ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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 ”闘鬼(とうき)”ゼロ
 まずクレマンティーヌ以降まで辿り着けるSS自体が多くなく、さらにバラエティ豊かな運命がクレマンティーヌを襲う頃には、SS毎の独自設定が引き起こしたバタフライ効果がその先の展開を統一させないため、共通3ボスなどとはとても言えないマイナーキャラまで堕してしまった出落ち芸人。
 そもそも『六腕』自体が、しかし芸で笑いをとりに行く噛ませ集団のため、強キャラのイメージがまるでなくボスとしての格が感じられないその背中には哀愁すら漂う。

 前回のあらすじ:
 ”不死王”……あっ……(察し)



第三十一話:闇夜の激突

 その依頼は、最初から奇妙だった。

 そもそも、アダマンタイト級への昇格試験として『蒼の薔薇』を試験官とした適当な依頼が舞い込むのを待っている身であるナーベラルを、単独で指定する指名依頼が来るという時点で既におかしい。組合に確認しても、言を左右にして今はそちらを優先して貰いたいと言う。どうにもなんだか、相当なごり押しがあったらしい。背後に、横紙破りな大貴族の関与を窺わせた。半分くらいは当事者の、ラキュース達が首を捻るのを尻目にナーベラルは黙ってその依頼を受諾した。

 王都リ・エスティーゼにも墓地はある。帝国との合戦における戦死者を受け入れるために馬鹿げた広さを確保した城塞都市エ・ランテルのそれとは比ぶべくもないが、それでも一区画を丸ごと使った広大な、人気のない寂れた区画である。依頼内容は墓地の異常の調査。なんともあやふやな内容であり、異常というのが下位アンデッドの発生なら、せいぜい銀ランクの依頼ではないのか?そのような疑問を皮肉をこめて発するも、受付嬢はしどろもどろになって口ごもるばかり。下っ端を苛めてもしょうがないので、程ほどで勘弁してやることにする。

 

 夜半、ナーベラルとハムスケが月明かりの中躊躇いもなく、すたすたとその墓地を歩いていく。なんだか前もこんな依頼を引き受けた気がするなあと思いつつ、十分に奥深くへ到達したところで歩みを止めた。

 

「――それで、あんた達が墓場の幽霊、ってことでいいのかしら?」

 

 その言葉を受け、闇の中から四人の男女がナーベラル達を取り囲むように姿を現した。『六腕』のメンバーである。前方からゼロ、後方にマルムヴィスト、右側にエドストレーム、左側にペシュリアン。

 

「……気づいていたか」

 

「こんな怪しい依頼をごり押しされる時点で何かあると思うわよ普通。で、こんな所に招待して、どういうつもりかしら?せっかく受けてあげたんだから、目的くらいは教えて欲しいわね」

 

 ナーベラルの言葉に、ゼロが唸り声を上げた。

 

「念のために確認しておこうか。俺たちは『八本指』の戦闘部隊、『六腕』のメンバーだ。……先日貴様が立て続けに討ち取ったサキュロントとデイバーノックの同僚だ」

 

「へえ。あの……なんか分身する奴と、図々しい骸骨の。それで?あの骸骨野郎は仇討ちなんて柄じゃないとか言ってたけど、あんた達もそうなの?」

 

「まあ、仇討ちと言うニュアンスではないのは確かだが……アダマンタイト級の実力を標榜する我々が、貴様一人に二人までを倒されたのだ。もはや貴様を生かしておいては、俺たちの面子が保てん。ここで死んで貰おう」

 

「四人がかりなら勝てるとでも?……おめでたいわね」

 

「フン、強がりを!行くぞ!」

 

 ゼロの言葉に、四人がそれぞれの武器を構えた。まだ間合いは遠いが、じりじりと慎重にナーベラルに近づこうとしている。勿論、ナーベラルが魔法を使えば、即座に全速で間合いを詰めてくるだろう。

 

(ちょっと面倒ね……)

 

 ナーベラルは内心少し迷った。勝ち筋は簡単、上空に転移して墓地毎<吼え猛る竜巻>(レイジングトルネード)で消し飛ばしてやれば一瞬でカタがつく。まあそこまでの隠し札を切る状況ではないので、上空に滞空して攻撃魔法の雨を降らせてやるのでもいい。だがそれをするには隣のハムスケが邪魔である。ハムスケを逃がそうにも、四方を囲まれている現状、どちらに逃がしたものか。

 とりあえず弱そうな奴の方向に突破させようか、そのように考えてハムスケに指示しようとした刹那、ハムスケの方が囁いた。

 

「姫、後ろの方に新手が出てきたでござる」

 

「ん?」

 

 『六腕』というからには六人だろう。二人倒して、ここに四人。これで全員の筈である。手下を伏せていたにしても、何故一方だけなのか、そのような疑念を抱きながらナーベラルが振り返って後方を見ると。

 

「そこまでよッ!!」

 

「「「「……『蒼の薔薇』ッ!!」」」」

 

 六腕メンバーが唱和したように、後方からその場に駆け込んできたのは、『蒼の薔薇』の面々であった。先頭に立つラキュースが、ナーベラルににこりと笑いかける。

 

「もう大丈夫ですっ、ガンマさん!私たち『蒼の薔薇』、義によってガンマさんに助太刀致します!」

 

「しまった、謀られたかッ……!?」

 

 ゼロが呻く。四対二から四対七へ、これで人数差は逆転した。この状況を、ナーベラルを撒き餌に、自分たちがまんまと誘き出されたものと理解したのである。しかし。

 

「え、ちょっとなにそれ……別に頼んだ覚えはないんだけど……」

 

 ナーベラルのとぼけた反応に、肩すかしになる。つまりどういうことだ、ゼロが訝しげに状況を見守る中。

 

「水くさいですよガンマさんッ!!私たちの仲じゃあないですか!!」

 

 友好的とは言い難いナーベラルの反応に委細構わず、暑苦しい台詞を叫ぶラキュース。

 

「……あの依頼は露骨におかしかったからな。私たちも独自に調べさせて貰った。そうしたら『八本指』が裏から手を回して貴族を動かした、という所までは推測がついたんでな、証拠はないが。お前が狙われている、と判断して駆けつけたというわけだ」

 

 イビルアイがそう言うと、ガガーランが言葉を重ねる。

 

「相変わらずつれねぇ奴だな!一人で『六腕』とやりあってたと聞いた時には驚いたぜ!一人で抱え込んでないでちったぁ俺らも頼ってくれりゃあいいのによ!」

 

 一人で抱え込むも何も、ナーベラルにそんなものとことを構えた覚えはないのだから仕方がない。『六腕』の名称自体はあの骸骨野郎(デイバーノック)がなんかそんなようなことを言っていた気がするが、あの時は他に気を回すことがたくさんあったし、不届き者に対する怒りで頭がいっぱいで、他のことはすぐに忘れたのだ。

 

「一人で王都の闇と戦ってたとか、格好良すぎて濡れる」「ひゅーひゅー」

 

 忍者姉妹が囃し立てると、ナーベラルは困惑するように呻いた。

 

「いや、その、あなた達なにか誤解してない?」

 

「なーに、そんなに照れるなよ!恥ずかしがり屋さんだなカワイコちゃん!」

 

 だが『蒼の薔薇』の面々は全く聞く耳を持ってくれない。彼女たちの中では既に結論の出ていることらしい。そもそも誤解されていたとして、それを解く必要があるのだろうか。別にいいような気もしてきた……どうでも。

 

「いずれにせよ……ガンマさんに面目を潰されて焦りましたね、『六腕』。普段は裏から手を回した汚い権力で守られているあなた達も、今この場においては単なる襲撃者です」

 

 ラキュースが『六腕』に対して高らかに宣言すると、ゼロの顔が歪む。イビルアイがそれに言葉を重ねる。

 

「偽の依頼で冒険者を誘き出し、罠に嵌めようとしたとなれば、もはや言い訳の利かない状況だ。お前達をこの場で潰しても、誰に憚ることもない。覚悟しろ」

 

 その言葉が皮切りとなり、決戦が始まった。

 

<飛行>(フライ)

 

 イビルアイがふわりと空中に浮かび上がると、マルムヴィストの頭上を越えて飛んでいこうとする。囲みの中にいるナーベラル達に合流するつもりだ、そう悟ったマルムヴィストが何か対応するよりも速く、彼目がけて刺突戦鎚(ウォーピック)が振り下ろされる。慌てて躱したマルムヴィストが立っていた地面を、轟音を立てて刺突戦鎚(ウォーピック)がえぐり取る。

 

「おっと、邪魔はさせねえ。お前の相手はこの俺だ」

 

 突進してきたガガーランがそう言ってにやりと笑うと、マルムヴィストはやむなくレイピアを構えて目の前の敵に集中した。

 

 

 

 マルムヴィストの頭上を飛び越えたイビルアイは、そのまま真っ直ぐ飛んで、ハムスケをお供にゼロと睨み合うナーベラルの横にすとんと降り立つ。

 ナーベラルの視線が一瞬横にそれ、イビルアイを確認する。彼女の意識がそれたその一瞬、ゼロの身体がゆらりと揺れた。

 

「……!?いかん、<水晶防壁>(クリスタル・ウォール)!」

 

 イビルアイが魔法を唱えると、ナーベラルの前方に水晶の壁が出現する。その瞬間、どん、と轟音を発して地面が揺れ、生まれたばかりの水晶の壁に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。ゼロが大地を蹴り、高速で突っ込んできたのだ。

 

「姫!」

 

 水晶の壁に阻まれて突進が止まったゼロを、ハムスケが横から斬りつける。ゼロは素早く大地を蹴って距離を取り、その爪の範囲から逃れ出た。舌打ちをして構え直す。

 

「今のは少し危なかったわ。一応礼を言っておきます…………イビルアイ」

 

「いや、今のは私がお前の気を逸らしたせいもある、礼には及ばない」

 

 ナーベラルが軽く黙礼すると、イビルアイは手を振って応えた。その間もゼロの動きから目を離さない。

 

「そう。……にしても、思ったより結構なスピードを出すわね。近接戦闘で相手をするのは少々危険かもしれない」

 

「そうだな、その通りだ。私に作戦がある。……後ろはガガーラン、右にはラキュースが向かった。その魔獣……ハムスケを、左のあいつに回してくれるか?」

 

「前衛を外せと?……ああ、そういうこと、了解したわ。ハムスケ、左の全身鎧(フルプレート)をお願い。前のアイツはこっちで片付けるわ」

 

「了解したでござる姫!ご武運を!」

 

 ハムスケがナーベラルの指示に元気良く答えると、がしゃがしゃと鎧を鳴らして走ってくるペシュリアンの方に駆けていく。それを見たゼロが、野太い唸り声を上げた。

 

「前衛を外して魔法詠唱者(マジック・キャスター)二人だと……舐めているのか貴様ら!?」

 

 その言葉を聞き、ナーベラルが口の端を吊り上げて笑う。

 

「別に舐めてなんかいないわ、むしろその逆よ。万が一、ハムスケに怪我でもさせられたら困るもの。どうする気かはすぐ分かるでしょう」

 

 そうしてナーベラルはイビルアイと視線を交わし、一つ頷いて呪文を唱えた。

 

<飛行>(フライ)

 

 次の瞬間、起こった光景に、ゼロが目を剥いた。

 

 

 

 エドストレームは自身の方に駆け寄ってきたラキュースと睨み合う。エドストレームの周囲には五本の三日月刀(シミター)が、そしてラキュースの背後には六本の黄金の剣がそれぞれ浮かび上がっている。

 奇しくも似たような戦闘スタイルだ。一見そう思えるが、内実は大きく異なる。エドストレームは考える。ラキュースの持つマジックアイテム「浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)」は攻防の手数を増やし、射出して遠距離攻撃もできる優れものだ。数もこちらより一本多く、一見ラキュースが有利に見えるが。

 実際にはそうでもない。浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)は、ラキュースが唱えるコマンドに従って、攻撃・防御・投擲のそれぞれ極めて単調な動作を行うことしかできない。対するエドストレームは、彼女自身の極めて類い希な空間認識能力と脳の柔軟性により、舞踊(ダンス)の付与された五本の三日月刀(シミター)をまるで己の手足のように自在に操ることができる。切り結んで行けば、その差はすぐに如実に現れてくるだろう。全ての浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)を叩き落として、立て直す暇もなく剣の結界に飲み込んでやる。

 

「全弾射出!」

 

 彼女がそのように決心して隙を窺う中、ラキュースが焦れたように叫ぶと、彼女の肩の周囲で滞空する六本の剣全てが垂直に浮き上がり、こちらに向かって飛んできた。エドストレームはほくそ笑む。馬鹿め、持久戦の不利を悟って数で押し切るつもりだろうが、それは悪手だ。そうしたいならせめてラキュース本人も一緒に斬りかかってこなければ話にならない。舞踊(ダンス)で操る五本の三日月刀(シミター)と、自分の手に握られた三日月刀(シミター)で六本。一合で全ての浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)を叩き落とす。後はラキュース本人をなますに刻んでやろう。

 

「はぁっ!」

 

 彼女の決意の通り、ただの一合で真っ直ぐ射出された浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)が全て叩き落とされ、虚しく地面に転がった。恐るべきは全ての三日月刀(シミター)を自在に操ってみせたエドストレームの処理能力である。

 しかし、その一合でラキュースには十分であった。エドストレームはなぜラキュース本人が斬りかかって来なかったのか、もう少し考えるべきだったのである。

 

「はあああああああ!」

 

 ラキュースが吼える。その声に呼応するように、その手に持った漆黒の剣の刀身に浮かぶ星々の輝きが巨大になり、刀身そのものが巨大に膨れあがった。

 

「超技! 暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)ォオ!!」

 

 叫びとともに魔剣キリネイラムを横に薙ぎ払う。叫ぶ必要はないが効果は絶大だ。その前方に漆黒の無属性エネルギーが膨れあがり、爆発して悲鳴を上げる間もなくエドストレームを飲み込んだ。

 

「完・勝!」

 

 ラキュースはキリネイラムを振り抜いた姿勢のまま、高らかに勝利を宣言した。

 

 

 

 ”空間斬”ペシュリアンは、目の前に駆けてきた白銀の魔獣と対峙する。

 油断はない。目の前の強大な魔獣は、ボスに匹敵するかも知れない強者の気配を漂わせている。油断のできようはずが無かった。

 だが焦りもない。彼の魔技は、知らずに対応することは極めて困難な初見殺しである。いくら屈強とは言えど、獣に破れるとは考えられない。

 一メートルの鞘から抜き放つ一閃で、三メートル先の目標を両断する魔技、”空間斬”――その秘密は、特殊な材質でできた剣にある。ウルミと呼ばれるその剣は、柔らかい鉄でできた長い剣であり、よく曲がりよくくねる。その刃を極限まで細く薄く削った斬糸剣、振るわれたその剣の軌道はもはや金属でできた鞭と言った方が正確だ。高速で振るわれる鞭の先端は、音速に達するとも言われる。ペシュリアンは、彼の獲物がただの剣と思って構えた多数の敵を、何が起こったかも分からぬままに切り伏せてきた。今回もそうなるものと思われた。

 

 ところで、鞭のような軌道を描く攻撃と言えば。我々はもう一つ、そのように描写された攻撃を見たことが有るはずである。

 そう、ハムスケの尻尾である。

 鋼の硬さを持つ鱗に覆われた、鞭の如くよくしなりよく伸びる、鋭く尖ったその尻尾は、それに加えてハムスケの意志で自在に動くのだ。

 ペシュリアンが必殺の意志を持って抜き放った”空間斬”の一撃は、ハムスケの身体へと到達するその前に、途中で伸びてきたハムスケの尻尾とぶつかって甲高い音を上げ……そのままくるくると巻き付いたハムスケの尻尾に絡め取られた。

 

「な……!!」

 

 兜の奥でペシュリアンの目が驚愕に見開かれる。ハムスケは自分の顔の横で尻尾に絡め取られた斬糸剣をまじまじと凝視すると、驚愕のため息をついた。

 

「ふわぁ~、びっくりしたでござる。世の中には中々変わった武器があるでござるなあ」

 

 そう言いながらハムスケが尻尾をぐいっと引っ張る。ペシュリアンはこのままでは自身の武器が奪われてしまう、そうはさせじと剣を持つ手にぐっと力を込めた。

 だが、それは悪手であった。むしろ彼はさっさと手を放し、副武器の短刀なりなんなりに持ち替えるべきであったのだ。人間では太刀打ちできぬ膂力で武器を引っ張られたペシュリアンは、剣を放そうとしなかったが故に上方に身体を引っ張られてたたらを踏む。そしてそれは、致命的な隙であった。

 

「えい、でござる」

 

 ぺきん。ハムスケがその前肢で、眼前に引っ張られてきたペシュリアンの頭を引っぱたくと。彼の顔は百八十度回転して後ろを向いた。ペシュリアンの身体から力が抜け、剣の柄から手がすっぽ抜ける。そのまま崩れ落ちるペシュリアンにもはや注意を払わず、ハムスケは前肢で尻尾に絡んだ斬糸剣をつかみ取った。

 

「へえー、見れば見るほど面白い武器でござるなあ。おっ、ぐにょぐにょ動いてなんだか気持ち悪いくらいでござる!」

 

 

 

「畜生!三対一とか卑怯だろ!!」

 

 マルムヴィストは叫んだ。既に彼の身体は大小各種の傷でズタボロである。彼が喚いた悲鳴の通り、正面にガガーランを抱えたまま、側背面からティアとティナが投げつけてくるクナイを捌ききれず、そこかしこに手傷を負っていた。

 

「へっ、何言ってやがんでえ。四人がかりで一人を襲おうとしてた癖によ」

 

 ガガーランが不敵に笑う。彼女の言う通りだ。ルールに則った試合で無い以上、数を揃えられなかった方が悪いのだ。

 

「正確には一人と一匹。忘れたらハムスケが怒る」

 

「それでも四対二だから意味は通じるー」

 

 ティアとティナが口々に茶化す。本来ガガーランで手一杯のマルムヴィストに、背後からクナイを投げつけるだけの簡単なお仕事ゆえ、既に余裕綽々である。

 

「ま、三対一で楽してるってのは確かだからな!さっさと片付けて他所の加勢に入るか!」

 

 ガガーランが気合いを入れると、暴風と化した刺突戦鎚(ウォーピック)が次々と振り回され、マルムヴィストは痛む身体に鞭打って必死でその一撃を躱す。

 

「ガガーラン。張り切りすぎはよくない」

 

「そいつは毒使い。かすり傷で致命傷なんだから、焦らず仕留めるべき。攻撃は私たちに任せて、回避に専念しててもいいくらい」

 

「っと、そういうわけにも行かねえなぁ!」

 

 忍者姉妹が注意を喚起するが、その言葉でガガーランはますます奮起する。そんな相手の様子を、絶望に染まった目でマルムヴィストは虚しく睨み付ける。

 その後のことは語るまでもない。奮戦虚しく、相手にかすり傷ひとつ負わせることもできないまま、マルムヴィストはクナイで動きを止められたところに刺突戦鎚(ウォーピック)の渾身の一撃を食らって吹き飛んだ。

 

 

 

「糞が!!」

 

 ゼロが雄叫びを上げて、ナーベラルとイビルアイを殺気の籠もった視線で睨み付ける。彼女たちの姿は、空中十メートルの高さで静止していた。<飛行>(フライ)の魔法で空中に浮かび上がっているのだ。

 <飛行>(フライ)の魔法を維持しつつ、空中から攻撃魔法を撃ち下ろしてくる熟練の魔法詠唱者(マジック・キャスター)。しかもそれが二人。もはや眼前に繰り広げられる光景は、戦闘ではなく狩りの様相を呈してきていた。

 

<雷撃>(ライトニング)

 

<結晶散弾>(シャード・バックショット)

 

「ぐぬうううう!!」

 

 ナーベラルが放った攻撃魔法を、超人的な反射神経で横っ飛びに躱す、その隙にイビルアイの攻撃魔法が襲い来る。あるいはその逆。単純だが強力な連携に、ゼロの体力はみるみる削り取られていく。

 

「破ぁああああーッ!!」

 

 ゼロが裂帛の気合いを込めて己の拳から握り拳大の気の塊を撃ち出す。モンクである彼が唯一使える飛び道具であるが、攻撃魔法と遠距離で撃ち合うにはそれはあまりにも頼りがない。イビルアイを狙ったその弾は、彼女の飛行制御により容易く回避される。

 

(しかし、この女とんでもなく精密な制御をこなすな……ちょっと真似できそうにない)

 

 <飛行>(フライ)を使う魔法詠唱者(マジック・キャスター)として、イビルアイが訓練したのはひたすら距離を取る動きだけに意識を割くという戦術だ。流石に攻撃魔法を撃ちながら複雑な動きはできない。だが、隣に浮かぶナーベラルは、遙かに複雑な軌道を描きながら自在に攻撃魔法を放っているように見える。どんな訓練をしたらあのように動けるのか、イビルアイにはちょっと想像がつかなかった。

 

「けえええええええええええーッ!!」

 

 そうする間にも、ゼロが今度は憤怒の叫びを上げ、高く高く跳躍する。大砲から放たれた砲弾の如き勢いで、地面を蹴り砕いて空中にいるナーベラルに殺到する。

 

「まあ、大した跳躍力だけど――」

 

 ナーベラルは慌てない。どれだけ高く跳んだところで、飛行ではなく跳躍だ。空中で位置を制御することはできず、素早く距離を取って遠ざかった彼女をゼロは歯ぎしりして見送った。所詮はやぶれかぶれの一撃であった。

 

「翼もないのに安易に跳ぶな、ってね。そら、<水晶騎士槍>(クリスタル・ランス)

 

 イビルアイが皮肉げに言って放った攻撃魔法に、またも体力を削り取られる。ゼロの顔が屈辱に醜く歪むが、彼のスキルでは空中にいる彼女たちに対抗する方法はない。詰んでいる。

 

「まあ、そろそろ飽きてきたし。もう終わりにしましょうか?」

 

 ナーベラルがそう声をかけると、イビルアイは頷いた。

 

「そうだな、構わんよ。だが、できれば生け捕りにしたいな。この依頼が罠だったと、証言がとれた方が盤石だ」

 

「そう?それじゃあ加減してみるわ」

 

 そう言うと、ナーベラルは両手に電撃を生み出した。

 

<魔法二重化(ツインマジック)()龍雷>(ドラゴン・ライトニング)

 

 敢えて最強化されなかった二頭の雷の龍が、タイミングをずらしてゼロに襲いかかる。地面を爆発するほど蹴り込んで跳び下がり、一頭を躱したゼロの身体を、二頭目の竜が追いすがって飲み込んだ。

 

「が……あ……!!」

 

 それがとどめとなり、ゼロが白目を剥いて地面にどうと倒れる。

 ナーベラルが地面に降り立つと、イビルアイもそれに続いて降り立った。

 

「五位階魔法の二重起動とは……たいしたものだ」

 

 それには答えず、ナーベラルはゼロを見下ろして言った。

 

「どうやらなんとか息はあるようね。……他の所も片付いたみたいだし、これでお終いか」

 

 それがそのまま、決着の言葉となった。

 

 

 




 やっぱり雑魚だったよ……ごめんなさい(六腕の)みんな……( ´∀`)
 多対多のバトルを書けないかと思ったんだけど難しいですね本当に。結局一匹ずつ撃破されるシーンの詰め合わせになってしまった。

 1/17 ナーベラルとイビルアイの滞空高度を五mではちょっと低いんじゃね、という指摘があったので十mに変更してみる。
 重要な点は二つで、身体強化したゼロがかろうじて飛びかかれる高度であることと、それをナーベラルが見てから回避余裕でしたになるだけの猶予があること。
 確かに五mだと鍛え込んだ戦士職なら楽々跳べそうな感じはするので、十mならゼロさんの面目も少しは立つんじゃないかな( ´∀`)?


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