ナーベがんばる!   作:こりぶりん

35 / 48
 
前回のあらすじ:
トーケル「完全オリ展開と言いながらドラマCDからネタ出しした挙げ句、
     私たちの存在をなかったことにする非道に抗議する!」
アンドレ「トーケル坊ちゃんの八面六臂の活躍が聴けるのは
     特装版6巻付属のドラマCDだけですぞおぉぉぉぉッ!(ダイマ)」
※何を持って活躍とするかは個人の主観により差があります。



第三十五話:帝国から来た男

 一泊だけして王都に戻ろうと思っていたのに、気がついたら二泊してしまった。単独行動の気楽な身分がなせる業であったが、げに恐るべきはネムの上目遣いによるお願い攻撃である。エンリが窘めなかったら三泊していたやもしれぬ。

 とはいえ特に急ぐべき理由があるわけでもない。ナーベラルは内心反省しつつも、『蒼の薔薇』の方は普通にエ・ランテルで一泊後、普通に翌朝王都へとって返したことを確認。それを聞いた宿屋で伝言を受け取ると自分もまた王都へと向かった。

 

 ハムスケを連れて宿屋のエントランスをくぐると、その姿にいち早く気づいためざとい筋肉ダルマが手を挙げて彼女を呼んだ。ナーベラルがそちらを見ると、いつもの二人――ガガーランとイビルアイの他に、もう一人男性が座っているのがその目に映った。

 まだ少年の面影を色濃く残した若者である。短く刈り込まれた金髪、よく日焼けした肌に鍛え込まれた筋肉。となりのゴリラには敵わないが、一般人にしてはよく鍛えられていると言えよう。兵士見習いか何かだろうか。

 

「よーう、丁度いいところに来た!ちょっとこっちに来てくれよ!」

 

 蒼の薔薇の面々のうちでも最も馴れ馴れしいガガーランは、わりとどうでもいいことでも遠慮無く構ってくるため、まあ大した用事ではないのだろう。だとしても挨拶くらいはしておいてもいいか、そのように考えたナーベラルが彼女たちが座るテーブルに向かう。

 

「……そちらの彼は、初めて見る顔……よね?」

 

 会うのが二度目になる人物に初めましてと挨拶した回数が、既に片手の指では収まらないため、ナーベラルの台詞はその語尾が疑問形になった。それを聞いたガガーランが苦笑して答える。

 

「ああ、安心しろよ。お前と会うのは初めてだ。こいつは童貞、ラナー王女のお付きだ」

 

「……クライムです、ガガーランさん。変な紹介は止めてください」

 

 顔を赤らめながら、若者はクライムと名乗った。

 

「私はガンマ、こっちがハムスケ」

 

「よろしくでござるクライム殿!」

 

 ナーベラルが端的に名乗り、ハムスケがずいっと迫ると、クライムは魔獣の威容に圧倒されて仰け反った。

 

「よ、よろしくお願いしますガンマ様、ハムスケ様」

 

「それで、何の用かしら」

 

「おう、それそれ。まずはそのフードとってくれ」

 

 言うが早いか、ガガーランが無遠慮にナーベラルのフードを引っ張って中身を晒した。クライムが息を呑む。

 

「……?」

 

 不審そうにガガーランを見つめるナーベラルを置いて、ガガーランはニヤニヤとクライムに語りかける。

 

「どうだ、実物を見た感想はよぉ?」

 

「……『美醜というものは人それぞれ、私にとってラナー様よりも美しい方はおりません』だったかな」

 

 イビルアイのその言葉にクライムが顔を真っ赤にする。察するに今の台詞は彼が言った内容なのだろう。要はこの若者をからかって遊んでいるらしい、いい大人が二人して。

 

「た、確かにガンマ様も大変お美しい方ですが、その、私は……」

 

「そんなに照れちゃって、説得力ねえぜー?」

 

 まあ、ラナー王女をこの世で一番の美人と考えているからと言っても、他の美人に照れたり反応したりしていけない理由はない。この二人にそんなことがわからない道理はないのだろうが、目の前の小僧にそれを指摘する程の余裕はなさそうである。

 こんな茶番に付き合わされる為に呼ばれたのかと思うとため息が出る。もう行こうと声を発しかけたナーベラルに、クライムの方が声をかけた。

 

「あっ、あの、ガンマ様。お願いがあるのですが」

 

「……何?」

 

 先程自分とは初対面だと言っていたが、会うなりお願いとは意外と図太い奴なのだろうか。ナーベラルがそう感じる間にも、クライムは姿勢を正して頭を下げた。

 

「ガンマ様の偉業に対しては、私もラナー様も大変感謝しているのです。お呼び立てするのは申し訳ないのですが、一度ラナー様にお会い頂けないでしょうか」

 

「おい、童貞……」

 

 ガガーランが口を挟むのに構わず、ナーベラルは即答した。

 

「興味ないわ」

 

「しかし……!!」

 

 尚も言葉を言い募ろうとしたクライムの表情が硬直し、脂汗がぷつぷつとその額に浮き出てきた。ナーベラルの知覚は、隣に座るイビルアイが彼のブーツを踏み潰しているその様子をはっきりとらえている。あれはなかなか痛そうだ。

 

「よせ。お前が出しゃばる話ではない」

 

 端的に言ったイビルアイの言葉に、涙目でクライムがどうにか頷いた。

 

「で、では、少し魔法についてご教授願えないでしょうか。イビルアイ様と同格の魔法詠唱者(マジック・キャスター)であられるガンマ様のお話を聞かせて頂ければ……」

 

 めげずにそのようなことを言い出した根性は称賛に値する。なにがなんでも強くなりたい、そのようながむしゃらな思いが言わせた言葉であったろうか。だが、ナーベラルの反応はそっけなかった。

 

「……生憎、子守の趣味はないわ。イビルアイ(そいつ)が匙を投げたのなら、私が教えてやるようなことはないでしょう」

 

 子供扱いされたクライムの眉がぎゅっと寄せられる。些かの抗議を込めた目つきでナーベラルを睨み付けようとしたその瞬間。

 クライムの顔が硬直して真っ赤になり、再び額には脂汗、目尻に涙が浮かんできた。原因も先程と同じ――イビルアイが彼の足を踏み潰したのである。ただし、先程は足の甲だったが、今回は小指をピンポイントに打ち抜いている。

 

「言っても聞かない奴のことを馬鹿という。……貴様がそうではないと思っていたのは私の買い被りだったのか?」

 

 無言で悶絶するクライムにはそれ以上構わず、イビルアイはナーベラルの方を向いて言った。

 

「……手間をかけたな、もういいぞ」

 

「……そう、じゃあまた」

 

 何の茶番だこれは、と思いつつもそう言い残すと、ナーベラルは宿屋の受付に声をかけて荷物を預け、冒険者組合に顔を出すために外へ出た。ガガーランとイビルアイが、クライムに慰めだか説教だか、話をしているようだったが特に興味はない。

 

 組合の受付で何か変わったことがあるか聞くと、受付嬢はこう答えた。

 

「はい。ちょうど、ガンマ様への指名依頼のため面談をご希望の方がいらっしゃるのですが……お会いになって頂けますか?」

 

 

 豪華ではあるが決して派手ではない――調和を考え抜かれた調度で統一された上品な部屋。窓際のテーブルで二人の淑女が談笑している。

 一人はこの部屋の主。その輝くような美貌をもって”黄金”の名で称される美少女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。リ・エスティーゼ王国の第三王女である。

 

「それで?ガンマ様が一撃でギガント・バジリスクを仕留めてしまったというの!?凄いわラキュース!それはどのような魔法だったのかしら?」

 

 ラナーがその顔に無邪気な笑みを浮かべて催促すると、向かいに座るもう一人――アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のリーダー、ラキュースは苦笑した。

 

「それはちょっと……話せないわ。仲間の手の内を勝手に晒すとか、冒険者の信義にもとるもの。……正直ちょっと、現時点でも話しすぎたくらいね。それもこれも、ラナーがあんまり催促するからよ」

 

「むうー、ケチ」

 

 ラナーが無邪気に頬を膨らませるのを、微笑ましくラキュースは見守った。二人とも簡素なドレス姿で、テーブルの上にはティーポットとカップが二つ。友人同士で過ごす嫋やかなお茶会と言った様相だ。

 

「気になるかしら?ガンマさんのことが」

 

「それは勿論!だって、わたしなんて、ガンマ様に『六腕』を退治して頂いたお礼だって言えてないのよ!?それもこれも、あなたがガンマ様を連れてきてくれないから!私だって会ってみたいのに!」

 

「それを私に言われてもねえ」

 

 ぶんぶんと手を振り回して抗議するラナーを、どうどうと窘めながらラキュースは困惑する。ため息をつきながら、慎重に言葉を選ぶ。

 

「あなたがガンマさんに興味がある程には、ガンマさんはあなたに興味を持っていないわ。心外なことかもしれないけど。それに、言ったでしょう、ここに連れてくるには問題のある性格だって」

 

「……私はタメ口でも気にしないわよ?」

 

「あなたが気にしなくても、周囲はそういう訳にはいかないのよ。そもそも、この部屋に来るまでに大貴族の誰かとすれ違ったりした日にはどうなるやら……」

 

 ラキュースがいかにナーベラルに友好的でも、彼女を王宮に連れてくるという想像は身震いするものがある。彼女の方が来たがればまあ譲歩を求めることもできるが、無理に頼んで連れて来たいとはとても思えない。

 

「それに、彼女はあれで結構忙しいのよ。目的もなく王宮に遊びに来るような暇はないわね」

 

「えっ?……お仲間のガガーランとイビルアイは宿屋でごろごろするしかすることが無いって言ってなかったかしら。何がそんなに忙しいの?」

 

 ラキュースの台詞にラナーが首を傾げる。

 

「……捜し物があるみたいでね、暇を見つけては王国全土を旅行してるわ。時には『蒼の薔薇(ウチ)』の誘いを断ってでも。もうすぐ王国内のめぼしい箇所は回り終えるから、そうなったら帝国に行くかもしれないと言ってたわね」

 

「……帝国に?」

 

 その言葉を聞いてラナーの声が心持ち低くなった。そんな彼女の様子を不思議そうにちらりと見ると、ラキュースは言葉を続ける。

 

「ええ。私たちとしては、ガンマさんが帝国に向かう気になる前に、できるだけ良い関係を築いておきたいのだけれど……そのまま帝国に活動拠点を移すのでなく、気が済んだら戻ってきてくれるようにね。できればその前に貴女と会わせてあげたいとも思うのだけれどねえ」

 

「そう……」

 

 

 

 お茶会が終わり、ラキュースが退室すると、ラナーの顔から表情がすっと抜け落ちた。まるで能面のような、目にする者が居れば怖気を感じる無表情で呟く。

 

「……できれば本人に会って判断してみたかったけれど、無理そうね。時間の猶予はもうあまりないようだし、仕方ないか……」

 

 そのまま目を閉じると、考え事に集中し始める。他に誰も居ない彼女の居室を、彼女の指がトントンと机を叩く、小刻みなリズムが満たしていった。

 

 

 紆余曲折はあれど、ガンマなる冒険者は最終的にアダマンタイト級へと昇格し、『蒼の薔薇』と活動を開始した――その報告を聞いて、バハルス帝国の皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが残念に思わなかったと言えばそれは嘘になる。

 だが、ジルクニフとしては、十分に目的を果たしたと思っていた。要はアダマンタイト級冒険者ガンマが、王国と密接な関係を築くのを阻止できれば良かったのである。自分の昇格に妙な横槍が入った時点で彼女も面白くは無かった筈、それが王国貴族が手を回した結果と聞けば王国への不信感が芽生えるのは至極当然であろう。この場合、理由は馬鹿馬鹿しい程のこじつけの方がむしろ良いのである。無論、その王国貴族を裏から動かしたのが帝国であることは、露見しないように細心の注意を払ってある。

 とりあえず彼女と王国の間に楔を打ち込むことには成功した。王国を見限るところまでは行かなかったが、普通にアダマンタイト級冒険者として活動される分には帝国にとって困ることもない。そのうち我が国を訪問してくれる可能性だってある、その時にはまた別の手で勧誘を試みればよい。

 

「まあ、まだ我が国まで来てくれそうにないのは残念だったが、とりあえずの成果としては上々だろう、じい……?」

 

 だが、その男はジルクニフのようには思わなかったのである。

 

「……も……」

 

 人類最強の魔法使いにしてバハルス帝国の主席宮廷魔導師、帝国皇帝の頼れる後見人。”三重詠唱者”(トライアッド)フールーダ・パラダインは、ジルクニフの呼びかけに応えたのかどうか、うつむき加減にその身をわなわなと震わせた。

 

「……も?どうした、じい。気分が悪いのか?」

 

 ただならぬ雰囲気の老人の様子を見て、心配そうにジルクニフが問いかける。すわ発作でも起こしたのか、その心配は外れではあったがある意味では当たりでもあった。

 

「もう我慢できませんぞおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 フールーダが吼える。漫画的誇張表現をするなら、目と口から怪光線を発しながら叫んだ。大気がびりびりと震え、耳をつんざく轟音を近場で聞かされたジルクニフが仰け反って尻餅をつく。護衛を務める近衛騎士達が兜の上から耳を押さえてうずくまる。

 

「じ、じい?」

 

「陛下」

 

 フールーダはいつもの彼が如き、きりっとした表情でジルクニフを見つめる。だがフールーダを見慣れたジルクニフには、目の前の老人がこれまで自分が見たことのない顔をしていることが分かった。

 

「ガンマ殿の招聘に失敗したのは残念でした。……かくなる上は、こちらから会いに行こうと思います」

 

「へ?」

 

 ジルクニフの顔に疑問符が浮かぶ。

 

「そ、それはどういう意味だじい?外交使節団でも派遣しようとか、そういう話か?生憎、王国とはこちらから仕掛けた戦争の真っ最中な訳だが……」

 

「わかっております。和平交渉でもないのに使節団など論外の状況ですな」

 

 フールーダはしかつめらしく頷いて見せた。その顔をまじまじと見つめるジルクニフに向かって、厳かに宣言する。

 

「ですから、こっそり行ってこっそり会って参ります」

 

「フールーダぁあああああああああッ!?」

 

 ジルクニフが絶叫する。眼前に立つスパークする魔導馬鹿が、間違いなく本気なのが分かったからだ。その目の奥に爛々と燃える執念の炎は、エルダーリッチもかくやという渇望の光を湛えている。

 思えばフールーダは大人しかった。あれほど執着した魔導の深淵へ辿り着く手がかり、あるいは同志となるやもしれぬ人物の情報を前に、あくまで冷静沈着に彼女を帝国へ招く策を立てて見せた。

 ジルクニフは疑わなかった。その態度は、帝国の重鎮、魔法省の責任者としては当然かくあるべきものであったので。フールーダが公人として私情を抑えた態度で振る舞うことは当たり前だと、疑問にすら思わなかった。だが、老人の心の底では、激情の炎が燃えさかっていたのである。己の策がうまく嵌れば、行き場を失ったナーベラルが帝国に向かうだろう、そのことだけを心の支えにしておのが欲望を抑えつけていただけだったのだ。

 そして今、その箍は外れた。あとは激情を解放するだけだ。

 

「おおい、誰かある!!じいを取り押さえろ!!」

 

「フールーダ様、ご乱心!!」「殿中でござる!殿中でござる!」「アイエエエエエエ!?」

 

 

 

 無論、本気になった人類最強の大魔法使いを、たかだか帝国の近衛騎士ごときが取り押さえられる道理はない。倒れた机、散乱した書類、壊れた椅子……燦々たる有様になった皇帝執務室の様子を見ながら、ジルクニフは悟りを開いたかの如き表情で、侍女に入れさせた紅茶を口元に持って行った。ただし表情は解脱者のそれであっても、カップに注がれた紅茶の水面にはさざ波が立っている。ジルクニフは内心の動揺を押し隠して、敢えて笑ってみせた。

 

「ま、まあ、じいのことだからな。我々に止められる相手ではないのと同様、王国の連中の手に負える相手じゃない。魔法を使えば、本人が言っていたとおり、見つからないようにこっそり国境を越えて潜入することも簡単だろう。あとは、ガンマ殿と上手く交渉してくれれば、もしかしたら連れて帰ってくるということだってありうる。はは、は……」

 

 空虚な笑い声が執務室に響き、ジルクニフはその寒々しさに身震いをした。もはや彼にできることは、祈ることだけであった。

 

 

 




 帝国には行かないけど実質帝国編なんですよ、ここから。

1/25 誤字修正。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。