おまけにして本当に最終話です。
本編が終わった先、いつか、どこかのお話。
ナザリックの転移先を始めとして、結構独自設定がありますのでご了承ください。
ナザリック地下大墳墓。およそ墓という言葉に似つかわしくない、絢爛豪華な威容を持つ遺跡群。四十一人の至高の御方々が造りしアンデッドと異形種の楽園。
だが、今、その巨大な建造物には、墓という名に相応しい死の雰囲気が漂っている。元々生気のある場所ではないのだが、死の気配――アンデッドの活動する雰囲気すらそこには残っていない。ひたすら、静謐な静寂の中、時が止まったかのような沈黙が其処を支配していた。
中央部にそびえる一際巨大な霊廟――ナザリック地下大墳墓第一階層への入り口は、今現在完全に閉鎖されている。そんな中、霊廟表の僅かな地表部に、生い茂る雑草を刈り込む一人のメイドの姿があった。
黒髪を結い上げた絶世の美女の名をユリ・アルファと言う。ナザリック地下大墳墓の執事長、セバス・チャンの忠実なる僕――第九階層を守護する
九階層に配置されたはずの彼女がなぜ一人で地表にいるのか。それはナザリック地下大墳墓をある日突如として襲った異常事態に起因する。
アインズ・ウール・ゴウン最後の一人にして最も慈悲深きナザリック地下大墳墓の支配者、モモンガがその姿を消した時、ナザリック地下大墳墓に仕えるシモベ達の半数以上の胸に去来したのは、とうとうこの時が来てしまったかという諦めに満ちた恐怖であった。とうとう最後の一人ですら我々をお見捨てになった、モモンガ様は他の方々が去った彼方の世界に彼らを追いかけていくことを選ばれたのかと。
特に、モモンガに玉座の間にて最後の別れめいた儀式をされたと思しき守護者統括と執事長、その部下の
ナーベラルが消えたというだけなら、そして彼女がモモンガが直接創造したNPCであったならば、あるいはモモンガが彼女だけを伴って去った、そのような結論にもなったかもしれぬ。実際そのような可能性については、些かの嫉妬と共に守護者達の間で挙げられたものである。その可能性を検討した守護者統括は、やがて首を横に振った。あの最後の瞬間、ひれ伏したアルベドが空間が軋むような歪みを受けて顔を上げるまでに、モモンガ様は煙のように掻き消えた。その場に同席したナーベラルも同様である。隣に跪いていた姉妹達は、口を揃えて気がついたら彼女だけが居なかったと証言した。モモンガ様が彼女に対して特別な扱いをする様子は一切無かった、それに直接創造したNPCであるパンドラズ・アクターは未だ宝物殿に健在である。これらのことを踏まえれば、モモンガ様がナーベラルだけを特別扱いして連れ出したとは考えにくい。
そして、シャルティアからもたらされた、地表部外観の地形の変化という異常。一階層から三階層までという、広さ的には最大の領域を受け持つ階層守護者である彼女が、至高の御方の気配を探して自身の守護区域を見回った際に、一階層出入り口から見える外の様子がおかしいことに気がついたのだ。報告を受けてシャルティアのやや要領を得ない説明を聞きながら――一階層担当のシャルティア以外は、統括と言えども外の様子をその目で見たことはなく、ナザリックが毒沼の畔に建っていたという知識を僅かに持っていたに過ぎない――外の様子を確認したアルベドとデミウルゴスは、ナザリック地下大墳墓自体が何らかの原因でかつてあった場所とはまるで異なる地点に転移させられた、との結論を下すに至った。
この異常事態は、モモンガ様すら想定していない状況の可能性がある、最後の一人にまで見捨てられたわけではないかもしれない。その認識は、絶望に怯える守護者達が縋り付く希望の糸となった。だがしかし、そうなってなお、ナザリックの外に出て至高の御方を探しに行くべきだ、とは誰も言い出せなかった。至高の御方によって下された最後の命令は、自身の守護領域の守護である。基本的にNPCはその命令に逆らうようにはできていない。領域守護を投げ出して、守護者達だけで集まったことですら、転移してようやく自我に目覚めた彼らにとっては一大決心の必要な難事であった。
モモンガ様がなんらかのアクシデントでナザリックとは別の場所に飛ばされたのであればいずれ必ず帰ってきてくださる、それまでナザリックを守護し続けることこそが我々の為すべきことでは、そのように言い出したデミウルゴスに、反論する声はなかった。なにしろ最後のご命令に愚直に従っていれば、事態がいつか解決するかもしれないと言うのだ。それは甘美で楽な道に思われた。
そこにアルベドが一つの提案を出した。ナザリック地下大墳墓は存在するだけでコストがかかるものであることを、守護者統括である彼女はよく知っていた。モモンガ様が居なくなられて宝物殿の財貨にすら手をつけるのが躊躇われるどころか手をつける方法すらない。モモンガ様がいつお戻りになるかわからぬ以上、
最後のご命令に従ってナザリック地下大墳墓を守護し続ける、そのような観点で見れば明らかに余計な提案であったし、至高の御方のご命令に逆らうともとられかねない内容であった。だが、不思議と他の守護者達からは反論の声が上がらなかった。アルベドがそのようなことを言い出した裏の意図、彼女が無意識のうちで考えたであろう恐怖を、その場の皆が共有していたからであるかもしれぬ。すなわち、彼らは
そうして彼らは眠りについた。夢見るままに待ち至り――辛い現実で恐怖と戦い続けることを厭い、大義名分を盾に夢の中に戯れることを選んだ。別に、誰も表だってはそのような選択をするとは口にしなかったが。
ナザリック地下大墳墓の全NPCは冬眠し、全ての施設は休眠に入る。大墳墓全体が冬眠状態に入るその状況下でも、最低限の管理人は必要だ。すなわち、眠りについた大墳墓を警護し、侵入者が現れればそれを撃退し、手に負えなければ守護者達を目覚めさせる、そのような見張り番である。
ユリ・アルファは、進んでその役目に志願した。まず適性の面でも彼女は適役だった。デュラハンである彼女は、アンデッドとして睡眠・飲食不要の存在である。ナザリックの消費コストを最低限に保つ上ではまことに都合が良く、交代人員を確保せずとも二十四時間体制で管理することが出来た。無論、侵入者の発見自体は警報の魔法を利用することになるのだが。
そして、彼女が志願する理由を聞いた守護者達は、そろって納得して頷いた。曰く、同じく行方不明になっている妹のことが心配だ、あの子に何が起こったのか考える時間と手がかりを探す為に自分は起きていたい――その志願理由自体はとても納得がいくもので、特に反対する要素は無かった。こうして、ユリは眠りについたナザリック地下大墳墓にただ一人、起きて管理を行う番人となったのである。
最低限の改装として、プレアデスの姉妹達は地表部に配置された。ユリは起きて、妹たちは寝てとの違いはあるが、本体一階層へと繋がる中央の霊廟を囲むように配置された四つの小さな霊廟、その中にて待機し、侵入者の規模に応じてユリが対応を判断する。一人で対応できるならそれにこしたことはない。数が多くて手が必要ならまずプレアデスを起こしてそれで対応する。それですら足りないほど強大な侵入者が来れば、その時初めて守護者達を起こすのだ。
ユリは一人でせっせと地表部外観の手入れをしながら時を過ごした。一人ではちっとも手が追いつかないが、身体を動かすのは苦ではない。霊廟に待機しながら、至高の御方がもはやお戻りにならない可能性を考えるよりは余程楽であった。どことも知れぬ荒野の果てであったが、侵入者は時々あった。殆どは一人で容易く対処できた。侵入してきた亜人種や低級モンスターなどは、ユリ・アルファの敵ではなかった。ごく希に、数が多くて手が回らないときは妹たちを起こして対処した。それも片手の指で数えるほどのことである。守護者達まで起こす事態になったことは、今までない。
◆
妹はどうしているのだろう――手持ち無沙汰に霊廟の掃除をしながら、ユリは思う。月日の流れを数えるのをやめてどのくらいが経過したかはもうわからない。毟っても毟っても生えてくる雑草と、払っても落としても溜まる埃を機械的に掃除しながら、時の止まったようなこの空間で代わり映えのない日常を今日も過ごす。
モモンガ様に何があったのかわからぬのと同様、ナーベラルに何が起こったのかもまたわからぬ。モモンガ様と共にいるのならばまだよい、むしろ羨ましいくらいだが、一人で放り出されてしくしくと泣いては居ないだろうか。
その時、警報システムが侵入者を示すメッセージを送ってきた。その数は三体。やれやれ、侵入者も随分と久しぶりだ――そのようなことを考えながら、主武装であるガントレットを腕につける。その辺に棲息するモンスターか何かだろうか。
そうして小霊廟の外に出、中央に聳える本霊廟への参道入り口に佇むその二人と一匹を視界に入れた瞬間、ユリ・アルファの思考は完全に停止した。侵入者のうち二人――細身の女性と大柄な仮面の男性、どちらの姿にも見覚えがあったからだ。その背後に控える白銀の魔獣には心当たりはなかったが。
女性の顔がふとこちらを向き、ユリの姿を視界に入れるのを、彼女は完全に停止した思考の中、ぼんやりと眺めた。その女性――ナーベラル・ガンマは、ユリに気がつくとその顔をはっと驚きに歪め、そして目の端に涙を浮かべながらこちらに向かって突っ込んできた。
「ユリ姉様ぁああああああああああああああああ!!」
「ちょ、ナーベ、待って、そんな勢いで、首がズレる!?」
全速力で突進してきて己の豊満なバストに顔を埋め、力一杯抱きついてきた妹の様子に困惑と安堵を覚えながら。顔をくしゃくしゃに歪めながら抱きついてくる妹を片手で抱きしめ返し、もう一方の手でズレ落ちそうになった首の位置を直しながらも、彼女の意識は妹の後ろからゆっくりと歩いてきた人影に釘付けだった。
見覚えのない妙な仮面で顔を隠していても、何故か絶対支配者としてのオーラを感じられなくとも。ユリ・アルファがその御方の姿を見間違うはずはなかった。妹に抱きつかれていなければ、彼女はその場に跪いていただろう。代わりに両腕で妹の身体を抱き返し、嗚咽をあげる彼女の頭と背中をなで回しながら。目の端から零れる涙を拭おうともせず、ユリはこう言った。
「――お帰りなさいませ、モモンガ様。ボク……私たちの至高の御方」
「……ああ、ただいまユリ」
「姉様、モモンガ様は今はアインズ様と……」
口を挟んだナーベラルの頭をぽんぽんと撫で、アインズは首を振った。
「いや、ナーベラル、今はそれでよい。いちいち訂正するのも面倒だ、全員が集まってから説明しよう。それで……なぜお前がここに居る?他の皆はどうしたのだ?」
その言葉を聞いてユリははっとした。右手を妹の背中から外し、腰につけた魔法のベルをまさぐる。それこそは、今まで一度も起動されたことのない、ナザリック全守護者への警戒態勢を促す非常ベルだ。全員を起こして集めるには、これが一番手っ取り早いだろう。
ユリが右手に持ったそのベルをからんからんと高らかに振ると、一瞬の沈黙を挟み、四方の霊廟からまずプレアデスの妹たちが飛び出してきた。緊張をはらんだその顔は、表で寄り集まった三人(とおまけの一匹)の姿を認めると、まずは驚愕にその目が大きく見開かれる。
「みんな……!!」
「ナーちゃん!モモンガ様!!」「姉さん!」
ルプスレギナが、シズが、ソリュシャンが、エントマが。駆け寄ってきてナーベラルと抱きしめ合う。感動の再会を頷きながら見守るアインズと、目の端をそっと拭うハムスケ。
次いで出てきたのは鮮血の戦乙女。中央霊廟の入り口から飛び出してきた彼女は、アインズの姿を認めた瞬間、驚愕のあまりその手にもったスポイトランスを取り落とした。からころとその場に転がるランスには目もくれず、己の身体をよろった朱い装甲をがらんがらんと外しながら震える足取りでアインズの下に歩み寄り、その足下にすがりつく。
「我が君……!!」
「シャルティア……」
アインズがその頭を優しく撫でると、シャルティアは足下に縋り付いたまま涙をポロポロとこぼす。
その次に出てきた
「コキュートス……」
ダークエルフの姉弟が驚愕から歓喜へとその表情を変え、アインズの下へすっ飛んできて抱きついたのを優しく抱き返す。
「アウラ、マーレ……」
出てきた瞬間驚愕の余り棒立ちになり、すぐに外面を取り繕ったものの隠しようもなくぎくしゃくとした足取りで正面に跪く眼鏡の悪魔。
「……ご帰還、お待ち申し上げておりました」
「デミウルゴス」
悪魔とほぼ同時に出てきて、軽く目を見張った後平静を装い、ゆっくりと歩み寄って、身体の震えを押し殺しながら一礼して平伏する執事。
「……お帰りなさいませ、御方」
「セバス」
そして、最後に姿を現し、緊張の余りに過呼吸を起こしながら、他の守護者達を掻き分けてアインズに縋り付く純白の悪魔。
「モモンガ様ぁ……!!」
「アルベド……」
そうして、ここまで出てこられる全ての守護者達が揃ったのを確認すると、アインズは彼らに向かって宣言した。
「――皆、心配をかけて済まなかったな。私は帰ってきた、このナザリックに」
その言葉を聞き、周囲で平伏する守護者達の歓喜が爆発した。
ナザリックはハッピーエンドになりました、と言いたいだけの話。それをベースに作劇上の都合を込めて話を生成しています。
ナザリックが転移してきてないという設定にした場合、いつかは維持費切れで大墳墓崩壊→NPCたち捨てられた現実から目を逸らせなくなって絶望からの集団心中。
それを避けるにはナザリックも転移する必要がある→他のNPC達は何してたの→外で暴れられても扱いに困るんでみんなで一人旅のアルベドになろう。引きこもること自体はそれほど不自然でもない筈だ。
ただし二人だけが転移時に振り落とされた原因とかの設定は存在しません( ´∀`)
これで書きたいことは書いたし、ゴタゴタで放出し損ねた分も出し終えたので、今度こそ完全に完結となります。
ここまでおつきあいくださりありがとうございました。
2/28 ユリの台詞を微修正。