ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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最終話:ナーベラル・ガンマとアインズ・ウール・ゴウン

 ナーベラルが目を開けると、敬愛する至高の御方の顔……頭蓋骨が視界一杯に飛び込んできた。

 至高の御方の腕枕で休むという望外の栄誉を受けたことを思いだし、全身を歓喜が貫いていく。

 

「……目が覚めたかナーベラル。よく眠れたか?」

 

「はい、おはようございますモ……アインズ様。申し訳ありません、アインズ様は睡眠をお取りにならないのに付き合わせてしまって……」

 

「なに、構わんよこのくらいのことは。それでお前がぐっすり休めるのなら安い物だ」

 

 アインズも、ナーベラルの要望が肉食系女子的な意味での一緒に寝てくれ、というものであれば、首を縦には振らなかったであろう。あくまで幼子が両親と一緒に寝たがるように、離れるとアインズ様が消えてしまいそうで不安なのですと言われればこそ、一晩の添い寝を首肯したのであった。その甲斐あって、ナーベラルは昨晩、この世界に転移してきて以来初めて熟睡した。至高の御方の腕に包まれた安心感の中で。

 

「それにまあ、お前の寝顔を眺めて過ごすのも……存外退屈ではなかったぞ」

 

「……お戯れを」

 

 アインズが茶目っ気を込めてそのような台詞を述べると、リップサービスの類と判断してなんとかそのように返したものの、ナーベラルは頬を染めて目を伏せた。

 実際リップサービスではあったが、それだけでもない。間近で眺める彼女の安らかな寝顔、規則正しい吐息、ゆっくりと上下する胸、甘く感じられる女性の匂い。アインズは心の底に微かにこびりついた人間の残滓が確かにざわつくのを感じて、その感触を懐かしく思いながらあっという間に一晩を過ごした。

 

 気を取り直して周囲の様子を窺うと、窓の外から惨憺たる有様になった王都の様子が飛び込んでくる。人間の気配はまるでなく、代わりに散見される、街路をうろつく動死体(ゾンビ)従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)。あちこちに散乱した物品や所々破壊された施設、そしてなによりも王都のど真ん中に空いた()()()()()()()()()()()()()()から立ち上る、街全体を覆う濃密な死の気配。

 

(うーん……やっちゃったなー……どうしようこれ)

 

 己のしでかしたことに後悔はない。娘に等しいNPCを傷つけられて、アインズの怒りは頂点に達した。同じことが百回あれば百回とも、犯人を一人残らず滅ぼすだろう。そう言う意味で悔いはない。また、アンデッドと化したこの身にとって、人間はもはや異種族である。殺したところで虫けらを踏み潰した程度の感情しかわかない。

 だが、人間鈴木悟としての僅かな残滓の部分が、これでとうとう大量虐殺犯か……百万人殺せば英雄になれるんだっけなどとくだらぬ現実逃避をしながらも、良心の呵責めいたものをちくちくと訴えているのもまた事実であった。

 

「……アインズ様?如何なさいましたか」

 

 内心では懊悩しながら、表面上はぽけーっとするアインズの様子を不審に思ってか、ナーベラルが彼の顔を覗き込むと、アインズははっとして彼女に向き直った。

 

「ああ、そうだナーベラル。手を出すがいい」

 

「畏まりました……?」

 

 両手を差し出したナーベラルの手の上に、指輪を一つそっと載せると、彼女は目を丸くした。

 

「アインズ様、これは……?」

 

維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)だ。この指輪を身につけると、飲食と睡眠が不要となる。まあ、たまには精神の平衡を保つために寝るのも有りだが、今後はいつでも自由に寝られるとは限らぬからな。とりあえず身につけておくのだ」

 

「な、成る程……仰せの通りに」

 

 ナーベラルは指輪を指でつまみ上げると、少し躊躇ってからおそるおそる、その飾り気の一切無いシンプルな指輪を指に通した。その頬がやや上気している。

 

「まだあるぞ。これが情報探知を遮断する為の指輪、これが呼吸系干渉対策、これが精神遮蔽……」

 

「……」

 

 そうやってたくさんの指輪を渡された結果、頬の火照りはあっという間に引っ込んだが。

 

 

 王都リ・エスティーゼの東側、少し離れた原野の中にある小高い丘。その上に二人の男女が立っている。

 

「……し、信じられない……王城が、宮殿が跡形もなく消失しています」

 

 あどけなさを僅かに残した顔立ちの若者が、死都と化した都を遠望してそう言うと、連れの少女は目を見張った。

 

「まあ……なんてことなの……」

 

 少女が膝から崩れ落ちる。若者は慌ててその側に膝をつくと、一瞬躊躇った後にその鍛えられた太い手で少女の両肩を掴んだ。

 

「お気を確かに、ラナー様……あなたはもしかして、このようなことが起こる可能性を予見しておられたのですか?」

 

 少女……ラナー王女はかぶりを振った。全て予見できたわけではないが、展開によっては惨劇が王都を席巻する危険がある。言っても信じて貰えないだろうから、適当な口実でクライムを言いくるめ、念のため事前に避難して来たわけだが。

 まさか城ごと更地になるなど、誰に予想ができるというのだろうか。

 

「まさかここまでのことが起こるとは思いませんでした。……どうやら独りぼっちになってしまったようですね、わたくし」

 

「ラナー様……」

 

 クライムはその言葉を口にするのを躊躇したが、落ち込む主をそのままにはしておけないと口を開く。

 

「まだ、私がいますラナー様。私が居る限り、あなたを独りにはさせません」

 

「クライム……あなたはこの私についてきてくれますか?」

 

「は、勿論」

 

「本当に?……ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフではなく、あなたの目の前にいるただの少女に?」

 

「は?それは、どういう……?」

 

「簡単なことです。ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフは昨日、王都で死にました。今あなたの目の前にいるのはただのラナー、そういうことです」

 

 第三王女が生存していれば、首都が滅びた王国の残存勢力を糾合してまとめ直すこともまあ、できなくはないだろう。だがラナーには、王都を滅ぼした何者かが、取りこぼしを拾いに来る危険性を背負ってまで、生存を公にして滅びを約束された国の面倒を見る気はさらさらなかった。丁度いい、身分もしがらみも、面倒ごとはみんなここに捨てていってしまおう。

 ラナー王女が生きていることを知れば王都を滅ぼした何者かがとどめを刺しに来るかも知れない、そんなのはご免だから身分は捨てる。そのように説明したラナーの言葉を、クライムは反駁と説得の後、最終的には受け入れた。彼とて、遠望しただけでわかる死都の濃密な死の気配、その禍々しいオーラには怯える以外のことができなかったのだ。

 

「クライム。私を抱きしめてください」

 

「は?い、いや、それはしかし」

 

「もはやあなたと私の間に身分差は存在しません。……目の前に立つただの少女の騎士となる、その誓いの証として抱きしめてください。……駄目かしら?」

 

 クライムはごくりと唾を飲み込むと、おそるおそる少女のか細い背中にその腕を回した。少女の肩が震えているのを感じ、自分はこの方を生涯かけてお守りするのだ、その誓いを新たにする。

 そして二つのシルエットは一つとなり、少女は青年に抱きしめられたその腕の中で、口の端を釣り上げてにい、と笑った。

 

「では行きましょうか。――目標は東、帝国へ」

 

 

「なんということだ……何が起こった……?」

 

 六大神官長達が、半壊した土の神殿を前に呆然と立ち尽くしている。

 漆黒聖典からの要請により、アダマンタイト級冒険者ガンマの所在を調べるために”叡者の額冠”を探知する儀式魔術の準備に入ったのが一時間前。

 そして、()()()()()により突如土の神殿が吹き飛んだと報告が入ったのがつい先程。飛んできた神官長の目に映ったのはかろうじてガワは残るものの、無残なまでに半壊した神殿の残骸。巫女姫はおろか、副神官長及び儀式に付き添っていた多くの神官その全てが巻き込まれて生死不明である。現在全力で瓦礫の撤去作業中だが、生存は絶望視されている。

 

「もう駄目だ……人類はお終いだあ……」

 

 土の神官長がその場に崩れ落ちて嗚咽を漏らす。自らの所属する神殿とそこに集う神官達を突然奪い去られたその気持ちは察するにあまりある。そして、情報系魔法を駆使する法国の諜報戦における立役者の、土の巫女姫が失われたのはあまりにも痛い。

 

「落ち着け!気をしっかり持て!へたり込むような無様が許される状況か!」

 

 生の神官長が叱咤する。信頼する手勢の陽光聖典を壊滅させられて立ち直った経験が、落ち込む暇はないと告げさせたのだろう。土の神官長の胸元をひっつかんで無理矢理に引きずり起こす。

 

「漆黒聖典を本国に呼び戻そう」

 

 死の神官長がそう言うと、一同の視線が彼に集まった。

 

「……この災厄は何者かの攻撃が引き起こした結果である可能性がある。追撃に備えて一刻も早く漆黒聖典を警戒に当たらせねばならんだろう」

 

 その言葉を聞き一同は頷いたが、風の神官長が疑問を口にした。

 

「それでは、”叡者の額冠”はどうする?報告によればすんなり返して貰えそうだという話だったが……」

 

 死の神官長は首を振った。

 

「状況が変わった。……前後関係を考えれば、謎の爆発は”叡者の額冠”の探知に対する反撃である可能性がある。これまで何の問題もなく探知できていたのだから、より剣呑な人物へ所有者が変わった可能性を疑うべきだ。”叡者の額冠”も、国外情勢の安定も諦めねばなるまい」

 

 前線を支える二本柱の片割れ、陽光聖典は再編成中。漆黒聖典もその訓練に協力する関係上、一時的な弱体化は免れない。そして謎の攻撃に対する警戒の必要性。重要な後方支援戦力であった土の神殿の壊滅。

 これら全ての事情を勘案すれば、もはや国外のことに手を出せる状況ではない。ただいまより、スレイン法国は人類社会全体の安定化を一時完全に諦めて、国内に引きこもって戦力の立て直しに集中する。その間に国外での人類の生存圏は大きく衰退することになるだろう。特に竜王国が危ない。だがそれもやむを得ない。

 

 こうしてスレイン法国は国外情勢への干渉を一切断念し、内部に引きこもって立て直しを図ることとなる。それは、人知れず守られてきた周辺の人類国家にとっては大いなる災厄の呼び水であったが、そのことを知る者はまだ居ない。

 

 

 

「おお、姫、そして殿、お目覚めでござるか。おはようでござる」

 

「……そういえば、お前も居たんだったなあハムスケ」

 

 ナーベラルが寝ていた部屋を覗き込んでハムスケが顔を出すと、アインズは頷いた。今更ハムスケがどこをうろつこうと、この死者の都でそれを咎める者が居ようはずもない。ハムスケは狭い部屋の入り口からまるで猫の如く器用に己の身体を室内に滑り込ませると、感心する二人に向けて敬礼のポーズをとった。

 

「このハムスケ、殿にも姫と変わらぬ忠義を捧げる故……あたっ!?」

 

「愚か者。アインズ様には私に対する百倍の忠誠を誓いなさい」

 

 ポーズを決めて忠誠を誓うはずが、飼い主のナーベラルにチョップされて涙目になるハムスケ。その様子を微笑ましく眺めながら、アインズは疑問を口にした。

 

「しかし、ハムスケとはなあ……まるで私が名付けたみたいな名前だが、その名前はお前がつけたのかナーベラル?」

 

 その言葉を聞いたナーベラル、きょとんとした顔をした後、にこりと微笑んで答えた。

 

「……そうですか、やっぱり……ハムスケという名前は、アインズ様に頂いたものですよ?」

 

「え、俺?」

 

 当然、まるで身に覚えのない台詞に困惑するアインズを、ナーベラルはくすくすと笑いながら見つめたが、それ以上のことは教えてくれなかった。

 アインズはそれ以上の追及を諦め、エヘンと咳払いして気を取り直す。

 

「さて、我々のこれからの行動だが……ちなみに、お前に何か希望はあるか?」

 

「はい、アインズ様。私の唯一の希望は、アインズ様が今から何処へ行き何を為されるにせよ、私に供をさせていただきたい、それだけでございます」

 

 そうか、とアインズは頷くと、ナーベラルの頭に手を乗せて優しく撫でた。ナーベラルは目を閉じ頬を染めてその感触を受け入れる。

 

「安心せよ、お前を置いて何処かに行くことはないと誓おう。それはそれとして、今後の行動指針だが。こうして私と、お前が転移させられてきた以上、他の仲間達もまた同じように転移してきていないと断ずる理由はない」

 

「仰せの通りでございます。……ただ、私がこれまで探した限りにおいて、至高の御方やナザリックの僕達の痕跡を見つけることはできませんでした」

 

 ナーベラルが不安そうにそう言うと、アインズは手を顎に当てて考え込む。

 

「ふむ、確かに我々がここに居るからと言って、それが他の皆が同じくここに来ていることを示すわけではないが。それでもこの世界に他の皆が居ると仮定した場合、それが見つからない理由はなにが考えられる?」

 

「そうですね……私が深い森の中に飛ばされたことを気づいた時、真っ先に感じたことは、アインズ様に捨てられたのではないかという恐怖でした。アインズ様がお一人で飛ばされてきたのなら、ナザリックに残された皆は、とうとう至高の御方の最後の一人まで私たちをお見捨てになられたのではないかと思ったことでしょう」

 

「成る程、それでどうなる?」

 

「至高の御方が居なくなられては、私たちは寄る辺を失います。己の殻に閉じこもるか、最後のご命令に縋って今もナザリック地下大墳墓を守護し続けているのではないかと」

 

「ふむ……NPCはそもそも拠点の外には連れて行けなかったし、可能性はあるな。よろしい、ではまずはこの世界を虱潰しに調べて行くとしよう」

 

「はっ。……この世界、でございますか?」

 

 僅かに引っかかりを覚えてナーベラルが首を傾げると、アインズは苦笑した。

 

「なんだ、もしかして気づいていなかったか?……まあNPCでは無理もないか……この世界は、我々がかつていたナザリック地下大墳墓があった世界とは地続きでも海の向こうでも空の彼方でもない、全く異なる別の空間に存在しているのだ。故に尋常の手段で帰還することはできない」

 

「なんと……」

 

 驚きに口を開けて固まったナーベラルを、アインズは優しく見つめる。

 

「あの日あの時何が起こったのかは私も分からぬ。だがあの時ナザリックに居た私とお前がこうしてこの世界に転移してきた以上、他の皆も同じように飛ばされてきた可能性は十分ある。まずは彼らが何処かに閉じこもっていないか探すとしよう」

 

「ははっ、御心のままに。……そして、ありがとうございます」

 

「気にするな。お前が姉妹達を案ずるように、私にとってもナザリックのNPC達は我が子のようなものである」

 

 アインズは思いつくままに言葉を並べていく。

 

「それに、私の仲間達だって、ひょっとしたら居るかもしれない。……たとえば、弐式炎雷さんだってな」

 

「まことでございますか!?」

 

 創造主の名を挙げられてがばと身を乗り出したナーベラルに、アインズは落ち着くよう促した。

 

「落ち着け、正直に言うと雲を掴むような話だ。可能性はないに等しい。……でもまあ、私がここに居ること自体が一種の奇跡みたいなものだしな、夢を見るくらいはいいだろう」

 

「……左様ですか、ご無礼お許しください。……素敵な夢でございますね」

 

 深々と頭を下げてお辞儀するナーベラルにふと、アインズは昨日から気になっていた質問を投げかける。

 

「ナーベラルよ。……人間が嫌いになったか?」

 

 アインズのその問いを受け。ナーベラルははたと動きを止めた。

 

「……嫌いにはなっておりません。だって……、元々大嫌いでしたから」

 

 僅かな沈黙の後、愁いを帯びた瞳を伏せて。ナーベラル・ガンマはその唇を尖らせるとそう言った。

 

 

 十二体の死の騎士(デス・ナイト)魂喰らい(ソウルイーター)が王都の門に勢揃いしている。

 彼らに見送られて二人と一匹の人影が王都を旅立つと、生者の気配が完全に消えた王都リ・エスティーゼは濃密な死の気配に飲み込まれた。

 

 ……一夜にして王都リ・エスティーゼは滅び、アンデッドが溢れる死者の都と化したと言われる。十二騎の死の騎兵(デス・ライダー)が支配する死者達の都――()()リ・エスティーゼの産声。それは、リ・エスティーゼ王国自体の断末魔の悲鳴でもあった。

 生き残った住民の数は公式記録上はゼロ。アダマンタイト級冒険者チーム、『蒼の薔薇』および『朱の雫』の消息もそこで途絶えている。

 

 

 




 これで完結です。
 王都滅ぼすシーンをちょっとはしょりましたが、本筋は変えていません。再会して、一緒に旅立ってお仕舞いという流れです。
 ここまでお読みくださりありがとうございました。

2/7 ラナー王女のシーン追加。
  弱気になってつい削っちゃったけど、明示した伏線を回収しないのもなーということで。

2/12 リングオブサステナンスの名称間違い修正。


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