前回のあらすじ:ヒャッハーッ!異世界転移テンプレだー!
ポンコツ娘「上手に捌けたわ!」(ドヤァ)
受付嬢「」
ハムスケが通行人の耳目を集めながら組合に行くと、まずはハムスケを登録することになった。担当の組合員が何故かダブル・バイセップスだのサイドチェストだの珍妙なポージングを決めてドヤ顔するハムスケに困惑しながらスケッチを行う間、ナーベラルは冒険者登録に伴う基本事項の講習を受けるため受付嬢に連れられて別室に消えた。ンフィーレアと「漆黒の剣」の面々はクエストの完了手続きと、(ハムスケが討伐した)モンスターの討伐証明部位を提出して討伐報酬の申請を行うことになった。
余ったエンリとネムは、ンフィーレアに小会議室に案内され、その中で適当に時間を潰しつつ待つことになった。この部屋はクエスト発注者なら無料で借りられるようになっている。まあ、エンリはともかく、ネムはエ・ランテルを訪れるのが初めてのため、目にする物全てが珍しい様子で周囲をきょろきょろ見回している。暇つぶしに困ると言うことはないだろう。
程なく、ノックの音もそこそこに、ンフィーレアと漆黒の剣の四人が連れ立って入室してきた。
「やあ、エンリ、ネム。お待たせ」
そう言ってみんなでぞろぞろとテーブルにつく。
「いやー、今回は結構な臨時収入になりそうだな」
「そうですね……でも、いいんですかね?討伐報酬の八割は本来ハムスケさんが倒した魔物のものだし、追加報酬だってハムスケさんの案内で貴重な薬草が収集できた訳ですし……」
嬉しそうにほくほく顔のルクルットが言うと、ニニャが後ろめたそうに応じる。漆黒の剣が討伐したモンスターは行きに街道で出会った
更に、ハムスケの案内で今まで侵入者が例外なく殺されていた人跡未踏の森の賢王の縄張り内を歩き回り、貴重な薬草類を大量に入手できたンフィーレアが喜んで追加報酬を約束した経緯がある。
これらの事情を考えれば、棚ボタで臨時収入が降って沸いたような物で、ニニャがいささか後ろめたくなる気持ちもわからないではない。
「ニニャは小市m……律儀ですね。正直に話をして、折半で構わないって許可を貰ったんだから、蒸し返す方がガンマさんだって鬱陶しがるでしょうに」
「まあ、そこがニニャのいいところである!」
モンスターを討伐すると組合から報奨金が出る、ハムスケが殺した死体をただ放置しておくのは勿体ない――そう聞いたナーベラルの反応は、実に淡泊だった。「ふーん、じゃああなた達が持ってっていいわよ。私まだ冒険者じゃないし」流石にそれはないだろうと思ったペテル達と問答した結果、情報料と剥ぎ取りの手間賃ということで折半でいいという話になった。
「だいたいハムスケが倒したモンスターの報奨金全部貰ったとしても、ガンマちゃんにしてみれば端金だろ-?そりゃ気前も良くなるって。くれるって言うんだから貰っとけばいいのに」
「まあ、金貨の詰まった袋を受け取ってましたからね……いつかはあんな報酬を受け取れる冒険者になりたいものです」
「それはそうですけど、最低限守るべき仁義というものはあります。そこを忘れたら冒険者なんて単なるゴロツキですよ」
「ふふ、ニニャらしいであるな」
そのとき、彼方からくぐもった悲鳴のような音が響いてきた。
「い、今のはなんでしょう……?」
「さあ、悲鳴のようにも聞こえましたが……こんなところで?」
ニニャが不思議そうに周囲を見回す。屋内の狭い小部屋なので、外の様子はちょっと分からない。
すると、今度は人間の、女性の叫び声のようなものが聞こえてきた。ネムがエンリを抱きしめる腕に力が入る。妹の頭を撫でてなだめつつも、エンリ自身も不安の色を隠せない。
「叫び声、ですよね今の……」
「どうも、何か騒ぎがあったみたいだな」
ルクルットが相槌を打つと、ダインも無言で頷いた。
「ちょっと外の様子を見てきます。みんなはここでバレアレさん達と居てくれ」
ペテルはそう言って席を立つと、何が起こったのか確かめるために部屋の外へ出ると周囲を見回した。依頼募集掲示板の方に人だかりができているのが見え、そちらに向かおうとすると慌てた様子の組合職員に止められた。
「すいませんが、今少し取り込み中でして、この先はご遠慮願います」
「……?私は見ての通りの冒険者ですが、依頼票の確認をしに行くことすらできないんですか?」
戸惑った顔で問いかけるペテルに、職員は額の汗を拭きながら焦った声で言う。
「いえ、とにかく、今は、駄目です。すぐに片付けますので少々お待ちください」
「片付ける……?大体、向こうにも私と同じ冒険者が大勢居るじゃないですか。彼らと私では何か違いがあるのですか?」
「いえ、その、駄目なものは駄目でして、本当にすぐ済みますので、どうか」
道理の通らないことを言っているのは相手の方だが、ひたすら焦って挙動不審になったその様子を見ると、まるで自分が虐めているように思えてくる。ペテルは職員への追及を諦めて、周囲の様子を窺った。
(わずかに血の匂い、必死で清掃する職員、不安そうなざわめき……乱闘騒ぎが流血沙汰にまで及んだというところか……?)
ペテルはいったん部屋の中に戻ると、何が起こったのかと聞かれて答えた。
「組合側がおおっぴらにしたくないみたいでよくわからないんですが、どうも流血沙汰が起こったらしいですね。血の気の多い奴が多い業界ですから、喧嘩も決して珍しくはないのですが……血を見る羽目になることはめったにないんですけどねえ」
今急いで後始末して場を取り繕おうとしているみたいですから、騒ぎ自体は沈静化してる筈なんでもう少し様子を見ましょうか、そういってペテルは席に着いた。
◆
「――状況は大体分かった。周囲の目撃証言とも一致し、疑問の余地はない」
たくましい体格をもち、歴戦の戦士の風格を漂わせる壮年の男性はそう言ってため息をついた。彼の名はプルトン・アインザック。エ・ランテルの冒険者組合支部で組合長を務める、いわば組合の代表だ。
執務席をはさんで反対に立つのはナーベラル。応接用の長椅子に受付嬢が寝かされている。彼女は先程、事情聴取中にオーバーヒートを起こしてダウンした。
「そう、それは結構ね。だったらもう行ってもいいかしら、人を待たせているのだけど」
そう言って首を傾げるナーベラルを、アインザックは忌々しげに睨み付ける。フードを下ろした時には衝撃で言葉を失った程の美貌も、今この状況下では憎たらしさすら感じるのだ。
「今私が感じているやるせなさを、君に伝える方法があればなあと思わずには居られんよ。なんというか、こう……もう少し手心は加えられなかったのか?」
冒険者の慣習の範囲内でちょっかいをかけてきた四人組に対し、一人一撃ずつ素手で反撃を加えていった。最後の一人が武器を抜いたから、魔法で応戦して殺した。
表面上の筋は通っているように見えるが、目撃者の証言や感想を聞き取る限り実際の状況とはかなりの落差がある。落差はあるが、それをもって彼女の過失と言える程のものではない。結果、彼女の行動を咎められないことに対しもやもやしたものがアインザックの胸を掻き回す。それがお前に良心はないのか、とでも言いたそうな質問となって口から飛び出した。
「冒険者というのはモンスター退治の専門家と聞いていたのだけど……まさか、あんなに貧弱だとは思わなかったわ」
ちなみに嘘である。ナーベラルは既に、この世界の人間がどれほど貧弱な存在であるか十分に知っている。
だが、アインザックにそれを指摘することはできない。
「……だが、四人目はどうなのだ。何も殺さずとも、君の実力なら簡単に無力化できたのではないか?」
「……抜刀した時点で殺し合いでしょう。生け捕りにしようと舐めてかかった挙げ句、反撃で殺されるようなリスクを負わなければいけない理由があるのかしら」
その返答を聞いて、アインザックは話が通じないというか、相手が正論という名の建前を並べる以外のことをする気がないのを理解した。右手で頭髪をぐしゃぐしゃと掻き回すと、再び大きなため息をついて言う。
「わかった、とりあえず今日のところは帰って貰って結構だ。だが勘違いするなよ?私は納得したわけではないからな。この件はよく検討し直してから蒸し返されることもあり得ると覚えておいて貰おう」
「……わかった、覚えておくわ」
ちっとも覚えておく気がなさそうな態度でナーベラルが答え、踵を返して退出する。アインザックは三度ため息をつくと、がつんと机に額を押し当てて突っ伏した。
「……よかれと思って黙認されてきた慣習も、こうなると問題にすべきなのか……」
ちなみにこの日以降、エ・ランテル冒険者組合における新人冒険者への「洗礼」は、禁止するまでもなく完全に廃れることとなる。やろうとする奴が居なくなったためだ。悪習ながら、新人にとって良い経験になるということも事実であったため、そのことがこれ以降の新人にとって手放しで良いことであるとは言い切れなかったのだが。
◆
ナーベラルが組合長の執務室を退出し、今度は誰にも邪魔されないどころか、どこぞの預言者の如く人混みを自然に分かれさせながら歩いていく。受付でンフィーレアの借りた部屋の位置を確認すると、そこに向かって到着するなりノックした。「どうぞ」との声を受けてドアを開き、中に入る。連れの全員が揃っているのが目に入った。ただしハムスケを除く。
「終わったわ」
「お疲れ様です、ガンマさん。……さっき何か奥で騒ぎがあったみたいなんですけど、何が起こったか御存知ですか?」
ペテルがそう口にすると、ナーベラルは少し考えてから答えた。
「さあ、別に
後日、噂を耳にした漆黒の剣の面子がドン引きすることになるのだが、この時の彼女に嘘を吐いたつもりはない。
「そうですか……あれ、
ナーベラルの手に提げられた銅製の
第三位階の
「ああ、それは明日にしたわ。そういう手続きって何かと煩雑で、時間のかかるものでしょ。もう日暮れなのに、これからあんたの家まで行って荷物下ろして、それから宿探しとか、下手したら泊まれないじゃない」
ナーベラルの予想では、組合全体が蜂の巣をつついたような騒ぎになる筈であった。それを聞いたエンリが意外そうに呟く。
「ちゃんと荷下ろしまでつきあってくれるつもりなんだ……」
ナーベラルがじろっとエンリを見ると、エンリはさっと目を逸らした。ンフィーレアはそれをかばうように慌てて口を開く。
「そんな、ガンマさんはうちに泊まって貰って結構ですよ?なんといってもエンリとネムの命の恩人なんですから、エ・ランテルに居る間ずっと滞在してくれて構いません」
それを聞くと、少し間を置いてナーベラルはぽつりと呟いた。
「……あなたの家。壁は厚いのかしら?」
「え?普通だと思いますが、それはどういう……」
意味ありげにンフィーレアとエンリを交互に目配せして見せたナーベラルの仕草に、何を言われているのか理解するにつれ二人の顔がだんだん真っ赤に染まっていく。
「ガ、ガガガガガンマさんっ!?」
「……冗談よ」
まさかナーベラルにそんな冗談を言われるとは思っても見なかったンフィーレアの声がひっくり返る。「え、それってどういうこと?」と問いかけるネムの頭をぐしゃぐしゃと掻き回しながら「な、なんでもない!何でもないのよ!」と叫ぶエンリ。それを見てナーベラルの頬が少し、ほんの少しだけ緩んだ。
「結婚しよ」
それを見たルクルットが思わず呟いたが、ナーベラルはそれを完全に無視した。
◆
組合の外に出てハムスケと合流した一行が、ンフィーレアの家に到着した頃には完全に日が暮れ、宵闇が広がっていた。魔法の明かりを灯したランタンで暗闇を追い払うと、馬とハムスケを納屋に案内し、みんなで薬草を貯蔵庫に下ろしていく。
「おばあちゃんは居ないのかな?今回は大事な話があるんだけど……」
ンフィーレアが不思議そうに呟く。自分の作業に没頭して聞こえてないのかもしれないし、こんな時間だがまだ出かけているのかもしれない。高齢とは言えまだまだ元気なので、そういう心配は要らないとは思うが。大事な報告をするのに心の準備が必要なので、居ないならそれでいいのかもしれない。
「とりあえず、果実水が母屋に冷やしてありますので、皆さん飲んでいってください」
そう声を掛けて一同を母屋に案内しようとすると、向こう側から扉が開いた。
「はーい。お帰りなさーい」
肩口の上で短めに切り揃えられた金髪の女が言った。可愛らしいと言ってもいい顔立ちだが、どこか不安を感じさせるようなねっとりとした目つきでンフィーレアを見る。
「待ってたんだよー?」
元漆黒聖典第九席次の女戦士――クレマンティーヌは露出の大きいスケイルメイルをちゃらちゃらと鳴らしながら、そう言って唇の端をにいいっと吊り上げ、不気味な笑みを浮かべた。
さあクレマン……ゲフンゲフン、ンフィーレアの運命や如何に!(棒)
あれおかしいな……デレの方も一段階進めとこうと思っただけなのに、直前のイベントと合わせるとサイコパスっぷりが強調されるだけに思えてきたぞ( ´∀`)