ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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 ポーションがないとエンリが普通に重傷なんですけどどうしましょうね。
 モモンガ様が居ないからね、仕方ないね( ´∀`)



第五話:再びカルネ村

 ここで話はナーベラルがカルネ村に姿を現した時点に戻る。

 

 魔力系魔法詠唱者であるナーベラルには当然、治癒の魔法は使えない。

 意識の混濁しているエンリを抱き起こすと、とりあえず止血をして包帯代わりの布を体に巻き付けた。

 

「お、お姉ちゃん大丈夫なの……?」

 

 妹のネムがおろおろしながら問いかけてくるのを鬱陶しそうに一瞥すると、ナーベラルは思ったことを正直に答える。

 

「とりあえず止血はしたけど、あまり良くない状況ね。治癒薬(ポーション)でもあれば良かったんだけど……」

 

 それを聞いたネムがはっと顔を上げる。

 

「お、お家に戻れば薬草があるよ……!!」

 

 トブの大森林で採取される薬草は、カルネ村の特産品であり、貴重な現金の獲得手段である。故にどこの家庭でも、量の多寡はあれど売るための薬草を貯蔵しているし、エモット家は都市の薬師とつきあいがあるため、積極的に採集に出ていた。

 そういった事情を説明したわけではないが、とにかく家に薬草があると言ったネムの表情は暗い。自分たちを殺そうとして襲いかかってきた騎士達から逃げてきたのだ。家に戻れば当然そいつらに見つかるだろう。

 それを聞いたナーベラルはエンリを抱えて立ち上がった。

 

「……そう。じゃあ家に行きましょう、案内して。ハムスケ、こいつを運びなさい」

 

「姫は人使いが荒いでござるなあ……自分で掴まってくれるならともかく、その娘子(むすめご)を抱えるには二足歩行せねばならぬでござるよ……」

 

「口答えするな、ほら早くしなさい」

 

 その台詞はハムスケとネムの両方に向けられたものであるらしかった。ハムスケがナーベラルからエンリを受け取り、器用に二足で立ち上がるのを尻目に、ネムは前に立っておそるおそる歩き出す。正直な話、家に戻るのは恐ろしくてたまらなかったが、姉を失うのはもっと恐ろしかった。震える足に力を込めて歩き出そう……

 

「……遅い」

 

 としたが、叶わなかった。ネムは自分の体が持ち上げられるのを感じると、気づけばナーベラルの腕の中に収まっていた。

 

「どっちへ行けばいいの?」

 

「あ、あっち……」

 

 ナーベラルがネムを抱えたまま走り出すと、ハムスケが感心したように頷いた。

 

「成る程、姫はそちらの童を抱えるために娘子をこちらに渡したのでござったか!感服つかまつった!察しが悪くて申し訳ござりませぬ!」

 

 エンリを渡したのは面倒だったからで、ネムを抱えたのは子供の足の遅さに苛ついたからだったのだが、特に訂正する必要も認められなかったのでナーベラルはハムスケをちらりと見るにとどめ、沈黙を守った。

 

 

「あそこが家だよ……!!」

 

 襲撃者の存在に怯えるネムの声は自然とささやく程度に落ち込んでいたが、そんなことは意に介すべくも無い。ナーベラルは左脇に童女を抱え込んだまま無造作にずんずんとエモット家であった建築物に歩み寄っていく。ネムが思わず身を竦ませるのにも気にとめるそぶりはない。

 ナーベラルが無鉄砲に行動しているわけではなく、<兎の耳>(ラビッツ・イヤー)の呪文によって頭の上から生えた可愛らしいウサギの耳が索敵を済ませているのである。ネムの位置からはそれを見ることが叶わなかったが、もし目にしていれば可愛いと叫んでいたかもしれない。

 

 抱えていたネムを下ろし、エンリを受け取ると、ナーベラルはどう考えても戸口をくぐることができないハムスケに周囲の警戒を命じて家に入った。

 二人を出迎えたのは血の匂いと、乱雑に破壊された家具、そして死体であった。エンリとネムの父親である。家を襲撃してきた騎士達は父親を殺すと、残りの家族を取り逃がした腹いせに周囲の家具に八つ当たりし、そして立ち去ったものだと思われた。まあそれらの行為は全てベリュースという男の手によって行われたのだが、二人にそのようなことを知る由もない。

 父親の死体を目にして動揺するネムを、ナーベラルが急かした。

 

「……私にはここにある薬草の使い方がわからないんだけど。お前はわかるのかしら?」

 

 普通に考えて、ネムのような幼子が薬草の処置を任されるようなことはない。煎じたり潰したり、そういう作業の手伝いは慣れたものだが、何をどう使うかなどとネムが把握しているはずもなかった。

 焦ってしどろもどろになるネムを救ったのは姉のエンリであった。朦朧状態から一時的に意識を取り戻すと、手当の方法をナーベラルに自分で説明したのである。ちゃんとした薬師が薬草から生成した治癒薬(ポーション)には比ぶべくもないが、薬草の効能をある程度把握して傷口を処置することで、何もしないよりは遙かにましな状態となる。普通の村人ならその程度の処置も難しかったかもしれないが、エンリの一家は都市の薬師と交流が深いため、一般人よりは薬草に詳しかった。

 

「……改めて、ありがとうございましたガンマ様。おかげで命を拾ったようです」

 

 傷を癒し痛みを和らげる薬草で傷口を処置し、意識をはっきりさせる香草を嗅いでなんとか判断力をとりもどしたエンリは、ナーベラルに深々と頭を下げた。先ほどは姓しか名乗らなかったが、言った分は覚えていたようだ。

 姓しか言わなかったのは、人間如きにフルネームを教えるのも何となく気にくわなかったといういささか子供じみた考えであったが、人間に気安く名前で呼ばれる筋もないしこのままガンマで通そう。ナーベラルはそう考えるとエンリに頷いてみせた。

 

「まあ、まだ何も解決してないけどね。……外も騒がしいようだし」

 

 ぶっちゃけた話、ハムスケのようなデカブツが突っ立っていれば否応なしに目立つ。外で待たせていれば、この村を襲撃中の騎士共の目がどれだけ節穴だったとしても気づかざるを得ないだろう。

 

「お前達はここに居なさい。ちょっと外を掃除してくるから」

 

 怯える姉妹達にそう告げる。頷いた後父親の遺体にとりすがる姉妹を尻目に、ナーベラルは家の外に出た。振り返ったハムスケが何か言うよりも早く、武器を構えて半包囲していた騎士達の群れを手早く掃除する。

 

「……そういえばハムスケ。あんたは生き物の気配とかわかるの?」

 

「おお、頼ってもらえて光栄でござる!そうですな……この辺りの生き物は皆、あっちの方に固まっているでござるな」

 

 ハムスケがそういって村の中央方向を指し示す。おそらくは狩りの獲物のように、騎士達が村人の生き残りを追い込んでいるものと思われた。

 家の中に声をかけてエモット姉妹を呼び出すと、後ろからついてくるように命じる。

 

 

 なんだか雲行きが怪しくなってきた。

 

 ロンデス・ディ・クランプは胸中でそう呟く。

 決まり切った手順で、もう慣れた仕事の筈だった。これまで繰り返してきたように、村人を追い立ててまとめ、わざと生き延びさせる数名を残して殺し、家屋を焼き払う。

 命令であり任務である。嫌悪も罪悪感もない。人間らしい感性は擦り切れて、するべき仕事を為すと考えるだけ。欠伸すら出せそうなくらいだ。

 

 ところがこの村では何かアクシデントがあったらしい。家々を確認して回っていたリリク達と連絡が取れなくなった。探しに行ったエリオン達が戻ってこない。ベリュース隊長は爪を噛みながらあの馬鹿共はどこで油を売っているのだ、何が起こったと喚き散らしている。それはロンデスも知りたいところだが、今村人達の生き残りが60余名に対し、それを包囲している仲間の数は10名。これ以上減らすと、囲みの厚さにやや不安が出てくる。仮に村人に意図せず逃げられても、弓兵が伏せてあるので心配は要らない筈だが。

 

 ロンデスはまだ知らない。

 同じ部隊でまだ生きているのはもはやこの場にいる彼らだけであることを。

 正直言えばこのまま逃げ出したい気持ちがむくむくと膨らんで来ていたが、ただの勘で逃げ出すことが許されるはずもない。本能と理性のせめぎ合いに煩悶とするロンデスの目に、高速で突進してくる巨大な獣の姿が映った。

 

「な……!!」

 

 なんだあれは、と警告の叫びを発する暇もなく、突っ込んできた魔獣――ハムスケの体当たりを食らい、ロンデスは自分の視界が回転するのを感じた。ベリュース隊長のあっけにとられた顔が遙か下を流れていく。

 これは死んだな。ロンデスは他人事のように思った。完全武装した騎士をこれだけ吹き飛ばすとはどんな力だ。ろくでもない仕事に手を染めた以上、ろくでもない死に方をする覚悟はあるつもりだった。まとまりを欠いた思考が千々に流れる中、ロンデスは地面にたたきつけられるのを感じ、そのまま意識を失った。

 

 

 

 フルプレートに身を固めた騎士が水平に飛んでいく様など、およそ目にする機会はない。その場に居た騎士の中で腕と人望が一番あったロンデスが空を飛ぶのを、他の騎士達は唖然とした顔で眺めた。

 ロンデスが立っていた場所に目をやれば、彼を空高く打ち上げた白銀の魔獣の姿がある。戦意に燃えた瞳が次の獲物を見定めるように一人の騎士を睨み付けた。

 

「ひ、ひぃっ」

 

 とっさに逃げ出すことを選択できたその騎士の判断は怯懦由来のものであったかもしれないが、判断内容としては上々であったと言える。だが、仲間も上官も任務も武器も、全て放り出して逃げようとしたその騎士は三歩で倒れた。

 

「……!?」

 

 尻尾である。ハムスケの長く鋭い尻尾が狙い澄ましたように鎧の隙間から頸部を貫いたのだ。騎士は二、三度短く痙攣すると、尻尾が引き抜かれると同時に息絶えた。

 

「ひっ」

 

 ハムスケが次はどいつにしようかなという顔で品定めを始めると、一人の男が声を上げた。

 

「きっ、きさまら!俺を守れ!あの化け物を囲むんだ!」

 

 内容はともかく、この状況で声を上げられたことは驚嘆に値する。ベリュース隊長は人望と品格と実力に欠けた男であることが隊員達の間の定説であったが、意外と土壇場でのクソ度胸は持っていたのかも知れない。

 隊長を守りたいという意欲は沸かないが、包囲して攻撃するのは理に適った対応ではある。隊員達は阿吽の呼吸でハムスケを四方から包囲するように動き出した。

 

「ぎゃああああああ!!」

 

 そうする間にもハムスケがその前肢で騎士の一人を引っぱたくと、その兜が綺麗に一回転した。中身は直視したくない惨状になっているのだが、鎧の上からでは異常のわからぬまま騎士がその場に崩れ落ちる。

 一人の貴重な犠牲が稼いだ時間で、騎士達はハムスケを取り囲んだ。暗黙の了解で役割分担が決まる。すなわち、魔獣の正面に位置するものは防御に徹し、側面~背面から攻撃を仕掛けるのだ。

 果たして始めから防御(パリィ)に徹した正面の騎士は、ハムスケの次の攻撃――鋭い爪による一撃を剣で受け止めることに成功した。ハムスケの圧倒的な膂力を前に押し倒されそうになるが、斜めに傾いた体を踏ん張って叫ぶ。

 

「い、今だ!」

 

 その声に呼応して三人の騎士が背後と側面からあるいは斬りつけ、あるいは突き立てようとする。

 

 がきん。

 

 ハムスケの体から聞こえたのは鋼と鋼がぶつかる音に似ていた。見た目には白く柔らかな毛並みの全てが、金属の硬さと強さを備えている天然の金属鎧であったのだ。

 そんなのありかよ。そう叫ぼうとした騎士が足首に違和感を覚え、足下を見ると。

 ハムスケの尻尾が己の足首に巻き付いていた。

 

「ひぁああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 視界が回転し、騎士は己がハムスケの尻尾の力だけで中空に吊り上げられたことを理解する。暴れる暇もなく、その体が振り回されて大きく旋回した。

 

「ぐぇっ」

 

 遠心力を存分に受けて加速した騎士の体は、そのままハムスケの前方で防御していた騎士に向かって叩きつけられ、二人は望まずして熱烈な抱擁を交わすことになった。双方の鎧兜がへこんでひしゃげ、鈍い音を立てて骨が砕ける音がする。

 抱きつかれた方はそれで人生から解放されたが、掴まれた方の苦難はそこでは終わらなかった。鎧の中身が絶命していることに委細構わず、再び尻尾が唸りを上げると、そのまま周囲をなぎ払ったのだ。

 騎士の死体そのものを鈍器として叩きつける。左後方に位置した一人は上から下へのモーメントを受けて地面にべしゃりと張り付き、そのまま下から上へのひねりを加えて殴られた右後方の一人は抗すること能わず宙を舞った。

 

 これで残りは三人。未だかすり傷ひとつ負わぬハムスケがじろっと次の獲物に焦点を合わせると、睨まれた男――ベリュース隊長はすくみ上がった。

 

「ひ、た、たしゅけて、おねがいします!こうふくしましゅ!おかねあげましゅ!」

 

 馬鹿じゃないのか。生き残りの残り二人は期せずして同じ思いを抱いた。魔獣に金を払うと命乞いをして何になるのか。恐怖の余り呂律が回ってないこともあわせ、滑稽きわまりない。そのように思っていたが、意外や魔獣が反応を示したのである。

 

「……ふむ?降伏するでござるか?」

 

 喋る魔獣に驚愕する暇もなく。生き残った三人は顔を見合わせると、すぐさま激しく首を振って首肯した。あまりの激しさに脳みそがシェイクされるのではないかと心配になるほどであった。ハムスケはふむ、と首を傾げると呟く。

 

「まあ、生死は問わぬとの仰せでござるからなあ。お主達、武器を捨ててそこに跪くでござる。もうすぐ姫が到着なさるので、その時処遇を伺うでござるよ」

 

 投げ捨てられたロングソードのたてる無機質な音がそれに答えた。

 

 

「……羽虫をいちいち潰して回るのも飽きてきたわね」

 

 唐突にそんなことを言い出したナーベラルの顔を、エンリはぎょっとした顔で思わず見つめた。相変わらず見入ってしまいそうな程綺麗な顔だが、言うことにいちいち棘がある。まさか飽きたから助けるのを止めたといいだすつもりではなかろうか、そう思っているとナーベラルが言葉を続ける。

 

「ハムスケ、残りはこの先の広場にいる10匹で終わりなのね?あんたが先に行って蹴散らしてきなさい。生死はどうでもいいわ」

 

「合点承知でござる姫!このハムスケの勇姿にご期待あれ!」

 

 ハムスケは気合い十分と言った体で、何処で覚えたのか敬礼の真似事っぽいポーズをとると恐るべき速度で村の中央へ突進していった。程なく悲鳴と剣戟の音が響いてくる。

 ナーベラルはエンリ達を一瞥すると、何も言わずにゆっくりと歩いていく。肩くらい貸してくれないかと思わなくもないが、伏兵を警戒するなら論外であることもわかる。ゆっくり歩いているのが自分たちに対するせめてもの配慮なのだろうか。エンリはそうも思うが、まあ別にナーベラルにそんなつもりは特にない。

 広場に入ると、ちょっとした数の人間が出迎えた。広場の奥に村人達と思われる平服姿の老若男女が60名くらい。そこかしこにハムスケが仕留めたであろう騎士の死体が7体。ドヤ顔でふんぞり返っているハムスケの側に跪いている騎士達が3人。

 

「おお、姫!今終わったところでござるよ!この者らは降伏したいそうでござるが、いかがなさるか?」

 

 いちはやく気づいたハムスケが振り向いて声を掛けると、その場にいた全員の視線がナーベラルに集中した。息を呑んで見守る中、ナーベラルは後ろを振り返って告げる。

 

「……念のためお前達は近寄らずにそこで待ってなさい」

 

「は、はい」

 

 村人の中から「エンリ!ネム!無事だったのか!」という声が上がったが、特に反応するでもなくナーベラルはハムスケの側に歩み寄る。

 

「あ……あなた様がその魔獣の主ですか?私ども降伏いたします!なんでもしますので、命ばかりはお助けを……」

 

 生き残りの騎士達でもひときわ人相の悪い男が卑屈にすり寄ってきた。適当に命乞いをしようとしたものの、そのままナーベラルの美貌に見とれて沈黙する。

 なんでもするなら命を差し出せ……などとは言わず、ナーベラルは面倒そうに告げる。

 

「そう。じゃあ、まず鎧と服を脱ぎなさい。下着はまあいいわ」

 

 武装解除するなら裸にすべきであるが、見苦しいものを見せられるのはご免だ。そんなナーベラルの要求に、慌てて鎧を外し、服を脱いで下履き一枚になったむさ苦しい男三人を地面に四つん這いで伏せさせると、生き残りの村人達に声をかける。

 

「あなた達、ロープか何か持ってないかしら?」

 

 

 ナーベラルは受け取ったロープで三人の裸の男を後ろ手に縛り上げると、怯えた様子で様子を窺う村人達に声をかけた。

 

「さて……これでひとまず安全は確保されたと思うけど」

 

「あ、あなた様はいったい……」

 

 村長だろうか、代表者らしき中年の男性が問いかける。

 

「通りすがりの魔法詠唱者(マジック・キャスター)よ。なんというか、なりゆきで巻き込まれたから自分の身を守るついでにあなた達を助けに来たわ」

 

「おお……」

 

 村人達の間に安堵のざわめきが広がるが、不安の色は消えない。

 だがナーベラルはそんなことを気にはしない。

 

「それで、聞きたいことがあるのよ色々と。どこか話をできるところはないかしら?ああ、ハムスケ……そこの魔獣はおとなしくさせておくから心配は要らないわ」

 

 村人達からの不安と懐疑の視線を全く意に介することもなく、自分の要求を端的に告げたのだった。

 

 

 




 ハムスケがんばった( ´∀`)

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1/23誤字修正。

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