ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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 前回のあらすじ:
 「リュラリュースは置いてきた。修行はしたがハッキリ言って邪m……、もといこの先の戦いにはついてこれそうもない」



第十三話:ンフィーレア・バレアレと漆黒の剣

「皆さん、見えてきましたよ。あれがカルネ村です」

 

 なだらかな丘陵を越えて、遙か広がるトブの大森林。その切れ目からそれほど離れていないところに広がる麦畑。その畑の向こうに、村落の存在を主張する家々が見えてきた。

 口を開いたのはンフィーレア・バレアレ。目を覆い隠すほどの長い前髪が特徴の、内気そうな少年であった。一見どこにでも居そうな坊やだが、こう見えて家業を手伝う優れた薬師であり、何よりもその異能(タレント)は城塞都市エ・ランテルでも知らぬものの無いほど有名かつ有用なものであったため、エ・ランテルで一番の薬師と名高い祖母と一緒にちょっとした有名人となっている。

 

「最低でも水の補給はできますね。あとは保存食でない食料を分けて貰えるといいですねえ」

 

 相槌を打ったのは護衛を務める冒険者パーティー「漆黒の剣」のリーダー、ペテル・モークである。ありふれた金髪碧眼に目立つ特徴はないが整った顔を持つ、落ち着いた雰囲気の戦士である。今回、定期的にトブの大森林の薬草を採取に来ているンフィーレアの護衛として雇われた、(シルバー)ランクの冒険者であった。

 

「そうだな。やっぱり保存食ばっかだと飽きるもんな。ンフィーレア君の友人ならご馳走してくれるだろ?お相伴にあずかろうぜ」

 

「こらルクルット、図々しいですよ」

 

 皮装備で軽装に纏めた細身の金髪が野伏(レンジャー)のルクルット・ボルブ、それをたしなめたのが年若い茶髪の少年、魔法詠唱者(マジック・キャスター)のニニャである。これに森祭司(ドルイド)のダイン・ウッドワンダーを加えた4人が、チーム「漆黒の剣」の全構成員であった。

 

「まあ、気持ちは分かるのである!温かい食事は精神を温めてくれるのである」

 

 ダインがそう言うと、仲間達の皮算用に苦笑しながらペテルが問うた。

 

「まあそれはおいて、ンフィーレアさん、これからどうするんです?その友人の家を訪ねるんですか?」

 

「んー、そうですねえ。とりあえずカルネ村を拠点にできれば数日滞在して積載限界まで薬草を集めたいので……村に入ったらエンリの家に挨拶して、荷物を置かせて貰って……まだ日も高いですし、できれば今日から採取に入りたいですね」

 

 ンフィーレアが今後の予定を口に出すと、一行は頷いた。そんな中、ルクルットがンフィーレアに近寄る。

 

「どうかしましたかルクルットさん?」

 

「で、そのエンリって娘……好きなのかなやっぱ?」

 

 ニヤニヤしながら問いかけるルクルットの台詞にむせるンフィーレア。周りを見ると、ペテルはニコニコしているし、ニニャは我関せずと言った顔。ダインは困ったものであるといった様子で、助けが入る様子はない。

 カルネ村に入るまで、からかい半分の尋問は続いた。

 

 

「んー……なんか変な雰囲気だな?」

 

 とくに見咎められることもなくカルネ村に入り、周囲を見回してルクルットがぼやいた。ペテルもやや落ち着かなげに首を傾げる。

 

「なんというか……活気が感じられませんねえ。開拓村だしこんなものかもしれませんが……どうですンフィーレアさん?」

 

 問われたンフィーレアは険しい顔をした。

 

「いえ、今日の雰囲気は僕が知ってるカルネ村より寂しいですね。第一外に出ている人をここまで見かけないのは……記憶違いかも知れませんが、家の数が減っているようにも感じられます。なにかあったのかもしれません」

 

 麦畑で農作業をしている人は居たから、無人というわけではないが。居住区の方には人の姿がほぼ見あたらない。

 

「とにかく、エンリの家に向かいます。何か事情があるならそこでわかるでしょう」

 

 心中わき上がる不安を自覚すると、ンフィーレアは護衛の四人を促して馬を進める。すぐに目的の家が見えてきた。とりあえず記憶通りの家が残っていることに僅かな安堵を覚える。

 ンフィーレアは馬から下りると手綱をペテルに任せ、ドアをノックした。

 

「おじさん、おばさん、バレアレです!エンリ、ネム!居ないのか!?」

 

 やきもきしながら待っていると、中から足音が近づいてきて、ドアが開いた。

 

「……へ?」

 

「……どちら様?」

 

 知人の家から見知らぬ美女が出てくるという予想外の出来事に不意を突かれ、ンフィーレアは完全に硬直した。

 小脇に鉢植えを抱えたまま、ドアを開けて顔を出したナーベラルは、そんなンフィーレアの顔をじろじろと無遠慮に眺めた。そのまま前髪に隠れた瞳を透かそうとするかのように覗き込む。

 

(……ち、近い!近いって!!)

 

 美女の顔の接近にのぼせ上がって茹で蛸のようになったンフィーレアは、それでもなんとか声を絞り出した。

 

「あのっ、こちら、エモットさんの家ですよね?僕は、その、エ・ランテルの薬師でンフィーレア・バレアレと言うのですが、エモットさんはご在宅ではないのでしょうか?」

 

 その台詞にナーベラルは首を傾げた。

 

「なるほど、あんたがそろそろ来る筈だから治療薬(ポーション)を分けて貰うって言ってた知り合いの薬師か。エンリなら墓参りに行ってるわよ。もうすぐ戻ると思うけど……」

 

 その言葉の内容が頭に入ってくるにつれ、ンフィーレアの顔が緊張を孕む。

 

治療薬(ポーション)?墓参り?それに貴女は……」

 

「あー、そういうの面倒だからパス。墓に行って本人に聞くか、戻ってくるのを待って本人に聞いて頂戴」

 

 ナーベラルはひらひらと手を振ると、墓の方向を指さした。

 

「ただし、私はあなた達を家に上げるつもりはないからそのつもりで」

 

 推定知人の知人、でしかない以上それは当然のことであると思い、ンフィーレアは頷いた。こちらを無表情に見つめるナーベラルに背を向けてペテル達の下に向かう。

 

「な、なあンフィーレア君。君の話には出てこなかったと思うんだけど、あの凄え美人、誰?それともまさかあの娘がエンリちゃんなの?」

 

 そもそも容姿が王国民の系統ではないため違うだろうとは思いつつ問いかけるルクルット。普段はその生き様をぶれないなあなどと感心する余裕があったが、今はそれどころでは無かったためンフィーレアの反応は固かった。

 

「……いえ、あの人とは僕も初対面です。すみません、エンリに会いに行ってくるので、ここで馬を見てて貰えますか」

 

 硬い声に含まれた焦りの調子に、ルクルットの笑みが引っ込んだ。ペテルが了解の意を告げると、ンフィーレアは小走りに村の奥へと駆けだした。

 

「何事であるか……?」

 

「わかりませんが、何かあったことは確実ですよね。どうしましょう、あのお姉さんずっとこっちを見てますけど……挨拶とかします?」

 

 睨みつけるという程ではないが、じっと四人を無表情に観察してくる様子のナーベラルに、ニニャが居心地悪そうに身じろぎした。

 

「そうですね……まだ紹介もして貰ってないわけですけど、でもンフィーレアさんも知らない方だと言ってましたよね……つまり相手はエモット家のお客さん?なわけで、ちょっと反応に困りますね……」

 

 難しい顔をして考え込むペテル。どのみち荷物は置かねばならないのだが。そうする間に、ルクルットが飄々とナーベラルに近寄っていく。

 

「あ、おい、ちょっと待……」

 

「こういう時は頼りになりますねえある意味……」

 

 ニコニコしながら近寄ってくるルクルットを、ナーベラルは無表情に観察する。存在感からするにたいした強さではないので特に警戒はせず、黙って見守っていると、ルクルットは片手を上げて挨拶した。

 

「初めまして!結婚してください!」

 

 ナーベラルの顔が困惑に歪む。残りの三人が腰砕けになるのが見えた。

 

「あ、違った!初めまして!俺はルクルット・ボルブ、おつきあいを前提に結婚してください!あれ?違うな、結婚を前提に付き合ってください!」

 

 ナーベラルの視線の温度がだんだんと下がっていくが、全く気にする様子はない。

 

「それで、美しき姫君、貴女の御名前を伺う栄誉を俺に与えてくださいませんか」

 

 この下等生物(ウジ虫)殺してもいいかなあ。半ば現実逃避気味にそんなことを考えているとも知らず、ルクルットはあれこれと語りかける。立て板に水とばかりにしゃべりまくるルクルットにタイミングを逸したナーベラルが反応できずにいると、ルクルットがふいに真顔になって飛び下がった。

 

「うおっ!?」

 

「姫、どうしたのでござる?」

 

 納屋から庭に出てきたハムスケが覗き込んでいた。「漆黒の剣」の四人は、その圧倒的な存在感を前に抜刀はしないものの、完全に身構えている。

 

「ああ、なんでもないわハムスケ。お客さんらしいんだけど……今確認のためにエンリを呼びに行ってる」

 

「ふむ、成る程。それがしができることはなさそうでござるな。あ、戻ってきたでござるよ」

 

 鼻をひくひくさせてハムスケが顔を横に向ける。一同がつられてその方向を見ると、エンリに肩を貸したンフィーレアと、その横にネムが連れだって歩いてくるのが見えた。

 

 

「僕からもお礼を言わせてくださいガンマさん。大事な……友人のエンリ達を助けて頂き、本当にありがとうございました」

 

 エモット家の中で簡単に紹介をすませると、ンフィーレアはナーベラルに深々と頭をさげた。ナーベラルが気のない様子で生返事を返すのもそこそこに、ンフィーレアは護衛の四人に告げる。

 

「そういうわけで、今日はエンリに治療薬(ポーション)を調合してあげたいので、薬草の採取は明日からとさせてください」

 

「了解しました。……私たちはどこに泊まればいいんでしょうか?」

 

 そう言うや早く、こんなことならもっとちゃんとした道具を持ってくるんだった、などと呟きながら荷物をひっくり返し始めたンフィーレアに代わり、エンリがペテルの質問に答える。

 

「……よろしければ、家にお泊まりください。寝具の数は足りませんが、部屋は空いていますし」

 

 家人の数が減ったから。暗にそう言って顔を暗くするエンリに、何とも言えない表情でペテル達は気まずげに顔を見合わせた。

 

「それがお嫌なら、空きの家も今は結構ありますので、それを借りられるように村長と交渉してもらっても結構ですけど……」

 

「いや、大丈夫です、屋根と壁があれば十分な待遇ですよ。冒険者ですから野宿も慣れたものですしね」

 

「お馬さんハムスケを怖がったりしないかなあ?」

 

 そこにネムが口をはさんだ。今現在納屋は家に入れないハムスケのねぐらである。人間の冒険者ですら見ただけでびびるハムスケと、馬が一緒に寝られるだろうかというその指摘はなかなかもっともではあった。

 

「心配してくれてありがとうである!慣れるまで<沈静化>(サニティ)の魔法をかけておけば大丈夫だと思うである」

 

 ダインが微笑んでネムの頭を撫でると、ネムはくすぐったそうにした。

 

「ガンマ様、ハムスケはお馬さん食べちゃったりしないよね?」

 

「本人が聞いたら泣きそうな台詞ねそれ……言葉がわかるんだから駄目と言えば食べないわよ……(たぶん)」

 

 やや呆れた表情で返すナーベラルに、ネムは「えへへ」と笑って誤魔化す。

 

 ンフィーレアがエモット姉妹と治癒薬(ポーション)を作りに行くと、何か話しかけられる前にナーベラルは立ち上がってふらっと外に出た。ルクルットが声をかけるよりも早く、ハムスケに飛び乗って瞬く間に視界の外へ消える。

 

「うわぁ……」

 

「嫌われましたねルクルット。まあ無理もありませんが」

 

 今から仲良くなってやると意気込んでいたのを見事に躱され、がっくりと肩を落とすルクルットを、ペテルがぽんぽんと叩く。

 

「しかし……なんだかとんでもないことになってたんですね。王国戦士長の暗殺とか、正直スケールが大きすぎてぴんときませんよ」

 

「うむ、下々の方までそんな話は流れてこないであるな……毎年起こっている帝国との小競り合いが、いよいよ本腰が入ってくるということであるか……?」

 

「冒険者は徴兵されませんから、私たちには直接の関係はないですけど、万が一戦争の結果エ・ランテルまで領土が帝国に切り取られたりすれば、関係ないじゃ済まないですね」

 

「いずれにしても、結局うまいメシどころじゃなくなったのは確かだな……エンリちゃん手を怪我してたし、今までどうしてたんだろな?ガンマちゃんが手料理作ってくれるんだったら嬉しいけど」

 

 話のスケールを卑近に戻したルクルットに、ニニャが呆れ気味に告げる。

 

「仮にそうだったとしても、ガンマさんが私たちの分まで作ってくれるとは思えませんね……誰かさんのせいで凄い隔意をもたれたみたいですし」

 

「……そう言うなよニニャ。嫌われるなら無関心よりは一歩前進さ」

 

「その前向きさは見習いたいものであるな実際」

 

 感心したように頷くダイン。

 

「しかし、何者なんですかねガンマさんって。なかなかそうは見えませんけど、凄い魔法詠唱者(マジック・キャスター)なんですよね」

 

 ペテルが改めて言うと、一同頷く。

 

「戦士長に加勢して暗殺を防ぐのに一役買ったと言われても正直ぴんと来ないですけど……」

 

 ニニャが首を傾げる。実際は一人で全員を蹴散らしたのだが、そこまでの情報は村人達に伝わっていない。

 

「あの森の賢王を従えているのを見れば、その実力は明らかであるな」

 

 ダインがハムスケの容貌を思い描きながら言うと、ルクルットが同意した。

 

「そうだな。もし俺たちが野外で遭遇してたら殺されるしかないような凄い奴だったな森の賢王。えーと、ハムスケだったか今は。噂通り……いやそれ以上の威圧感だった」

 

「それを簡単に生け捕りにして制圧する実力があるってことですからね……凄いなあ。できれば仲良くなって魔法のこととか聞きたいなあ……」

 

「そうできたらいいですね。ニニャが実力を上げてくれれば、「漆黒の剣」の実力の向上に直結しますし、なんとか仲良くなれないか考えてみましょうか。その為にルクルット……」

 

 あまり不躾なアプローチでガンマさんをこれ以上刺激しないように、そう言われたルクルットは不承不承頷いた。

 

「あーあ、あんなに美人なのにな……貴族のお屋敷で座ってるだけでも許されそうな姫君なのに、どこでそんなに強くなったんだか」

 

 一同は話をそこで切り上げると、馬を納屋に繋いで荷物を下ろし、簡単ではあるが滞在の準備を始めた。

 

 

 




 そんな期待をする人は居ないと思いますが、ルクルットにチャンスは【ありません】。
 このSSでナーベちゃんが誰かとカップリングする可能性は0%です( ´∀`)
 ……あ、でも小数点以下切り捨て表示のため、モモンガ様相手に覚醒すれば気が遠くなるほど低い確率だが(ry


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