降り注いだ
重要なのは、本人の言を信じるならば、それほどの
(もし王国に取り込むことが叶えば、帝国との戦争について大きな力となることは確実。特に現人類最高の魔法使いと名高い、帝国の宮廷魔術師フールーダ・パラダインに対する牽制となることが期待できる……)
そうすれば、終わりの見えない泥沼に否応なく引きずり込まれている帝国との戦争についても、それを抜け出す希望が見えてくる。
だが、問題も数多くある。大局の見えない大貴族の横槍が懸念されることもそうだが、何より本人の凄まじいまでの偏屈さである。
(国や王位といったものに何の敬意も払ってなかったあの様子を貫かれるとすると、そのままではとても王宮にはあげられん。国王陛下に個人的に会わせるならまだしも、あのような態度では大貴族どもを間違いなく激怒させる)
拝謁させた挙げ句貴族共を怒らせた結果どうなるか。下手すれば宮廷が壊滅するかも知れない。そう考えて身震いしたガゼフを、怪訝そうにナーベラルが見やった。
「……寒いの?そんなに気温は低くないと思うけど、血を失いすぎたせいかしらね……」
「いや、なんでもない、大丈夫だガンマ殿。ご心配には及ばぬ」
ガゼフが否定すると、ナーベラルは元々大した興味もなかったのでそっけなく頷いて目をそらした。
(なにぶんにも、ことは慎重に進めなくてはならないな。まずはこのか細い縁をどうにか保つところからか……)
◆
翌朝。
カルネ村特産の薬草で手当を済ませたガゼフ達一行は、村の広場に馬を揃えて整列していた。
先頭にたつガゼフの顔は青あざと腫れによって不格好なボールのようになっている。後ろの部下達も多かれ少なかれ似たようなものだ。だが死者は出なかった。そのことが何よりも嬉しい。
「ガンマ殿、本当にお世話になった。私や部下の命が今あるのも全て貴女のおかげだ、この感謝の気持ちは言葉で言い表せぬ程だ」
そう言ってナーベラルに頭を下げると、後ろの部下達も一斉にそれにならった。そこにナーベラルの不遜な態度に対する怒りは既に無く、命の恩人に対する深い敬意が籠もっている。
無言でそれを見つめるナーベラルに、顔を上げたガゼフが語りかける。
「それでだガンマ殿。もし良ければ王都に来て貰えないか?今は任務中で感謝の気持ちを表すための財貨も持たぬが、そこまで来ていただければ必ず謝礼はするし、国王陛下からの恩賞も下賜されるのだが……」
「お礼をする側が、される側を、呼びつけるってわけ?相変わらずねえ」
フンと鼻で笑って否定するナーベラルを、そういった反応を予想していたガゼフは苦笑で迎えた。
「そのように言われては言葉もない。ではもし王都に来られる機会があった時は、必ずや私の館に寄って頂きたい。全ての感謝を込めて歓迎させて頂く」
「まあ覚えておくわ。そんな機会があるか知らないけど」
気のなさそうにいらえを返すナーベラルに、ガゼフは更に畳みかける。
「無論、来なければ謝礼はしないなどと恩知らずなことを言うつもりはない。ガンマ殿はこれからどうされるのだ?例えばもしこの村に留まるのであれば、急ぎここまで褒賞を届けさせようと思っているが……」
報酬を支払ってどうにか縁を繋ぎたいという目的もあるし、ナーベラルの行方を探る目的もある。ガゼフの声には自然と熱が籠もった。対するナーベラルはどこまでも冷めたものである。
「そうね……ハムスケの扱いも考えなければいけないし、数日はこの村に留まるわ。追い出されなければだけど」
数日。それはあまりにも短い。追い出すなどととんでもない、いつまででもごゆるりとお過ごしくださいと叫ぶ村長の声を聞き流しながら、ガゼフは頭の中で日数を計算する。最寄りの城塞都市エ・ランテルまで2日。そこから王都まで2日。自由になる財貨を全力でかき集めてとって返すとして、復路には同じか、荷物の分それ以上の時間がかかる。
「謝礼を持って再びこの村に戻ってくるまで……2週間、どうにか待って頂けないだろうか」
必死の思いで頼み込むガゼフに、ナーベラルは気のない態度で肩をすくめて返した。
「……待ち合わせの約束をする気はないわ。私が報酬を欲しがってるわけじゃない。あんたがお礼をしたいんだったら、何時、何処で、幾ら払うかまで含めてお前の本気を測ってやる」
「……了解した。可能な限り急ぐとしよう」
この偏屈な天の邪鬼をこれ以上押すべきではない、そう判断したガゼフは固い声で引き下がると、部隊を二つに分けた。徒歩の囚人3人と証拠となる装備品、一部の死体などを護送する本隊を置いて、ガゼフ達数名が急ぎ先行することにしたのである。
「ガンマ殿、この度は本当に感謝している!いずれまた会おう!」
最後に振り返ってガゼフはそう叫ぶと、一礼して馬を走らせた。比較的元気の残っている数名がそれに続く。
怪我が重く騎乗が辛い大部分の部下達が残ったが、それも無言でガンマの方に一礼すると、紐で繋がれた虜囚達を促して歩き出した。ちなみに流石にもう服は着ている。
それを見送ると、ナーベラルは同じく見送りに出ていた村人達の方に振り返った。
「さて……ああ頼まれたことだし、もう少し泊めてもらえるかしら?」
「は、はいガンマ様!何日でもご滞在ください!」
昨夜の宿を提供したエンリが緊張した面持ちで答えた。村長の家はガゼフ以下の怪我人達が魚河岸のマグロの如く転がっていたので、女同士、直接助けた縁もあってエモット家に泊まったのである。両親を一日にして奪われた悲しみを誤魔化すにもちょうどいいだろう、と村長が考えたこともある。
「さて、これからどうしようかしらね……」
まあ数日はこの村に滞在する。一日では聞き取れなかった話とかもあるだろうし、世間の情報を集めることも続けよう。冒険者とかいうのが何かも確認しておかねば、知らないのがありえないレベルの話だったらしいし。
後はハムスケの処遇を決めねばならない。例えば馬と同じような家畜扱いで連れ回せるものなのだろうか?これも村長に聞くとして、駄目なら置いていくことも考えなくてはならないが、ハムスケが泣きわめいたりしないだろうか。鬱陶しい。
そして地図。この世界では地図というものは貴重品であり、正確な地図は王侯貴族や大商人が秘匿している大層な財産らしい。
「あ、しまった……だったら報酬に地図を要求しても良かったんじゃないかしら……」
まあいい、こちらから要求した場合は再会を約束せねばならないのだ。どのみち戦士長がグレンベラ沼沢地の場所に心当たりがないと言った以上、王国でもっとも正確な地図を貰ったとしてもその場所は書いてないだろう。
「ハムスケ、少し森に行くわよ」
「承知でござる姫!よければそれがしの背にお乗りくだされ!」
ハムスケの縄張りの外まで行って、戦闘実験がてら少し野生モンスターの強さでも見てみようか。そんなことを考えながらナーベラルが声をかけると、ハムスケが張り切って目の前に伏せた。
「ちょっとどんな体勢をとればいいか微妙なのよねお前の背中って……」
そんなことを言いながらもその背に乗ってしがみつくと、ハムスケが走り出した。
その背で揺られながら、ナーベラルは至高の主と仲間について思いを馳せた。
勝ったッ!第一部完ッ!!
ここまで続けられただけでも奇跡です。感無量です。
引き続きおつきあいくだされば幸いです( ´∀`)
ただし第二部開始までは少々お時間頂きます。
投稿しながら更に先の話を書き進めるのが意外と難しい。
自分を追い込むために期限切っとくか……一週間後開始予定にしときます。
2/23 固有名詞修正。