ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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 前回のあらすじ:
 ハムスケ「姫……さすがに戦闘中に名前を聞いてくるのは止めにして欲しいでござる……」
 ナーベ「……悪かったわ」
 気づいた人お見事でした( ´∀`)



第三十二話:審問会

「暴力装置の切り札を失った『八本指』は、その影響力を大きく弱体化させることとなるでしょう!これで王都の秩序は安寧に向けて大きく前進します。……全てあなたのおかげです、感謝しますガンマさん!」

 

 そう言って思い切りハグされ、ナーベラルはジト目でラキュースを押しのけた。

 

「ああんっ」

 

「暑苦しいから離れて。そういうのいいから」

 

「そうだ、ボスばかりずるいぞー」「私たちも混ぜろー」「お?よっしゃよっしゃ!」

 

 しかし、そのまま忍者姉妹とガガーランにもみくちゃにされて辟易とする彼女の様子を、イビルアイだけは一歩下がって観察する。別に他意はなく、そういうことができない性格だというだけのことだが。

 

「落ち着けラキュース。『八本指』の支配力に大きなヒビが入ったのは間違いないが、必ずしもそれが平和を導くとは限らん。……裏社会の秩序が乱れて、チンピラ同士の抗争が激化し治安が悪くなると言うことも有りうるぞ。……おっと、失礼。『六腕』を倒したのが間違いだと言いたいわけではないので気を悪くしないでくれ」

 

「……別にどうでもいいんだけど。もう帰っていい?」

 

「あ、ちょっと待ってガンマさん」

 

 淡泊な反応しか返さないナーベラルにもめげず、ラキュースが声をかけた。ナーベラルが何の用だ、という視線をやると、笑顔で応える。

 

「昇格試験の一環として、適当なクエストをご一緒させて頂くという予定でしたが……今回肩を並べて戦ったわけですし、ガンマさんの実力とお人柄も確認できましたし。わざわざ改めてクエストを受ける必要もないかと思います。組合には合格と報告しておきますね。……最初は随分とつんけんした人だなあと思っていましたが、誤解でした」

 

「……今まさに誤解してる気がするんだけど?」

 

 勝手に進んでいく話に、思わず突っ込みを入れたナーベラルの背中を、ガガーランがばんばんと叩く。

 

「照れるな照れるな!ま、後始末は俺らがやっといてやるからよ、今日のところは帰って休んでいいぜ」

 

「……我々の試験を合格したとなれば、昇格は事実上確定したと思っていいだろう。残るは煩雑な事務手続きくらいで、後は時間の問題だ。身の振り方を考えておくといい」

 

 イビルアイの言葉に頷きを返し、ナーベラルはハムスケを連れてその場を去った。

 だが、事態はイビルアイの予想通りには進まなかった。

 

 

「審問会?なんだそれは?」

 

 その単語の持つ耳慣れない響きに、イビルアイが眉を顰めた。もっとも、仮面の下で起こった表情の変化は誰にも見えないのだが。単語を発したラキュースの方も首を捻る。

 

「うーん、なんだかよくわからないのよね私にも……みんなだって、アダマンタイト級冒険者として認められる際に面接みたいなものはしたでしょう?それと似たようなものだとは思う……たぶん」

 

「だが、面接なら面接と言えばいいじゃねーか。なんだってそんな仰々しい言い方にするんだ?」

 

「そうだな……なんというか、その言葉には、ガンマに対する否定的なニュアンスを感じざるを得ない。またろくでもないことになりそうだ」

 

 ガガーランとイビルアイが口々に言う所感に、ラキュースも同意する。

 

「そうね……それで、その審問会とかいうのに、私たち『蒼の薔薇』も同席を求められているわ。一応私たちが彼女の審査をした、という筋から言えば、それほど不自然なことではないんだけど……」

 

「ボス。私たちも行くのか?」「サボりたいー」

 

 それを聞き、話を黙って聞いていた忍者姉妹が口を挟んだ。ラキュースは姉妹の方に向き直ると、首を振る。

 

「『蒼の薔薇』には全員参加して欲しいそうよ。私たちの審査内容自体を検証したいのかもしれないわね」

 

「ふん、あるいは……いざというときにガンマを取り押さえろ、そういう意図があるんじゃないか?彼女が実際に暴れるかどうかはともかくとして、そういう事態を恐れるような展開にする気があると見える。……荒れるな、こいつは」

 

 イビルアイがそう言うと、他の面々は緊張した面持ちで頷いた。

 

 

 ハムスケを外に置いて冒険者組合の中に入ったナーベラルが、案内された会議室のドアをくぐると、室内にいた人間の視線が彼女に集中する。その視線を平然と受け流し――意外な顔ぶれに、彼女の眉がぴくんと寄せられた。

 正面奥には組合の幹部らしき五名の男性が居る。わざわざ高座に座って見下ろして居るのは、権威を主張する意図か、はたまたこちらを威圧するつもりか。左手には無理矢理顔馴染みにさせられた、やたらと馴れ馴れしい『蒼の薔薇』が勢揃いしている。ラキュースが小さく手を振ってきたのを、やや困惑を覚えながら無視する。この状況で反応することを期待しては居ないだろう。そして、右手には何故か王国戦士長とその部下が三名。彼らに共通するのは、冒険者組合の中で過ごすにはいかにも物々しいその装備である。流石に完全装備ではないが、今すぐ戦いを始められそうな出で立ちだ。そのことを見てとったナーベラルの頬が、僅かに吊り上がる。

 

「――掛け給え、ガンマ君」

 

 正面奥にふんぞり返っている一際偉そうな中年の男性が、そう言って着席を促した。ナーベラルは大人しく勧められた椅子に座る。奥の連中から見て正面に相対する、言うなれば被告席である。

 

「では始めようか。確認しておこう、本日今から行われる審問会の議題は、オリハルコン級冒険者ガンマが、アダマンタイト級冒険者に昇格するに相応しい人物か。それを見極めるためのものだ」

 

 一同が頷くのを見渡すと、男性が続けて声を発する。

 

「まずは簡単に済む方から行くとしよう。ガンマ君の実力についてだが……先日起こった偽依頼の件で、『蒼の薔薇』の諸君によりその実力は確かに見届けられたとの報告を受けている。……組合が確認して責任を持つべき依頼内容に不備どころか嘘があったというのは大問題で、ガンマ君には非常に申し訳ないことになったが、そのことは本日の本題ではないので置いておくとしよう。まあとにかく、ガンマ君の実力はアダマンタイトに上がる基準を満たしている、というよりは……現役のアダマンタイト級冒険者と比べても何ら遜色のないものだ、それで間違いないね?」

 

 最後の台詞をラキュースに投げかけると、彼女は頷いて発言した。

 

「はい、間違い有りません。ガンマさんの実力は私たち『蒼の薔薇』のメンバーと比較しても、同等ないしはそれ以上の強さを持っていると宣言します」

 

 それを聞き、壇上の幹部連中がひそひそとざわめいた。ガゼフも、さもありなんとばかりに頷いている。ざわめきを抑えるように手を振ると、男が再び口を開く。

 

「――結構、実力については疑う余地はないものとする。問題はここからだ」

 

 男が咳払いをし、喉を湿して仕切り直す。全員の注目を集めながら、芝居がかった大仰な身振りでしゃべり出した。

 

「アダマンタイト級冒険者。それは、人類の切り札ともいうべき、英雄的存在だ。というより、組合が公に認めた英雄そのものであり、世界に巣くう凶悪なモンスターの脅威から人類を庇護する守護者だ。凶悪なモンスターを退ける実力が求められるのは勿論だが、それだけではアダマンタイトは務まらぬ。人類の守護者、英雄譚に謡い上げられるに相応しい人格が求められるのだ」

 

「副組合長、それにつきましては――」

 

 ラキュースが思わず立ち上がって口を挟みかけるのを、男は手で制した。彼女が不承不承座り直すのを見て口を開く。

 

「アインドラ君の報告では、ガンマ君は少々(・・)過激なところはあるが、己の正義に従って悪を断罪する苛烈な人物だ、そういう風に聞いている。だが、彼女がエ・ランテルで冒険者登録して以後に起こした、殺人まで含む数々の騒ぎを見るに……それで済ますのは些か苦しくはないかね?」

 

 そう言って、今度はラキュースに返答を促した。ラキュースは立ち上がると、言葉を選びながら口を開く。

 

「確かに、エ・ランテルでの評判は芳しくないようですが……殺しについても、基本的に相手が犯罪者だったり、防衛行為であったりと、ガンマさんは罪には問われていない筈ですが。逆に、そうでなければ今ここに居られるはずがないですしね。彼女の潤沢な正義感が悪い方に噛み合ってしまったものだと思われます。

 一方、王都での評判はかなり人気が高いと言っても過言ではありません。王国最大の犯罪組織、『八本指』の『六腕』を潰して王都の治安回復に一役買ったヒーローです。別にこれらの差異は、彼女の二面性を示すものではありません。苛烈な断罪者、という性格の表と裏ですわ」

 

 いったい自分は彼女にこうも擁護されるようなどんなことをしたのだろう。ナーベラルは不思議に思いながら聞いていたが、その言葉を聞いた男は不快そうに口元を歪めた。

 

「ヒーローと言うがね……本来、冒険者の本分はモンスターの脅威から人間を守ることにある。人間同士のトラブルに首を突っ込んで英雄気取りするのが本当に相応しい行為かどうか、よく考えて貰いたいものだ。……もっとも、その点については君も相当なお転婆だ。似たもの同士、気が合うというところなのかな」

 

 そう言ってラキュースをじろりと睨み付けると、彼女はさっと目を逸らす。そんな男性の様子を、向かいに座ったガゼフが難しい顔で観察しているが、そのことに気づく者は居なかった。

 

「……コホン、話が逸れたようだ。では別の方向から検討してみよう。アダマンタイト級冒険者という者は、モンスターの脅威から人類を守る盾だ。だが、ガンマ君にそのように振る舞う覚悟があるかは、疑念が残ると言わざるを得ない」

 

 勿論、ナーベラルにそのような覚悟はおろか意志すらない。だが、どうもそれは印象論的な話ではないようだった。男が合図すると、一人の男が入ってきた。一見冒険者風だが、戦士と言うにはやや線の細い優男である。

 

「お……私のことを覚えていますか、ガンマ殿?」

 

 やたらと気障ったらしい身振りでそのように述べた男の台詞を受け、ナーベラルは彼の顔をまじまじと観察した。しかし、幾ら考えても見覚えがない。

 

「いえ、覚えてないわ。誰あなた?」

 

「とぼけるおつもりですか、結構、ならば思い出させてあげましょう!あれはもう一月以上前、私がトブの大森林に依頼で向かったときのことでした……」

 

 男は組合に所属しない冒険者――ワーカーである。トブの大森林近縁の湿地帯で蜥蜴人(リザードマン)と遭遇し、争いになったとき、通りかかった魔法詠唱者(マジック・キャスター)があろうことか蜥蜴人(リザードマン)側に加勢したせいで、パーティーは半壊、大切な仲間を二人失った挙げ句命からがら逃げ出してきた、男はそう語った。

 

「その時は名前も知りませんでしたが……王都に来たガンマ殿のお姿を拝見して驚きましたよ、彼女こそはあの時私たちを殺しにかかってきた魔法詠唱者(マジック・キャスター)だったのですから!」

 

 その言葉を聞いて、どことなく腑に落ちない様子でナーベラルは頷く。

 

「ああ、あなたあの時の雑魚?そんな面だったっけ?……あなたの顔は覚えてないけど、そういうことが有ったのはまあ確かね。でも、私の記憶ではあなた達が善良な蜥蜴人(リザードマン)を追いかけ回し……」

 

 だが、自身の見解を述べようとしたナーベラルの台詞は、壇上の男に途中で遮られた。

 

「ストップ、待ち給え!細かい状況については結構、他に証人も居ない以上、お互いの主張が水掛け論になるのは火を見るよりも明らかだ。とにかく、ガンマ君、君は蜥蜴人(リザードマン)と人間の争いを見て蜥蜴人(リザードマン)側に加勢したことは認めるわけだ」

 

「……まあ、そうね。私はあの時、まだ冒険者ではなかったのだけれど」

 

 台詞を打ち切られたことにややぶすっとしながらも、ナーベラルが口を挟むと、男は余裕をもって頷き返す。

 

「無論、登録する前の行動について、某かの責任を問うというつもりはないとも。相手も冒険者ではなくワーカーに過ぎんしな。ただ、ガンマ君の行動規範を判断するのに適切と思われる事例を紹介しただけだよ私としては。他に何か言いたいことはあるかね?」

 

「……そうね、じゃあ一つだけ」

 

 ナーベラルはそう言うと、首から下がっていたプレートを外して前方に放り投げる。オリハルコンの薄い板は綺麗な放物線を描いて、壇上の男が思わず差し出した掌の上にぽとりと収まった。がたん、と右手から音が聞こえた。ガゼフが目を剥いて身じろぎし、椅子が音を立てたのだ。それにちらりと目線をやったが、特に構わずナーベラルは言葉を続ける。

 

「ご丁寧にも、なんだか色々と気を回してくれたようだけど……私が冒険者組合に登録したのも、昇格しようと思ったのも。自身の行動範囲を広げるためであって、規則やら規範やらに縛られるためじゃないわ。それが気に入らないならプレート(そんなもの)はいつでも返してあげる。アダマンタイトに交換するなり、そのまま戻すなり、あるいは取り上げるなり。あとはあなた達のお好きにどうぞ」

 

 言い放った彼女の台詞を耳にし、壇上の男は気圧されたようによろめいた。水差しの水を一口飲んで、咳払いをする。

 

「そ、そうかね。ま、まあ、君の意見は参考にさせて頂くとしよう。……さて!」

 

 男は背後で耳を傾けていた四人の方を振り返って言った。

 

「この通り、気になる部分は本人の確認をとれた。我々は別室で審議するので、着いてきて頂きたい。……審議中は、休憩とするので、楽にして貰って結構だ」

 

 五人の男達が証言者のワーカーを伴ってぞろぞろと退室すると、ナーベラルはしらけた気分で椅子にもたれ掛かった。この茶番の行く末は何処にあるのやら。すると、ガゼフが無言で立ち上がり、ナーベラルに目礼して退室する。それをなんとはなしに見送ったナーベラルは、後頭部に熱烈な視線が突き刺さってくるのを感じた気がして振り返った。

 

「……シイタケ?」

 

 ラキュースの瞳がキラキラと輝いていた。彼女はゆっくりと椅子から立ち上がると、ずずい、と身を乗り出すようにナーベラルの眼前ににじり寄る。ナーベラルが気圧されて後ろに下がろうとし、椅子の前足が浮いて斜めに傾いた。

 

「ガンマさん」

 

「な、何?」

 

「先程遮られた話、もう一度聞かせてくれないかしら。蜥蜴人(リザードマン)に加勢した時の状況について、何か言おうとしてたでしょう?」

 

「え、ええ……大した話じゃないわ、あのクソ野郎が依頼人の食卓に蜥蜴人(リザードマン)の活け作りを並べる為、集落の外に出た蜥蜴人(リザードマン)を捕まえて攫おうとしていたから助けた、それだけの話よ?」

 

「成る程……そういう事情が……」

 

 ラキュースはナーベラルの両手を自分の手で包み込むと、キラキラした瞳で彼女の顔を覗き込んだ。鼻と鼻がくっつきそうなくらい顔が近づき、焦ったナーベラルが後ずさろうとするも、がっちりと掴んだその手を放してくれない。

 

「私、感動しました」

 

「え?」

 

 ラキュースは亜人との共生派である。スレイン法国では亜人は人類の存続を脅かす潜在敵という認識であり、国民にそのような認識を叩き込む教育体制が整っているためそんな価値観は根絶されているが、王国では、国家として亜人に対するスタンスは決まっていない。敵と見なす者、下に見下す者、良き隣人と考える者……様々な考えがあり、その考えを表明することを特に怖れる必要はない。

 そんな中、ラキュースは亜人の存在を敵性生物としてひとくくりにせず、少なくとも一部の友好的な種族とは人類と共存して仲良くやっていけると考えるグループに属し、敵と見なして迫害する者を実力で黙らせる武闘派であった。具体的には、亜人の村を焼き討ちしようとしたスレイン法国の秘密部隊とやり合ってそれを撃退したことがある程である。その時の指揮官には顔に手酷い傷を負わせてやった。

 故に、彼女にとって、亜人であるということに捕らわれず、殺されそう、攫われそうになっていたから助けたというナーベラルの言葉は、自身と志を同じくする仲間が現れたように思われたのだ。それも、ラキュースに出会う遙か前、冒険者に登録する以前の話であるから、『蒼の薔薇』に迎合して意見を合わせて見せただけということはあり得ない。

 

「やっぱりガンマさんはちょっと(・・・・)過激だけど根は優しい人ね!亜人と共存して仲良くしよう、と考える同志が居てとても嬉しいわ!」

 

「いや、ちょっと、それ誤解……」

 

「組合が何を企んでるかはわからないけど、私たちはあなたの味方だから!安心してね!」

 

 相変わらず人の話を聞かずに盛り上がるラキュースの様子に、ナーベラルはため息をついた。

 

 

 




 会話Nagee……
 オリイベントは筆力が問われる上に実際難産。
 せっせと仕込んできた伏線回収も脳内で組んだときよりなんだか淡泊にまとまっちゃった。
 ……もっと丁々発止のやりとりを演出したかった筈なんだがうーんこの( ´∀`)

 1/17 原作で王都の組合長が四十代の女性として出てたという指摘のため
    組合長→副組合長に変更。


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