ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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 エリアス・ブラント・デイル・レエブン
 本来の初期プロットでボス予定だったガゼフが、土壇場でどうしても首を縦に振らなかったため、急遽路線変更して大抜擢されたシンデレラボーイ。
 彼がボスを務めるSSなんぞ、今までもこれからもまず出てこないだろう……弱すぎて話にならないから。ガゼフがやる予定だった書きかけのシーンを半端に焼き直したせいで、読者に違和感をばらまく結果になってしまいましたとさ。




第四十二話:ハムスケ対レエブン候

 胸元に差し込まれた”剃刀の刃(レイザー・エッジ)”がゆっくりとその刀身を横から縦へと捻られるのを、ナーベラルは呆然と眺めた。灼熱の痛みが胸元で爆発するに至り、まずいと直感してその手刀を走らせるが、それは些か遅きに失した。

 ナーベラルの手が”剃刀の刃(レイザー・エッジ)”を突き入れたレエブン候の右手を打ち据えるも、レエブン候はナーベラルの胸元からその刃を引き抜くことに成功する。明後日の方向に飛んでいった剃刀の刃(レイザー・エッジ)が音を立てて床に転がり、右腕の骨が折れたことを感じながらも、刀身が引き抜かれたナーベラルの胸元から血が溢れ出るのを目にしたレエブン候はにやりと笑った。

 

 一方、刃を引き抜かせまいとしてそれに失敗したナーベラルは、それ以上レエブン候に拘泥せず、目の前の机を蹴倒したその反動でおよそ十メートルも後方に飛び下がる。が、かるく着地する予定だったその先で、足に力が入らず無様に床に転がることとなり、それでも回転しながらその身を起こした。

 

「よし、よくやったぞ戦士長!()()()()()()()()()()()()()!」

 

 レエブン候の計算された叫びがナーベラルとガゼフの耳朶を打つ。ナーベラルが愕然としてガゼフの方を見やると、二人の兵士にしがみつかれたガゼフは狼狽した。

 

「ち、違うのだガンマ殿、私はそんなつもりでは……」

 

 呆然として関与を否定するガゼフ、その狼狽につけこんで、レエブン候の部下がさらに四名彼の下に向かい、六人がかりで取り押さえた。もうこの局面における彼の出番は終わりである、後は彼女を始末するまで大人しく見ていればいい。

 レエブン候が指を鳴らすと、弓を持った兵士達があるいは物陰から姿を現し、あるいは入り口から部屋になだれ込んできた。レエブン候の指示に従い、遠巻きにナーベラルを包囲する。

 

 ナーベラルはガゼフの方を見て口を開くと、その喉からは言葉の代わりに血が溢れ出た。

 

(よし、肺を傷つけたな。これで詠唱はできまい)

 

 レエブン候が冷徹な判断を下す間にも、ナーベラルは震える手で手元に空いた黒い穴から青色の治癒薬(ポーション)を取り出すと、流血で真っ赤に染まった胸元に押し当てた。

 

治癒薬(ポーション)か……そこまで即効性を期待できる物では無いはず、このまま一気に押し切る)

 

「各員構えよ!全員は撃つな、まず半数で射よ!」

 

<魔法無詠唱化(サイレントマジック)()矢避けの風壁>(ミサイル・プロテクション)

 

 レエブン候の命令に従い、半数の兵士が矢を放つ。その刹那、ナーベラルの周囲を暴風が吹き荒れて、射かけられた全ての矢は目標を逸れて周囲に散らばった。

 

「く、まだ魔法を使うか……!各員構え直せ、警戒を怠るなよ!」

 

 レエブン候は舌打ちすると、彼女の反撃を警戒して身構える。

 

<魔法無詠唱化(サイレントマジック)()伝言>(メッセージ)

 

 一方ナーベラルが次に行ったのは、<伝言>(メッセージ)を起動してガゼフに呼びかけることであった。無詠唱化すればかろうじてまだ魔法を使うことはできる。

 

<……ストロガノフ>

 

「これは……ガンマ殿!?貴女なのか!?」

 

 ガゼフが頭の中に響く声にはっとして顔を上げる。

 

「これは違うんだ、私は彼らを止めようと……」

 

 慌てて弁解を重ねるガゼフの言葉を、ナーベラルは乱暴に遮った。

 

<そんなことはどうでもいいわ!……()()()()()の!?>

 

 その言葉に込められた悲壮さを感じ、ガゼフの顔が苦悶に歪む。

 

「……彼らが貴女をなんと言って呼びだしたのか、私は知らないのだが……貴女がお探しのものが見つかったという話は聞いていない……」

 

 その返答を聞くと、ナーベラルは沈黙した。

 やがてその頬を伝った液体を見て、ガゼフは動揺した。

 

<……なんで、放っておいてくれないの?私はただ、帰りたいだけなのに……>

 

 涙と共に、ナーベラルの気持ちがあふれ出す。ガゼフに聞かせるつもりの台詞ではなかったが、<伝言>(メッセージ)が繋がったままのガゼフには、彼女の悲しみがダイレクトに飛び込んできて、その胸を抉った。

 

<がんばったのに!……ここまでずっと、がんばってきたのに!!なんでみんな、邪魔するの!?どうして!?>

 

 期待が大きかった分、それを裏切られたことの反動もまた大きい。ナーベラルの心を絶望が侵食していく。それは一晩慰められながらふて寝すれば治る類のものであったが、今この場で戦意を維持するには致命的な心の傷だ。

 

<なんで、騙そうとするの?なんで殺そうとするの?……どいつもこいつも、嘘ばっかり。人間なんて、嫌いだ……人間なんて、大っ嫌いだ……!!>

 

「が、ガンマ殿……」

 

 彼女の悲痛な叫びに返せる言葉があろう筈もなく。ガゼフは呻いた。その会話は聞き取れぬながら、その様子を冷徹に見つめるレエブン候。別にお涙頂戴の一幕を徒に待っていてやったわけではない。彼女の反撃を警戒しながら、防御呪文の効果時間が切れるのを待っているのだ。

 見たところナーベラルの傷はそれだけで殆ど致命傷、手当さえさせなければ追い打ちをかけるまでもなく死ぬ。治癒薬(ポーション)を使ったとはいえ、どんな傷でも治す魔法の薬ではない、出血を抑えて死期を引き延ばすのがせいぜいだ。後は息絶えるまで逃がさぬことだ。たとえこのまま矢を当てることができずとも、にらみ合いを続けるだけでナーベラルは死ぬだろう。レエブン候は折れた右腕をだらりと下げて、ナーベラルの口元から断続的にあふれ出る血を見ながら冷静に考える。

 

 だが、奇妙な均衡は、窓ガラスと共に破られた。

 飛び込んできたのは白銀の魔獣、ハムスケである。

 

「姫!大丈夫でござるか!しっかりするでござる!!」

 

「森の賢王――!!」

 

 トブの大森林に棲息する伝説の魔獣の乱入に、兵士達の間に緊張が走る。レエブン候はそれを押さえつつ、虚ろな目つきで脱力するナーベラルを抱きしめて話しかけるハムスケを観察した。

 

(血の匂いを嗅ぎつけて異変を察し、駆けつけてきたか。知恵ある魔獣とはなんとも厄介な物だ……)

 

<ハムスケ……もういいわ、あんたは逃げなさい>

 

「嫌でござる!それがしは姫の僕、ここで姫を護るでござるよ!!」

 

 先程のガゼフと同じく、どうやら魔法によって声をださずに会話しているらしい。ハムスケの台詞からすれば、ナーベラルが自分を置いて逃げろといい、それを拒否したというところであろうか。そうであれば話は簡単、状況は何も変わらない。

 

「貴様らぁー!!許さんでござるッ!!!」

 

 ハムスケが吠える。その圧力に囲んだ兵士達が狼狽えたように一歩後ずさった。

 

「落ち着け、狼狽えるな!()()()()狙って射よ!」

 

 レエブン候はあくまでも冷静だった。部下達よりも、ハムスケに聞かせるために叫ばれたその指示は、ハムスケがそれを聞くやがばっとナーベラルの体に覆い被さり、己の体を盾にすることでレエブン候の目論見通りとなる。

 

 先程と同じく、半数の手から矢が放たれ、ハムスケに殺到する。だがハムスケに届くかと思われた矢は全て、見た目からは想像もつかないほど強靱な外皮によって完全に弾かれた。レエブン候は思わず舌打ちするが、これは想定の範囲内だ。

 

「再び矢をつがえて待機!()()()()射線が通り次第、各自の判断で射よ!」

 

 再びハムスケに聞かせるための命令を叫ぶ。これでハムスケは事実上その場から動けない。ハムスケが幾らガードしようと、既に意識朦朧としているナーベラルが死ぬのを待つだけでよい。

 

(むしろ、問題はガンマが死んだ後か……あの魔獣に怒りに任せて暴れられれば、多数の死者がでることは避けられまい)

 

 そう考えると、自然と顔が六人がかりで拘束されている戦士長の方を向く。が、ガゼフはもはや死人と見紛うような顔で自分の世界に閉じこもっている。このような目に遭わせておいて戦線に参加しろと言うのもまあ酷な話か。

 

(これはやはり、私の裁量でなんとかせねばならぬか……目標は、ガンマが死ぬ前に、森の賢王を殺すことか)

 

「クロスボウを持て!」

 

 レエブン候がそう叫ぶと、やがて大型のクロスボウが運び込まれてきた。人力で弦を引くことが困難なため、巻き上げ式機構がついた強力なものである。

 その間、ハムスケが何度か飛びかかろうとするが、抱え込んだナーベラルに狙いをつけて牽制されると、唸りを上げて庇い直さざるを得ず、動くに動けない。

 

「撃て!」

 

 レエブン候の命令に従い、クロスボウから矢が発射される。

 その瞬間、風切り音と共にばしんと音がし、たたき落とされた矢が床に転がった。

 

「尻尾か……!?」

 

 矢を防いだのはひゅんひゅんと音を立てて鎌首をもたげた、ハムスケの尻尾である。部下の動揺を手で押さえ、レエブン候は内心ほくそ笑む。所詮は悪足掻きに過ぎないし、能動的に防いだと言うことは、外皮で止める自信がなかったということだ。それはこちらにとって有利な情報である。やがて最初は一丁だった大型のクロスボウが、兵士達の手によって次々とその数を増やしていく。その数が五丁に達すると、レエブン候の怜悧な笑みが深くなり、ハムスケが歯ぎしりして唸りを上げた。

 

「全てのクロスボウを巻き上げて同時に射よ!奴が避けたらガンマに当たるような射線を取ることを忘れるな!弓箭兵はそのまま待機、ガンマに射線が通ったら各自の判断で撃て!」

 

 指示に従ってクロスボウが巻き上げられ始める。こんなことならクロスボウを最初から準備しておけば良かったようなものだが、計画時点では連射の遅さが致命的すぎると思って、普通の弓箭兵しか用意しなかったのである。まあそれも取り返しがつく範囲内のことだ。

 

「レエブン候、準備整いました!」

 

「よし、構え!狙いをつけよ!……撃て!」

 

 レエブン候の号令一下、五丁のクロスボウから矢が放たれる。ハムスケが必死に振り回した尻尾が唸りを上げると、一本の尻尾で二本の矢が逸らされたのは見事な物であったが、残り三本のうち二本が森の賢王の鉄板の硬さを持った外皮を貫いてその体に突き立った。最後の一本は角度が悪かったのか、体表を滑って逸れていった。

 突き立った矢から血が滲み、ハムスケが痛みに叫びを上げると、レエブン候はよし、と頷いた。クロスボウなら威力は十分、もう一・二度斉射すれば、もはや脅威とならないレベルまで森の賢王にダメージを与えることができるであろう。

 

「すぐさま次射の用意にとりかかれ!弓箭兵は待機続行!」

 

 命令に従い、兵士達がクロスボウの巻き上げにとりかかる。ハムスケはそれを、怒りと絶望の籠もったまなざしで睨み付けた。

 

「おのれこの卑怯者どもお!!……決して、決して許さんぞお!!」

 

「狼狽えるな、負け犬の遠吠えだ」

 

 憎悪の眼差しに怯える部下を一喝すると、レエブン候は内心安堵した。森の賢王が僅かでも恨みを晴らす可能性を求めるなら、今すぐナーベラルを投げ捨ててこちらに襲いかかってくることのみが唯一の道だ。だが森の賢王は、その忠義故に主を見捨てるようなことはできまい。例えその主がもはや手遅れであろうとも。……先程から彼女による魔法の援護はなく、既に意識を失っているのは間違いあるまい。

 

(その忠義、部下にも見習わせたいくらいで惜しくはあるがな……)

 

 それも結局、王国につかなかったガンマが悪い。レエブン候はその確信をもつ己に恥じるところはない。あのような魔法詠唱者(マジック・キャスター)を、野放しにすることが許される道理がない。今回の決断は、王国数百万の民の命運を預かる為政者として当然のことであった。

 

「レエブン候、準備整いました!」

 

「良し!総員構え!」

 

 レエブン候の号令により、三度クロスボウがハムスケに狙いを定める。ハムスケはもはや己にどうしようもないことを悟ったか、憤怒の眼差しで唸るのみである。

 

(さらばだガンマに森の賢王。恨むなら己自身の選択を恨むがよい)

 

 レエブン候は心の中でナーベラルとハムスケに別れを告げると、上げた左手を振り下ろして叫んだ。

 

「撃て!」

 

 そして最後の矢が、クロスボウから一斉に放たれた。

 

 

 




 三択――ひとつだけ選びなさい
 ①クールビューティーのナーベラルは突如反撃のアイデアが閃く。
 ②蒼の薔薇が来て助けてくれる。
 ③かわせない。現実は非情である。()()()()()()()()()()()()()()()()()

※とりいそぎ一点だけ
 これそういうネタであってアンケートじゃないんです……
 知らない人に勘違いさせてしまって申し訳ない。

2/2 前書きの言い訳削除。

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