ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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 前回のあらすじ:
 覇王じゃないから普通に押し倒せるよ!
 やったねンフィーレア!

 書いてるうちにナーベちゃんが悪ノリした。今は反省している。



第十五話:カルネ村の行く末と王国戦士長

 それからのエモット家は、慌ただしい騒ぎとなった。

 引っ越しのための荷造り。この家には住人が残らないため、必要な物は残らず持っていくことになる。ただし、向こうに既にある物は置いていく。その為、エンリとンフィーレアはあれこれと相談しながら必要な物を決めた。

 大型の家財道具は不要、寝具などもエ・ランテルで買ってしまえばいいじゃないか、そういうことになったが、それでもそれなりの荷物にはなる。エモット家に馬はなく、ンフィーレアの連れてきた馬は薬草を運搬せねばならない。

 解決策は意外なところからもたらされた。

 

「荷車を用意すれば、ハムスケに引かせるわ」

 

 だから、私をエ・ランテルに案内しなさい。そのようにナーベラルが申し出たのだ。漆黒の剣の面子がわっと喜ぶのを、特にルクルットを嫌そうにナーベラルは一瞥したが、それで申し出が取り下げられることはなかった。

 案内するだけで騎獣と(凄腕の)護衛がつく。そのような美味しい話を断る理由はない。ンフィーレアは快諾したが、エンリがやや困ったように問いかけた。

 

「私たちにはありがたい申し出なので嬉しいのですが……そもそもガンマ様は戦士長様が来るのをお待ちになっていたのではありませんか?」

 

 それを聞いたナーベラルは不思議そうに首を傾げた。

 

「ん……?あー、別にストロガノフとは何か約束した訳じゃないし、いいのよ別にあんなもんほっとけば。元々きっかけを待ってぐずぐずしてたみたいなものだし、大森林でやりたかったことは終わってるし。あなた達が引っ越すというのならそれもいい機会なんでしょうね」

 

 仮にも王国の重鎮、国王の懐刀たる戦士長に対する意識の軽さに、ンフィーレアと漆黒の剣の面々は目を剥いた。エンリは今更なので驚いたりしなかったが。完全にびびったンフィーレアが出立をもう少し先に延ばしましょうかと言いかけるのを睨んで黙らせる。ナーベラルの方には、ここでこれ以上ぐずぐずする理由はないのである。都市から都市、国から国、そのように放浪して情報を集めねばならない。カルネ村で得た情報でその為の計画はだいたい整った。まずはエ・ランテルにて冒険者とやらに登録するのである。

 

 

 出立の日。朝焼けが収まって太陽が昇りきった早朝、ンフィーレアの一行はカルネ村を出発する準備を整えた。

 この日ばかりは村人も仕事の手を止め、命の恩人と大事な隣人の門出を総出で見送るために集まっている。そんなわけで、出立は家の前ではなく、中央広場で挨拶を済ませてからということになった。そんな人々を、ンフィーレアは内心後ろめたい思いで見渡す。

 結局村の危険を皆には話せなかった。考えてもみて欲しい、「周囲のモンスターを威圧してた強い人は僕たちが連れていくので、その後はこの村が危険に晒されますからがんばってくださいね。僕らには関係ないですけど無事をお祈りしてます」などと、どんな顔で告げろと言うのか?ナーベラルなら平然と告げるだろうが、生憎彼女にはそもそもそれらの事態に対する認識がない。「漆黒の剣」の面子も沈黙を守った。生死をかけた冒険を過ごした中で、冒険者はできないことに対する割り切りが早いのだ。彼らは依頼主の恋人、まもなく嫁を事前に救ったことで十分満足していた。

 

 ンフィーレアが乗ってきた荷馬車には薬草が満載されており、御者台には行きと同じくンフィーレアが乗る。それに追加でエンリが乗ることになった。エンリは最初驚いて拒否したが、皆がニヤニヤしながら荷物の量を調節したりして言い訳を潰していくので諦めて開き直ることにした。

 もう一方、エモット家の納屋から引っ張り出してきた荷馬車にはエンリの嫁入り道具、僅かな引っ越し用の家財道具が置かれ、余ったスペースには薬草が積み込まれている。形だけの御者台にはナーベラルとネムが座る。ハムスケが引くので形だけであり、御者をこなす気などさらさらないが。ネムを乗せてくれることにエンリは礼を述べたが、なんのことはない、ネムを歩かせたら全体の速度が子供の足基準になるのを思ってうんざりしただけである。少なくともナーベラル本人は、自分が判断した理由をそのように思っている。

 ハムスケは馬のように荷馬車に固定されず、自分の意思で荷馬車を引いて、必要に応じて連結を解除して自由に行動できるようになっている。意思疎通のできる魔獣ならではの措置である。そんなハムスケは、今はンフィーレアの馬に道中よろしく頼むでござると挨拶していた。馬の方も一声いなないてハムスケの顔を舐めたあたり、数日寝食を共にするうちに友情が芽生えたらしい。

 

「ガンマ様、今まで本当にありがとうございました」

 

「……あなた達もこれから大変だろうけど、まあ頑張ってね」

 

 これが最後と頭を下げる村長に、ナーベラルは(彼女にしては)礼節のある言葉を返した。その内容を聞いてンフィーレアはぎくりとする。カルネ村をこれから襲う困難を、ナーベラルが認識している様子はこれまでなかったので、おそらく本当に社交辞令なのだろうが……

 今からでも言うべきだろうか。言って罵声と共に見送られれば満足なのか。そのように煩悶とするンフィーレア。ンフィーレアが逡巡する間にも、エンリとネムが村人との別離の挨拶を済ませていく。

 そうしていよいよ出立という運びになったとき、ハムスケが鼻をヒクヒクさせて後足立ちになった。

 

「フム……お早いおつきでござるな。姫、ガゼフ殿が来たようでござる」

 

「……へえ?」

 

 一同がその言葉に釣られて遠方を透かし見ると、やがて土煙を蹴立てて疾駆する三騎の騎影が見えてきた。

 中央の馬に騎乗するは王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。その卓越した乗馬技術で、左右の騎手なしの馬を併走させている。その装備は、腰に差した剣と皮鎧のみであり、以前訪れたときより更に簡素な物となっているが、これは限界まで重量を減らす目的があると見える。右の馬には、小柄な人間ならば入りそうな大きさの頭陀袋が鞍の上にくくりつけられて揺られている。左の馬は空であり、これはおそらく替え馬であるだろう。馬を交代で休ませながら、強行軍を重ねてここまできたものと思われた。

 

 一同が見守る中、ガゼフは広場の端まで馬を進ませると、手綱を引いて立ち止まった。一同の様子を見渡して、荒い息をつきながらにっと笑う。

 

「どうやら……ぎりぎり間に合ったようだな。お久しぶりだ、ガンマ殿」

 

「そうね、ストロガノフ。……随分と早かったじゃない?」

 

 口の端を僅かにつり上げ、面白そうに告げるナーベラルの声を聞き、ガゼフの笑みが深くなった。

 

 手品の種は単純、ガゼフは王都まで帰還していないのである。

 最寄りの城塞都市エ・ランテルは国王の直轄領である。故に貴族派閥に弱みを握られることなく動くことが可能となる。

 ガゼフはエ・ランテルで補給を受けると、自分に付いてきた僅かな部下に報告を託して王都に送り出し、徒歩でエ・ランテルを目指して移動中の残りの部下の受け入れ態勢を指示して一息つくと、エ・ランテルの都市長パナソレイの下へ向かった。

 

 エ・ランテルを治める都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアは、ぶくぶくと肥え太っただらしない体に薄くなってハゲかけた髪を持つ、有り体に言えば物語に出てくる悪徳商人や大臣を具現化したような外見の人物である。

 しかしその中身については、怜悧で知的な油断のならない実力者であることをガゼフは知っている。故に、ガンマという魔法詠唱者(マジック・キャスター)の重要性を、ガゼフの報告を受けて即座に理解し、ガゼフが王の名で(勝手に)申し込んだ借金の申し込みを快諾した。

 

 エ・ランテルの運営資金から一時的に立て替えるだけとは言っても、大金を動かすにはそれなりに準備がかかる。ガゼフとパナソレイは協力して身の回りの貴重品を引っかき回してよさげなものをかき集め、どのくらいの量が相応しいのか考えつつも馬で運ぶことを考慮した限界まで、頭陀袋に宝石類と貴金属を押し込んだ。ガゼフとてアホではない、ナーベラルが宝飾品で着飾って喜ぶような人間だとは思っていないが、何が好みか分からないのも事実なので貴重品を適当に選んだだけである。

 そうこうするうちにに現金の準備が整って、最後に金貨を詰め込んで、取り急ぎ戦士長の命を救った恩賞一丁上がりである。自分用、荷物用、替え馬の三頭立てを用意させると、休憩もそこそこに昼夜を選ばず馬を駆ってカルネ村まで舞い戻った。もちろん、結局は馬の方が潰れてしまうため、随所で休息はとっているのだが。

 

「……できる限り急がせて貰った。その甲斐はどうやらあったようで嬉しいよ。こちらが急いでまとめてきた先日の件の謝礼になる。どうか受け取って欲しい」

 

 ガゼフはそう言って、一抱えもある頭陀袋を馬の鞍から外すと、ナーベラルに手渡した。下手な人間より重い、少なくともネムよりは重い金貨の詰まった袋を受け取るや、ナーベラルはその重さに顔をしかめて地面に袋をぞんざいに投げ出した。袋の口からこぼれる金貨の輝きに、村人や「漆黒の剣」の面々が眩しげに瞠目する。

 そのまま袋の中身をあらためて、金貨の詰まった小袋を選んでひょいひょいと手元に放り込む。手品のように消えていく金貨の袋を、目をぱちくりさせてネムが興味深げに眺め、ガゼフの表情が険しくなった。

 

(……空間収納の魔法か?……これはますます目が離せないな……)

 

 そんなガゼフの様子にも頓着せず、ナーベラルは金貨の袋だけを取り出すと、立ち上がってカルネ村の住民達の方に顎をしゃくった。

 

「残りは要らないからあなた達にあげるわ」

 

「へっ!?」

 

 驚いたのは村人達である。目を白黒させながらもその瞳に欲望の輝きが灯るのを皮肉げに見やると、ナーベラルは言葉を続けた。

 

「その金で新天地でも目指して、新しい人生を始めなさい」

 

 その言葉に愕然とした一同の視線が集まる。

 

「私たちが居なくなったらこの村は滅びるでしょう?だから、その前に引っ越せばって言ってるのよ」

 

 ンフィーレアは呆然とした。村の危機に気づいた様子を見せなかったナーベラルは、実はそんなことはとっくに分かっていて、こうして救済案を提示してみせた。やっぱり凄い人だったんだと内心の尊敬を新たにする。

 忸怩たる思いに恥じ入るンフィーレアには、戦士長が今来なければどうなっていたかに気づく冷静さは残っていない。ハムスケから話を聞いたナーベラルは、村の運命を知ってはいたが気にもとめていなかったので、実際には放置して立ち去る寸前だった。

 

 

 ナーベラルがその頭陀袋の中身を検めた時の感想は。

 

(なに、このガラクタ……)

 

 というものであった。補足するならば、ナザリック地下大墳墓の金品財宝を知るナーベラルにしてみれば、手渡された金銀宝飾の類がほとんどゴミにしか見えなかったのである。ナーベラルから見ればおよそ無価値にしか見えない見窄らしい装飾品類を、それでも一応<魔法探知>(ディテクト・マジック)でチェックし、魔法を付与された装備品がないことを確認すると、それで興味はほとんど無くなった。

 

(こんなガラス玉で水増しするとは、ストロガノフも存外みみっちい奴ね……)

 

 口に出したらガゼフが絶句すること間違いなしの失礼な感想を抱きつつ、ナーベラルは自分に必要なものを考える。貨幣は要るだろう、さすがに。そう思ってひょいひょいと金貨の袋を選んで収納(インベントリ)の中に放り込んでいく。残りのナザリック基準で見れば無価値な品物(ガラクタ)をどうするか考えて、すぐにこんなもの要らないという結論に落ち着く。容量に余裕はあるが無限ではないし、そもそも整理の邪魔になる。

 この時ナーベラルには、これらの金品類が貨幣に換算すれば自分がしまい込んだ金貨の量より遙かに高値がつくという事実は想像の埒外である。彼女にとってガラクタでもこの世界ではそうではないかもしれないという発想はない。

 

(ま、余程慌てて詰め込んできたんでしょうし、間に合ったことくらいは評価してやってもいいか)

 

 そんなことを考えていると、彼女はカルネ村の住人達が随分とガラクタに目を奪われているらしいことに気がついた。こんなものが欲しいとは物好きな連中だが、ストロガノフに突っ返してなにかいいことがあるわけでもないし、欲しいならくれてやれと思って声を掛けると感動して平伏する。ちょっと気分が良くなったので、そういえばで思い出した村の運命について忠告すると、想像もしていなかったのか村人達の間に驚愕が広がった。逃げればいいじゃないと口にしたら村長達は感涙にむせんだが、そこで戦士長が沈痛な顔で口を挟んできた。

 

「待たれよ。ガンマ殿が報酬をどのように使おうと当然それは当方が口を挟むところではないが……住民がこの村を放棄するのは認められない……」

 

 その言葉を聞いて村人達がはっとする。耕作地の放棄を禁じた王国法については、文盲の者にまで口を酸っぱくしてさんざん言い含められて来た経緯がある。その存在はすぐに思い出された。

 それらの事情の説明を受けたナーベラル、なぜか楽しそうに口元をつり上げる。その顔に浮かべた冷笑は、もし長姉(ユリ)が目撃すれば「またこの子は悪いとこばっかり(ルプー)に影響を受けて……」などと嘆息すること請け合いの、酷薄な笑みである。

 

「へえ~?良かったわね皆、王国戦士長さんはあなた達に死んでほしいんですってよ」

 

 言いながら性悪な笑みを浮かべて見やるのは声を掛けた村人達ではなくガゼフの方。ガゼフが苦悩に顔を強ばらせるのを見て楽しんでいるのは明白である。ろくでもない話だ。村長が困り顔で問いかける。

 

「戦士長……王国法については私どもも当然存じておりますが、それはこのような場合にも適用されるものなのでしょうか?」

 

 ガゼフは苦い顔をして声を絞り出す。

 

「例外となる可能性がないとは言わないが、それは勝手に移住したのを後から追認されるようなものではない。まずは状況を説明した請願を出し、それが認められてからという手順を踏まねば……」

 

「それで認可を待ってる間にこの村は廃墟になるってわけね」

 

 くっくっと笑いながら揶揄するナーベラルを、ガゼフは惨めな顔で見返した。その様子を、いろいろな意味で呆然としながら眺めることしかできない「漆黒の剣」とンフィーレア。エンリとネムはわりと慣れた。

 

 結局、悶着の末。

 移住が許可されるにせよ、あるいは村が抱える危機になんらかの援助がされるにせよ。行政側がなんらかの動きをもたらすまでは、ガゼフの裁量でカルネ村を警護することになった。取り急ぎ、部下を村に呼び寄せるまでは、王国戦士長が手ずから一人でモンスターの間引きを務める。自分の権限でなんとしてでも村の窮状はなんとかする、決して悪いようにはしないと述べるガゼフに、仰天してひたすら恐縮する村人達をなだめつつ、ガゼフは思考を巡らせる。

 

(予想外の事態なのは認めるが……差し引きで考えれば、そうマイナスでもあるまい)

 

 ガゼフにとって、現時点での最重要項目はナーベラルの動きである。彼女の興味を引けたし、趣味嗜好の一端を垣間見たと思えば、自分が暫くカルネ村に拘束されることなど安い物である。

 

(笑顔も見れた。些か悪趣味ではあるが……それだけ気を許してきたと考えてもいいのではなかろうか)

 

 とりあえず縁を繋ぐことには成功した。後はこれをどうにかうまく育てねばならない。ガゼフは珍しくニヤニヤしながらまあお仕事頑張ってねと告げてきたナーベラルに、部下とパナソレイに対する手紙を託した。ついでにナーベラルの身元に関する推薦状もつけておく。嫌そうな顔をしたらンフィーレアに頼み直すつもりだったが、機嫌が良かったのか、ナーベラルは大人しく受け取って手元にしまう。

 

(それに、こう言ってはなんだが、意外と情に篤い所もあるのかもしれん。正面から情に訴えるのもあるいはありかもしれんな……)

 

 勘違いではあるが、ナーベラルの心理の動きを全く無視して、受け取った報酬の大半を気前よく村人達に分け与えたことに着目すればそういう解釈になる。ガゼフにその間違いを正す術はない。

 力一杯手を振りながら叫ぶ村人達と共に、ガゼフは一行が出立するのを見送った。ここからが正念場であるが、ガゼフにしてみれば近隣のゴブリン退治など、気負うにも値しない。ここ数日は骨休め気分で村の警護に勤めるとしよう。

 

 その後、部下が到着するまでたった一人、二十四時間体制の警護任務を鼻歌交じりで務め上げた王国戦士長は、()カルネ村住民の伝説となるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 会議室を退出した彼の顔は余程こわばっていたらしい。

 

「どったのー?随分コワイ顔しちゃって。イケメンが台無しだよ?」

 

 いつものように会議をサボった番外席次から、いつもとは違う声がかけられ、彼は思わず頬から顎をなで回した。

 

「いえ、ちょっと難題を申しつけられまして……陽光聖典の立て直しのために、指揮官として漆黒聖典から人を貸して欲しいと命じられました」

 

「ほおー」

 

 優れた指揮官は兵士の能力を何倍にも引き上げ、その逆もまたしかり。予備役と新人未満の弱兵から立て直しを図らざるを得ない陽光聖典が、せめて優れた指揮官の下で兵の育成を図りたいと思う意図は分かる。

 ただ、漆黒聖典は英雄級の存在の集まりと言えば聞こえは良いが、それが意味するところは優れた「個」が肩を並べて行動しているだけであり、また厳選した少数精鋭であることもあって、部隊の指揮がどれほどとれるかには疑問が残る。正直、ニグン・グリッド・ルーイン程の優れた指揮官となれる者はメンバーには居ないのではないかと彼は思っている。

 無論それでも、残った陽光聖典の中から選ぶよりは余程ましではあるのだろう。

 

「それで、ただでさえ少ない面子を削られて不満なわけだ」

 

「いえ、必要なことであるのは理解しています」

 

 陽光聖典と漆黒聖典は、例えるなら車輪の両輪である。実力者の厳選に厳選を重ねて強敵を狩る漆黒聖典と、訓練を重ねた熟練兵を集めて数多い脅威を間引く陽光聖典。どちらが欠けても、人類の守護という目的は叶わない。漆黒聖典だけが健在でも、彼らが亜人を狩って回るわけには行かないのだ。メンバー一人一人が十人に分身でもしない限り手が足りなさすぎる。

 

 故に陽光聖典に手を貸すことに異存はない。異存はないが、欠けたメンバーの穴をどのようにカバーするかは頭が痛い。

 そのように説明すると、番外席次の少女はけらけらと笑って言った。

 

「なんだ、そんなことか。簡単じゃん、減った分は増やせばいい」

 

「……簡単に仰いますが、漆黒聖典の面子が務まるような人がどこに余っているというのです?国内の実力者は根こそぎ集結済みでしょうに」

 

 そう言いながら、隊長は自分が口にした言葉で、相手が次に何を言い出すのか予想がついた。国内に人は居ない、ならば。

 

「あの子に責任とってもらって漆黒聖典に入れるのよー。どう、簡単でしょ?」

 

「あの子というのは、かの魔法詠唱者(マジック・キャスター)のことですか」

 

 予想通りの言葉に苦笑が漏れる。

 

「そ。あなたは隊長だから抜けようがないし……あなた以外だったら、誰が抜けたってその子が代わりに入ればお釣りが来るでしょ?ほら解決した」

 

「いやいや、ちょっと待って、そりゃあ確かにそうなれば心配要らないでしょうよ。でも、彼女をどうやって仲間にするかがまるごとすっぽ抜けてるじゃないですか!」

 

 彼が文句を言うと、番外席次は唇を吊り上げて艶然と微笑んだ。

 

「なんだ、そんなこともわかんないの?」

 

「わかりませんよ!って……あるんですか、何かアイデアが?彼女の為人すら分からないのに!?」

 

「あるよー」

 

 番外席次はそう言うと、ちょいちょいと指で隊長を招いた。隊長が顔を近づけると、艶やかな唇を彼の耳にそっと寄せて囁く。

 

「ちょっと行って捕まえてきてさ。あなたが()()()ちゃえばいいじゃん」

 

 その言葉に思わずむせる。

 

「そりゃ性格は知らないけどさ。絶世の美女なんでしょ?強くて美人。結婚相手の三大条件のうち二つを満たしてる、お得!あなただってイケメンで強いから、向こうにもお得。特務聖典の穴も埋まってみんなハッピー!」

 

「……ちなみに残り一つの条件はなにかお伺いしても?」

 

「ん、まあ……性格?私は強さ以外の条件はいらないけど、世間に迎合して条件を増やすならそんなもんでしょ」

 

 そう言って小首を傾げる少女に、隊長はため息をついて言った。

 

「……まあ、冗談としてはなかなかでしたよ」

 

「冗談じゃないよ-。この目が冗談に見える?」

 

 そう言って彼の顔を覗き込んだ彼女の目が予想以上に本気で、隊長は困惑を覚えた。

 

「……なにが狙いなんです?」

 

「……あなたたちの子供よ。あなたじゃ私には届かない。その子も私には届かない。でも二人の血を掛け合わせたら?あるいは面白いことが起こるかも知れない」

 

 隊長はその言葉で得心した、なんとも彼女らしい発想だと思ったからだ。受け入れるかどうかは全く別の話だが。

 

「普通の相手と結婚したって、神人の血は薄まるばかり、まれに覚醒したところであなたに近づくのがせいぜいでしょう。でも、異なる二つの英雄の血が混ぜ合わさればさ?」

 

 少女は芝居がかった仕草で両手を広げた。

 

「知ることができるかもしれない、敗北の味を」

 

 だから、元気な男の子を産ませて頂戴、私に勝てた暁にはその種を貰わきゃいけないからね。漆黒聖典番外席次”絶死絶命”はそう言ってニヤリと笑った。

 

 




 ナーベラルのこうかんどが1あがった!
 (NEXT→1/9999:レベルアップすると名前を間違えて覚えていたことに気がつきます)

 番外さんの顔が板垣顔で刷り込まれてる読者は決して私だけではないと信じていますが……
 気がついたら頭の中で松本梢江と姫川勉が会話してました( ´∀`)
 このままバキワールドがスレイン法国を侵食していった日には、漆黒聖典の次回登場シーンが全選手入場になってしまうかもしれません。まあ登場予定自体ないけど( ´∀`)
 
 あ、繰り返しになりますがこのSSにおけるナーベちゃんのカップリング可能性は0%で(ry


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