ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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前回のあらすじ:
 ナーベ「どうでもいいけど ”叡者の額冠” を手に入れていたわ!」

    そう、かんけいないね
 イア ゆずってくれ、たのむ!
    殺してでもうばいとる



第三十八話:アルシェ・イーブ・リイル・フルト

(見破られた!?馬鹿な、どうやって……!?)

 

 ナーベラル・ガンマが「化け物」と呼びかけられてまず思うことと言えば。

 それは自身が二重の影(ドッペルゲンガー)であることを察知されたのか、という驚きに他ならない。

 勿論腑には落ちない。変身を強制解除させられるか、他者に変身する瞬間を目撃される以外の状況で、擬態したドッペルゲンガーの正体が見破られることは普通はない。

 それでもとりあえず、身体は勝手に反応した。一瞬の驚愕から素早く立ち直ったナーベラルは、立ちすくむ少女に即座に突進し、彼女の小さな身体を抱きかかえると大通りを抜けて路地裏に駆け込んだ。少女の身体を路地の塀に押しつけると、顔の両脇に手をついて彼女の顔を覗き込む。所謂壁ドンの体勢である。

 

「ハムスケ、周囲の警戒。仲間に注意して」

 

 ハムスケに見張りを命じると、ナーベラルは少女の尋問を開始する。

 

「……お前は何者なの?一人か?仲間は?目的は何?」

 

 かちかちと音がした。少女が歯の根が合わぬ程震えているのだ。その恐怖が本物であることは疑いの余地はない。

 

「……す、すまない、謝る。秘密にしておくから許して欲しい」

 

 震えながら言ったその台詞は、だが逆効果であった。恐怖は本物、ならばその台詞は少女がナーベラルの秘密を見破った証である。生かして帰すには危険すぎる話だ。

 即座に殺すのは短絡的に過ぎるか?だが自分に彼女の口を割らせるような尋問技術はない、それよりもさっさと始末して目撃者の出ないうちに塵一つ残さず処分すべきか。

 

「駄目よ。ここで死になさい」

 

 ナーベラルが若干迷いながらも右手を引いて手刀を形作ると、少女の顔が恐怖にこわばった。そのまま少女の喉笛を抉り――

 

「言わない!あなたが第八位階の魔法を使えることは誰にも言わないから!!」

 

「……え?」

 

 喉笛を抉り取る直前に、ナーベラルの手刀がぴたりと止まる。少女が塀に背を預けてずるずるとへたり込む。見つめ合う二人の間を沈黙が満たした。

 

「……順を追って、説明してくれるかしら。死にたくないのなら」

 

 

 アルシェ・イーブ・リイル・フルトは帝国を拠点に活動するワーカーチーム『フォーサイト』のメンバーであり、若くして第三位階の魔法を使いこなす凄腕の魔法使いである。その長い名前が示すように貴族のお嬢様であったのだが、実家が鮮血帝によって取り潰されて以降、目をかけられていた魔法学院を去り、金を稼ぐためにワーカーとなった。

 幸いチームメンバーには恵まれ、放蕩する両親の借金の返済費用と妹達の生活費を、その細腕で稼ぎ出すことができた。だが現実を見据えぬままに借金を重ね、娘に支払いをさせて恥じるところもないろくでなしの借金生産装置が家にいる限り、生活が好転する見込みなどない。返す端から借金を重ねる父親の所行により、自転車操業の返済生活は破綻する寸前であった。

 

 そんな時である。皇帝から帝城への呼び出しがかかったのは。

 

「――な、何の用なのかしらね、皇帝から呼び出されるなんて」

 

 緊張のあまり上擦った声を上げたのは半森妖精(ハーフエルフ)のイミーナである。『フォーサイト』で斥候職を務める野伏(レンジャー)で、得意な得物は弓。やや目つきが悪いものの、化粧っ気の無い整った顔立ちは十分な美貌を誇っている。胸は薄いが。

 彼女が緊張しているのは、皇帝の権威にびびっている……以上の理由がある。

 彼女が毛嫌いしていたとある同業者が、皇帝に呼び出しを受けた挙げ句不興を買って無礼討ちになったらしい――そんな噂を耳にして、堂々と快哉を叫んで乾杯し、皇帝万歳を三唱したのがつい先日の話。彼女の中で皇帝の株は鰻登りとなり、一週間はご機嫌だったので、仲間達は苦笑しながら見守ったものである。

 だが、皇帝の評価を改めた彼女にしてから、自分が無礼討ちにされる番が回ってくるかもしれないとなれば笑顔で居られよう筈もない。なにしろ、その男がいったいどうして不興を買ったのかその状況は全く分かっていないのだ。どんな行為が無礼にあたるのか知れたものでは無い。

 

「ま、まあ、普通に考えれば仕事の依頼なんじゃないのか?」

 

 『フォーサイト』のリーダーであり、チームの前衛を務める軽戦士のヘッケラン・ターマイトがそう答えた。帝国では平凡な顔立ちで、あつらえた服の下に鎖着(チェイン・シャツ)を着込み、腰には二本の剣をぶら下げている。そう言いつつも、彼も若干の不安を拭えないのだろう、普段浮かべている朗らかな表情はそこにはない。

 

「帝国の皇帝が自ら、我々のような木っ端ワーカーチームに?胡散臭すぎて涙が出てきそうですよ」

 

 口を挟んだのは、チームの回復職であり、全身鎧に身を固めた神官戦士のロバーデイク・ゴルトロンである。無骨な体格ながら爽やかな印象を与えるチームの最年長者だ。彼の顔にも当然の如き緊張が張り付いていた。

 

「ようこそ『フォーサイト』の諸君。まずは掛けて、楽にしてくれたまえ」

 

 不安の色も露わに皇帝の居室を訪れた一同を、ジルクニフは気さくな態度で出迎えた。だが無論、そんなことではフォーサイトの面々の緊張が抜けるはずもない。皇帝は笑顔で人を死刑にできる男だと、鮮血帝の異名が示している。

 

「まあ、時間も押していることだ、単刀直入に行かせて貰おう」

 

 ジルクニフは用件を語った。それはある意味では予想通り、ワーカーチーム『フォーサイト』に対する仕事の依頼であった。内容は、単身お忍びで王国に向かった帝国の宮廷魔導師、フールーダ・パラダインの追跡と動向の調査。それを聞いたフォーサイトの面々は、揃って顔色を青くする。フールーダ・パラダインの失踪などという一大事、断ればそれだけで口封じに始末されてもおかしくはない。聞いた時点で退路はとっくに断たれている。ヘッケランが震える声で質問をする。

 

「それで、その、フールーダ翁は何をしに王国へ?」

 

「うむ、直裁的に言えば、王国のアダマンタイト級冒険者ガンマ殿に会いに行くためだ。じいはバ……エヘン、魔導馬鹿だからな、彼女が優れた魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるらしいとの噂を聞いて我慢できなくなったらしい」

 

 なんとまあ。ヘッケランとロバーデイクは思わず顔を見合わせた。そのような理由で戦争相手の国へ単身出掛ける国家の重鎮が居て良いものだろうか?良いかどうかはともかく、実際ここに居たのだから是非もない。気を取り直してイミーナが口を開く。

 

「それで、なぜ私たち『フォーサイト』をご指名になられたのです?このような言い方はなんですが、私たち程度の実力のワーカーチームなら帝都には星の数ほどあり、その中から殊更私たちを指名する理由があるとは思えませんが……」

 

 星の数は大袈裟だが、『フォーサイト』が帝都のワーカーチームでそれほど突出した存在でないのは事実である。その疑問を聞くと、ジルクニフは少しだけ楽しそうな顔をしてチッチッ、と指を振ってみせた。

 

「理由はあるのだよ、実際。それは君だ、フルト家のお嬢さん(フロイライン・フルト)

 

 そう言ってアルシェの方を指さしたので、一同が驚いて彼女の方に目をやれば、自分たちに負けず劣らずびっくりした顔の少女が其処にいるのを発見した。

 

「わ、私……?」

 

「そうだ。そもそも私が君達のことを知っている理由が、じいが急にいなくなってしまった弟子のことを気に掛ける発言を折りにつけてしていたからなのだよ」

 

「先生が、そんなことを……?」

 

 アルシェは動揺した。自分が学院を辞めたいとだけ告げたとき、事情を確認するでもなく淡々と受理され、最後に投げかけられた言葉の通り――ただの愚か者だと思われている、そのように思っていたので。

 

「そうだ。冒険者だろうとワーカーだろうと、オリハルコンだろうとアダマンタイトだろうと、相手がフールーダ・パラダインでは大して意味がない。それよりは、知己の誰かが説得する方がまだしも耳を傾ける可能性があるというものだろう?」

 

 まあ、説得はできればして貰いたいだけで、できなくても咎めはしないがね、そうジルクニフは結んだ。あくまでも依頼は所在と動向の把握である。

 

「そして、君の異能(タレント)だ。じいにだってまあ、敵国で変装するくらいの分別はあるだろう……たぶん、あると思いたい。じいと同じタレントを持つ君の力なら、身元を隠したじいの居所を探るのに大いに役立つ局面があるだろうという心算だよ」

 

 そう言うとジルクニフは近衛騎士に合図して、盆に載った金貨を持ってこさせた。どこかで見たような展開である。デジャヴという奴に違いない。

 

「まあ、手付けは……一人頭百枚として、四百枚もあれば足りるかな、どうだろう?それとも金券板の方がよかったかな?」

 

 フォーサイトの面々はぶんぶんと首を縦に振って同意を示した。どうせ断る道はないのだから前金はありがたく受け取るが、生命をチップに吊り上げ交渉をする程無謀ではない。そもそも前金の額だけで、下手な依頼の総額を軽く上回っているのだ。

 四人が差し出された盆の周囲にこわごわと集まって、おのおのの取り分の金貨を回収していくと、やがてアルシェの顔がこわばった。ジルクニフがにこやかに問いかける。

 

「どうした、何か気になることでもあったかな?……そうそう、その下敷きはサービスだ、もののついでに受け取って貰って構わんよ」

 

 アルシェは震える手で、金貨の下から出てきた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()をつまみ上げると、それをぐしゃりと握りつぶしながら皇帝を見る。その唇がぱくぱくと開くが、言葉は出てこなかった。

 

「……そういえば、君のご家族は先程城に招待させて貰ったよ。困窮した家族の生活や、勝手に増えるかも知れない借金を気に掛けながらでは、仕事にも差し障りがあるかもしれないだろう?私の方で面倒を見ておくから、安心してくれ給え。……良かったら後で会っていくといい」

 

 そこまでするか。アルシェは己の視界がぐるぐると回り出すのを感じながらそう思った。イミーナが心配そうに肩に手を回すのを感じながら、ぐっと腹に力を込めて堪える。

 

 

 ……色々な意味で予想に反して、アルシェの家族は元気いっぱいであった。移動に多少の制限がかかっていることに妹達はやや不満そうだったが、案内された部屋だけでも目を見張るほど豪勢であり、聞き分けないほど鬱屈しているわけでもない。

 そして両親の、というか父親のいっそ清々しいほどの手の平の返しっぷりは、滑稽さを通り越して哀れみすら誘った。他人に聞こえないところで鮮血帝をあの愚か者、馬鹿者などと悪口を言うのが精一杯の反抗であった小物が、その同じ口から皇帝陛下の素晴らしさを切々と語り、陛下のためにご奉仕する機会を得られたお前は幸せ者だ、私も父親として鼻が高いなどと言い出すのである。要するに、(アルシェ)の働き次第で御家の再興が叶うとでも仄めかされたと言うわけだ。陛下に見初められたのなら玉の輿ねえ、あらあらどうしましょうなどと能天気なことを言い出す母親をいなしつつ、アルシェは内心ため息をついた。

 

 妹達に大人しく待っているように言い聞かせて家族の下を去ると、アルシェは面会が終わるのを待っていてくれた他の三人と合流した。

 

「――申し訳ない。私の所為(せい)でこんなことに巻き込んでしまった」

 

 開口一番そのような台詞を呟いたアルシェの様子に、他の三人は苦笑した。ヘッケランがぽんぽんとその小さな頭に手を乗せる。

 

「いやいや、この娘っ子はなにを言ってるんですかいなって」

 

「ですね。別にフールーダ翁の弟子であったことが何かの罪になるはずもなし、そしてあなたのタレントにはこれまで何度も助けられてきました。あなたが謝罪するようなことはなにもありませんよ?」

 

 ロバーデイクが笑いかけると、イミーナが真面目くさって腕を組んだ。

 

「それに、そもそもそんなに悪い依頼でもないじゃない?皇帝陛下は少なくとも気前は悪くなくて支払いは最高。

 別にフールーダ・パラダインと取っ組み合って取り押さえてこいっていう訳じゃなし、観光気分で王国に旅行して、かの爺様の居所を探ってこいってだけでしょ。とんでもなく割の良い仕事だわ。謝罪どころか感謝してもいいくらいよ」

 

 イミーナの台詞は事実であった。……事が済んだ後口封じに始末される危険性を考えなければ。アルシェは俯いて表情を隠した。やばくなったら逃げだそうにも、逃げるわけには行かないのだ。皇帝もわざわざ明言はしなかったが、この状況で察せないのは馬鹿だけだ。

 湿っぽい空気を振り払うように空元気を振りまいて、一同は出発の準備を整えた。皇帝の厚意により王国出身だという案内人の男を一人つけ、五人で帝都を出発する。

 旅はとんとん拍子に進んだ。帝国の領土を大過なく抜け、王国国境線の城塞都市エ・ランテルに到着した。特に見咎められることもなく門を抜け、都市に入ったところで今後の方針を確認する。

 

「城塞都市エ・ランテルは、なんでも翁が執着してる”紫電の魔女”(ライトニング・ウィッチ)が最初に出現したっていう街らしい。少し下調べをして行った方がいいんじゃないかと思うが、どうだ?」

 

 リーダーであるヘッケランのその提案に、各人は同意の頷きを返した。都市で調べ物や聞き込みをするのに危険もないだろう、ということで手分けして行動することにする。そんな内容は契約外だ、と言う案内人は宿で留守番させておいて、各員は分担に従って調査を開始した。

 そして冒険者組合の様子を見に行ったアルシェは、そのタレント持ちだけが見える魔力の暴風を感じて立ちどまり、それを目にした。

 彼女は、人間の領域に留まらぬ化け物であった。最低でも己の師が放つオーラを遙かに凌駕するその力は、物理的な圧力すら伴ってアルシェに吹き付けてくる錯覚を引き起こした。たまらずアルシェの口から呟きが漏れる。化け物、と。

 

 

「ふーん……目にした相手が何位階の魔法を行使可能か看破する異能(タレント)ねぇ……そんなものがあるとは、迂闊だったわ……」

 

 ナーベラルは頭を掻いて嘆息した。壁際にへたり込んでガタガタ震えるアルシェから、自分のタレントで貴女を見たらこれまで見たこともないほど強力な魔力を撒き散らしていたので思わず化け物って言っちゃいましたごめんなさい、という説明を聞いての台詞である。

 自分が二重の影(ドッペルゲンガー)であることがばれたわけでは無いと分かって安堵した、というのが正直なところだ。気が抜けたついでに殺す気も概ね失せた。そういう能力だ、ということであるのなら口封じする意味もあまりなさそうである。

 

「確認したいのだけれど、その異能(タレント)という能力は、この世に一つきりのユニークなものというわけではないのよね?」

 

 ナーベラルの言葉を聞くと、アルシェはこくりと頷きを返した。

 

「誰もが持っているわけではないけど、大体二百人に一人くらいの割合で持っている。被ることも当然ある。……私のタレントは、先生と同じもの」

 

 つまり、最低でもこの世に一人は同じことができる奴がいるわけである。この時点でナーベラルはアルシェを始末する気を完全に無くした。緊張を解いて姿勢を直すと、そのことに気づいたアルシェが明らかに気が抜けた様子で完全に脱力した。

 

「わかったわ。……さっきの出来事はお互い水に流すということで、あまり他言しないで貰えるかしら」

 

「絶対、誰にも、決して言わない」

 

 そう言ってアルシェが首を縦に激しく振って誓う。その様子に頷き返すと、通りを見張っていたハムスケが口を挟んできた。

 

「姫、誰かこっちに来るでござるよ。人数は二人、若い男でござる」

 

「アルシェ!……無事か!?」

 

 ハムスケの言葉に被せるように、二人の男が路地に駆け込んできた。ヘッケランとロバーデイクである。塀にもたれてへたりこむアルシェと、その前に立つナーベラルを発見するや、開口一番アルシェに呼びかけ、腰の武器に手を掛けた。後ろに控えるハムスケの存在感に緊張を隠せない様子である。

 

「……知り合い?」

 

 ナーベラルがアルシェに聞くと、彼女はこくりと頷いた。

 

「一緒に来た仲間。……落ち着いて、私は大丈夫。……私が失礼なことを言ってしまって、今和解したところだから!」

 

 そのようにアルシェが呼びかけると、二人の男はあからさまにホッとした様子で武器から手を離した。アルシェを助け起こしながらナーベラルに頭を下げ、自己紹介の挨拶をしながら手を差し出す。その手を完全に無視して挨拶も聞き流したナーベラルはアルシェに声をかけた。

 

「さて、話はついたし迎えも来たし、私はこれで」

 

「あ、ちょっと待って、ガンマ……さん。お話、したい」

 

 そう言って立ち去ろうとするのをアルシェが呼び止める。ナーベラルは怪訝そうに振り返った。

 

「名乗った覚えはないけれど……まだ何か用が?」

 

「私たちは人を探している。……最近、老人が貴女に会いに来なかったか?」

 

 ナーベラルの顔がこわばった。

 

 

 なぜだか顔を赤らめたアルシェの、控えめながらも強い要望により、一同は彼らがとった宿に移動した。冒険者向けとしては中の上、なかなかしっかりした作りの建物で、一階の食堂はオープンテラスになっている。ハムスケを連れて座れそうだったので、ナーベラルは庭に出されたテーブルに着くと、合流したイミーナに付き添われてアルシェが自室に戻るのを見送った。ハムスケがその横にちょこんと丸くなる。

 

「……そこもとらは四人パーティーなのでござるか?」

 

 手持ちの辞書に社交性という言葉が載っていないナーベラルの代わりに、ハムスケが場繋ぎの話題を出すと、ヘッケランは頷いた。

 

「ああ、俺たち『フォーサイト』は四人構成のワーカーチームなんだ。……尤も、今回は王国へ来るにあたってあてがわれた案内人が一人加わって五人連れなんだがね」

 

「ほう……その御仁はどこにおられるのでござる?」

 

 ハムスケがきょろきょろと周囲を見回すのに、ロバーデイクが声を掛ける。

 

「いえ、今は自由行動中ですからその辺で油を売っているのでしょう。頼まれたのは王都までの道案内で、エ・ランテルで道草を食うのは依頼内容に入ってないとか言ってましたね。……そこまで細かい人には見えませんでしたがねえ」

 

「エ・ランテルをうろつきたくない理由でもあるんじゃねーの?」

 

 ヘッケランが言ったその時、無表情ながらもどことなくすっきりした様子のアルシェとイミーナが部屋から出てきてテーブルに着き、改めて簡単な自己紹介をする。挨拶もそこそこにナーベラルは口を開いた。

 

「それで……あなた達はあの、古田だかフルフルだか言うジジイを探しているって?」

 

「……正しくは、フールーダ・パラダインと言う人なんですが」

 

 ロバーデイクが恐る恐る訂正すると、ナーベラルは少し考えて頷いた。

 

「そういえばそんな名前だったかもしれないわね」

 

「フールーダ・パラダインは私の先生で、帝国魔法省の最高責任者。あなたに会いに行くと言い残して帝国を抜け出していったので、依頼されて私たちが追いかけてきた。……もう会ったのか?」

 

 アルシェの質問に、ナーベラルは嫌悪の表情を浮かべた。怯えすら混じったその顔を見て、フォーサイトの一同は目を丸くする。

 

「ええ、それはもう。……待って、確かさっきあなた、自分のタレントは先生と同じものとか言っていたわよね。それってつまり、そのフールーダのこと?」

 

「うん、先生も魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)の実力を看破するタレントを持っている」

 

 アルシェが同意の頷きを返すと、ナーベラルは無意識に爪を噛んで唸った。ようやく彼の老人の奇っ怪な行動を始めとした、色々なことに得心がいったのである。

 

「成る程、そういうことかあのジジイ……」

 

 それから行われたナーベラルによる簡単な事情説明を受け、フォーサイトの一同は魂が抜かれたような顔で茫然自失することとなった。頬をつねって夢ではないことを確かめ、眉に唾をつけて化かされているのでもないことを確認する。目の前のナーベラルに冗談を言っている様子がないことを確信すると、全員の顔がげんなりとした。できれば知りたくなかった、帝国一の著名人の一大スキャンダルである。

 

「……もはや、なんと言えばいいのかわからんな……」

 

 ヘッケランがようやく絞り出した感想に、一同は同意の頷きを返した。誰もが次に取るべき態度を決めかねて、沈黙が場を満たす。

 その静寂を破ったのは一同の誰でもなかった。辛気くさい顔で黙り込んで顔をつきあわせる一同の背後から、声を掛けてきた男が居たのである。

 

「よう、皆お揃いでどうした、調べ物は済んだのかい……!?うぐ、げふ、ごほっ」

 

 一同が着いたテーブルに寄ってきて声を掛けたその精悍な男――ブレイン・アングラウスは、振り返ったナーベラルと目が合うと、手に持って囓っていた肉の串焼きを喉に詰まらせて噎せ返ったのであった。

 

 

 




 ウチのジルクニフさん芝居がかった演出が好きですね( ´∀`)
 そしてまさかのあの人の再登場。感想で帝国に向かうんじゃねって言われたのがなんだかしっくりきたのでチョイ役でワンポイント出現。(たいした活躍はしません)


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