ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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 前回のあらすじ:
 「よいか威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)
  我々はインペリアルクロスという陣形で戦う。
  保護対象のピニスンが後衛、
  両脇をハムスケとリュラリュースが固める。
  お前は私の前に立つ。
  お前のポジションが一番危険だ。
  覚悟して我々が逃げる時間を稼げ。」

 作者の都合により一方的に悪役を割り振られた登場人物のプライバシー保護のため、一部人名を伏せてお送りします( ´∀`)



第十二話:リザードマンの村と帝国のワーカー

 ザリュース・シャシャは蜥蜴人(リザードマン)の英雄である。

 ”緑爪”(グリーン・クロー)族で最強との声も名高い戦士であり、その手に握られた凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)、部族の至宝である魔法の剣を前にして恐れを覚えぬ蜥蜴人(リザードマン)は存在しないであろう。

 強さだけではない。旅人として広めた見聞によって魚の養殖という概念を蜥蜴人(リザードマン)にもたらし、種族の食糧問題を解決に導きつつあるその功績を認めない蜥蜴人(リザードマン)はもはや居ない。苦労して軌道に乗せた養殖の技術を惜しげもなく他部族にも提供し、今や湿地帯の各所に蜥蜴人(リザードマン)が作った生け簀の中で魚が泳ぐ姿が見られる。

 

 ザリュースの人生(蜥蜴生?)は順風満帆と言っても良かったであろう。外の世界を見たいという蜥蜴人(リザードマン)としては酔狂に属する願いは、養殖技術の伝播という誰も文句のつけようのない成果を上げて実を結んだ。そして恋。異端者である旅人に恋だの番だの縁はない、と斜に構えていたら、他所の部族――”朱の瞳”(レッド・アイ)族の族長代理に一目惚れした。養殖の技術について広めるために他部族を訪問していた矢先のことである。

 

 ”朱の瞳”(レッド・アイ)族の族長代理、クルシュ・ルール―は白子(アルビノ)蜥蜴人(リザードマン)であった。一般的な蜥蜴人(リザードマン)の目から見れば奇病でしかないその白い鱗を、ザリュースは美しいと思ったのだ。頭で考えるより早く求愛し、我に返って一度取り消し、あたふたするその様は無様と言っても過言ではなかったが、クルシュにはそこまで不評ではなかった。彼女もアルビノの自分には縁がないものと諦めていた恋愛の可能性が降って沸いたことにあたふたしていたので。

 

 そこから始まる不器用な恋物語は大部分を割愛する。だいたいザリュースが養殖場の視察だの技術の伝授だの、理由をつけてクルシュを呼び出し、二人で逢瀬を重ねていたと思えばよい。最初は緊張を孕んでいた二人の中も、数を重ねるにつれてだんだん打ち解けてきていた。立場上の諸問題はあれど、二人がいずれ番うのは確実に思われた。

 

 だが、今二人は追い詰められていた。

 お互いの微妙な立場から、人目を避けて密会していたのが仇となった。二人だけで外にいるところを、襲われたのだ。

 ザリュースの体の各所には切り裂かれた傷が走り、断ち割られた鱗の中から血が流れ出している。凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)を構えたその姿に力はなく、息は荒い。

 目の前に立つ人間の仕業である。

 蜥蜴人(リザードマン)には人間の造形や表情の細かい見分けはつかないが、その男は人間が見れば冷酷な目つき、酷薄な表情をした気位の高そうな人物と評されたであろう。口元を歪めてザリュースを嘲る笑みを浮かべ、見下している。

 

「クルシュを……離せ……!!」

 

 男の後方には耳を切り落とされた森妖精(エルフ)の女が三人程所在なげに佇んでおり、クルシュはその足下に転がされていた。その白い鱗を、両の手足から流れ出す血が赤く染めている。身動きとれぬよう、男が手足を傷つけたのだ。

 

「トカゲ風情が人間様に偉そうな口をきくんじゃありませんよ、無礼ですね……無論、お断りします。せっかく捕まえた獲物を逃がす道理がないでしょう?認められないなら実力でどうぞ?そのご大層な剣……さぞかし腕には覚えがあるのでしょう?」

 

 男の口から嘲りが漏れた。ザリュースは牙を食いしばる。無論、それができるならとっくにそうしている。残念ながら男の強さはザリュースを上回る。不意を突かれた初撃からずっと、手も足も出ないままである。挙げ句には余裕を持って嬲られている始末であった。

 

「しかし、見た目はクソですが、トカゲ如きには勿体ないマジックアイテムのようですね……せっかくですので貰っておいてあげましょう」

 

 凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)を握りしめるザリュースの手に力が入る。剣技で敵わぬならば魔法の武器の力に活路を見いだしたいところだが、森妖精(エルフ)の女が唱えた冷気属性防御(プロテクションエナジー・コールド)の魔法により、男の冷気に対する耐性は大きく上がっている。凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)の刀身から漂う冷気を隠せる筈もなく、対策をとられるのは致し方ないところではあるが、もはやその力がどれほど通じるかもわからない。

 

「おのれ……何が目的でこのような非道な真似をする?」

 

 せめて策を練る時間を、との思いが口撃での時間稼ぎを試みさせた。人間の男はそんな狙いは分かっていますよ、と言わんばかりながら、あえてそれに乗って嘲弄してみせる。何をしようと無駄なことだ、との自信の表れである。

 

「害虫を叩きつぶしたからと言って非道と言われる筋合いはありませんが……まあ、蜥蜴人(リザードマン)を捕まえてきてほしいとの依頼がありましてね。酔狂な話ながら食用だそうなので、肉の柔い子供を何匹か見繕おうと思ったのですが、せっかく珍しいアルビノを見かけたので、ついでにね」

 

「外道め……」

 

 ザリュースの呻きを聞き、男は心地よさそうに笑みを浮かべる。

 

「ふふ、トカゲに何を言われようと堪えませんね。というか、私の圧倒的な力にねじ伏せられて罵倒するしかないその様は、想像よりも気持ちがいいですよ。もっと負け犬の遠吠えを聞かせてください」

 

 悦に入った様子でくっくっと笑う男と、それを傷ついた体で睨み付けるのがやっとのザリュース。状況を打開する策はまるで見えなかったが、変化は意外なところから訪れた。

 

「……そこで何をしている?」

 

 突如横から投げかけられた声に驚いて男が振り返る。自己陶酔に酔いしれすぎて、周囲への注意が疎かになった結果、新たな闖入者に気づくことができなかったのだ。

 トブの大森林を抜けて湿地帯の端に姿を現したナーベラルの美貌に目を奪われ、男は絶句する。ザリュースも息を呑んだ。ザリュースに人間の美醜は殆どわからないが、ナーベラルの後ろをついてきた魔獣――ハムスケの強大さは明らかであったからだ。目の前の男より強いかも知れない、そうザリュースは思った。

 

「貴方は……何者です?プレートが見あたらない……私が知らないということは、王国のワーカーですか?」

 

 我に返った男が発した問いに、ナーベラルは黙して答えない。質問に質問を返すことに呆れたか、苛立っているのかも知れない。男の方も焦れた様子で声を荒げる。

 

「見ての通り、トカゲを狩っているところですよ。貴方もワーカーならば、他人の仕事を邪魔するようなルール知らずではないでしょう?」

 

「……狩ってどうするの?」

 

「……依頼ですので私がどうこうするわけではありません。ゲテモノ好きの貴族が居ましてね、蜥蜴人(リザードマン)の肝が不老長寿に効く薬効を持つと信じているらしいのですよ。このように珍しいアルビノともなれば、追加報酬も期待できます」

 

「……そんなことを信じてるの?」

 

 不思議そうに首を傾げたナーベラルに、男は肩をすくめて答える。

 

「まさか。しかし私にとって重要なのは、事実ではなく、依頼主の払いがいいということのみですので。……そろそろ納得してくれましたかね?美人に免じて友好的に接しているつもりですが、それにも限度というものはありますよ」

 

「……わかったわ」

 

「それは重畳。では良い旅を」

 

「あんたが潰しても構わない下等生物(ミジンコ)だってことがね」

 

「!?」

 

 そう言うや、ナーベラルの右の掌から放たれた<雷撃>(ライトニング)が、蜥蜴人(リザードマン)を見張っていた森妖精(エルフ)のうち二人をなぎ倒した。左の掌から放たれた<雷撃>(ライトニング)は、男を狙っていたのだが。

 ナーベラルが蜥蜴人(リザードマン)の味方をする気だと理解した瞬間、男の取った行動は生き残るためには最も賢いものであったと言える。すなわち、武技によって加速された身体能力を全開にして、自分に向かってきた雷撃を大きく身を捻ってどうにか躱すと、すかさず傷ついたクルシュの下に飛び下がったのである。行動が後ろ向きなのは、男が持つ魔法詠唱者(マジック・キャスター)への苦手意識によるところが大きい。純粋な剣技であれば王国戦士長をも上回るとのプライドに満ちあふれていたため、ナーベラルが戦士としての行動をとれば斬りかかっていたであろう。

 

 

「動くな!動いたらこのトカゲを殺す!」

 

「……下等生物(プラナリア)に相応しいゲスい振る舞いね……」

 

 そう言いつつも、舌打ちして一応動きを止めたナーベラル。男が生き残った森妖精(エルフ)の奴隷に電撃系の防御魔法を掛けさせるのを睨み付ける。

 

「……それでどうする気かしら?その蜥蜴人(リザードマン)を殺したら次の瞬間あんた達を皆殺しにしてやるけど。そもそも私はただの通りすがりで、その子とは縁もゆかりもない。私の不利になるような脅しが効くと思わないことね」

 

「……通りすがりなら偽善者面で首を突っ込まないで欲しいものですね」

 

 そう悪態をつきながらも、男はナーベラルの言葉に本気を感じ取ってこの先の展開に頭を抱えた。彼女が蜥蜴人(リザードマン)の命を救うことに拘るのなら、その命で脅しつつ撤退を図るのだが、これでは妥協点が探れない。

 

「待て……待ってくれ、頼む、クルシュを殺させないでくれ……」

 

 だが、容赦の感じられないナーベラルの言葉にびびったのは男だけではなく、ザリュースもであった。ナーベラルはザリュースを一瞥すると、めんどくさそうに頭を掻いた。

 

「論点を整理しましょう」

 

「え?」

 

「まず、あいつに連れ去られたらその……クルシュさん?は生きたまま捌かれて、変態野郎のディナーで躍り食いされる」

 

 誰もそこまでは言っていない。

 

「一方、あいつの言うとおりにしているだけでは、あいつは決してクルシュを解放しない。人質に取ったまま安全圏まで逃げ延びたら、そのまま連れ去るでしょうね。取引とか約束とか、そういった行為の通じる相手じゃないわ」

 

 そう口にして、ナーベラルは重々しく頷いてみせた。

 

「つまり、クルシュを助けるには、今あいつを殺さないと駄目ってことよ。クルシュが殺される前にね」

 

「そ、そうか?」

 

 ザリュースが痛む頭を巡らしてその理屈に穴があるか考えていたところ、人間の男の方が激高した様子で拳を振り上げた。

 

「ふざけるな!殺すぞ!本気だぞ!?おい、貴様も命乞いかなにかしろ雌トカゲ!!」

 

「……私に構わずこいつを倒して!生かして帰せば皆の災いになるわ!」

 

 ナーベラルも言ったように、この場を生かされたところで、そもそも食卓に乗せる予定で拉致されようとしているのである。冷静に考えれば自分を見捨ててでも男を倒せというのはそれほどおかしな理屈ではない。しかし、ヒロイックな台詞を叫ぶクルシュに男はますますいきり立った。

 

「この、クソトカゲがあ!!」

 

 男が叫んでクルシュを蹴りつけようとするより前に、ナーベラルが反応した。

 

「あらそう、了解したわ」

 

「「えっ」」

 

 それで懸案は解決したとばかりに両手に雷を生み出すナーベラル。膨れあがる魔力の塊を見て、ワーカーの男は(この女、本気(マジ)だ)と冷や汗を流し、決断を迫られる。

 逡巡は一瞬。傷ついて動けぬクルシュを水辺に向けて放り出すや、一目散に遁走を図った男を目にし、ナーベラルは手に集めた魔力を霧散させると、投げ捨てられたクルシュを追って湖に飛び込んだ。如何に蜥蜴人(リザードマン)が泳ぎが達者でも、手足の腱を斬られて泳げるとは思えない。

 

 ナーベラルがその細身からは想像し難い膂力でクルシュを抱えて岸に上がると、人間の男と森妖精(エルフ)の女の姿はもはやどこにも見えず、感電した死体が二つ、その場に残されるのみであった。

 

「チッ、生き汚い下等生物(ダニ)が……まあいい、蜥蜴人(リザードマン)は助けられたのだからとりあえずはよしとしましょう」

 

 ナーベラルは舌打ちして悪態をつくと、気を取り直して片膝をつくザリュースの方へ向き直った。

 

「それで、貴方は大丈夫なのかしら?」

 

「あ、ああ……危地を救って頂き、かたじけない。俺は”緑爪”(グリーン・クロー)族のザリュース。あなたが抱えているのが”朱の瞳”(レッド・アイ)族のクルシュだ」

 

「そう。私は……ガンマ。通りすがりの魔法詠唱者(マジック・キャスター)よ」

 

 ナーベラルはそう言うと、二人の蜥蜴人(リザードマン)を集落まで送り届け、驚いて飛んできた族長の謝辞を適当に流すと、自分の方から聞きたいことを聞く。ナザリック地下大墳墓という場所について心当たりはないか、あるいは最近、見慣れぬ途方もない強者に出会ったりしてないか。満足のいく回答は得られなかったが、申し訳なさそうに頭を下げる蜥蜴人(リザードマン)達に気にするなと手を振って、彼女は再びトブの大森林へと姿を消した。

 

 

 巨大なトレントがその根を引っこ抜いて森の木々をなぎ倒しながら進んだ跡は、トブの大森林の奥深くまで続いていた。トレントの巨体と重量に無理矢理押しのけられた森の木々は、圧倒的な力によって文字通り根こそぎ引き抜かれ、左右に横倒しになっている。トレントの根がうねくりながら進んでいった剥き出しの地面は、さながら耕耘機で耕された後のように地肌が掻き回され、森の中とは思えぬ道の様相を呈していた。

 

 そのトレントがのたくった跡を、東から西へ、森の外から中へと、辿っていくように足を進める一人の男が居た。

 若い男である。射干玉の長い髪を鎧の下に押し込んだ美男子で、その顔立ちには幼さが残っている。完全装備の重装であるが、その足取りは軽く、静かで、迷いはない。

 

「――ここが起点、か。あのデカブツが目覚めたのはこの辺りで間違いなさそうだな」

 

 スレイン法国が秘する人類最強の戦士集団、漆黒聖典。その第一席次、つまり隊長を務める男はそう呟くと、周囲を見回す。

 隊長は現在一人であった。残りのメンバーは憔悴しきった傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)の使用者を護衛して先に下がらせてある。隊長がここに来た理由はひとつ、突如としてトブの大森林に現れた謎のトレントが何者か、破滅の竜王との関係はあるのか、あるいはあの魔樹こそが占星千里が予知した災厄の当人であるのか。そうした手がかりになるような何かを求めてのことであった。

 

「とはいっても、そのように都合の良い手がかりがそうそう見つかるとも思えないな……これは……!!」

 

 隊長が独りごちながら森の奥に分け入っていくと、その目の前に直径数十メートルに及ぼうかという巨大なクレーターが姿を現した。ナーベラルの第八位階魔法が効果範囲の木々を、地面を、あらゆるものを消し飛ばしてえぐり取った剥き出しの大穴である。

 

「なんらかの攻撃魔法による破壊の跡、か……?おそらくは彼の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の仕業か……これほどの魔法を行使しながらもあのトレントに抗すべくも無く、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を捨て駒に逃げ出すしかなかったとは。やはりあのトレントこそが破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)なのだろうか」

 

 隊長は考える。漆黒聖典のメンバーですら、これほどの魔法を食らって生きていられる者は片手の指で数えられる程度だろう。彼の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の実力は、少なくとも漆黒聖典の上位に匹敵し、戦闘すれば多数の死傷者が出ることは避けられない。これは神官長達に報告すべき情報だ。

 そして魔封じの水晶が使用されてしまった今、彼の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の座標を特定するためにマーキングされたアイテムが存在しない。つまり現時点での彼の者の居場所は特定不能である。特務聖典の全員に要注意人物としてその死ぬほど目立つ人相を通達済みではあるが、彼女が次に何をするつもりなのかは完全に相手の出方待ちとなった。

 

「そもそも、陽光聖典のことさえ横に置けば、これまでの行動も一応人類の味方をしようとしているように見えなくも無い……あのデカブツとやり合ってるところになりゆきで接触できれば良かったんだけど、それは言っても詮無いか……」

 

 上層部も下手な接触をすることの危険性は十二分に承知しているため、こちらからの接触は現時点では固く禁じられている。

 

「トレントが目覚めたと思われる場所にもめぼしいものは特になし、と。……引き上げますか……」

 

 そう呟くと、漆黒聖典第一席次の男は踵を返し、森の外へと歩み去った。

 

 

「クソ、クソ、クソ、糞、くそ、クソがあぁああああああああ!!」

 

「ひ、ひいっ、お許しください!ぶたないで!」

 

 ワーカーの男が怒りに任せて唯一生き残った森妖精(エルフ)の顔を殴りつけると、森妖精(エルフ)は悲鳴を上げてその場にうずくまった。男の狂乱は収まる様子を見せず、森妖精(エルフ)の髪を掴んで引っ張り起こすと尚も殴り、もんどりうって倒れた彼女にそのまま馬乗りになって更に殴りつける。

 無論、完全な八つ当たりである。何かの失敗を咎める訳ですらなく、ただただ男は血管のねじ切れそうな怒りを発散するためだけに、森妖精(エルフ)の奴隷がぐったりと動かなくなるまで殴り続けた。

 

「ハァ、ハァ……ちっ、やりすぎましたか」

 

 顔面が変形したかと見紛うほど女性に暴行をはたらいて、男はようやく大人しくなった。少なくとも表面上は。

 だが内部には今も尽きぬ怒りが渦巻いている。眼球の毛細血管が切れて視界が赤く染まるほどだ。依頼の失敗。依頼主からの信用の失墜。ワーカー間における評判の下落。おまけに高価な技能持ち奴隷の森妖精(エルフ)を二名失い、残り一名も失いかねない状況だ。森妖精(エルフ)の命など惜しくもないが、他人に殺されたとなると話は別であるし、まとめて買い直すとなれば膨大な出費となる。

 

「あの女……!絶対許せません!抵抗できなくなるまで殴りつけて犯してやりたい……!!」

 

 威勢のいい口先とは裏腹に、男の声には力がない。短い攻防の中でも、ナーベラルが一流の魔法詠唱者(マジック・キャスター)であることは十分に見て取れた。そして男は魔法詠唱者(マジック・キャスター)に対する苦手意識がある。剣技であれば、自分こそが世界一の存在である、少なくとも将来的には。そういう自負があり、プライドがあり、積み重ねてきた自信がある。相手が戦士なら、傲慢なまでのプライドに懸けて自分の剣技で打ち倒そうとしただろう。だが、魔法に対しては。

 男は砕けるかと思うほど奥歯を噛みしめ、今回の依頼遂行に拘泥するのは危険であるとの結論を受け入れた。あの女にはいずれどうにかして思い知らせてやる。だが今は危険だ。一瞬で奴隷を二人殺してみせたあの手際に、奴隷を失った状態のまま策もなく再戦を挑んで勝てる目算は立たない。

 

 男は水袋を一口呷ると、残りを森妖精(エルフ)にぶちまけた。

 

「立ちなさい、グズが。移動しますよ」

 

「ひ、は、はい、ただいま」

 

 森妖精(エルフ)が主観的には慌てて、客観的にはよろよろと立ち上がる。男はその足を蹴りつけながら帰還の途についた。ナーベラルへの復讐を胸に誓いながら。

 

 

 




 露骨な伏線回( ´∀`)
 大森林探索パート終わりー。人間社会に戻るよ!

 三行で分かる省略されたザイトルクワエ戦の中身
 隊長「おのれデカブツめ……このままでは部下に犠牲が……やむを得ん、お願いします先生!」
 カイレ「どうれ。傾城傾国(れいじゅ)を持って命ずる……自害せよ、ザイトルクワエ(ランサー)
 ザイトルクワエ「サヨナラー!!」

1/3 リザードマンの後始末のみ最低限の修正。
   ハムスケについては手つかず。
1/23誤字修正。


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