ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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 ニグン=サン
 多くのオーバーロードSSで1面ボスを務める名やられ役。
 (エタるSSでもここまでは到達できるケースが多いため)二次創作で最も多く殺される御方。
 バラエティに富んだ多彩な運命が待ち受ける2面ボスと違って基本的に死亡一択な点も硬派。



第七話:陽光聖典ニグン・グリッド・ルーイン

「なるほど……確かにいるな」

 

 物陰に隠れて村の外の様子を窺っていると、やがて等間隔でゆっくりと村に向かって距離を詰めてくる複数の人影が現れた。目視できるより遙かに早くその気配をつかんでいた森の賢王の気配察知能力にガゼフは舌を巻く。

 武器すら持たぬ軽装に、側に侍らせた翼の生えた人間型モンスター……天使の存在。おそらくは近づいてくる連中の大部分、もしくは全員が優れた魔法詠唱者(マジック・キャスター)であると思われた。

 

「一流の魔法詠唱者(マジック・キャスター)をこれだけ揃えることができるとなると、相手は限られてくるな……天使を連れているところを見ると、スレイン法国の特務部隊、噂に聞く六色聖典という奴か……?」

 

 ガゼフが警戒しながら広場に戻ると、ナーベラルが下着一枚で後ろ手に縛られた裸の男を建物から引きずり出してきたところだった。

 

「ガンマ殿、その男は?」

 

「この村を襲った盗賊の親玉よ。村長の話ではばはるす帝国とやらの騎士に見えたそうだけどね」

 

 ナーベラルはちらりとガゼフに目をやって答えると、すぐに向き直ってベリュースの顔を覗き込んだ。ちなみにベリュースだけを連れてきたのは、こいつが一番口が軽そうだったからである。仲間が側にいない方が口の滑りもいいだろうとの期待で一人だけ連れてきたのだ。

 

「さて……なんでもするって言ったわよね?私の質問に答えて貰うわよ」

 

「ひっ……」

 

 ベリュースの顔に玉の汗が浮かぶ。基本的に馬鹿な男だが、このタイミングで呼び出されたことの意味くらいは想像がつくらしい。

 

「今この村を包囲しようとしている連中……あんたの知り合い?」

 

「……」

 

 ベリュースは今までの人生で経験したことが無いほど真剣に悩み、沈黙の中に打算を巡らした。ここで真実を喋ったことが知れれば特務聖典の連中の逆鱗に触れ、粛清されるのは想像に難くない。だが嘘をついてこの場を切り抜けることが可能か……?

 

「……私、あまり気が長い方じゃないの。喋る口はあと二つあるってことについてよく考えてみた方がいいんじゃないかしら?」

 

 ナーベラルが険のある顔で手のひらをベリュースの顔につきつけると、ベリュースの自制心はあっさりと決壊した。喋れば後で殺されるが、喋らなければここで殺される。自分が生き延びるためには、全て喋るしかない。その上で、そのことがばれずにガゼフ達が全員殺されるか……もしくは陽光聖典の連中が敗北することを期待するしかない。

 

 ベリュースは堰を切ったようにぺらぺらと喋り出した。スレイン法国の特務部隊、陽光聖典によるガゼフ・ストロノーフ抹殺計画の全容を。バハルス帝国の騎士に偽装した自分たち――彼ら自身は陽光聖典所属ではなく、協力を命じられた一般の諜報工作部隊である――が、国境近辺の開拓村を焼き討ちして獲物を釣り出す。同時に王国の宮廷に工作をしかけ、戦士長を周辺国家最強たらしめている王国秘蔵の宝具を剥ぎ取る。釣り出されてのこのことやってきた獲物を、まずはわざと生き残らせた村人の保護をさせて人数を削る。装備と部下を削り取られた無防備な戦士長を、陽光聖典が包囲して討ち取る。大雑把に言えばそのような計画である。

 ナーベラルは涼しい顔で、一方ガゼフは険しい顔で沈黙を守っている。まあ自分を陥れるためだけに今回の襲撃が起こったと言われれば怒りも湧いてくるであろう。

 

「こ、ここまで喋ったんですから、私は助けてくれるんですよねえ~?」

 

 沈黙の重さに耐えきれずベリュースが口を開くと、ナーベラルは肩をすくめた。

 

「別に約束したってわけでもないけれど、お前の命になんか興味はないし……私は何もしないわよ?お前達の身柄はそこのストロガノフに引き渡すつもりだから、あちらに頼めば?」

 

「そ、そんな!それでは話が違う!」

 

 王国の法で裁かれることになれば、まあどう考えても死罪は免れ得ない。なにしろ開拓民の大量虐殺犯である。ベリュースは救いを求めてガゼフを見上げると、憤懣やるかたないと言ったガゼフの怒気が籠もった眼光に射貫かれて身を縮こまらせる。ガゼフの怒りに触れたのであれば、それ以前にここで切り捨てられてもおかしくない状況であった。

 

「……安心しろ、ここでは殺すまい。お前達は王国の法できっちりと裁いて貰う」

 

 実際は複雑怪奇な宮廷内部の政治情勢に絡み、なんらかの取引で解放されないとも限らない。それでも王と王国への忠誠が、私情でここで裁くことをよしとしなかった。そう言い捨てると、震えるベリュースを尻目にガゼフはナーベラルへ向き直った。

 

「ガンマ殿」

 

 ナーベラルがガゼフを見る。

 

「良ければ雇われないか?」

 

 無表情にこちらを見つめるナーベラルに内心気圧されながら続ける。

 

「報酬は望まれる額を約束しよう」

 

「嫌よ」

 

「……ではそちらの森の賢王を貸してはくれまいか」

 

「ですってハムスケ。あんたはどうしたい?」

 

「それがしは姫にお仕えする身、姫が行かないのであれば特に興味はござらん」

 

「そうか……では王国の法を用いて強制徴収というのはどうだ?」

 

 助勢がなければ希望はない、そのようなガゼフの焦りが生んだ脅しの言葉であったが、明らかにそれは失策であった。ナーベラルはそれを聞くと、堪えきれないようにくっくっと笑い出す。

 

「法……法ね……随分と笑わせてくれる」

 

 ナーベラルの顔に浮かんだ冷笑に、ガゼフは思わず一歩退いた。

 

「なめるなよ下等生物(ガガンボ)。私が従う法はアインズ・ウール・ゴウンに集う至高の御方が定めたものだけだ。なんだったら陽光聖典とやらの代わりに私がお前を殺してやろうか?」

 

「……申し訳ない、失言だった。貴女を雇うのは諦めるとしよう」

 

 己の失策を悟り、また感謝していたはずの人物にそのような態度をとったことを恥ずかしくも思ってガゼフは即座に頭を下げ謝罪した。

 ナーベラルが黙ってガゼフの頭を見つめていると、ハムスケがぽつりと呟く。

 

「……なんだか、少しかわいそうでござるな」

 

 それを聞いたナーベラルがハムスケをじろりと睨むと、ハムスケは首をすくめてあらぬ方を向いた。ナーベラルは暫くの黙考の後、がりがりと頭を掻いてため息をついた。その口から意外な言葉が飛び出す。

 

「……雇われるのはごめん被るが、加勢はしてやってもいいわ」

 

 その言葉を聞き、ガゼフが弾かれたように顔を上げる。

 

「……つまり、どういうことですかな?」

 

「負けた場合に命運を共にする形であんたらの部隊に組み込まれるのは嫌だ、って意味よ。近づいてくる連中の強さは未知数なんだから、戦ったら敵わない可能性もあるでしょう?」

 

 ナーベラルはそう言うと、しかつめらしく腕を組んだ。

 まだ十分な情報を集め終えていないため、カルネ村の村人達には用事が残っていると言える。彼らを見捨てて新たな情報源を探すくらいなら、ここで助けておいた方が余程手っ取り早いであろう。

 

「でもまあ、あいつらがあんたを殺した後この村を放置して引き上げるとも思えない。私としては、ここまで結構な手間暇かけて助けた連中を殺されるのも面白くはない。だから、あなた達が連中と戦うのを見て、手に負えそうなら加勢してあげてもいいわ」

 

 逆に敵いそうもなかったら尻尾を巻いて逃げ出す、そのようなナーベラルの言をうけ、ガゼフは難しい顔で考え込む。

 正直、勝ち目は薄い。目の前のガンマが優れた魔法詠唱者(マジック・キャスター)であろうとも、スレイン法国の六色聖典という訓練された集団を相手に個人で戦うのは厳しいだろう。ましてや、負けそうなら逃げるという腰の引けた状態では。

 とはいえ、脅して無理矢理戦列に加えようなどというのはそもそも愚の骨頂だったのだ。彼女の怒りに触れれば最悪後ろから撃たれる可能性すらある。現実的に見て、ガゼフともカルネ村とも関係のない彼女が協力してくれる路線としては、この辺りが限界と言っても過言ではない。

 つまり、実質的にガンマが加勢してくれることはないだろう。本人的には黙って逃げればいい話である。ここまで譲歩を引き出せただけでも幸運であったと言える。

 

「わかった、それではどうかよろしくお願いする、ガンマ殿……もしできればだが、貴女が敵いそうにないと見て逃げるときは、村人達も一緒に逃がしてやって貰えないか」

 

 ナーベラルはそれを聞くと、形の良い眉を顰めた。

 

「面倒な注文をするわね……まあ、考えておくわ」

 

「感謝する、ガンマ殿……」

 

 ガゼフはガントレットを外すと手を出して、ナーベラルのそれに重ねた。両手で握りしめ、心情を吐露する。

 

「とにかく無辜の民を暴虐から守ってくれたこと、本当に感謝する!もし生きて戻れたら、その時は必ず礼をさせていただこう」

 

 ナーベラルの白く細く、荒事などまるで知らぬかのように美しい手にいささか顔を赤らめながらの台詞となった為、単に謝意を示したというには別種の目的があったように見えてしまいかねなかったが、そうしてガゼフは重ねて礼を述べた。

 

 

 ナーベラル・ガンマはガゼフが死地に飛び込んでいくのを冷静に観察する。人間であればその覚悟と決意に満ちた気迫に感動するところかも知れないが、ナーベラルにそのような感傷はない。

 ガゼフにはああ言ったものの、ナーベラルは自分が逃げ出す羽目になる可能性はほとんどないと見ていた。勿論、村々を焼き討ちしていた工作部隊と、本命を仕留めるための決戦部隊とでは練度が異なるであろうが、基礎となる能力が低すぎて、たとえ決戦部隊が工作隊に倍する強さであっても問題にはならない。

 

 とはいえ油断は禁物、どのような隠し球があるかも知れないのである。せっかく奇襲を仕掛けるのだ、初撃で戦局を決定づけるべきである。村人からのヒアリングの結果、あまり高い位階の魔法を使うと悪目立ちするかもしれない、という発想はナーベラルにもある。そして切り札は常に持つべし、晒すときは更に奥の手を伏せておけという創造主の教え。この世界でこれまでに戦った雑魚の強さ。それらを勘案し、第三位階までの魔法をメインに行使、第五位階の龍雷(ドラゴン・ライトニング)を大技として切る札に想定しておく。それ以上は本当に追い詰められたときの隠し札だ。

 

「姫、相手の連中は全員ガゼフ殿の包囲網に集中したでござる。伏兵はもう居ないでござるな」

 

 ハムスケがフンフンと鼻をひくつかせて言った。野生生物らしく気配の察知に長けた森の賢王は、人間種で言えば野伏(レンジャー)のような役割を果たしてくれる。ハムスケの想定レベルを考えれば、その気配察知をすり抜けて隠れる技量は相手にはない。

 そう思いながらもナーベラルは戦局を観察する。相手の主力は第三位階の魔法で召喚した炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)。それを(タンク)とし、召喚主が攻撃魔法でガゼフ達を追い込んでいく戦術。

 

「ふん……散開したままにしておけばいいものを、集結したな。始まってしまえば逃がす心配はないし、包囲が薄ければ破られる心配があるものね。王国側に魔法詠唱者(マジック・キャスター)が居ないと見て油断したわね、こちらには好都合だけど」

 

 スレイン法国の連中は固まることで壁役の天使の数を節約し、浮いた人数を攻撃役(アタッカー)に振り分けている。これはこれで合理的な戦術である、相手に範囲攻撃の手段がなければだが。

 

「ハムスケ、頃合いを見て私が仕掛けるわ。その後は打ち合わせ通りに」

 

「了解でござる姫。今度こそそれがしの勇姿をご覧になっていただけるでござるな」

 

 そう言う間にも、ガゼフ達の部隊から戦闘不能者が脱落していく。元々20名しか居ないのだ。動ける者は容易く残り10名を割った。今のところ止めを刺すより戦闘を優先しているので大部分はまだ息があるだろうが、このままでは放っておいても死ぬだろう。

 それに対してスレイン法国の部隊は45名、敵に倍する数を持つ上その数を1人も減らしていない。

 まあ次の一手で大部分は失われるわけだけどね。ナーベラルは内心で下等生物(ダニ)共のあがきを嘲笑う。

 

<魔法二重化(ツインマジック)()下位魔法蓄積>(レッサー・マジックアキュリレイション)

 

 ナーベラルの目の前に二つの魔法陣が浮かび上がった。ナーベラルはその片方に手のひらを当てると、さらに呪文を唱える。

 

<二重最強化(ツインマキシマイズマジック)()電撃球>(エレクトロ・スフィア)

 

 魔法陣に魔法が込められ、その輝きが増す。

 

<二重最強化(ツインマキシマイズマジック)()電撃球>(エレクトロ・スフィア)

 

 間髪入れず、もう片方に同じ魔法を込める。ナーベラルは唇をつり上げて酷薄な笑みを浮かべる。

 

「さて……準備完了、行くわよハムスケ。<二重最強化(ツインマキシマイズマジック)()電撃球>(エレクトロ・スフィア)、そして<解放>(リリース)

 

 ナーベラルの両手に青白く放電する白色の球体が膨れあがる。同時に魔法陣からも同じ球体が生み出され、その数は合計6つ。

 次の瞬間、放電する光の玉が6つ、集結したスレイン法国の部隊に襲いかかった。

 

 

 スレイン法国の特務部隊、陽光聖典。亜人を抹殺することを主な任務とする、卓越した神官戦士の集団である。

 その隊長、ニグン・グリッド・ルーインは内心安堵の息をついた。普段とはやや毛色の異なる任務、「王国最強の戦士、ガゼフ・ストロノーフの抹殺」という任務の完了が見えてきたためだ。

 獲物は罠にかかった。ガゼフほどの男が予想できなかったとも思えないが、愚かにも僅かな村人を救うために何も考えずに踏み込んできた。勿論、そうするであろうとの確信があったからこそ考案された必殺の罠である。ガゼフが冷静に村人を切り捨てられるような人物であれば、そもそもこのような罠が考案されることはなかったであろう。

 そう考えると皮肉なものだ、ニグンは嘲笑する。取りこぼされる無辜の民を救いたい、と思うガゼフの願い、そう願ったこと自体が無辜の民を釣り餌とする必殺の罠を考案させたのだから。とんだ道化である。上に立つ、とは切り捨てる覚悟を持つということだ。全ての人類を救うことなどできないのだから、救える命を取捨選択する。その覚悟がないまま綺麗事を言うガゼフは、その愚かさを己の死でもって証明するのだ。

 

 ニグンは己が召喚した天使の性質から、己の天使を参戦させず、戦闘指揮をとるため直接攻撃にも参加していない。戦闘の大勢は決し、埒もないことを考える余裕すらあったが、そのようなことを考えている間にも、部下の手によってガゼフの戦士団はその数を減らし、立っているのは本人を含めて5人となった。倒れている人間もまだ死んでは居ないだろうが、止めを刺すのは決着後でよい。

 ガゼフの動きも大分鈍くなってきた。そろそろ大詰めである。ニグンは声を上げて注意を促す。

 

「だいぶ弱ってきたが、油断するな。波状攻撃の陣形を崩さず、間断なく攻め立てろ。天使を失ったものは最優先で再召喚、そうでないものは適宜援護射撃に入れ」

 

「「はっ!」」

 

 部下達の返事には余裕があり、対するガゼフ達の姿には疲労の色が濃い。損耗は相手が7割、こちらは0。後は冷静に「詰む」だけだ。

 そんなニグンに対し、ガゼフが吠える。王国の民を守るため、自分は負けるわけには行かないのだと。ニグンはその熱にあてられず、冷ややかに言い放つ。

 

「叶いもしない夢物語を掲げた挙げ句、部下を犬死にさせる愚者がよくも吠えたものだ。お前がそのような馬鹿であるからこのような罠が張られたことが分からんのか?つまりお前の浅はかな理想が、今ここの村人を殺しているのだぞ」

 

 そう言ってニグンは頬の傷に触れる。そこにはその傷を負わせた相手への怒りが籠もっている。いわば今の台詞をニグンに言わせたのは八つ当たりであり、そう思ったニグンは苦笑する。その程度の余裕は今や十分あるとは言え、無駄なことをしたものだと。

 ガゼフは怒りを込めてそんなニグンをにらみつけた。どれだけ悔しくても、自分たちがここで全滅するのは避けられない。後は加勢を諦めたであろうガンマが村人を連れて逃げてくれることを祈るしかない。

 

 そう思って残った力を振り絞り、その手に持った剣を握りしめた瞬間。

 彼方から飛んできた6発の光球が陽光聖典の隊列に突っ込み、着弾と同時に膨れあがって放電しながら炸裂した。夕闇の草原をまばゆい白色光が白く染め上げる。

 

「……は?」

 

 一般的に知られる効果範囲から見て、倍以上の広範囲に電撃をまき散らした電撃球(エレクトロ・スフィア)1発につき平均5名、集結していたことが徒となり、合計で31名の陽光聖典隊員が一瞬にして刈り取られた。

 ガゼフもニグンも愕然として思考が止まる。一方は勝利を確信していたが故に、もう一方は敗北を覚悟していたが故に。それをくつがえす事態の激変に頭が追いつかないのである。

 

 (伏兵!?)(馬鹿な)(魔法詠唱者(マジック・キャスター)の一部隊)(第三位階魔法)(王国に居るはずはない)(ガゼフの戦士団しか来ていないはず)

 

 千々に乱れた思考が頭の中を飛び交う中、それでもニグンは指揮官として対応を呼びかけようとした。そこに草原を掻き分けて走り込んでくる巨大な魔獣の姿。

 

「この辺りでよいでござるな。<全種族魅了>(チャームスピーシーズ)!」

 

 魔獣の体に刻まれた紋様が光を放つと、そちらに向き直った生き残りの隊員達の体がぐでっと弛緩した。ニグン本人も何とも言えない甘い感覚に襲われるが、踏ん張って耐える。

 

「この感覚……魅了の魔法か!!厄介な!!皆!正気の者は隣の者の精神を回復させよ!!」

 

「もう遅い……<二重最強化(ツインマキシマイズマジック)()電撃球>(エレクトロ・スフィア)

 

 魔獣の背後に立った人影が涼やかな声を発すると、その手のひらから二つの光の玉が生まれ、陶然として棒立ちになった生き残りに襲いかかる。着弾して炸裂した電撃球(エレクトロ・スフィア)がきっちり10名の命を刈り取る。

 その光景を目にし、僅かな生き残りが正気に戻った。慌てて各自構えをとろうとするが、更なる追撃が襲いかかった。

 

「むん!でござる!」

 

 ハムスケの雄叫びと共に、その爪が一人を切り伏せ、尻尾が一人を貫く。その間にもナーベラルが一人を切り伏せ、気がつけばニグンは生き残りが己一人となっているのを自覚した。

 

「こんな……馬鹿な……!!」

 

「ストロガノフ!!お代わりは封じたわ、踏ん張りなさい!!」

 

 ナーベラルが叫ぶと、ガゼフがはっと顔を上げ、周囲の隊員達から歓声が上がった。もはや生き残りはニグンと召喚済みの天使だけ。完全に決まったと思われた趨勢が瞬く間にひっくり返された、鮮やかな逆転劇であった。

 

「……!!監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)よ、我を守れっ」

 

 部下達が召喚した天使達は最後の命令に従ってガゼフ達に襲いかかる。が、明らかに士気が倍増し意気軒昂となったガゼフ達に蹴散らされるのも時間の問題。そして謎の伏兵たる魔法詠唱者(マジック・キャスター)。とにかく時間を稼いで、切り札を使わねば。

 そう思って己の天使に守護を命じる。これによってガゼフ達を襲う天使達に対する援護ができなくなり、稼げる時間が更に減るが、伏兵を防いでもらわねばならない故仕方ない。そうして取り出したニグンの切り札を、ナーベラルは見咎めた。

 

(魔封じの水晶……!!)

 

 あれを自由にさせるわけには行かない、そう決断したナーベラルの行動は速かった。

 

<次元の移動>(ディメンジョナル・ムーブ)

 

 盾にした監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)の背後で魔封じの水晶を手に掲げたニグンの目の前に、立ちふさがるはずの天使を無視して剣を振りかぶったナーベラルの姿が出現する。あまりのことに目を見開くニグンに一言も発させず、そのまま袈裟懸けに切り下ろす。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるが、特殊なビルドのために戦士(ファイター)としてのクラスを1レベル修めたナーベラルの斬撃は、総合レベルの高さに支えられた身体能力と相まって、この世界では一流の戦士のそれにも匹敵する。白く冷たい鋼の刃が鎖骨を断ち割って肩から己の体にめり込んでいくのをニグンは絶望と共に感じとった。

 

「馬鹿な……お前は何者なんだ……こんなことがあっちゃいけないんだ……神よ……」

 

 支離滅裂ながらもそれだけ言えたのは大したものであったが、そこでニグンは血を吐いて倒れ伏した。それに構う暇はないので、ナーベラルはその手に握られた魔封じの水晶を素早く拾い上げると、ハムスケと対峙する監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)に向き直った。

 

「こいつは他の天使より一回り強そうね……」

 

 無論ナーベラルの敵では無いが、第三位階の魔法では少し出力が足りないかも知れない。そう考えるナーベラルにガゼフが声を掛けた。

 

「ガンマ殿、間もなく助太刀に入るのでもう少し堪えてくれ!」

 

「こちらはいいから残りの天使を片付けなさい!!」

 

 助けに入るという台詞に少々……いや、かなり気を悪くして、ナーベラルはガゼフに叫び返す。ガゼフの加勢など要るものかとばかりに、このままこいつを速攻で片付けて終わりにすることを決意する。

 

「ハムスケ!下がれ!<二重最強化(ツインマキシマイズマジック)()龍雷>(ドラゴン・ライトニング)

 

 一声かけてハムスケが素早く距離をとるのを確認し、第五位階の攻撃魔法を唱える。

 まるでのたうつ龍の如く荒れ狂う稲光がナーベラルの肩口から手の先に纏わり付いたと見るや、次の瞬間中空を走って監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)に殺到した。監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)は一匹目の龍に食いつかれて武器を取り落とし体勢を崩すと、二匹目の龍に腸を食い破られて光の粒子となり霧散した。

 その様子をこちらも残敵を掃討してナーベラルの方に向き直ったガゼフは呆然と眺める。今のは自分が知る第三位階の魔法<雷撃>(ライトニング)ではない。つまりそれ以上の……?

 

「はは……」

 

 安堵と共に全身を襲う疲労と倦怠感により、ガゼフはその場にへたり込んだ。比較的無事な部下の一人が駆け寄って来る。

 

「戦士長!大丈夫ですか!」

 

「ああ、平気だ……気にするな。それより皆の怪我の具合を確認して応急手当てしろ。カルネ村に帰投する。信じられんことだが、我々は助かったんだ」

 

 その言葉に周囲から歓声が上がり、ガゼフは目を閉じてガンマに感謝した。

 

 

 




 ニグンさんと最高位天使(笑)の活躍?ねぇよそんなもん( ´∀`)
 勿論ナーベラルの創造主の教えは、高位階の魔法行使を多少なりとも自重させておきたかったがための捏造です( ´∀`)
 本人の発想だけで自重はしなさそうなんだけど、それをやられると収拾がつかなくなっちゃうんで……

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