ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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 前回のあらすじ:
 グは……こなみじんになって死んだ



第十話:枯れ木の森と封印の魔樹

 ――黒が、広がっていた。

 大地を覆っていた丈の短い下草は残らず真っ黒に焼け焦げて、剥き出しの地面が露出している。

 『東の巨人』こと、グを含む六体の妖巨人(トロール)とその手下であった十体の人食い大鬼(オーガ)がかつてこの世に存在した痕跡は、その真っ黒な炭の中に紛れ込んでいる、僅かに炭が堆積した部分に過ぎなかった。それも、すぐに風が吹き散らかして、かつてグというトロールがこの世にいた痕跡は何処にもなくなるのだ。

 

「……で、あんた達はなにやってんの?」

 

 ナーベラルが後ろを振り向くと、仰向けに寝転んで腹を見せ服従のポーズをとる森の賢王ことハムスケ、そして五体投地のポーズをとって地面に這いつくばるリュラリュースの姿があった。彼らが何故そのような体勢でいるのかピンとこず、ナーベラルは困惑したように問いかける。

 

「……はっ!!お、終わったでござるか姫。いやはや、なんだかとってもトラウマが刺激されて気がついたらつい……このハムスケ、変わらぬ忠誠を捧げます故、見捨てないで欲しいでござる!」

 

「……いだいなるおかた。わがちゅうせいをおうけとりください」

 

 その言葉を聞いてようやくナーベラルにも得心がいった。要は、先程使った<連鎖する龍雷>(チェイン・ドラゴン・ライトニング)を見てびびったというだけのことらしい。ナーベラルはフッと息をつくと、微笑んでいった。

 

「別に、そんな態度取らなくても。取って食ったりはしないわよ」

 

 その言葉を聞いてますます平伏するリュラリュースに、少々困ったものだと思いつつもナーベラルは言葉を重ねた。

 

「それで、少し聞いてもいいかしら?」

 

「はっ、なんなりと。このリュラリュースめに分かることであればなんでも答えさせて頂きます」

 

「そう、それじゃあ……先程の会話から思い起こすと……あなた達『西の魔蛇』と『東の巨人』は、ここで会談をしていたのかしら?それも、できればハムスケ……『南の大魔獣』を加えたいと思っていた?」

 

「ははっ。いかにも仰せの通りでございます。もっとも、グのヤツめはあの通りの脳味噌足らずで御座います故、ワシがこの大森林の三大と呼ばれて怖れられる者達を集めて会談をしようと試みておりました。南の大魔獣は縄張りへの侵入者を問答無用で殺す話の通じないヤツと認識しておりましたので、まずは東の巨人に話を通そうと、ヤツの縄張りを訪れていたところに貴方様がやってきたのです」

 

「成る程……それで、その目的は?」

 

「枯れ木の森、の調査でございます」

 

 大森林の真ん中から見て北から東寄りに、森の木々が残らず枯れた殺風景な一帯がある。枯れた森の中に生物が棲む余地はなく、この枯れた木々は特に西と東の魔獣の縄張りを分割する国境線とも言える緩衝地帯となっていた。リュラリュースは己の支配領域を東に広げたいとは思っていなかったので特に気にも留めていなかったのだが……

 

「近年、枯れ木の森の方からとても嫌な気配を感じるようになりまして」

 

「嫌な気配、ねえ」

 

「はい。部下もグのヤツもそのような気配は感じぬ、気のせいではないかという反応でしたが……南の、いやハムスケ殿、お主はどうだ?あるいはガンマ様はどう思います?ワシが魔法を使うからそういう気配を感じたのだとすれば、偉大なる魔法詠唱者(マジック・キャスター)である貴方様なら何か感じられるかも知れません」

 

 リュラリュースがそう言って枯れ木の森の方向に指を向けると、ハムスケとナーベラルは目を細めてそちらの方向を透かし見た。

 

「……なんだか、嫌な感じの匂いがするでござるな。言われてみればという程度の僅かなものでござるが」

 

「……魔力の流れに微かな違和感があるわ。あなたが感じていたのもこの気配かもしれないわね」

 

 二人の反応を聞いて、リュラリュースは安心したかのように頷いた。

 

「おお、二人とも流石ですな。ワシの気が弱くなっただけと言われずに済んでよかったですわい。それでですな。他人の同意が得られなかろうとなんだろうと、これでも大森林の西を支配する身ですから、部下を調査に向かわせたのです。そして分かったことは二つだけ。一つは、枯れ木の森が近年段々と広がっていること。もう一つは、枯れ木の森の奥に足を踏み入れて帰れた者はいないこと」

 

「ふむ……」

 

「そもそも枯れ木の森という存在が異常なのですわい。水が枯れた様子も土が痩せた様子もないのに木が枯れていくなどと……しかもそれが広がりを見せている。これは放置すれば万が一にはこの大森林全体を枯らしてしまうのかもしれんと、ワシはこの大森林の実力者を集めて原因を調査する計画を立てました。その手始めにグのヤツに交渉を持ちかけたのですが、あいにくあやつはアホですから、そんなもの自分が一人で見てきてやると言って聞かず……困り果てていたところに貴方様が来た次第」

 

「木を枯らす存在、ね……」

 

 好んで木々の養分を吸い取るような存在に心当たりはない。が、至高の御方や守護者ならば(そうする目的は思いつかないが)できない相談でもない。とにかく確認してみる手だろう、ここは。

 そのように考えてナーベラルはもう一つの質問をする。

 

「あと、最近あなたより遙かに強い存在を見かけなかったかしら?」

 

「貴方様以外でですか?ならばワシの知る範囲では見かけておりませんなあ」

 

「そう、ならいいわ」

 

 西は目撃情報なし。南もなし。東は……巨人がさっきまで生きていたという事実が、ナザリックのシモベと出会っていないことを意味するのでなし。

 

「後はやはり、その枯れ木の森を偵察してみるべきか……」

 

「おお、それでは」

 

「行ってみようじゃないの、その枯れ木の森に」

 

 

 鬱蒼と茂る大森林の中、まるで人の手でも入ったかのようにぽっかりと木々が抜け落ちた広場がある。そこで小休止をとり、一人と二匹が枯れ木の森へと向かおうとした時。

 

「ね、ねえ君達。そっちは危ないから行かない方がいいよ」

 

「!?」

 

 背後から突如として掛けられた声に、ナーベラルは仰天して振り返ると身構えた。最近はハムスケが索敵してくれるのに慣れきって、このように不意を突かれることがなかったためかなり慌てている。

 

「わ、わ、待って待って!私に敵意はないから、落ち着いてくれないかな」

 

「……森精霊(ドライアード)?」

 

 いつの間にか背後に現れていたのは、年経た古木に宿ると言われる精霊の一種、森精霊(ドライアード)であった。葉っぱの服を身に纏った小人といった外見だ。

 

「これは驚きでござる、それがし今の今まで全く気づかなかったでござるよ」

 

「あはは、それは無理ないかな……私は精霊だから、隠れてこっそり君たちに近づいてきたんじゃなくて、ここで実体化しただけだもの。初めまして人間さん、私はピニスン・ポール・ペルリア。君の言うとおり、この奥の木に宿ったドライアードだよ」

 

「……初めまして、ピニスン。私はガンマ、この獣がハムスケで、そこの蛇がリュラリュースよ」

 

「……随分変わった組み合わせだねえ!……でも彼らも人間じゃないのとつるんでたし、むしろ都合がいいか……」

 

 後ろの方は聞かせるつもりでもなさげにぶつぶつと呟くピニスンに、ナーベラルは訝しそうな顔をした。

 

「それでピニスン、私たちはこの先の枯れ木の森を偵察に行こうとしていたんだけど、そこに何があるのかあなたは知っているということかしら?」

 

「うん、そうだよ!そのことで君達にお願いがあって来たんだ!」

 

 ピニスンと名乗った森精霊(ドライアード)は語った。

 この先、枯れ木の森の中心部には、遙かな昔空から落ちてきた強大なモンスターの一匹が封じられているという。世界を滅ぼす力を持つと言われる封印された魔樹、歪んだトレント。そいつの名はザイトルクワエ。

 落ちてきた後世界を荒らし回ったモンスター達は、強大なる竜王達の力によって退けられた。そのうちの一匹であるザイトルクワエは、この森の奥深くに封印されながらも、傷ついた体を癒しつつ復活の時を待って力を蓄えているという。

 枯れ木の森は、そいつが傷を癒すために周囲の養分を吸い取った結果できた。ピニスンの耳には今も奴の犠牲となって食われた木々達の悲鳴が残っている。

 

「それでさ、そいつの傷もいよいよ完全に癒えてきたと見えて、復活は間近なんだ。明日か、そのまた明日か……正確なところまでは何とも言えないけど、とにかくいつ復活してもおかしくない状態なんだよ。君達だって、なんらかの異常を察知したから調べに来たんでしょ?」

 

「へえ、そんなことがね……」

 

 そこまではっきりしているならナザリックとはまるで関係ないだろう。残念に思う気持ちを押し隠して、ナーベラルはハムスケに問いかけた。

 

「ハムスケ、あんたその話知ってた?」

 

「いや、それがしはさっぱり聞いたこともない話でござる」

 

 見敵必殺を旨とする南の大魔獣では、誰かから話を聞いたこともあるまい。リュラリュースが重々しく腕を組んで頷いた。

 

「成る程……ワシもそのような話は初耳ですが、かつて北部に住んでいたダークエルフ達が逃げ出したのも、あるいはそやつの脅威から逃げ出したということですかなあ」

 

「たぶんね。私は森のダークエルフ達とは結構いい関係を築いていたんだけど。いつの間にかみんな居なくなっちゃったね」

 

「それで、ペルリア殿。お前さんは察するところ、ガンマ様に用があるのであろう?ワシが遣わした部下がドライアードに止められて戻ってきたなんて話はなかったからな、お前さんは人間の姿を見て近寄ってきた訳じゃ」

 

「うん、そう、そうだよ!それにしても……へえー、なんか最近モンスターがわざわざ食われに行くのをよく見かけると思ってたら、あれは君の部下だったのか……」

 

 ピニスンは語った。

 ザイトルクワエは長き時を封印されて過ごすうち、本体は眠りにつきながらも、枝分かれだか株分けだか知らないが、時々その一部が分裂して目覚め、暴れることがあるという。

 

「それでさ、前にそいつの分裂体が暴れたときは、七人の人間達がばしっとやっつけてくれたんだよ!ええと、若いのが三人、年老いたのが一人、巨人が一人、有翼人が一人、ドワーフが一人。で、その時約束してくれたんだ、いつか本体が目覚めたときは、自分たちに知らせてくれ。そしたら彼らがあいつを退治してくれるってさ!」

 

 目を輝かせて語るピニスンに、ナーベラルは嘆息した。

 

「また安請け合いをしたものね……それがいつのことか知らないけど、ひょっとしたらそいつらもう全員墓の下って可能性もあるんじゃないのそれ」

 

「ですなあ。ワシもそこそこ長く生きておるつもりですが、枯れ木の森でトレントが暴れたという話を聞いたことはありません。ドライアードの時間感覚はかなり希薄ですから、結構な年月が経っておる可能性は高いですぞ」

 

「それで、察するに、ペルリア殿のお願いは、その七人組に魔樹が目覚めそうだから来てくれと連絡をとってほしいということでござるか」

 

「そう、その通りなんだけど……ええ~?そ、それってどういうこと?」

 

 明らかに事情を理解していないピニスンに、ナーベラルは噛んで含めるように丁寧に説明する。

 

「人間にはね、寿命ってものがあって。ドライアードのあなたに比べるとあっという間に死んでしまうのよ。その約束をしたのがいつか分かる?」

 

「え……えーとうーんと……太陽がいっぱいいーっぱい昇ったくらい前」

 

「そう……つまり詳しくは分からないのね。一応言っておくと、太陽が三千回くらい昇ると人間は大分年老いるわ。彼らのうち老人は死んでもおかしくないくらいね。それが五回も繰り返されれば、普通の人間は皆老いて死ぬの」

 

「三千……一万五千……」

 

 指を折りながらあうあうと唸るピニスンを、ナーベラルは困ったように眺めた。

 

「さて、こちらの用事はもう済んでしまったわけだけど。この子をどうしたものかしらね……」

 

「ふむ、そうでござるな……ペルリア殿、もしその七人組と連絡が取れないまま魔樹とやらが目覚めた場合は、どうなるでござるか?」

 

「え?う、うん、そうだね……ザイトルクワエが目覚めて暴れ出せば、こちらから連絡しなくても、彼らなり、あるいは竜王達の誰かなりが気づいて止めに来るんじゃないかな。だから、実際にはそうそう世界が滅びることまではないと思うけど……」

 

 ハムスケの問いかけに考え込んだピニスンは、そこで目を伏せた。

 

「でも、その前に私の本体はザイトルクワエに食べられちゃうだろうね。うう、まだ若いのに死にたくないよお……」

 

「……この森にあなたのようなドライアードは、あとどれくらい居るのかしら?」

 

「え、うん、今現在、この大森林にドライアードは私一人だけだよ」

 

 それを聞いてナーベラルは少し考え込むと言った。

 

「時間を稼げば竜王かなにか、とにかく強いのが来てくれるのね?……後はそいつが、実際どれくらい強いのか、か……」

 

「何か考えがあるのですかガンマ様?」

 

 リュラリュースが問いかけると、ナーベラルは腕を組んで眉根を寄せた。

 

「ないこともないけど、今現在目覚めてないのよね……別に私がそいつに用があるわけじゃなし、待つのもなんだし、かといってわざわざ起こすのも……」

 

「姫、そういうこと言うと目覚めるのでは……」

 

 その時、ハムスケの言葉に呼応するかのように地響きが起こった。

 

 

 




 フラグについて言及するのもまたフラグ( ´∀`)

 なんだか言っておかなければいけない気がしてきたので言いますが
 ナーベちゃんは異形種ギルドのNPCなので、出会った相手が人外だと
 (人間に対するより)三割増しで友好的な態度をとるという脳内設定があります。
 ピニスンとかに妙に優しくね?と思われたとしたらまあそういうことです( ´∀`)


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