ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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 前回のあらすじ:
 「親分!空から小汚いおっさんが!」
 「ほっとけそんなもん」



第二十二話:ブレイン・アングラウス

「襲撃か」

 

 彼方から響いてくる人間が走り回る音と悲鳴を耳にし、ブレイン・アングラウスは丹念に手入れをしているところだった愛刀を最後に布で拭うと、慎重に鞘に納めた。

 鍛えられて絞り込まれた細身の体躯を持つ長身の男である。伸びた部分を無造作に切っただけのざんばら髪はぼさぼさで、顎にはマメな手入れを怠った証の無精髭が覗いている。だがその身のこなしはしなやかで優美な野生の獣のそれ、歴戦の雰囲気を漂わせる精悍な男性であった。

 

「大勢で攻めてきたにしては音と気配が薄いな……手練れの冒険者による強襲か?」

 

 独りごちながらも、ブレインは落ち着いて鎖帷子(チェインシャツ)を着込むと、刀を腰に吊るし、ポーションの入ったポーチをベルトに引っかけて戦闘態勢を整える。

 

「あ、ブレインさん!敵襲です!」

 

 ブレインが個室扱いの横穴から外に出ると、ちょうど入り口から奥に向かって駆けてきた男が顔を綻ばせた。ブレインは苦笑すると、仲間に声をかけてなだめる。

 

「落ち着け、それは見りゃ分かる。どんな奴らだ?人数は?装備は?」

 

「は、はい、敵は一人と一匹、おっそろしく強い魔獣とおっそろしく強い魔法詠唱者(マジック・キャスター)の女です。もう入り口に詰めてた連中は半壊状態で、俺は奥の連中に注意を知らせに……」

 

魔法詠唱者(マジック・キャスター)に、使役魔獣ね……」

 

 そいつは厄介だ、そうブレインは呟くと、男にはこのまま奥の連中と合流して警戒するように伝える。ほっとしたような男が小走りで奥に駆け込んでいくのを眺め、ブレインは最大限に準備を整えることにする。腕の立つ魔法詠唱者(マジック・キャスター)が相手となれば、慎重になりすぎると言うことはない。

 立て続けに呷った二本のポーションがもたらす魔法の効能は<下級筋力増大>(レッサー・ストレングス)<下級敏捷力増大>(レッサー・デクスタリティ)、これで元々極限まで鍛え込まれたブレインの身体能力は更に増大する。無論、普段とは違うレベルの肉体の動きに反応がついていかないなどという間抜けは晒さぬよう、十分な訓練を重ねた上でだ。

 そしてこちらの方がより重要、ブレインが身につけた二つの魔法のアイテムに込められた魔法を起動させる。

 瞳の首飾り(ネックレス・オブ・アイ)に込められた魔法は、ブレインの視界を奪うあらゆる状態異常や光学現象から彼を保護してくれる優れものだ。魔法詠唱者(マジック・キャスター)となればどのような目くらましを使ってくるかも分からぬ以上、この首飾りの力が頼りになる。

 更に魔法注入の指輪(リング・オブ・マジックバインド)に込められた魔法は<下位属性防御>(レッサー・プロテクションエナジー)、あらゆる属性ダメージの軽減効果を持ち、これも相手が攻撃魔法の使い手となればおおいにあてにできる。先見の明を自画自賛しつつ、ブレインは今己にできる最大のコンディションを整え、自身が一時的にとはいえ人類最強の戦士となったことを確信した。

 

「それにしても、女ね……噂に聞く蒼の薔薇、なら五人パーティーで来るはずだし、何者なのかね」

 

 それらの作業をこなしながら、そのような呟きを漏らすブレインに気の弛みはない。相手が魔法詠唱者(マジック・キャスター)ならそもそも性別など関係ない。女性どころか老婆にすら肝を冷やす羽目に陥ったこともある、魔法というのはそれだけ強力な代物なのだ。

 歩を進めるに従い、ブレインの鼻に焦げたような匂いが微かに漂ってきた。人の脂が焼ける匂いだ、ブレインは口元を歪めてそう考える。すると魔法詠唱者(マジック・キャスター)の得意な攻撃魔法は、火か、あるいは雷と見える。防御魔法の効果で一撃耐えて間合いを詰められれば勝ちの目は十分あると言えるが、それを許してくれる相手だろうか……?

 

 

「おいおい……マジかよ、なんだアレ……」

 

 だがしかし、入り口に辿り着いたブレインが目にした光景は、彼の想像を遙かに超えていた。

 残り五人となった入り口の警備番が、絶望に破れかぶれとなって踊りかかる。それに対峙する魔法詠唱者(マジック・キャスター)は、遠目にもわかる絶世の美女だったが、流石にそれに見とれていられるほど暇な状況ではない。

 ともかく彼女の両手から二条の電光が迸ると、電撃に打ち抜かれた二人が焼け焦げて崩れ落ちる。単体相手に一発ずつ<雷撃>(ライトニング)を放つなど、魔法に明るくないブレインですら呆れるほどに贅沢な魔法の使い方だ。そして彼女の前に立つ白銀の巨大な魔獣が、鋭い爪を備えた前肢で一人を切り伏せ、独立した意思を持つかのように自在に動く尻尾が一人を叩き伏せた。残った一人が運良く女性まで辿り着くことに成功し、へっぴり腰で斬りかかるが、女性はその剣閃を無造作に身を捻って容易く躱すと、捻った勢いで回転する腕を折りたたみ、相手の顔面にそのまま肘を叩き込んだ。鼻を潰され前歯を折られて転がる男が痛みに悲鳴を上げるより早く、そのまま男の首に振り下ろされた彼女の踵が鈍い音を立てて頸椎をへし折った。

 

 それらの様子を壁の影から窺いながらブレインは戦慄した。

 まずあの魔獣がまずい。佇むだけで滲み出る存在感は、彼が目標とする王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフを彷彿とさせる。魔法の絡まない白兵戦の強さを測るのは彼の得意分野だ、そもそもあの魔獣が単体でブレインと互角に戦えるのは間違いない。

 そして魔法詠唱者(マジック・キャスター)の攻撃魔法。先程の光景から推察するなら得意分野は雷の攻撃魔法、その意味では<下位属性防御>(レッサー・プロテクションエナジー)の効果は非常に有効だが。先程景気よく撒き散らした電撃と、周りに転がる死体のうち焼け焦げたものの数を数えれば、彼女が<雷撃>(ライトニング)を何十発でも連発できるのは想像に難くない。彼女が余程場慣れしてない素人上がりでも無い限り、先程のあれで打ち止めになった可能性を期待するのは馬鹿げている。つまり、彼女の下に走り寄るまでに、最低二発の<雷撃>(ライトニング)がとんでくると言うことだ。それに耐えることができることに賭けるほど、ブレインは命を安売りするつもりはない。

 さらに、魔獣を躱し、攻撃魔法に耐えたところで、先程の彼女の身のこなしは下手な戦士顔負けである。おそらくだが「死を撒く剣団」でも殆どの連中が相手にもならないレベルの白兵戦の強さを持っているのではないだろうか。

 前衛を守る強大な魔獣、馬鹿げた火力の攻撃魔法、そして本人の近接戦闘能力。これら三つの困難を躱して彼女を打倒する術があるか、ブレインが物陰で頭を悩ませていると。白銀の魔獣の眼がぎょろりと彼の潜む壁の影を向いた。それに釣られるように女性の視線がこちらを見据えてくる。

 

(ヤバイ!!)

 

 次の瞬間洞窟の壁を抉った<雷撃>(ライトニング)の一撃を、ブレインが躱せたのは決して偶然だけが理由ではない。歴戦の戦士として磨き抜かれた生き抜くための勘、極限まで鍛え込まれ、魔法で更に強化された身体能力、わずか三メートルとはいえ周囲の状況を自在に知覚する武技<領域>。それらの効果が相乗的に噛み合わさって、最初の<雷撃>(ライトニング)を転がりながら避けたブレインは、そのまま一回転して素早く起き上がると脱兎の如く駆けだした。次の瞬間背筋を走り抜ける悪寒に従い、横っ飛びに転がったその脇を<雷撃>(ライトニング)が走り抜ける。先程と同様、転がりながら立ち上がると、そのまま前方に倒れ込むように前のめりになり、背中の上を走り抜けた三本目の<雷撃>(ライトニング)に目もくれず、地に伏せるほどの前傾姿勢からまるでクラウチングスタートのようにダッシュして洞窟の奥に駆け込んで消えた。

 

 三度の攻撃魔法を躱してみせたブレインの神回避に、ナーベラルは逆に感心したように呟いた。

 

「……へえ。こんな所にも少しはできる奴がいるじゃない」

 

 

(ヤバイ!ヤバイ!ヤバすぎる!!)

 

 先程視線が交錯したその一瞬、ナーベラルから向けられた視線の底知れない冷たさに、ブレインは内心チビりそうな程ビビッた。例えるなら凍えるような凍土の厚い氷のその下に、煮え立つマグマにも似た押さえ込まれた憤怒が沸き立っているのを感じた。何をそれほど激情に駆られているのかは定かではないが、もはやアレが話の通じる相手だとはブレインには思えなかった。実のところそれがただの八つ当たりであり、しかもこちら側が必要もないのに藪をつついて蛇を出したと知ったらブレインはなんと感じたであろうか。

 

(――逃げるか)

 

 そんなことは知らないブレインは、自分にとって当然の判断を下した。勝てないなら逃げる、命が惜しければ当たり前の摂理だ。まず生き延びることが最優先、最後に勝っていれば途中で逃げることに恥など無い、それが騎士道とは無縁の生き汚い傭兵モドキ、ブレイン・アングラウスの信条だ。ガゼフ・ストロノーフならそんな風には生きられないのかも知れないが。

 そもそもあの魔法詠唱者(マジック・キャスター)と敵対したい、戦っていつか勝ちたいなどとはちっとも思えない自分がいることにブレインは気づいた。御前試合で後の王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと立ち会い、そして敗れた時は悔しさに枕を涙でぬらし、敗北の汚辱をいつか濯ぐことを誓って今日まで強さを求めて生きてきたのだが。

 やはり優れた魔法詠唱者(マジック・キャスター)は存在自体が反則だ、王国でその地位が低いのは国内で魔法詠唱者(マジック・キャスター)を気取る青びょうたんどもにろくなのが居ないからでしかないのだろう、そのように埒もないことを考えながら、ブレインは仲間が待ち構える最奥の広間が見えてきたのに気づき、少し歩調を緩めて速度を落とした。クロスボウを構えて待ち伏せる味方に誤射されないよう、声をかけながら小走りに広間に入る。

 

「ブレイン!」「ブレインさん!」

 

 聞き覚えのある声にクロスボウの引き金から指を放した男達の歓声が上がる。ブレインが張られたロープを乗り越えバリケードに歩み寄るのを見て、傭兵達がバリケードを開けようと歩み寄るのをブレインは片手で制した。

 

「ぬか喜びさせて悪いが――まだ終わってない。途方もない強敵だ、俺一人じゃ勝てん。ここで迎え撃つから準備してくれ」

 

 その言葉に男達は瞬く間に緊張を取り戻し、ブレインが慎重にバリケードを乗り越えてくるのを見ながらクロスボウを構え直す。傭兵団の頭――団長が、自分の方に歩み寄ってきたブレインに緊張に滲む声をかける。

 

「ブレイン、お前が単騎で戦うのを諦めるほどの強敵か。厄介だな」

 

「諦めたのは一人でやることだけじゃねえけどな」

 

「ん?」

 

 聞かせるつもりのない呟きは、団長には届かなかった。首を傾げる団長に、ブレインは広間の更に奥、倉庫として使われている小部屋に向けて顎をしゃくった。

 

「今のうちに打ち合わせと行こう。あそこで二人で話したい」

 

 その言葉に団長は微かに嫌な予感を覚えながらも。頷くと周囲に警戒を怠らないよう声をかけて、すぐ戻ると言い残し奥の倉庫に引っ込んだ。

 薄暗く狭いスペースに、木の箱や麻の袋が乱雑に積み上げられたまさに倉庫としかいいようのない小部屋だった。先に倉庫の真ん中まで入っていき、こちらを振り返ったブレインに、団長は不安そうな声をかける。

 

「おい、まさか……」

 

「そのまさかだ。上に来てるのは正真正銘のバケモンだ、俺たちに勝ち目はない。逃げよう」

 

 この倉庫内の壁の後ろに、土壁に偽装されているが実際は横穴に板を張って上に土を僅かに盛っただけの隠し扉、外への脱出口が隠されている。団長とブレインの二人だけが知る秘密の抜け穴だ。念を入れたことに、逃げ出した後壁を崩して土砂で埋め立て、追跡を防ぐことができるようになっている。

 

「おい、じゃあ荷物は……いや、あいつらはどうするんだ。みんなでここから逃げるのか?」

 

 うすうす予想していたとはいえ、驚愕の提案に衝撃冷めやらぬ団長が狼狽えた声を出す。対するブレインの声音は何処までも冷め切っていた。

 

「時間が無い、荷物は諦めろ。今身に着けている物全てが持ち出せる唯一の財産だ。あいつらは……俺たちが逃げる時間稼ぎになって貰う。あいつらが殺られてる間に抜け出して壁を崩せば、あの女が入り口に戻って出てくるまでに相当な距離が稼げる筈だ」

 

 冷徹極まりないブレインの提案内容に、団長は戦慄する。そこまで怖れる相手なのかと。それと同時に、抑えがたい疑念が胸中に渦を巻く。

 

「なあ……そこまでしなくちゃならない相手なのか?みんなでかかれば倒せるんじゃないか?あるいはあいつらの何人か、それこそ全員を使い潰すハメになっても構わない、あいつらを盾にしてお前がその魔法詠唱者(マジック・キャスター)に斬りかかる隙を作れれば……」

 

 団長にそう言わせたのは未練である。ここまでそれなりに順調に傭兵団の団長として築き上げて来た地位、そして盗賊稼業でかき集めてきた財産。それをある日突然放り出して着の身着のまま身一つで逃げ出そうと言われたのだ、はいそうですかと簡単に捨てるには執着がありすぎた。

 だが団長とブレインの間には、絶望的なまでの温度差が横たわっていた。すなわちブレインはナーベラルをその目で見たが、団長は見ていないのである。生命一つを拾えれば御の字だと悟った男と、捨てたくない財産に未だ固執する男。冷めた目つきで沈黙するブレインに、団長は猫なで声で囁きかけた。

 

「なあ、それでどうにかしてくれよ。お前に高い給金を払ってきたのはこんな時の為なんだ、仕掛けもせずに逃げ出すとか臆病が過ぎるじゃねえか」

 

 挑発を交えてブレインの意気を上げようと、それでも声を抑えて話しかける団長に、ブレインは黙して応えない。団長はだんだん苛ついてくるのを感じ、押さえながらも声を荒げて言った。

 

「そうかよ、腰抜けめ。お前みてえな臆病者があのガゼフ・ストロノーフに勝とうとか、つまんない夢見てんじゃねえよ。大体……」

 

 その先を口にすることは団長はできなかった。団長の太く鍛えられた首にぷつりと赤い線が走ると、その頭がずるずるとずれてごとんと下に滑り落ちる。頭を失った身体が首の断面から血を噴き出しながらその場に倒れると、あくまでも冷静にブレインは刀を一振りして血糊を飛ばし、懐の布で刀身を丁寧に拭った。

 

「……あんたを誘ったのはこれでも一応雇われた義理を感じてのことだったが。まあ、そんなに死にたいなら一人でやってくれ。俺は死にたくないから逃げさせて貰うよ」

 

 もはや一人でやることもできなくなった団長に皮肉気な声を浴びせると、ブレインは奥の壁の土を払って隠し扉を剥き出しにした。粗末な木の板を外して小さな横穴に身を滑り込ませる直前、肩越しに後ろを振り向いて呟いた。

 

「あばよ、お前ら。これまで結構楽しかったぜ。……いつか地獄で会おう」

 

 ブレインが横穴に身体を滑り込ませると、程なくどさどさっと土が崩れてくる音がして横穴の奥から小部屋の中まで土砂が溢れ出た。

 

 

「今だ、撃て!」

 

 大将格の二人が未だに奥の倉庫から戻ってこないことを疑問に思う間もなく、襲撃者が広間に近づいてくる足音を聞きつけた四十名の傭兵達は、とりあえず謎の襲撃者を迎撃する必要に迫られ、当座の指揮をその場で比較的地位も高く人望があった小隊長クラスの男に任せると、彼の号令のもと、無造作に広間の入り口に姿を現したナーベラルに三十六丁のクロスボウが斉射を浴びせた。四十丁でないのは全員に行き渡るには微妙に数が足りなかったためだ。

 それでも放たれた矢の数は傭兵達に勝利を確信させるに十分、次の瞬間矢襖でイガグリのようになったナーベラルとハムスケの姿を彼らは幻視した。

 

 だが勿論、現実はそう甘くなかった。ナーベラルが選択した防御魔法はエア・エレメンタリストに相応しく周囲に強風のバリアを張る<矢避けの風壁>(ミサイル・プロテクション)、彼女たちに向かって放たれた三十六本の矢は全てその軌道を明後日の方向に逸らされて入り口周囲の壁と床に空しく突き刺さった。

 

<二重最強化(ツインマキシマイズマジック)()電撃球>(エレクトロ・スフィア)

 

 目の前の出来事に驚愕する暇もなく襲い来るナーベラルの反撃。膨れあがった白色の雷光球が放電しながら炸裂し、バリケードに半分身体を隠した傭兵達の命を容易く刈り取っていく。

 

<二重最強化(ツインマキシマイズマジック)()電撃球>(エレクトロ・スフィア)

 

 最初の一撃で十二人の傭兵が絶命し、そのことに驚愕する暇もなく、またクロスボウに新たな矢をつがえる余裕などあるはずもなく。続けてナーベラルの両手から生み出された二つの雷光球が無造作に放り出されると、先程と同じように着弾した先で放電しながら膨れあがって炸裂し、周囲を白く染め上げながら更に九人の命を刈り取った。

 

「ひっ……」

 

 ここにいたってようやく、リーダー代理を含めた傭兵達は、自分たちが何を敵に回してしまったかをおぼろげながらも悟って恐怖した。

 射撃戦になればこちらは狭い入り口に十字砲火を浴びせるだけ、対する相手は散開して陣地に身を伏せるこちらに痛打を加えることはできない。そんな教科書通りのお題目には何の意味もない。こちらの攻撃は全て防がれ、相手の攻撃は容易くこちらを殺す。戦いと呼ぶのもおこがましい一方的な殺戮が始まったのだ。

 

<二重最強化(ツインマキシマイズマジック)()電撃球>(エレクトロ・スフィア)

 

 そのように考える間にもナーベラルの両手から三度目の雷光球が生み出され、適当に投げつけられて無造作に十名の命を刈り取った。

 もはや戦意を維持できる筈が無かった。リーダー代理が剣を鞘ごと外して投げ捨てると(数が足りないので、指揮をとる彼はクロスボウを遠慮していたため)、瞬く間に残り九名まで数を減らした男達が即座にその意を悟って、クロスボウやら剣やら、身につけた武器をその場に投げ出して平伏した。

 

「こっ、降参する!この通りだ、なんでもするから命だけは助けてくれ!」

 

 リーダー代理がそう叫ぶと、生き残った残り八人の男達も追随して口々に命乞いを叫んだ。ナーベラルはそんな彼らの姿を一瞬手を止めて見たが、どこまでも冷たいその視線にリーダー代理が背筋に氷水を差し込まれたような悪寒に身を震わせたのに対して、被せるようにこう言った。

 

「嫌よ、そっちから仕掛けてきておいて随分と虫の良い。あなた達がこの世でできる最後の仕事は、私のストレス解消に付き合うことだけよ」

 

「そんなっ、それは……!!」

 

 彼女がそう言いだす事情はさっぱり分からなかったが、憂さ晴らしに死ねと言うその台詞があまりにも酷いというのはその場で平伏していた全員の総意と言って良かったであろう。平伏して地べたにこすりつけていた額を上げて口々に抗議の意を叫ぼうとした生き残りの傭兵達に、無慈悲なナーベラルの宣告が投げつけられる。

 

<二重最強化(ツインマキシマイズマジック)()電撃球>(エレクトロ・スフィア)

 

 そうして、「死を撒く剣団」最後の生き残り達は、何が悪かったのか後悔する間もなくその人生に幕を下ろした。

 

 

「この部屋から血の匂いと外の風を感じるでござるよ」

 

 そう言ったハムスケの言葉に従い、ナーベラルがその倉庫を覗くと、部屋の中央には首を落とされた屈強な男の新鮮な死体があった。

 

「仲間割れでもしたのかしら」

 

 心底どうでもよさそうに呟きながら、ナーベラルは団長の死体を足で引っ繰り返した。だがしかし、その行為には特に何の意味もないことに気がつき視線を外すと、奥の方から新鮮な空気の流れを感じる。

 荷物の影に回ると、壁に空いた小さな横穴から土砂が溢れ、その隙間をぬって流れ込んでくるのは明らかに外の空気だった。

 

「脱出口か……ご丁寧に後を追えないように塞いじゃって。そういえばあのすばしっこい奴をさっきの部屋で見なかった気がするし、あいつがここから逃げたのかしら。ま、どうでもいいか」

 

 ここに巣くっていた連中が何者なのかすら知らないし、別に彼らを全滅させたい理由があったわけでもない。本当にどうでもよかったので、ナーベラルは足下に転がる死体のことも、逃げたかも知れないすばしっこい奴(ブレイン)のことも、三歩踏み出すうちに忘却の彼方に放り込んだ。

 

「あとは……向こうの方に、幾つか生き物の気配を感じるでござるな。他にはもう生きてる生物はこの洞窟にはいないと思うでござる」

 

 まことに役に立つペットであった。ハムスケの言葉に従い、ナーベラルがそちらの方向に向かうと、わざわざ丁寧に取り付けられたらしい頑丈な樫の扉が見えてきた。

 

「……外から錠が下ろせるようになっているわね。つまり、牢屋か……」

 

 ナーベラルがハムスケをちらりと見ると、了解したハムスケが閂にかけられた南京錠をぐいっと引きちぎった。ナーベラルが閂を外して扉を開けると、中にいた四人の女性の怯えた視線が彼女に集中する。

 年齢層に幅はあるが、いずれも年若い女性だった。一人はネムとさほど変わらない程度の童女、二人はエンリと同年代の少女、そして一人はやや薹が立ちかけているが、まだまだ魅力的な大人の女性であった。全員が下着同然の薄着だが、この部屋自体は暖房に気を遣われており、風邪を引かせるような意図はなさそうだ。そして、彼女たちの一人一人が、その右手首と右足首を、一本のやや短めの鎖で繋がれていた。こうすると普段の動作に支障はあまりないものの、全力で走ることができなくなる。明らかに逃亡を阻止するための処置だった。全員の身なりがこんな所に押し込められているにしては小綺麗なのは、目的を考えれば当然のことであった。コトが終わったら次の男達が萎えないよう身ぎれいにしておくことを申しつけられているのだろう。

 入ってきたナーベラルの姿を目にすると、女達はその美しさに圧倒されて息を呑んだ後、明らかに安堵した。入ってきたのが女性だったため、緊張が緩んだのだ。

 

「あの、あなたは……いったい……?」

 

 ナーベラルはどうしたものかと考えながら頭を掻くと、ため息をついた。

 

「私は……まあ、ただの通りすがりよ」

 

 あまりにも説得力を欠いた説明に、少女達は不安そうに視線を見交わした。

 

「あのっ、ここを塒にしていた盗賊達が居たはずですが、それは……」

 

「……そいつらは全滅したわ。私は降りかかってきた火の粉を払っただけだけど。あなた達はまあ……どう見てもあいつらの仲間じゃなさそうだし、特に危害を加えるつもりはないわ」

 

 やや婉曲に自分が皆殺しにした、と告げるナーベラルに、少女達は不安と期待が入り交じった視線を交わし合う。

 

「あ、あのっ、もしそれが本当なら……助けて頂けませんか!?この鎖を外して、近くの街までご一緒させて頂くだけでも構わないんですけど」

 

 えー。即答はしなかったものの、明らかに面倒くさそうな顔をしたナーベラルの表情を見た少女達がたじろぐ中、救いの手が入った。

 

「まあまあ姫、よいではござらんか。お嬢さん達、それがしの下まで来るでござるよ、順番に鎖を切って進ぜるが故」

 

 洞窟自体はかなり広かったが、個々の狭い部屋までは入れないため外から顔を突っ込んで突如口を挟んだハムスケの姿に、少女達がびくりと身を竦ませる。

 

「ああ、心配ないわ。こいつは私のペットだから。じゃあハムスケ、とりあえずこいつらの面倒は任せるわよ」

 

「承知でござる、姫!」

 

 そう言うとハムスケはおそるおそる近づいた四人の女性の鎖をとりあえず真ん中で切断し、さっさと立ち去りたがったナーベラルを宥めながら少女達に鍵を探させて手枷足枷を完全に外すと、傭兵達の私物からマントと服、それに靴を適当に見繕わせて出立の準備を整えた。

 

「お待たせでござる姫!」

 

「そう、じゃあ帰りましょうか」

 

 

 




 やだ……ブレインさん超クレバー( ´∀`)
 シャルティアちゃんに心折られてないので、あくまでも冷静に遁走しました。
 流れで生存ルートに入ったけど、別に今後の使い道を計画されての話ではない件。
 原作みたいに粉々になるまで心砕かれてもいないし、この先どうやって強さを求めて生きていくのか、ブレインさんの明日はどっちだ。

1/6 矢の本数のミス修正。
1/18 誤字修正。


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