ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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 前回のあらすじ:
 王大人「ツアレニーニャ・ベイロン、死亡確認!」



第二十九話:セイギのミカタ

「すいません『蒼の薔薇』の皆様!緊急事態です!オリハルコン級冒険者がスラム街の店先で暴れております!私共の手には負えませんので緊急で捕縛にご協力お願いできないでしょうか!」

 

 駆け寄って来るなり開口一番告げられた、その要請を耳にして、『蒼の薔薇』のリーダーであるラキュースは口に含んだカフェ・シェケラートを盛大に噴き出した。対面に座っていた忍者姉妹が自分たちにかかった飛沫に顔を顰める。

 

「ボス、汚い」

 

 ラキュースは激しく咽せながら水を一口飲み、気分を落ち着かせると口元をハンケチで拭ってから言った。

 

「え、ええ、ごめんなさい。……了解しました、とりあえず現場に急行します」

 

 立ち上がって使者の男にそう告げると、素早く装備を調える。他の四人もそれ以上無駄口を叩かず、同様に準備を済ませた。

 

「オリハルコン級冒険者って……あいつのことだよなやっぱり……」

 

「そうだな、そもそも昨日までは街中で暴れるような冒険者など王都には居なかった」

 

 揃って宿屋の外に歩き出しながら、ガガーランが漏らした呟きにイビルアイが答える。ラキュースは焦れたように頭髪を掻き回し、淑女には相応しくない唸り声を上げた。

 

「到着初日から一般人と暴力沙汰とか、問題児ってレベルじゃないじゃない!くそ、組合め、危険物をほいほいと押しつけやがって……!!」

 

「へいボス、口調が乱れてる」「淑女に似つかわしくない」

 

「いいわよ口調なんてどうでも!とにかく急ぐわよ、お願いするわイビルアイ」

 

「……わかった」

 

 

 『蒼の薔薇』の一行が現場に到着すると、かなりの距離を置いて建物を取り囲む衛兵達と、それを苛々した顔で睨むナーベラルの姿が視界に入ってきた。狭い道のこと、入り口近くの衛兵は大分近い距離に立たざるを得ないが、露骨なまでに腰が引けている。衛兵の方から何かすることはとてもできまい。つまりこれは、いつナーベラルがキレるか、という時間の問題であった。幸い、致命的に破局する前にラキュース達の到着が間に合ったのだが。

 

「これは何事ですか!?」

 

 更に遠巻きにして様子を窺う野次馬を掻き分け、衛兵達に頷きながらラキュース達が最前線に進み出ると、ナーベラルの視線がラキュースを捉えた。その剣呑な眼光に、ラキュースが思わず唾を飲み込む。

 

「み、見ての通りだ!その女が店に殴り込んできて、従業員の大部分と一部の客を皆殺しにしちまった!そこの壁だって魔法で吹き飛ばされたんだ!早くそのテロリストを始末してくれ!!」

 

 『蒼の薔薇』の到着に気を大きくしたのか、衛兵達の背中に隠れた店の従業員らしき人相の悪い男が声を高くした。ラキュースがその男の方を見、壁に空いた大穴を見、そしてナーベラルの方に目線を戻すと、彼女が険悪な表情で口を開く。

 

「……何、やる気?」

 

 その言葉にガガーランと忍者姉妹が武器に手をかけたが、ラキュースが彼女たちの前に手を突き出してそれを制する。

 

「いいのかリーダー?」

 

「短絡的に動くには彼女はあまりにも厄介な相手だわ。みんなもそういう評価だったでしょう?まずは状況を確認しなくては」

 

 ラキュースはガガーランにそう囁くと、ナーベラルに問いかけた。

 

「ガンマさん」

 

「……何?」

 

「仮にもオリハルコン級冒険者が理由もなくこのような凶行に走ったとは信じたくありません。まずはあなたの言い分を聞かせてくれないかしら」

 

 その言葉を聞き、ナーベラルが反応するより早く従業員の男が激高して喚き立てる。

 

「ふざけるな、さっさと殺せ!テロリストの口上に耳を貸すな!それとも組合は身内の犯罪を庇う気なのか!?」

 

 その叫びに含まれた、一見怒り心頭という様子の裏に潜む僅かな焦り。それを感じ取ってラキュースは内心眉を顰める。目の前で思案顔のナーベラルに言葉を重ねる。

 

「言い分がないのであれば、そこの彼の言うとおりあなたはただのテロリスト、ということになってしまうわ。それでもいいのですか?いいと言うなら、冒険者の名誉を守るため、あなたを処分しなくてはなりません。よくないのなら理由を聞かせてください」

 

「理由ね……」

 

 ナーベラルは首を捻って、そもそも何が発端だったのか考える。少しの間を置いて、最初に起こったことを思い出した。

 

それ(・・)のせいよ」

 

 そう言ってナーベラルが、扉の影に転がった布袋を指さすと、「うっ」と衛兵の影から呻きが上がった。蒼の薔薇の面々は顔を見合わせると、なにやら後ろで喚き立てる男の声を完全に無視して、ナーベラルの前を通ってその袋の周囲にかがみ込む。

 

「こりゃ酷えな……」

 

「まだかろうじて息はあるようだが……おい、ラキュース!?」

 

 ガガーランが呻き、イビルアイが冷静に観察するその女性の惨状を目にした瞬間、ラキュースの頭は真っ白になった。

 

<小治癒>(マイナー・ヒーリング)

 

 全く後先を考えず、回復魔法を女性にかける。組合員が無償で回復魔法をかけるのを禁ずるという規則は、たとえばラキュースがこの女性に支払えるはずもない代金を無利子無期限で貸し付ければ見逃して貰える程杜撰な仕組みではない。治癒魔法による治療は神殿の縄張りに踏み込むため、なあなあで済ませられる問題ではないからだ。彼女がアダマンタイト級冒険者で、かつ王国貴族の令嬢でなければ、とっくにワーカー落ちしていたに違いない短絡的な行動であった。

 

「……みんな」

 

 そのラキュースが低い声を出すと、蒼の薔薇の一同が彼女の近くに耳を寄せた。

 

「私はあの子の味方をするわ。……異論のある人は今のうちに言って」

 

 その言葉を聞いて、ガガーランがやっぱりな、というように肩をすくめる。

 

「そう言うんじゃないかと思ったぜ。リーダーの好きなようにしな」

 

「……私も構わん。成る程、このようなものを見せられては女性として堪忍袋の緒が切れても不思議はあるまい」

 

 イビルアイも頷き、忍者姉妹はそれほど感情的にはならないものの、「ボスの言うとおりにする」と言って首肯した。ラキュースは一同を見回して満足そうに頷くと、にっこり笑って宣言した。

 

「みんなありがとう。では私たち『蒼の薔薇』は、今現在からガンマさんの味方をします」

 

 ラキュースはそう言って立ち上がると、明らかに雰囲気が変わったのを不思議そうな目で眺めていたナーベラルに歩み寄った。

 

「ガンマさん!」

 

「は、はい?」

 

 ラキュースの瞳の奥に燃え上がる炎に気圧されて、ナーベラルが一歩下がった。ラキュースはそんな様子に委細構わず、彼女の両手をとって自分の両手に包み込み、固く握りしめる。

 

「到着早々不愉快な思いをさせてごめんなさい!この事態は私たち、王都住民の不徳の致すところです。でも安心してね、私たちが知った以上、決して悪いようにはしませんから!」

 

「……?」

 

 完全に予想外の台詞に、疑問符を頭の上に浮かべて硬直するナーベラル。そんな彼女の肩を、近づいたガガーランが抱き寄せて抱え込んだ。ばんばんと彼女の背中を叩いて言う。

 

「お前、済ました顔して意外と熱いヤツだったんだな!30点とか言って悪いな!後は俺らに任せとけ!」

 

「……私も謝罪しよう。正直君のことを誤解していたようだ」

 

「!?」「!?」

 

 そう言って頭を下げるイビルアイ。何が起こっているのかさっぱりわからず、目を白黒させながら、きょろきょろと左右を見回して困惑するナーベラル。そんな彼女の両腕に、左右から忍者姉妹が抱きついて「ひゅーひゅー」「そこに痺れる憧れるー」などと囃し立てる。

 

「ふ、ふざけるな!組織ぐるみで犯罪を庇うというならもはや組合とてただでは済まんぞ!!」

 

 そんな様子を当然看過できなかったのは従業員の男である。そのように叫ぶも、ラキュースの苛烈な視線に晒されてうっと言葉に詰まる。

 

「彼女の犯罪を庇うのではありません、あなたの犯罪を見逃す気がないだけです。……衛兵、その男を捕らえなさい。違法営業の現行犯としてこの娼館を摘発します」

 

「なっ……!!」

 

 絶句した男を、とりあえずという感じで半ば思考停止した衛兵達が取り押さえた。そのまま衛兵達を指示して、ラキュース達が建物の中を捜索する。中で発見された、サキュロントが縊り殺した娼婦の死体や、明らかに非人道的で変態的な数々のプレイに晒される娼婦達の現場を押さえ、『蒼の薔薇』の一同は鬼畜の所行に怒りを新たにし、ナーベラルへの称賛を高めた。そのまま息も絶え絶えの娼婦達を保護し、非人道的な享楽に興じていた裸の男達を捕縛させる。

 

 この娼館は『八本指』の強力な保護下にあり、普通ならば摘発されることはあり得ない。だが、『八本指』の保護は、あくまでも裏からこっそり手回しされたものであり、違法行為を公然と適法にすることを可能とする物では無い。

 例えば市民の告発を握りつぶすとか、官吏の捜査を闇に葬るとか、そのような形で公的機関の動きに掣肘を加えることはできるし、当然のように今までそのようにして何度も法の正義が執行されるのを邪魔してきた。だが、こうして大々的に衆目にさらされてしまえば、その場の形だけでも法に従って行動するのを止められる性質のような物では無い。

 ラキュースの指示に従って、遠巻きにしていた野次馬の間に、忍者姉妹がこっそりとたぶんに美化された状況をばらまくと、野次馬達の間から称賛に満ちた歓声が上がる。民衆を味方につけておけば、後々自分たちを切り捨て処分するのもやりにくくなることが期待できるというイビルアイの強かな入れ知恵に基づく工作だ。

 

 こうして。危うく「到着初日に民間の施設を襲撃して破壊したテロリスト」扱いになる寸前だったナーベラルの評判は、「到着早々、奴隷売買に連なる薄汚れた行為で攫ってきた娼婦に非人道的な扱いを強いる違法な娼館の営業を発見し、殺されかけた娼婦に同情してこれを叩きつぶした正義の冒険者」として世間には認知され。

 オリハルコン級冒険者ガンマ、それに協力した『蒼の薔薇』、そして冒険者組合の王都における評判を高める結果となったのである。

 

 

 闇夜に溶け込むように怪しげな一団が居た。

 摘発された娼館の、全ての物品が証拠物件として運び出された、そのがらんどうの空間に開け放たれた扉を前にして、五人の男女が集まっている。

 筋骨たくましい屈強な男、見目麗しい優男、薄衣を纏った女、姿形をローブの奥に完全に隠した人影、そして全身鎧(フルプレート)の者である。

 

 本来ここに居るはずの見張りの兵士達は、彼らの闇の権力が手を回した結果遠ざけられている。

 

「ふざけた話だ。本来この娼館が落とされたところで、もはや斜陽産業である奴隷売買が痛手を受けても『八本指』自体の痛手にはならぬ。俺たちには本来たいした関係を持たぬ話だというのに……」

 

 そう言った巌のような男は”闘鬼(とうき)”のゼロ。『六腕』のボスであり、つまり王国裏社会の頂点に立つ戦闘者だ。

 

「ふふ、それが、たまたま?サキュロントのお馬鹿がオフを過ごしていて巻き込まれたばっかりに、私たちの方まで変な飛び火が来るとはねえ」

 

 そう言って笑った薄衣の女は”踊る三日月刀(シミター)”のエドストレーム。同じく『六腕』の一員であり、五本の剣を自在に操る常人離れした才能の持ち主である。

 

「負けるくらいなら逃げていれば……いや、助けを求められておいて逃げ出したらそれはそれで『六腕』の名に傷がつくか。いずれにせよ、奴が負けて死んだせいで、我々『六腕』の面子は大きく傷つけられたというわけだ。忌々しい話だがな」

 

 全身鎧(フルプレート)の男がそう言った。彼の名は”空間斬”のペシュリアン。空間を切り裂くとも言われる「見えない斬撃」が異名の由来である。

 

「それも、よりにもよってたかがオリハルコン級の冒険者一人にな……!!せめてアダマンタイト級冒険者チームのフルメンバーに追い込まれた、というのであればまだ言い訳も利くというものだが、オリハルコン級冒険者と一対一(サシ)でやり合って一方的に殺されたとか、ふん、これで『六腕』がアダマンタイトに相当する、という評判に疑問符がついたのは間違いない。死んでなければ俺が殺してやりたいくらいだ」

 

 軽薄そうな優男が、その雰囲気に見合わぬ怒りを湛えて吐き捨てた。”千殺”マルムヴィスト、刺突に特化した暗殺者であり、強力な毒を使いこなす危険な男である。

 

「……まあ待て、俺に考えがある」

 

 最後の一人、裾の部分が炎を象った深紅の糸で縁取られた黒いローブの中にその姿を隠した人影がそう言うと、全員の視線がそれに集まった。

 

「……何か考えがあるのか。聞こう」

 

 ゼロが頷いて続きを促すと、それに頷きを返して人影は言った。

 

「一石二鳥の案だ。……俺が思うに、サキュロントのような雑魚を栄光ある『六腕』に入れておくから今回のような問題が起こる、違うか?そこでまず確認したいのだが、この中にサキュロントの馬鹿の仇を討ってやりたい、そのように思っている奴は居るか?」

 

 フードの影が周囲を見渡すと、沈黙と苦笑を持って迎えられた。男は頷いて続きを口にする。

 

「……フフ、当たり前だが居ないようだな、結構。ならば言おう、そのガンマという魔法詠唱者(マジック・キャスター)を、奴の後釜として『六腕』に迎え入れてはどうだ?聞けば、その女、アダマンタイト級に上がるために王都へ来たそうではないか。ならば今オリハルコンだからと言ってその強さに疑問はあるまい。……『六腕』のサキュロントを破ったからガンマをその地位に迎え入れた、そういう形になれば『六腕』の面目は傷つくまい?」

 

 それを耳にした一同に納得と当惑の入り交じった雰囲気が広がる。ペシュリアンが疑問を口にした。

 

「確かに、そいつが仲間になれば後釜の問題は解決するし、『六腕』メンバーが倒された問題も、倒した当人が新しいメンバーになったということであれば一々ケチをつける奴もいないだろう。おまけに表の顔がアダマンタイト級冒険者の『六腕』メンバーと言うのも、実現すれば実に使い手がありそうだ。……だが、仲間になるかなその女?」

 

「……世間では義憤に燃えた正義の味方、ということになってはいるが、俺の見るところ、今回の一件は不幸な遭遇戦だ、という気がするな。いずれにせよ、駄目なら改めて叩き潰せばよい。とりあえず俺が勧誘の為に接触する、そういう段取りでどうだ?同じ魔法詠唱者(マジック・キャスター)として価値観を共有しているだろうし、『六腕』に所属するメリットを呈示してやれるだろう」

 

 それを聞いて、今度はエドストレームが首を傾げた。

 

「まあ、一理あるけど。でもあなたで大丈夫なの?はっきり言って、別の問題があるでしょうあなたには」

 

 そうすると、ローブの男より先にマルムヴィストが答える。

 

「その問題は、ある意味ではデイバーノックこそが適任だろう。奴のような存在すら『六腕』に居るという事実は脅しが効くだろうし、第一うんと頷かれた後でこんな化け物が仲間にいるなんて聞いてない、やっぱり抜けるなどと騒がれる方が鬱陶しいからな。ならば前もって教えておくのも手だろうよ」

 

 一同が大体納得した雰囲気になったところで、ゼロがまとめに入る。

 

「……ふん、大体の方針は決まったようだな。では、とりあえずの交渉、任せたぞデイバーノック」

 

「おお、任された」

 

 そう言うと、『六腕』が一人、”不死王”デイバーノックは、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の証たるフードの奥に覗く骸骨の頭、その虚ろな眼窩の中に揺らめく赤い光を燃え上がらせて静かに笑った。

 

 

 




 仲間から死体蹴りされるサキュロントさん可哀想……( ´∀`)
 とりあえずこの場は命を拾ったツアレさんですが、ナーベちゃんに関わる気は一切無い……というか、セバスが居ないから彼女にそれほど明るい未来はないです。ラキュースが最低限の保護をしてくれるけど、まず現地技術で堕胎せにゃならんしなあ。


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