ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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 前回のあらすじ:
 イビルアイ「……注目すべき同業者の情報を集めていないとなれば、それこそ『蒼の薔薇』のメンバーとして失格だろうな」
 ナーベラル「『蒼の薔薇』?……なにそれ」



第二十七話:蒼の薔薇

 ナーベラルが王都を訪れて無事入門し、とりあえず組合に挨拶に向かうと、受付で『蒼の薔薇』の面子と会談してくるように言われた。

 説明された道順に従って、ハムスケが注目を集めながら大通りを歩いていく。通行人の驚嘆と畏怖の視線を一身に集めるハムスケは、まんざらでもなさそうだ。鼻をぴくぴく膨らませながら心持ち顔をつんと上げて格好をつけるハムスケを、どうでもよさそうに隣を歩くナーベラルは一瞥した。

 やがて、横手に一つの冒険者向けの宿屋が見えてきた。広大な敷地には宿泊施設、馬小屋、日々の鍛錬に使えそうな広さの庭がある。外観は調和を考え抜かれた美しいデザインであり、透き通ったガラスが嵌め込まれた窓から僅かに見える内装もまた見事な調度品が揃えられているのが窺える。「冒険者向け」という前提条件を抜きにしてすら王都における最高級と言えるこの宿屋が、アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』の王都における活動拠点であった。

 

「うひょー、見てくださいでござる姫、この宿屋の入り口大きいでござるなあ!これならそれがしでもくぐれそうでござるよ!」

 

 ハムスケが宿屋の門構えを見てはしゃぐのを、ナーベラルは窘めた。

 

「落ち着きなさい、門番が怯えているわ。……あなたが物理的に入れる、ということは必ずしもルール的に入って良い、ということには繋がらないのだから少し待ちなさい、聞いてみるから」

 

 彼女の言葉通り、入り口の左右に立つ警備兵は二人とも、ハムスケの威容に完全にびびって腰の剣に手をかけていた。ナーベラルはその様子を無視して警備兵に声をかける。

 

「……エ・ランテルから来たオリハルコン級冒険者のガンマだけど、この中に『蒼の薔薇』の人は居るかしら」

 

 その言葉を聞いて、警備兵は腰の剣から手を放して居住まいを正した。ナーベラルの首から下がったプレートをちらりと一瞥して答える。

 

「あっ、はい、承っております。皆様お待ちですのでどうぞお入りください」

 

 ナーベラルが扉を開けると、一階部分を丸ごと使った広い酒場兼食堂が視界に飛び込んでくる。その中に居た冒険者達の視線が彼女に集中する。その数は広さに対して多いとは言えず、むしろ少ない。そのことは、このような場所を定宿にできる上位の冒険者の少なさを示していると言えた。

 『蒼の薔薇』が座っている場所はすぐに見当がついた。獣の群れに一匹魚が混じり込んだような強烈な違和感を放つ者が一人いる。そいつが座っているテーブルの五人がそうだろう。人数も聞いたとおりだ。だが、ナーベラルはとりあえずそのことを無視し、給仕の娘に声をかけて捕まえる。

 

「ねえ、ハムスケ……そこにいる魔獣のことなんだけど」

 

「あっ、はい、使役魔獣ですか?ご安心ください、当館では、様々な使役魔獣に対応できるよう、厩舎の設備も充実しております!」

 

「あ、そうじゃなくて……本人はこっちに入って見たがってるんだけど、この食堂に入れても良いかしら」

 

「は……?」

 

 お決まりの口上で対応しようとしたらしいウェイトレスは、予想外の台詞を受けて固まった。思わず入り口の方に視線をやると、大人しく扉の向こうから鼻先だけを戸口に突っ込んで中の様子を窺うハムスケと目が合った。

 

「お願いでござるよー。それがしもたまにはこういう建物の中に入ってみたいのでござる」

 

「シャ、シャベッタアアアアア!?」

 

 視線が合ったのでとりあえず、ハムスケがお願いしてみると、ウェイトレスは仰天して飛び上がった。彼女は人語を操るほどの高等な魔獣を見たことがなかったのだ。

 

「えっと、あの、その、困ります、いえ……」

 

 マニュアルを外れた事態に途端にしどろもどろになったウェイトレスをどうしたものか、という目つきで眺めるナーベラル。するとその時、背後から救いの手が入った。

 

「私からもお願いできないかしら」

 

 ナーベラルが肩越しに目をやると、先程目をつけたテーブルに座っていたうちの一人、金髪の淑女がいつのまにか背後に歩いてきていた。

 

「初めましてガンマさん。『蒼の薔薇』のリーダーのラキュース・アルベイン・デイル・アインドラです。……ねえ、今から私たちはオリハルコン級冒険者のガンマさんと面談しなくてはならないの。彼女が普段からあの魔獣を連れ回しているんだったら、あの子も一緒に居てくれた方が私たちにとっても都合が良いんだけど、駄目かしら?」

 

「えっ、あう、その……」

 

 結局ウェイトレスはあえなく撃沈し、もっと上の役職の人間と話した結果、とりあえず食堂には入れていいこととなった。

 

「ありがとうでござるラキュース殿!このハムスケ、感謝を捧げるでござるよ!」

 

「あら、ハムスケさんと言うの。よろしく」

 

 そう言いながら、ラキュースは二人をテーブルに案内する。勧められるままに着席すると、六人掛けのテーブルに、左右を忍者娘に挟まれて、対面にはラキュース、相手の左右にはガガーランとイビルアイという席順となった。ハムスケはテーブルの横に身体を丸めて伏せる。

 

「じゃあ、簡単に紹介するわね。私がリーダーのラキュース、信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)の神官です。こっちのごついのが戦士のガガーラン、そっちのちっこい仮面があなたと同じ魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)のイビルアイです。あなたの左右に座っているのが忍者のティアとティナ。どうぞよろしく」

 

「よ……よろしく……?」

 

 立て続けに人名を流し込まれて、目を白黒させるナーベラル。ミッフィー顔できょろきょろ左右を見回すが、さっぱり顔と名前が一致しない。内心パニックになりかけて、左右から忍者姉妹がべたべたと触ってくるのにも反応する余裕がない。

 

「えいー」

 

「あっ、こら失礼でしょ……!?」

 

 そうしてると隣のティアがナーベラルのフードを引っぺがし、蒼の薔薇の一同が中から現れた美貌に息を呑んだ。同性でも感嘆で釘付けになる彼女の美しさに圧倒されて、一同が思わず黙り込む。その間にどうにか内心を立て直したナーベラルが息をつく。

 

「……とっくに知っているようだけど、魔法詠唱者(マジック・キャスター)のガンマよ。そこのがハムスケ。えーと、昔は『森の賢王』と呼ばれていたらしいわ」

 

「森の賢王……トブの大森林にその名を轟かせたという、伝説の魔獣か……!!」

 

 『森の賢王』の武名も、遠く離れた王都まではあまり届いていなかったらしく、反応を示したのはイビルアイ一人だった。

 

「知っているのかイビルアイ!!」

 

「……トブの大森林に昔から居る魔獣で、ただ一匹で大森林の南部を支配し侵入者を皆殺しにするその強さは類を見ないほどのものらしい。昔と言っても、二百年前にはそんなモンスターは居なかったという話もあるがな」

 

「へえー。そんな魔獣をどうしてお前さんが連れているんだ?テイムしたのか?」

 

「……森の中で喧嘩を売られたから、ぶちのめしたら懐かれたのよ」

 

 大分端折って答えたナーベラルの答えに、一同が感心したような眼差しを向ける。おどけた態度だが、ハムスケの存在感はこれでなかなか圧倒的である。ラキュースの目から見ても相当強大な魔獣であると思われた。それをおそらく一人でぶちのめしたとさらっと言ってのけるナーベラルの実力は底知れない。

 

「では、自己紹介も済んだところで。面談をすると言いましたが、私たちとしてはあまり堅苦しいものにすることは望みません。あなたが王都に来た歓迎会も兼ねて、一緒に食事をしながら親睦を深めたいと思います。歓迎会なので代金は奢らせて頂くわ」

 

 気を取り直してラキュースがそう言って手を叩くと、一同が頷く。そして懇親会が始まった。

 

 

「……どうだった?」

 

 ナーベラルがその場を立ち去った後に、ラキュースが水を向けると、まずガガーランが答えた。

 

「そうだな……70点」

 

「あら、意外と辛口ね?普通のオリハルコン級ならそんなものかもしれないけど、私にはその程度だとは思えなかったけれど……」

 

 ラキュースが首を捻ると、ガガーランがそれに答えた。

 

「置物として見りゃ100点だが、どうにもあの辛気くさい不幸面はいけねえな。総合的に見りゃあ、リーダーの方が上だろう」

 

「うん、あの女絶対マグロ。おそらくベッドの上ならボスの方がよっぽど激しく……痛てっ」

 

 ガガーランの言葉に重々しく頷いて追随しようとしたティアの頭に、顔を真っ赤にしたラキュースの拳骨が落ちる。

 

「誰が女性としての評価をしろなんて言ったのよ!!」

 

 喚くラキュースをまあまあと宥めるティナ。ガガーランがにやりと笑って言った。

 

「ま、冗談はさておき。……80点」

 

「ん、冗談抜きでそれ?とうとう脳味噌まで筋肉に汚染?」

 

 不思議そうに首を傾げたティナに、ガガーランはチッチッと指を振る。

 

「慌てんなって。俺に魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての実力なんて分かるわけねえだろ。俺があの娘を戦士職として評価したらって話だ」

 

「それって、ちょっと……!?」

 

 その言葉が持つ重大性に、ラキュースが腰を浮かす。

 

「そうだ、あの娘そうとうヤベえぞ?例えば俺が首尾良く接近戦に持ち込んでも、俺の全力攻撃を凌いで再び距離を離すことも十分できるだろうな。そもそもあのハムスケって魔獣もヤベえ。あいつだけでも俺が勝てるかどうかわからんのに、あの娘はそれを生け捕りにできるだけの実力があるってことだからな」

 

「……つまり、使役(テイム)系の特殊スキルを使ったのでも無い限り、ガガーランを使役するのも容易い、ということか」

 

 ティアが引き取ると、その言い草にガガーランが顔を顰める。ラキュースは、これまで沈黙を守る仮面の魔法詠唱者(マジック・キャスター)に顔を向けた。

 

「じゃあイビルアイ、あなたから見てどうだった?同職としての意見を聞かせて貰いたいわ」

 

「……わからん」

 

 肩すかしの言いぐさに抗議しようとするラキュースを制してイビルアイは言葉を続ける。

 

「落ち着け。私に実力を読み切らせないというそれだけでも、既に私と同格の力があるという可能性が高いということだ。アダマンタイト級冒険者イビルアイ、ではなくこの私(・・・)とな」

 

 第三者が聞けば意味不明な言い草であったが、その言葉に周囲の全員が緊張した顔つきになる。冷や汗を流しながら、ラキュースが呟く。

 

「あなたにそこまで言わせるとはね……私たちの手に負えるのかしらあの子」

 

 そう言いながらも、気を取り直してラキュースは話題を変える。

 

「じゃあ実力以外の面はどうだった?何か気づいたことや思ったことがあったら何でも言って頂戴」

 

「ふむ……人格は30点だな。おおまけにまけて」

 

 すかさず言い放ったイビルアイの台詞に一同が苦笑する。酷い言い草だが同感だ、そんな顔つきであった。

 

「……名前覚えるの苦手そう。私たちを呼ぶとき、いちいち言い淀んでた」

 

「そういえばそうね。まあ、私たちが覚える名前は二つで、向こうは五つなんだから不公平ではあるのだけど……」

 

「ふん、だが仮にも魔法詠唱者(マジック・キャスター)が、たかだか人の名前五つ程度も覚えられんとは情けない話だな」

 

 ティナの台詞を受けてラキュースがとりあえず擁護したのを、イビルアイがばっさりと切り捨てる。

 だが実態はもっと酷かった。ティナが「言い淀む」と表現した、ナーベラルが蒼の薔薇の面子を呼ぶ前の僅かな空白。それは、彼女が<伝言>(メッセージ)ハムスケに名前を聞く(カンニングする)間の時間だったのである。

 

「まあともかく、私たちの印象だけでは組合も納得しないでしょうからそれなりの依頼を一度一緒にこなさないといけない訳だけれど……この分なら相当の難易度でも大丈夫そうね」

 

「そうだな、一緒にクエストをやればまた別の問題も見えてくるかもしれん。とにかく次になんか依頼を受ける際に連れてくって感じになるか」

 

 ラキュースがそうまとめると、ガガーランが応じて締めくくりとなった。

 

 

 宿屋を出たナーベラルは一人で通りを歩いていく。

 ハムスケはそのまま宿屋に部屋を取って置いてきた。ラキュースがお願いしたためである。

 

「ハムスケさんのことなんだけど……できればあまりむやみに街中を連れ回さないで欲しいのだけれど。王都だから貴族の馬車とかも珍しくないし、そういう相手の馬を怯えさせて事故になったりすると結構なトラブルの元になるから。お願い」

 

 そう言った彼女の台詞を、とりあえず今は受け入れた形である。アダマンタイト級に昇格するまではあまり露骨に逆らわない方が良い、ナーベラルにもその程度の打算はある。まあ、だからといってずっと馬小屋に閉じ込めておくのは可哀想なので、首尾良く昇格したら連れ回してやろうとは思っているのだが。

 

 ナーベラルが目的地に着くと、その屋敷の呼び鈴を鳴らした。程なく扉が開き、品の良さそうな白髪の老人が顔を出す。

 

「はい、どちら様でしょうか?」

 

「……ストロガノフは居るかしら?」

 

 その台詞に老人は眉を顰めた。ナーベラルが言ったその名前が、おそらくこの屋敷の主人であるガゼフ・ストロノーフのことを示しているであろうことは彼にも理解できる。だが、敬愛する主人の名前を無造作に間違えられることを許せる程、老人に忠誠心は不足していなかった。目の前のフードも取らない無礼者を内心で敵認定する。

 

「……そのような方は当屋敷にはおりません。場所をお間違えではないでしょうか?」

 

 とりあえず名前を間違えるのは論外だ、という意思を込めてそのように返答し、目の前の怪しい女に冷たい視線を注ぐ。ナーベラルはその返答を聞いて、不思議そうに首を傾げた。

 

「おかしいわね、確かに王国戦士長の屋敷の場所を聞いた筈だけど……?まあいいわ、別に大した用じゃないし。邪魔したわね、それじゃ」

 

 そう言ってナーベラルは踵を返す。そのあっさりした態度は予想外だったため、老人は内心若干慌てた。彼女がガゼフ・ストロノーフを訊ねてきたのは間違いない、名前を間違えたくらいのことで家令が追い返してしまって本当によいものか今更不安になったためだ。ガゼフは現在本当に不在なので、呼んでくることもできない。

 

「あのっ、あなたのお名前は……?」

 

「……? ガンマよ」

 

 なんで場所を間違えているのに名前を確認するのだろう、そう思って怪訝な顔をするナーベラルに、それ以上言葉をかけることもできず。老人はナーベラルが歩み去るのをそわそわと見送った。

 後程、ことの顛末を恐る恐る報告されたガゼフはこの老人を叱ったものか、あらかじめ言い含めておかなかった自分の迂闊さを呪うべきか、それとも妙に臆したりせず名前の間違いを訂正しておかなかったのが悪いのか、胃を痛めながら悩むことになる。

 

 

「……ここ、どこかしら」

 

 ナーベラルの額を汗が一筋、流れ落ちた。ガゼフの家から追い払われた後、見かけた店の売り物などを確認しながら気の向くままに散策していたナーベラルは、いつしか己が自身の現在位置を見失ったことに遅まきながら気がついた。

 薄汚れた狭い路地の様子を見渡すに、かなり治安の悪い区画に来てしまったらしい。別にそんなことを問題にするナーベラルではないが、彼女がとった宿は明らかに王都でも最も治安の良い場所である。そこまでどうやって帰ったものやら。

 最悪の場合、<飛行>(フライ)で飛び上がれば簡単に帰還することが可能である。だがまあ、それは最後の手段だ。街中でむやみに魔法を行使することがまずいこと自体はナーベラルも認識はしている。必要であれば歯牙にもかけないことだが、迷子になって帰り道が分からないので空を飛びました、ではいかにも外聞が悪い。昇格審査にだって影響するかもしれない。

 せめて、そうするにしても夜陰に紛れてこっそりやるべきだ。日が落ちるまでは適当に道を探そう。そう結論を出すと、ナーベラルは適当にその辺を彷徨い始めた。あてずっぽうで通りを進み、角を曲がる。最悪いつでも帰れると思えば気楽なものである。無造作に道を進んでいくと……ふと、進行方向の先にある、窓がなく背の高い建物が目に留まった。大きな鉄の扉が今丁度、開け放たれている。

 中から大きい布袋が外に放り出され、どさりと音を立てて落ちたその袋はぐにゃりと形を変えて地面にへばりついた。

 

 

 




「馬鹿め、アインザック(の胃)は死んだわ!次は貴様の(胃の)番だガゼフ!!」( ´∀`)


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