ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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 感想を見てるとハムスケの胃を心配してる方が多かったですが。
 ……このSSで一番胃がヤバイのは、間違いなく今回登場するこの人です( ´∀`)



第六話:王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ

 ナーベラルは村長の家に案内されると、改めて言われる礼の言葉を軽く聞き流して自分の要求を口にする。

 

「単なる成り行きです、気にしないで結構。そんなことより村長、『ナザリック地下大墳墓』か『グレンベラ沼沢地』という地名に聞き覚えはあるかしら?」

 

「……いえ、残念ながら」

 

「では『アインズ・ウール・ゴウン』という言葉には?」

 

「……いえ、聞いたことはございません。お役に立てず申し訳ない」

 

 村長が申し訳なさそうに頭を下げると、ナーベラルは知らず張り詰めていた緊張を解いて息を吐いた。

 

「いや、知らぬものは仕方がないわ。では教えて貰いたいのだけど……」

 

 ここは何処かという質問に始まって、思いつく範囲で情報を集めていく。村長もできる限りの協力をする。

 

 

 途中葬儀のための休憩を挟み、ナーベラルがこの世界の(普通の村人が知る範囲での)常識をある程度手に入れる頃には、太陽が西に差し掛かっていた。

 

「すると、ガンマ様は転移の魔法の実験に失敗して気がついたら見知らぬ土地に飛ばされていたということですか」

 

「ええ、まあ。そういうことになるわね」

 

 ナーベラルがない知恵を絞って考えた、他人に説明するためのカバーストーリーがその説明であった。自分がある程度優れた魔法詠唱者(マジック・キャスター)であることと、この周辺世界に対する常識を一切持っていないことに対する理由付けが盛り込まれている。そもそも推察するしかない真の状況にも、当たらずとも遠からずではないだろうか。転移したかさせられたか、その程度の違いしかないのかもしれない。

 

「それで、これからどうなさるのです?」

 

「勿論、長期的には故郷に帰るため、地理を調べる必要があるのだけど……当座のところは、今晩泊めてもらえないかしら」

 

 ナーベラルがそう口にすると、村長は相好を崩した。

 

「そうですか、勿論結構です。どこでも好きなところに何日でも滞在してください」

 

 冷静に考えると少し安請け合いな台詞の気がする。もし仮にナーベラルが適当な村人を捕まえてお前の家に泊めろと言い出したらどうするのだろうか。まあ、命の恩人のささやかな頼みを拒否するような村人はいないかもしれないが。

 

 そのとき、ノックの音もそこそこに、村人が不安そうにドアを開けて覗き込んできた。

 

「あの、すいません、ガンマ様。お連れの……森の賢王殿が、この村に近づいてくる集団がいるので姫様を呼んでくれと」

 

「へえ?」

 

 本人はハムスケと呼んで欲しいんじゃないかなあと思いつつ、ナーベラルは立ち上がった。そのまま外に出てハムスケの下へ歩いていく。

 

「おお、姫、お呼び立てして申し訳ないでござる。実は馬に乗った騎兵らしき集団が、こちらに近づいてくるでござる。その数20余」

 

 賢さについては期待はずれだったが、それ以外の面ではまあまあ拾いものだったかも知れないな、このペット。ナーベラルがそんなことを考えているとは露知らず、ハムスケは状況を説明する。

 

「な、何者でしょうか……」

 

 後ろをついてきた村長夫婦が不安そうに辺りを見回すと、ナーベラルは自分の考えを口にした。

 

「まあ、良い方向に考えれば治安維持に派遣された国の兵隊かも知れないけど、悪ければあいつらの別働隊かもね」

 

「ひっ……」

 

「やれやれ、一夜の宿の安全を確保するのも一苦労か……」

 

 そう呟くと、ナーベラルは村長に村人を1箇所に集めるように指示し、ハムスケに護衛を命じた。

 

「それは承知でござるが……姫はどうするのでござる?」

 

「私はその辺に隠れるわ」

 

 そいつらが敵なら奇襲で始末する。そう言うとナーベラルはフードを被って顔を隠した。そして<伝言>(メッセージ)の魔法をかけ、ハムスケに対して通信経路(パス)を繋ぐ。

 

<ハムスケ、聞こえる?>

 

「ヒェッ!?あれ、今の、姫でござるか?なんか頭の中に直接声が響いたような不思議な感じでござるが……」

 

 通信経路(パス)を通じて呼びかけるとハムスケがびくんと震えてきょろきょろと辺りを見回す。<伝言>(メッセージ)の魔法は正常に働いているようだ。そのことを判断したナーベラルの胸の奥に痛みが走る。別に<伝言>(メッセージ)の魔法に不具合が発生したから仲間達に連絡が取れないとか、そのような可能性に期待していたつもりはないのだが……今はそんなことを考えているべき状況ではない。

 

<魔法であんたとの間に通信経路(パス)を繋いだわ。これで離れた距離からでも悟られずに会話ができる。あんたも口に出さずに返事をしてみなさい>

 

<ほおー、これも魔法でござるか。流石は姫、便利な魔法を知っているですなあ>

 

「上出来、そんな感じで大丈夫よ。ハムスケ、連中がいきなり襲いかかってこなかった場合は、敵かどうかを判断するまでこちらからは手を出すな。その判断は、村長、あんたに任せるわ」

 

<了解したでござる>

 

「へっ?は、はい!」

 

 急に話をふられて驚いた村長がへどもどとしながら答える。

 

「いきなり斬りかかられてもハムスケが守るけど、まあ危険には違いない。とにかく時間を稼いで、危ないと思ったら距離をとるように」

 

 そう言い残し、ナーベラルは外を見回すと木立の奥に駆け込んだ。一度完全に身を潜めてから、<不可視>(インジビリティ)の幻術を自身にかけ、村人が集まった村長の家に視線が通る位置を検討する。一度隠れたのは、場慣れしてない村人達に伏兵がいると視線でばれては困るからである。

 

 

 生き残りの村人は殆どが村長の家に入り、村長以下数名とハムスケが外に残った。

 

「まあこのハムスケ、たいていの相手に後れを取るつもりはござらん。大船に乗ったつもりで安心して欲しいでござる!」

 

「は、はあ、確かに森の賢王ならばたいていの人間より強いでしょうが」

 

 ドヤ顔で胸を反らすハムスケを見て、村長は少し怯えが収まる。恐ろしげで強大な魔獣でも、味方であり会話ができるのであれば頼もしいものである。

 

 やがて道の先から駆けてくる騎兵の姿が見えてきた。その出で立ちには統一性が無く、よく言えば襲撃してきた連中の仲間には見えないが、かといって王国正規兵にも見えない。ありていにいうと戦時中は傭兵、戦争が無ければ野盗になるような、ごろつきの集団に見える。

 村長達に緊張が走ったが、それと同様に戦士達も警戒を強めていた。勿論、村長達の脇に控えるハムスケの存在を受けてのことである。彼らはハムスケを警戒しつつ、ある程度の距離をとって村長達の前に整列してみせた。

 

「――私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士たちを討伐するために王のご命令を受け、村々を回っているものである」

 

 明らかに一人突出した雰囲気を持つリーダーらしき男が進み出ると、そう名乗った。

 

「ほう、王国戦士長!……村長殿、それは何者でござるか?あとそこもとを油断させるための虚言である可能性はあるでござるか?」

 

 自分がというよりは、隠れて聞いているナーベラルの為に村長に質問するハムスケ。正確には現在も<伝言>(メッセージ)の魔法で繋がっている、ナーベラルの意向を受けての発言であった。魔獣が喋ったのを耳にし、戦士達の間に緊張が高まる。思わず腰の剣に手を掛ける者までいた。

 

「は、はい……行商人たちに話を聞いたことがある程度ですが、かつて王国の御前試合で優勝を果たした人物で、王直属の精鋭兵士たちを指揮する方だとか……」

 

「それで、本物でござるか?」

 

「いえ、直接目にするのはこれが初めてなので、私にはなんとも……」

 

「ふむむ、困ったでござるなあ……こういう場合は、偽の身分を名乗ることでなにか利益があるのかを考えるべきでござるが……」

 

 目の前でこいつ本物かよ?という問答をされるのはまあかなり失礼な行為にあたるだろうが、戦士長を名乗る男には気を悪くした様子はなかった。自分たちが怪しく見えるというのも無理はないとの思いがある。王より貸し与えられた、王国秘蔵の装備を置いてこざるを得なかったこの状況ではなおさらだ。

 

「失礼、お疑いのところ申し訳ないが……この村の村長だな?そちらの魔獣は何者だ?所々焼かれた跡があるが、この村は既に襲撃を受けたのか?これはどういった状況なんだ?」

 

 ガゼフの疑問は当然のものである。こっそり指示を聞いているハムスケがひくひくと鼻を鳴らしながら答えた。

 

「それがしの名はハムスケ。人間には森の賢王と名乗った方が通りがいいでござるな」

 

「森の賢王!!トブの大森林南部の支配者か……!!だが、それが何故この村に?」

 

 ガゼフはハムスケの名乗りを聞くと、森の賢王であればその偉容も納得であるとばかりに頷いた。

 

「少々事情があって、この村が襲われているところに通りかかって助けに入ることになったでござるよ」

 

 その言葉に、困惑したかのような空気が戦士団に広がった。いったい何の事情があれば魔獣が人間の争いごとに首を突っ込むことになるのだ?

 勿論、ガゼフにもその疑念は絶えない。内心は混迷を極めていたが、村人達をかばって立っている様子に嘘はない。焼き討ちがあった模様にもかかわらず大勢の村人が生き残っていることからもその言は嘘ではないだろうし、そもそも魔獣がそのような嘘をつく意味がそれこそない。

 そのように思ってとりあえず礼を述べるために馬を下りたところ、ハムスケから制止の声がかかった。

 

「おっと、それ以上は近づくなでござる。それがしの事情は説明した故、今度はそこもとの番でござる。それがしはお主が名乗ったとおりの者であるか判断することができぬ故、敵意がないことを示す気があるのならば、そこの隅にでも武器を置いて下がるでござるよ」

 

 ガゼフの動きが止まり、その顔が困ったようにゆがんだ。

 

「……言い分は分かるが。この剣は我らが王より頂いたもの、これを王のご命令なく外すことはできない相談だ」

 

 その返答を聞くと、ぴくぴくと耳を動かして上を見上げたハムスケは前足を地面に下ろし、獣としての姿勢を取った。

 

「ふーん、そうでござるか。じゃあ死ぬでいいとござるよ」

 

 ぶわっと風が巻き起こったかのようであった。身構えて殺気を露わにした森の賢王を前に、ガゼフ以外の戦士達がたまらず抜刀し、馬が怯えて後足立ちにいなないた。

 慌てたのは村長である。

 

「ちょ、ちょっとガンマ様!それはあまりに短絡的に過ぎます!!」

 

()()()()だと?」

 

 突如現れた謎の人名にガゼフが身構えると、ハムスケが思わず殺気を解き、顔に前足を当て嘆息した。

 

「あちゃ~……ばらしちゃっては困るでござるよ村長殿。姫、どうするでござる?え、まどろっこしいから出てくるでござるか」

 

「……伝言(メッセージ)での通信か?つまり、魔法詠唱者(マジック・キャスター)が隠れていたのか……!!」

 

 不意打ちで隙を突く算段だったに違いない、思ったより強かな連中である。そんなことより何故俺たちは助けに来たはずの村で殺し合いをしそうな羽目に陥っているのだ、そう考えるガゼフ達に、背後から声がかかった。

 

「フン、お膳立てが台無しね……」

 

「!?」

 

 <不可視>(インジビリティ)の幻術を解除し、突如として背後に現れたナーベラルに、戦士達が驚きと共に一斉に振り返って剣を向ける。

 

「その声……女か!?」

 

 フードを下ろしたマント姿で容姿は窺い知れないが、その声は紛れもなく若い女のものである。ついでに言えば声を聞いただけでフードに隠された顔の美しさを弥が上にも想像させた。

 

「まあいいわ、殆ど雑魚ばっかりみたいだから剣持ってたって何もできないでしょうし。初めまして……ストロガノフ殿?私はガンマ、通りすがりの魔法詠唱者(マジック・キャスター)で、そこのハムスケの飼い主で、成り行きでたまたまこの村を救った者よ」

 

 名前は間違えているし、ひとかどのプライドを持った職業戦士達を雑魚扱いである。本人に自覚は全くないが、意図せずしてかなり挑発的な言動であった。これでもナーベラル当人的には、随分と譲歩してやった私って優しいとすら思っているのである。雑魚呼ばわりされた戦士達が気色ばむのを手で押さえると、ガゼフはせめてもの害意がないことを示すつもりで両手を広げて歩み寄った。

 

「この村を救って頂き、感謝の言葉もない」

 

 いきなり名前を呼び間違えられたこともまるで気にせず、ゆっくりと、深々と頭を下げる。後ろの戦士達がざわつく。

 王国戦士長という高い地位の者が、どこの馬の骨ともしれない流れ者の魔法詠唱者(マジック・キャスター)に頭を下げる。ガゼフの人柄を物語る光景であり、村人と部下の戦士達は感銘を受けたようであるが、残念ながらナーベラルとハムスケにはその意味が通じない。興味なさげに一瞥をくれただけであり、その様子がまた後ろの戦士達の不興を買った。

 

「ガンマ殿は……冒険者なのかな?たまたま通りすがってこの村を救うことになったと?」

 

 ガゼフ自身は気にした風もなく、どうにか友好的に話を続けようとしたが、その台詞は意外な反応をもたらした。

 

「冒険者?そういやあいつらもそんなことを言ってたけど……冒険者って何?」

 

 ガゼフは耳を疑った。この世界の人類社会に暮らす者で、冒険者の存在を快く思わない者はまあそれなりにいる。が、存在自体を知らない者などありえるだろうか、いや、ない。ガゼフの中の警戒心が跳ね上がる。

 

「ガンマ殿……あなたは何者なのだ?失礼だが、そのフードをとってもらえまいか?」

 

 フードの下には人外の化け物の顔が隠れているかも知れない。そんな考えにとらわれる程、冒険者を知らないという発言には衝撃があった。ナーベラルはふん、と鼻を鳴らして冷笑する。

 

「自分たちが剣を置くのは嫌だけど、私にはフードをとるよう命令するってわけ?……お断りよ、何様かしらね」

 

 王国戦士長の地位など歯牙にも掛けぬといったその態度に、本人よりも後ろの戦士達の敵意がますます強まった。村長達は顔を白くして脂汗を浮かべる。元々抜刀して剣を向けた状態なのだ、すわ一触即発かという緊張が高まったとき、のほほんとした声がそれを打ち破った。

 

「しかし姫、さっきまでは顔を隠してなどいなかったではござらんか。今それを隠すことにどんな意味があるのでござる?」

 

「……意味は、ないわ別に。こいつらの態度が癇に障るから唯々諾々と従いたくないだけよ」

 

「ははは、意外と子供っぽいところもあるのでござるなあ」

 

 ハムスケの呑気な台詞に気をそがれたのか、ナーベラルから戦意が抜けた。ハムスケに仲裁された形になり、ガゼフは内心森の賢王に感謝する。ナーベラルは忌々しげに舌打ちすると、フードに手を掛けて後ろに払った。豊かな黒髪が外にあふれ出るのを頭を振って整える。

 絶世の美女。そうとしか言えないナーベラルの美貌を直視し、歴戦の戦士達が口を半開きにして固まった。ガゼフも例外ではない。

 

「……これでいいのかしら?さっきも言ったけど、こちらの要求は拒否する癖に自分の要求は通すとか、本当に口で言うほど感謝してるのかしらね」

 

 仏頂面でそんなことを言うナーベラルに、ガゼフはどうにか再起動すると再び深く頭を下げる。

 

「それについては申し訳ないと思っている、どうか信じていただきたい……」

 

「あの、戦士長殿。ガンマ様はその、転移魔法の実験に失敗して流されてきた迷子の魔法詠唱者(マジック・キャスター)だそうで、おそらくは非常に遠方の地から現れたものではないかと。色々なことを御存知ないのもそれが原因では……」

 

 村長からフォローが入り、ナーベラルは内心でガッツポーズをとった。頭を絞って考えた言い訳が無事役に立ちそうである。よくやった私。

 そのような内心も知らず、ガゼフは得心したかのように頷いた。

 

「……転移魔法の実験とは!ガンマ殿は優れた魔法詠唱者(マジック・キャスター)であられるのだな……ひょっとしたら海を越えた別の大陸から来られたのかもしれないな。それなら冒険者組合が存在しなくても不思議はない」

 

「そう、それであなたにも聞きたいのだけど……」

 

 言い訳が功を奏し、自然な話の流れになったので、地位のある人物ならその辺の村人よりは地理情勢にもう少し詳しいだろうと、ナーベラルは問いかけたが、生憎ガゼフもナザリック地下大墳墓およびアインズ・ウール・ゴウンについては知らないと答えた。申し訳なさそうに頭を下げるガゼフを見て、ナーベラルは息をつく。そう簡単に解決すると思っているわけではなかったが、やはり先は長そうだ。

 そのような思いにふけるナーベラルに、ハムスケが声をかけた。

 

「ところで姫、なんだか別口でこの村を包囲しようとしている連中がいるでござるが、いかがいたすでござる?」

 

 その発言を受け、ナーベラルを除いたその場の全員がぎょっとしたように辺りを見回した。だが周囲に特に異変は起こっていない。ナーベラルは頭をかいて嘆息した。

 

「また問題?なによもう、次から次へと……」

 

 カルネ村の最も長い日はまだ終わりを迎えていない。

 

 

 




 ナーベちゃんの導火線が短すぎてガゼフがヤバイ( ´∀`)
 ハムスケ「それがしが守護(まも)らねばならぬッッ!!」

2/23 固有名詞修正。


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