ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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前回のあらすじ:
 ブリタ「あれが”人間台風”(ヒューマノイド・タイフーン)か……憧れちゃうな冒険者として」
 仲間達「おい、やめろ馬鹿。その二つ名は早くも終了ですね」



第二十四話:イグヴァルジのゆううつ

 組合からミスリル級冒険者チーム『クラルグラ』に対する指名依頼があると聞き、己の名前を売り込むチャンスであると大いに張り切ったリーダーのイグヴァルジが、内容の説明を受けるために案内された会議室に入ると。何故か席に座っているナーベラルが視界に飛び込んできて、イグヴァルジは眉を顰めた。

 

「……おい”紫電の魔女”(ライトニング・ウィッチ)、なんで貴様がここに居るんだ?今から俺たち『クラルグラ』に対する組合の指名依頼の説明があるんだ、部外者は出ていって貰おうか」

 

 ナーベラルに対する隔意を隠そうとするそぶりすらなく、余人が本人には言いよどむ二つ名で呼びかけるその様は、”紫電の魔女”(ライトニング・ウィッチ)がエ・ランテルに轟かせている悪名の内容を思えば、蛮勇と言って良いレベルの勇敢さとは言えた。まあ、周りが勝手に憚っているだけで、ナーベラル本人がその二つ名になんらかの反応を示したことは無いのだが。

 

「大丈夫ですよイグヴァルジさん!ガンマさんは部外者じゃなくて当事者ですから!」

 

 なんという名前だったか、やたらハイになった様子で叫ぶ受付嬢に若干引きつつ、イグヴァルジはその発言内容を吟味して顔を顰める。

 

「おいおい、それはつまり、今度の依頼はこの魔女と共同作戦ってことか?勘弁して貰いたいもんだね。どんな内容かは知らないが、ウチのチームだけで大概のことはこなせる自信はあるんだぜ?」

 

 このイグヴァルジには夢がある。いずれはオリハルコン、さらにはアダマンタイトという英雄の領域に辿り着き、かの十三英雄、世界を救った英雄達と肩を並べる存在にまで上り詰めるという夢だ。

 誰もが子供の頃一度は憧れる詩人の英雄譚(サーガ)に謡われる英傑達――逆に言えば、大人になるにつれそれらの憧れはいずれしぼんで消えてしまうものではあるのだが、その憧れを捨てず、夢へと向かう原動力へと変えて己の心を燃やし続けるイグヴァルジは、確かに希有な存在ではあった。

 そしてだからこそ、自分たちが夢見て、血反吐を吐きながら必死の鍛錬と命をかけた冒険を繰り返し、一段ずつ徐々に昇ってとうとうミスリル級という十分に非凡な領域まで辿り着いた階段を。銅級として登録した翌日にもう、一気に彼を上回るオリハルコン級に、彼の存在を無造作にひょいと飛び越えていったナーベラルの存在を認められる筈がなかったのである。

 それも何か巨大な功績をあげたというわけですらなく、第五位階の魔法を使えるという()()()()()()()で、アダマンタイトまでが確約された存在など許せるものでは無かった。「それだけのこと」がどれだけのことであるかは、この時点でのイグヴァルジには本当の意味では分からない。

 

 ともかく、そういうわけでナーベラルへの敵意と嫉妬を隠そうともしないイグヴァルジの態度は、非常に大人げないものとなったが、ナーベラルもイシュペンも、まるで意に介した様子が無かった。お前の意向など知ったことかというその態度は、さらにイグヴァルジの神経を逆撫でする効果しか生まなかったのだが。

 

「するってえと何か!?そこのお偉い魔女様が、俺たちがそいつの盾になるのに相応しい実力があるか確かめる為の共同依頼だってか!?へっ、馬鹿馬鹿しいやってられっか!!」

 

 そして、依頼内容の説明を受けたイグヴァルジは激高して吐き捨てた。彼の表現にはやや悪意があるがその内容に虚偽はない。ナーベラルがパーティを組むメンバーを探すために、とりあえずエ・ランテルでは最高峰であるミスリル級チームと一緒に仕事をしてその実力を検分して貰おう、端的に言えばイシュペンの立てた企画はそのような物であったので。

 椅子を蹴立てて立ち上がったイグヴァルジを、イシュペンが誰何した。

 

「おや、どうしたのですイグヴァルジさん、どちらに行かれるので?」

 

「はっ、今言っただろ、やってられっかこんな依頼!帰らせて貰うぜ!」

 

 嫌悪を露わにして吐き捨てるイグヴァルジの様子にも慌てることなく、イシュペンは頷いた。そしてわざとらしいほどに大真面目な顔を作って、皮肉げな声をかける。

 

「成る程、まあ分際を弁えるのも生き残るには重要な秘訣ですからね。……『クラルグラ』は実力に自信がないから辞退、と」

 

「んだと……?」

 

 そう言って手元のメモになにやら書き込む。あまりにも安い挑発であった。安い挑発ではあったが、イグヴァルジにもそれを流せないだけの理由がある。

 ともかくも組合からの指名依頼なのである。それを目の前の受付嬢に、自信がないから断るそうですなどと上に報告された日には、今後の組合からの評価が一段下に落ちかねないことを意味する。ましてや、今の口ぶりでは、『天狼』と『虹』にも同様の依頼をすることは確実、そうなった暁には『クラルグラ』が他の二チームよりも下であると見られることにもなりかねない。

 イグヴァルジは歯ぎしりして立ち止まると、踵を返してどかっ、とばかりに音を立てて席に戻った。

 

「……そんな風に思われるのは心外だ。いいだろう、その安い挑発に乗ってやる」

 

「そうですか?ありがとうございます。では詳細を詰めますが……」

 

 とぼけたように笑うと、イシュペンはイグヴァルジとの打ち合わせを始め、依頼の詳細を詰めていった。会話を終えたイグヴァルジが憤懣やるかたない様子で足音も荒く退出するのを見送り、それまで一言も発せず黙っていたナーベラルがぽつりと呟く。

 

「……この依頼が首尾良く行ってあいつらがその実力を示したとしたら。今の男のチームに混ぜて貰えってことなのよね、あなたの提案って」

 

「そうですよー?」

 

 そう言ってウインクするイシュペンを見て、ナーベラルは呆れたようにため息をついて言った。

 

「なんかこう、なにもかも間違ってるという気がするんだけど……まあいいわ、やるだけやってみましょう」

 

 

 エ・ランテルには、外周部の西側区画を丸ごと使った巨大な共同墓地がある。

 今回の依頼では、その墓地の巡回警備を行って貰う。イシュペンはそう言った。

 墓地の死体が時偶アンデッド化してゾンビやスケルトンが出ることはあるが、基本的にそのような低級モンスターの退治は鉄級程度の冒険者の仕事である。あるいはある程度経験を積んだ銅級でもなんとかなるかもしれない。逆に言えば、上はせいぜい銀級までの仕事であった。普通ならば。

 当然己がミスリル級冒険者であることに誇りを持っているイグヴァルジは反発したが、詳しい説明を受けてある程度納得した。

 最近、スケルトンやゾンビの発生が増加傾向にあり、時折その上位種の発生が報告されることすらある。スケルトンやゾンビでも、連戦させられれば鉄級冒険者では危険だし、上位種が出れば尚更だ。

 

「組合長に忠告されたんですけどね、拙い連携はパーティーの長所を殺す。互いの実力を確かめながら行動するような状況であれば、ランクは割り引いて考えておいた方が良い、間違ってもミスリル級が普段やるような依頼を出すなよ、ということですので、まあ、皆さんの実力は今回金~白金程度として考えまして。

 低位アンデッドと連戦するだけなら銀から金、これになんらかの強いアンデッドと遭遇した場合の保険を考慮。更にできればアンデッドの異常発生について、なんらかの原因を調査してくれると嬉しいなあということで金から白金程度の難易度になると考えております」

 

 一晩墓地の巡回を行い、高い確率で遭遇するであろうスケルトンやゾンビを殲滅する。それと並行して、アンデッドの発生原因を増加させるような異常がないか調査する。まとめるとそういう話だ。

 イグヴァルジは張り切った。フォレストストーカーである彼が本来得意とするフィールドは野外であったが、想定モンスターは低位アンデッドであるし、その程度のハンデは問題にならぬ。高位階魔法が使えるというだけででかい面をする小娘に目に物見せてやると奮起した。

 しかし。

 

(おかしいだろ、これ!どうなってるんだ!!)

 

 イグヴァルジは内心でそう叫んだ。

 巡回は三度、宵の口と真夜中、そして明け方に行われる。

 その初回である宵の口、相も変わらずナーベラルに対する敵意を隠そうともしないイグヴァルジは、「俺たちが先行する。お前は後ろから付いてこい、邪魔すんじゃねえぞ」などと、依頼の趣旨を全く無視した協調性の欠片もない台詞をナーベラルに投げつけた。ナーベラルの美貌に見惚れていた『クラルグラ』のメンバーである他の三人を小突いて隊列を組むと、四人で先に歩き出した。ただし、ナーベラルに露骨な敵意を向けるのはリーダー一人、他の三人はウチのリーダーがすみませんねという態度でぺこぺこ彼女に頭を下げたり、片手を上げて拝む真似をして謝罪の意を示したり。チームメンバーのそのような態度はイグヴァルジの反発心を一層刺激していたのだが、いずれにせよナーベラルにはどうでもよかった。隣に立つハムスケを促して大人しく『クラルグラ』の後方について歩き出す。

 変化は唐突であった。

 片手に永続光(コンティニュアル・ライト)が付与されたカンテラをかざし、もう片方に抜き身の剣を下げながら警戒態勢で一行が進んでいくと、突如『クラルグラ』の後方から白く眩い雷光が前方に飛んでいき、周囲を一瞬白く照らした。

 ナーベラルの放った<雷撃>(ライトニング)である。イグヴァルジが「いきなりなにしやがる」とわめく暇もなく、前方からぶすぶすと煙を上げた動死体(ゾンビ)がよろよろと出てきて倒れ込み、動きを止める。

 イグヴァルジは慌ててチームの斥候職を務める盗賊(シーフ)の顔を見るが、彼は戸惑った顔で首を横に振るだけだった。ナーベラルが魔法を放って仕留めるまで、彼は全くゾンビの存在に気づいていなかったのだ。ゾンビが彼の索敵範囲に入るより、ナーベラルが魔法を放つ方が早かったということだ。

 それを皮切りに。ナーベラルがぽんぽんと<雷撃>(ライトニング)を唱えるたびに、一行の遙か前方、あるいは巡回ルートを大きく外れた奥の方、スケルトンが、ゾンビが、攻撃魔法で殲滅されていく。『クラルグラ』のメンバーは、それをぽかんとした顔で眺めていることしかできない。

 これは勿論、ハムスケのおかげである。圧倒的なレベル差を考えれば、ナーベラル本人の索敵能力ですら『クラルグラ』の盗賊(シーフ)に匹敵するものはあるのだが、ハムスケのそれは人類の到達領域を遙かに凌駕する。<伝言>(メッセージ)でリアルタイムにハムスケと繋がったナーベラルは、ハムスケがその広大な探知能力で墓地に蠢くアンデッドを見つけた瞬間攻撃態勢に入り、結果として『クラルグラ』が見つける暇も、近寄る暇もなくアンデッドを撃破し続けることとなった。

 

(おかしいだろ、くそ……)

 

 結局何もさせて貰えないまま、『クラルグラ』とナーベラルは一回目の巡回を終えて墓守の詰め所に戻った。チームメンバーがおっかなびっくり称賛の台詞をナーベラルに投げかけ、彼女がめんどくさそうに応対するのを苦虫を噛みつぶした顔で見守る。ここで敵意丸出しの口出しをすれば、自分が惨めになるだけだ。

 そのまま真夜中まで休憩となり、ナーベラルはハムスケにもたれ掛かって目を閉じた。『クラルグラ』のメンバーなんて居ませんよとでも言わんばかりの無防備さだが、実際には白銀の魔獣が彼女を守ってくれるとの目算もあるのだろう。チームメンバーが適当にくつろぎながらもちらちらと彼女の姿に目をやってため息をつくのを、イグヴァルジは面白くない顔で眺める。実際、くそ、どれだけ彼女のことが気に入らなくても、絶世の美女であることは認めざるを得ない。冒険者じゃなくて娼館に居れば良かったのに。いや、実際にあんなのが娼館にいたとしたら、どっかの金持ちが速攻で身請けしていくだろうけど。

 

 そして二回目、真夜中の巡回。

 先程と同様の隊列を組んで『クラルグラ』は先行するも、やはり先程と同様の結果となった。イグヴァルジが血眼になり、目を皿のようにして闇の奥を見透かそうとする端から、闇夜を切り裂く雷光が飛んでいき、その度にアンデッドが爆散するのである。時折上位種が混じっているような気もしたが、そんなことはもはや関係がなかった。

 

(こんなの絶対おかしいだろ!)

 

 イグヴァルジは歯ぎしりしながら内心で叫んだ。あまりにも悔しく、惨めだった。『クラルグラ』のメンバーの中にはもはや弛緩した空気すら流れているのが信じられなかった。お前らにプライドはないのか、そう叫びたい。特にお株を奪われっぱなしの盗賊(シーフ)の男を睨み付ける。お前はこの中で一番、自分の無能さを真正面から突きつけられているのに、なんでそんなにへらへら笑っていられるのだ!?

 イグヴァルジが懊悩とする間にも、モグラ叩きを遊ぶかのように気楽な巡回が終わり、詰め所に戻ってメンバーがナーベラルを囲んで談笑する。本人は非常に鬱陶しそうにしているが。メンバーの表情に彼女に対する尊敬と憧れが広がっていくのを見て取り、イグヴァルジは歯ぎしりした。自分が毛嫌いしているから、というだけではない。確かに今の光景を見たら、尊敬したくなるのはわからないでもない、イグヴァルジとて。だが、それだけでいいはずがないだろう?そう叫びたかった。

 ここでも先程と同様、ハムスケにもたれたナーベラルが無防備な寝顔を晒し(実際には黙想しているだけなのだが)、先程より露骨にチームメンバーがその姿に見入る様子を尻目にイグヴァルジは懊悩した。巡回はあと一回、どうすれば『クラルグラ』の面目を守ることができるだろうか。チームメンバーは英雄の尻にひっついてサーガを記録する吟遊詩人にでもなったつもりか知らないが、このまま何もしないで終わってはミスリル級プレートの名が泣くというものである。

 そこでイグヴァルジの頭に閃くものがあった。そういえば、今回の依頼はただのアンデッド退治では無かった筈。異常な状況に目を奪われて意識の外だったが、確かに二回の巡回でナーベラルが撃破したアンデッドの数は、平時であればそれだけで数ヶ月分と言っても過言ではない異常な数だ。その原因、とっかかりだけでも見つけられれば、幾分かの面目は立つし、下級アンデッドなんて雑魚を蹴散らしていい気になってる魔女に冒険者のなんたるかについて目に物見せてやることができるというものである。イグヴァルジはそうして一人決意した。見ているがいい、雑魚を蹴散らすだけが冒険者の能でないということを示してやる。

 

 そして三回目、明け方の巡回。

 出発前にメンバーの頬を(精神的に)引っぱたいて活を入れるイグヴァルジ。曰く、お前ら物見遊山に来たのかよ、このままいいところを全部あいつに取られて子供のお使いで終わる気か、『クラルグラ』の名が泣くぞ……弛緩していたメンバーの表情がはっとして気合いを取り戻すのを満足げに眺める。よし、それでこそ『クラルグラ』のメンバーだ。それで現実問題、何かできることはあるのかと問うたメンバーに、待ってましたとばかりに重々しく頷いてみせる。アンデッド退治をあの女にやられちまうのはもうしょうがない、俺たちは今まで培ってきた経験を活かして、この異常事態の原因になりそうな違和感を探そうぜ。その言葉に一同成る程と頷く。男達の円陣ミーティングが終わるのをつまらなさそうに待っていたナーベラルに一声かけると、隊列を組んで出発した。

 だがしかし。

 闇夜を透かして墓地の異常を探すというのも、口で言うほど簡単なことではない。とはいえ気合いを入れて、カンテラを高くかざしながらのろのろと、明らかに先の二回より鈍った速度で進んでいく『クラルグラ』の一行を、彼らの背後からナーベラルは頭に疑問符を浮かべて眺めていたが。唐突にその顔が隣に控えるハムスケの方を向いた。

 

「あ゛……?」

 

 イグヴァルジが背後の様子に違和感を覚えたときには、既にナーベラルはハムスケを連れて巡回ルートを外れた奥の方に分け入っていくところだった。イグヴァルジも大概協調性を示してこなかったが、彼女の方も協調性のなさにかけては負けていない。そんなもので張り合ってどうする気だ、という点はともかくとして。

 

「あ、おい、待て、何勝手なことしてやがる……!!」

 

 イグヴァルジの呼びかけにも何処吹く風、ずんずんと奥へ奥へと進んでいくナーベラル。不安そうにメンバーが顔を見合わせる。

 

「なあ、リーダー、どうする……?」

 

「どうするってお前……」

 

 イグヴァルジは沈黙した。今現在、勝手な行動を始めたのはナーベラルである。即席とは言え、チームの和を乱しスタンドプレーに走った馬鹿を置いていったところで、誰にも咎められる筋合いはない。

 だがしかし。そのような正論を幾ら言ってみても、今夜の主役がナーベラルであるのは誰の目にも明らかである。このまま彼女を放置して普通に巡回を終えても依頼としては不都合はないが、その場合『クラルグラ』として得られる物は何も無いだろう。逆に彼女が向かった先には、ルートを外れるだけの理由を持つ何かがある可能性は高い。そう考えざるを得ないだけの実績を今夜示してきたのだ。

 結果、急遽隊列を変更し、ナーベラルとハムスケの後ろを男達四人がぞろぞろとついて行く構図ができあがった。付いてくるイグヴァルジ達をちらりと肩越しに視線をくれ、どうでもよさげに無言で振り返るナーベラルの態度に苛々しながらも、イグヴァルジ達は墓地の最奥にある霊廟の前まで来た。

 

「明かり……?」

 

 ここまで来ればイグヴァルジ達の目にも異常は明らか、霊廟の奥から僅かな明かりが漏れていて、怪しいことこの上ない。が、盗賊(シーフ)に合図してセオリー通りの偵察に入ろうとしたイグヴァルジ達の所作に一切関知せず、無造作に霊廟に近づいていくナーベラルを見て、『クラルグラ』の一行は口を開けて固まった。

 霊廟の奥には怪しすぎる格好で怪しげな祭壇を囲み、怪しい儀式に励む男達が居た。彼らの格好を読者にわかりやすく説明するなら、黒染めのKKK(クー・クラックス・クラン)と言った風体である。真正面から無頓着に霊廟に入っていったナーベラルの姿を当然見咎め、連中は騒ぎ出した。

 

「何者だ、怪しい奴め!」

 

 黒頭巾の一人が自分たちのことを棚に上げてそう宣うと、別の一人からこんな声が上がる。

 

「おい、あの女、ひょっとしてカジット様の仇じゃ……!」

 

「待て、それって噂の”紫電の魔女”(ライトニング・ウィッチ)のことか!?」

 

 男達は邪教集団「ズーラーノーン」の構成員で、ナーベラルがエ・ランテルに到着したその日に返り討ちにした”十二高弟”カジット・デイル・バダンテールの直弟子達であった。貴重なマジックアイテムもろとも大将を失ってなお、未練がましくエ・ランテルに死の螺旋を発生させる計画に拘って、夜な夜な邪悪な儀式に励んでいたのである。まあ、努力も空しく、カジットと死の宝珠を失った弟子達の力では、低位アンデッドの発生確率を上げるのがせいぜいであったのだが。それでも、全く対応せずに放置されていれば、エ・ランテルの巨大な墓地をゾンビとスケルトンで埋め尽くして小規模な死の螺旋モドキ程度の現象は発生させ得たかも知れない。

 それはともかく、侵入者の正体に思い当たって明らかに浮き足立ったズーラーノーンの連中に対し、ナーベラルが遠慮する理由は一切ない。逡巡しながらも慌てて彼女の後を追って霊廟に入ってきたイグヴァルジ達は見た。

 

<集団標的(マス・ターゲティング)()龍雷>(ドラゴン・ライトニング)

 

 ナーベラルの腕から迸った白く輝く光の竜が、放電しながら中空を走ってズーラーノーンの構成員達を一人残らず飲み込むその様を。人肉の焦げる嫌な匂いを撒き散らしながら黒ずくめの男達が踊るように反り返った後、次々とその場に倒れていく。

 己の頬を暖かい液体が伝っていくのを感じ、その光景に見とれていたイグヴァルジははっとした。<龍雷>(ドラゴン・ライトニング)などという代物でも、大安売りだとばかりにあちこちで放ちまくっているナーベラルであったが、彼がその魔法を目にするのは初めてだったのだ。

 

「ああ、くそ、畜生、違う俺は、泣いてなんか」

 

 しどろもどろに慌てるイグヴァルジの肩を、メンバーの一人がポンと叩いて言った。

 

「……わかるよリーダー。感動したんだろ?俺だってそうさ、目の前の光景はそう、お伽噺の英雄譚だまるで」

 

 違う。そう言いたかったが、イグヴァルジが感動したのは否定しがたい事実だった。彼女があの魔法を放つその様こそは、子供の頃に憧れ、想像した英雄達の物語そのものだったのである。ハムスケが頭陀袋の中から猿轡をかまされ後ろ手に縛られた裸の子供を拾い上げる。ハムスケに呼びかけられて、チームの回復役を務める神官の男がおっと、やっと俺にもできることがありそうだと言い残して駆けていくのを、イグヴァルジは滲んだ視界で見送った。自分がどのような顔をしているのかもう分からなかった。

 

 

 




 ナーベ「……歯でも痛いの?」←そんな顔だったらしい。
 ここでまさかのイグヴァルジスポット回( ´∀`)
 次回、きれいなイグヴァルジさんの姿が!


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