モモンガ様が居ないのに「森の賢王」が「ハムスケ」と呼ばれるのはおかしい?
逆に考えるんだ、モモンガ様を無理矢理出せばいいさって考えるんだ( ´∀`)
……出てきたらSSが終わると言ったな。スマン、ありゃウソだった。
「そういえば、ペットを飼い始めました」
ティーポットからカップにお茶を注ぎながら、ナーベラルはそう言った。
「ほう、ペットか……」
くつろいだ様子で長椅子に腰掛ける至高の御方の懐かしきお声が、脳の奥を蕩けさせる。ナザリック地下大墳墓の永遠なる支配者、モモンガはカップを受け取ると、口元に持って行ってまずは香りを楽しみ、
「うむ、美味いぞナーベラル。さすがはナザリックに仕えるメイドだ。おっと、これは手前味噌というものかな?」
「勿体ないお言葉、光栄の極みです」
上機嫌でハハハ、と笑うモモンガ。
至高の御方に褒めていただいた、それを自覚するだけで、ナーベラルの鼓動は早鐘を打ち、頬は上気して桜色に染まる。しかしここで取り乱すのは完璧なメイドには程遠い。当然のような顔をして控えるべき。そう思いながらも声が上ずるのは避けられない。一礼して顔を伏せ、呼吸を整える。
「それで、ペットだったな。どんな動物だ?教えてくれるかナーベラル」
モモンガ様の頼みに応えるのに否やはない。ナーベラルは即座に説明しようとすると、森の賢王のイメージがほやほやと浮かんできた。まるで
モモンガはそれが当然のように頷きながら画面をのぞき込むと、ほうとひとつ頷いた。
「成る程……ジャンガリアンハムスターだな。<リアル>でもとても人気のペットだぞ。なかなか可愛らしいではないか」
機嫌良く微笑むモモンガ。あれ、でもこの尻尾は何だ……?などと呟きながら映像をくるくる回して、森の賢王の姿を愛でる。
「このように迫力のある魔獣をかわいらしいとは、さすがはモモンガ様ですね……」
人より大きな巨躯に鋭い爪を持ち、深い知性を湛えた魔獣の姿を見て、ナーベラルは思わずため息をついた。自分が降した時は、本調子ではなかったとはいえ、出会い頭に一発貰うなどなかなか苦労したのだが。いと高き創造主にしてみれば、このような獣はかわいらしい小動物に過ぎないということなのだ。
「ふふ、つぶらな瞳が愛くるしいではないか……?それで、名前はなんというのだ?」
その奥に叡智の光を宿した力強い瞳を持って、かわいらしいと言ってのける至高の御方にナーベラルは敬服しつつ答える。
「それが、森の賢王と呼ばれていたらしいのですが、名前を持たぬからつけて欲しいというのです。まだこれだという名前を思いついてないのですが……」
「まだ名付けていない?それはいかんな。ペットを名付けるのは飼い主の責務だ」
「も、申し訳ございません!」
重々しく頷くモモンガの叱責を受け、ナーベラルの顔が羞恥に染まる。半泣きで頭を深々と下げるナーベラルを目にし、逆にモモンガの方が慌て出した。
「す、すまぬナーベラル。そこまで深刻な話ではないのだ。ただ、ペットと親愛を深めるのに名付けるのは基本だぞ、とかその程度の他愛ない世間話に過ぎぬ」
下げた頭がちょうどいい位置に来たので、モモンガは骨しかない手をポンとナーベラルの頭の上にのせ、優しげな手つきで撫でる。たちまちナーベラルの顔が先ほどとは別の意味で真っ赤に染まり、白い肌が林檎のように耳まで赤くなった。
「ふむ、黒髪ロングは日本人のロマン、か……このように美しい髪を見ればさもありなん、ですね弐式炎雷さん……」
そう呟いてナーベラルの艶やかな黒髪を手櫛で梳くと、ナーベラルの全身を快感が電流のように走り抜けた。腰砕けになるのを必死にこらえて、蕩けた声を出す。
「も、モモンガ様ぁ……」
「うん?ああ、少し物思いにふけっていたようだ、済まぬ。そうだな、もし良かったらだが……そいつの名前を何か提案しようか?私が出しゃばっては不快に思われるかな……」
「とんでもない!!モモンガ様御自ら御名を下賜されるなど、畜生には過ぎた栄誉でございます!そのような望外のお慈悲にもし文句を漏らすようなことがあれば、私がシメてやります!!」
反射的に森の賢王が生意気そうな顔でハッと鼻で笑う様子を想像し、ナーベラルが怒り心頭に叫ぶと、モモンガは「お、おう」と呟くと気圧されたように体を引き、椅子に座り直した。そのまま手を顎に当てて沈思する。
「そうだな……ハムスケ……やや安直か……それとも大福……すくすく犬福……」
幾つか案を示してどれがいいと思う、とモモンガが問いかけると、ナーベラルは少し考えてから答えた。
「ではハムスケと。この響きが彼奴に実によく似合っています」
「そうかそうか、ではそうするとよい。役に立てたようで良かったぞ」
再び上機嫌に頷くモモンガに、ナーベラルは平伏した。
「かような些事にお知恵を頂き、誠に感謝いたします。ハムスケもきっと喜ぶことでしょう」
「うん、うん、それはよかった。ハムスケと仲良くするのだぞ」
「はい、モモンガ様!」
◆
ナーベラルが目を開くと、薄暗い洞窟の天井、剥き出しの岩肌が視界に飛び込んできた。森の賢王が案内した自分の寝床である。
「……夢……」
隣では布団兼抱き枕にしていた白銀の獣がいびきをかいている。意識が覚醒すると共に、現状認識が自身の中に流れ込んでくる。仕えるべき至高の御方も忠義を分かち合った仲間の姿も今はなく、何処とも知れぬ深き森の中に己独り。知らずナーベラルは我が身を抱きしめて身震いした。
「……ん~、もう朝でござるか……?」
ナーベラルの身動きに釣られたのか、森の賢王が目を開ける。二、三度瞬きをすると、ナーベラルを見て身を起こした。
「ひ、姫、何事でござる?寒いのでござるか!?」
体操座りで膝小僧を抱え込み、震えるナーベラルに戸惑った声をかける。
「……うるさい」
「姫……泣いておられるのでござるか?」
「うるさいったら。ちょっと静かにしてて」
「……わかったでござる」
そう答えると、森の賢王は無言で震えるナーベラルの背後からそっと身を寄せた。白銀の毛並みに半身を包まれるとナーベラルは一瞬身を竦ませるが、何も言わずに体を預ける。
「……お前の名前、決まったわ。今日からお前はハムスケよ」
沈黙のまましばしの時を過ごした後、ナーベラルがそう告げると。森の賢王はその意味を理解して顔を綻ばせた。
「ハムスケと!それは良き名にござるな。感謝の極みでござる!」
そのまま立ち上がると、全身で喜びを表すべく歓喜のダンスとでも言いたげなステップを踏んで踊り回った。
「このハムスケ、姫に一層の忠義を尽くすでござるよ!」
森の賢王――改めハムスケは、最後にそう言うとナーベラルの頭に顎を乗せて寄りかかった。「重いわこのケダモノが」ナーベラルがそう言って頭にチョップを食らわせると、ハムスケは相好を崩した。
「あいたっ!……少しは元気が出てきたようでござるな姫!ハムスケも嬉しゅうござる!」
「……うるさい。一息ついたら食事にして、その後出発するわよ。お前が名前負けの役立たずだから、他の知性体を探さないとね」
そう言って憎まれ口を叩くナーベラルの頬は、僅かに桜色に染まっていた。
一人と一匹で黙々と森の恵みを咀嚼する。ハムスケは大量に貯め込んであったドングリのような木の実類を次から次へと口に放り込んでいるが、それはちょっと遠慮したいので、ナーベラルはもう少し甘みのある果実類を貰って食べることにした。
「それで、ハムスケ。あんたの縄張りの中にはまあ誰も住めなかったんだろうけど。縄張りの近辺で、知的生物の集落みたいなものに心当たりはないかしら」
ナーベラルがそう聞くと、ハムスケは首を傾げた。
「うん?知的生物とは具体的になんのことでござる?」
「わかりやすくいうと、会話ができる相手のことよ。例えばゴブリンとか、エルフとか……人間とか」
この期に及んで躊躇いながら口にした人間、という言葉でハムスケははたと手を打った。
「ああ、人間でござるか。ええと……確かそれがしの縄張りの南端付近をうろちょろしてることがたまにあるでござる。おそらくその先に暮らしてる所があるのではござらんか」
「……そう。じゃあ、そこに行ってみようかしら。案内してくれる?」
「お任せくださいでござる!姫のお役に立つことはそれがしの喜びでござる!」
昨日の今日でたいした忠誠心である。それほど懐かれるようなことをした覚えはないのだがなあ、とナーベラルは思うのだが、まあ特に不都合はないだろう。忠義を尽くすフリをして寝首を掻こうとしているのでも無い限り。このケダモノがそれほど頭が回るようには見えないし問題ない。
「では案内するでござる!ささ、背にどうぞ」
そう言って目の前に伏せるハムスケを避けると、ナーベラルは洞窟の外に出た。
「うーん……そんなに乗り心地がいいわけでもないし、やめておくわ。行くわよ」
そんなー、と涙目になるハムスケを促して歩き出す。
この日、ナーベラルとハムスケは、森を抜けた先にあるカルネ村を訪れることになる。
設定上そうなるのが自然とは言っても。二次創作でハムスケに別の名前をつけるなんて暴挙に出るくらいなら、どれほど強引だろうがモモンガ様に名付けさせる。
そういう訳で夢の内容を真面目に考察する意味はない、イイネ?