030 @ 3rd person
とある第七学区の高校では今日も今日とて普段となんら変わらない生徒たちが馬鹿みたいに騒ぎつつ、青春を謳歌していた。
偏差値で考えれば、彼らの学校は決して優秀とは言えない。能力開発の面から見ても、何か優れている訳ではなく、中学校にして超能力者を二人も擁するかの常盤台中学とは天と地ほどの差があるだろう。言ってしまえば、落ちこぼれだ。
だが彼らはそんな些細な事は気にしない。
能力が使えないから何だ。
才能が無いから何だ。
そんな物無くたって、高校生活は楽しめる。青春を謳歌できる。
そうやって、彼らは己の一度きりの高校生活を満喫しながら、才能とは遠い所で生きていく。
そのはずだったのだが。
「なんだよ、あれ......」
誰かが呟いた。
そして、グラウンドにあまりに存在感の強い影が二つ。
雷神トール。
かつて魔術結社『グレムリン』に所属し、戦争代理人とまで呼ばれ、『グレムリン』内でも魔神オティヌスに次ぐ実力を持っているその戦闘狂はまさしく怪物であった。
両の手の指から放たれている閃光。
溶断ブレードである。
その大きさは今こそ1メートル程度の物だが、雷神が本気を出せば一撃で学区一つ黒焦げに出来るほどの圧倒的な凶器となる。
「よっしゃぁッ! そうこなくちゃなぁ、俺の敵ってのは!!」
「.......ウッゼェぞ」
そして、その溶断ブレードを素手で受け止める、と言うよりは消し飛ばした、こちらも怪物。
一方通行。
学園都市に七人しか存在しない超能力者。その頂点、第一位。
あらゆる力の『向き』を意のままに操り、時には気流の向きを操って飛行し、時には血流や生体電気を操って治癒にさえ応用し、時には惑星の自転の力さえも己の物とする、白い怪物。
彼に普通の物理攻撃など効かない。
彼の『反射』の膜を破りたければ、この世に存在しない法則か、あの右手を持って来なければならないだろう。
爆風と爆音がグラウンドを越え、校舎で悲鳴が上がる。
「オイオイ、こンなモンかァ? 俺の敵ってのはよォ!」
「ははっ、面白いじゃねぇか一方通行!!」
バチィ! と電光が走る。
超電磁砲・御坂美琴のそれと同レベルの高圧電流が一方通行を襲う。
が。
「甘ェな......」
その全てが一方通行に触れた瞬間に消える。
これではまだ、トールは一方通行の常識の範囲内なのだ。
しかしトールは笑う。
「まぁこんぐらいはやってくんねぇと、経験値稼ぎになんねぇからな!」
「チッ......!」
溶断ブレードによってグラウンドが丸々抉られる。
一方通行は飛ぶ。
このままでは危ない。
自分ではなく、学校の人間が危険に晒されている。
さっさと決着を着けるつもりだった一方通行だが、敵は意外にやる。
ベクトルを制御し、一直線にトールの首もとへ飛び付くことができないのである。
途中で溶断ブレードや電流による横槍が入る。
普通の超能力による攻撃なら良かったのだが、トールのそれは魔術。その法則を演算の式に代入し、能力として変換するのに少しだけラグが生まれてしまうのである。それはほんの一瞬だが、それすら命取りとなる。そんなレベルの戦いなのだ。
『反射』された魔術は実態不明の奇怪な虹になって霧散する。
一方通行は風のベクトルを操作し、翼のようにして一直線に飛び、それをトールが追う。
「どこ行くつもりだ!」
トールは一方通行が逃げているとは微塵も考えないらしい。
実際、そうなのだけど。
一方通行とトールはひたすら青空を翔る。
目指すは第二十三学区。そこなら人も少ないだろう。
一方通行としても、ここで時間を割きたくはない。早くしないと姫神が他の魔術師によって回収される恐れがある。かと言って、そう簡単に倒せるような相手ではないのだ、この男は。
一方通行は空中で旋回し、トールと向き合う。
「オマエ、学園都市をどうするつもだ?」
「いや、どうもしないぜ、俺は。俺はただ、強い奴と闘いたいだけだ。だからまぁ......」
異変が起きた。
トールが消える。
___否。
「もうちっと付き合ってもらうぜ、ベイビー」
ゴガッ! と効かないはずの一撃が一方通行を吹き飛ばした。
「......チッ!」
空中で回転、勢いを利用してトールから距離を取る。
一体、何が起こった?
電気系の魔術ばかり操ると思っていた一方通行には分からない。
そこで浮かんでいる少年は、もう雷神トールではない。
全能神トール。
「さぁ、もう一発!」
再び消える。
そして、
「下かッ!」
ゴガッ!! と両者の拳が激突した。
しかし、一方通行は辛うじて捉え、ベクトル制御をフルに利用して追い付いた。トールはその限りではない。
そこには、余裕の表情があった。
世界が回る。
トールの拳が一方通行を再び捉えた。
「チィッ!」
決して小さくない衝撃が一方通行を襲う。
この感覚。
エイワスや謎の天使と激突した時と同じ。一方通行にとって、未知のベクトルだ。
「......野郎ォ、ひっさしぶりじゃねェか......」
「どうした? もう終わりか?」
「ハッ、何馬鹿な事言ってンだ......」
ニィ、とトールは笑う。
デンマークでの上条当麻との一戦はなかなかの物だった。全能神の力でもってして、負けた。
アイツは本物だった。上条当麻はオティヌスを救うため、半分死にながらでも戦っていた。いや、半分どころではなかったかもしれない。
ならコイツはどうだ?
一方通行は、アイツと同じレベルの戦いをさせてくれるのか?
「オマエ......、何者だァ?」
一方通行は再び問う。
「全能神、トールだ」
直後、無音の衝撃があった。
周囲の物体がまとめて吹き飛ぶ。
「おお、おおおっ!!」
一方通行が纏うのは白。
純白の翼が、彼の背後から噴き出している。それは全長百メートルを超え、百以上に分裂している。
そして頭上には一つの輪が。その姿は正しく天使。
闇から這い上がった天使だ。
「......イイぜェ、オマエ。イイ感じにイカれてやがるなァ!」
「ははっ! そりゃあほめ言葉か!?」
一方通行は飛ぶ。
一瞬で、上空五千メートルまで。
トールは見上げ、一方通行は眼下を睨む。五千メートル間で視線が交錯した。
そして___
031 @ 3rd person
時を同じくして常盤台中学前。
御坂美琴は気の乗らない待ち合わせをしていた。
「遅い......」
御坂にとってこれは最終手段だったのだが、自分の根幹に関わる重大な問題なので仕方ないと割り切った。
一方通行に頼る以上のことである。
まぁ、一方通行に関しては、ハワイで再開した時に幾らか反省、のような話を聞いたし、かつての実験のような事にまた手を貸している訳ではないらしいので、それほどの事ではないのかもしれない。というか、彼は御坂に大きな貸しがあるはずなので、これは至って自然なことなのかもしれない。
ともあれ。
「みーさーかーさーん☆」
「来たわね.......」
イライラする程キラッキラの宿敵が10分遅れで現れた。
学園都市第五位、食蜂操祈である。
常盤台中学に所属するもう一人の超能力者である彼女と御坂は何かと対立する間柄、まさしく宿敵なのだ。
「遅い。十分遅れよ」
「仕方ないじゃないの。珍しく急に呼び出してぇ」
「で、事情は大体メールで送った通りなんだけど、あんたの力でなんとかなんない?」
あんたの力___すなわち、『
「結論だけ言うとぉ、ぶっちゃけ無理ねぇ。私としてもどうにかしたいのは山々なんだけど、原因がサッパリじゃ手の付けようがないわぁ」
「そう......」
御坂が食蜂にこの件に関して協力を煽ったのは、勿論『記憶』という精神の領域の話だったからだ。彼女はその道のスペシャリスト。精神系能力で最強を誇る彼女にできないのならば、他の誰にもできないだろう。
「私としては現状がまだ完全に理解できていないのよねぇ。記憶に欠陥があるのは確かみたいだしぃ」
「そ、そうなの......?」
なぜか変な違和感というか、無性にイライラを覚える御坂。
「ていうかぁ、これ絶対自然現象とか超能力の類いじゃないと思うのよねぇ。私の能力でカバーできないとかあり得ないしぃ」
「じゃ、じゃあ何なのよ。これが超能力のせいじゃないって言うなら」
「さぁ? そんな事私は知らないわぁ。自分で考えたらどう?」
ぐぬぬ、と唸る。
これだからコイツとは合わないのだ。
御坂は超能力以外の超常に心当たりが無い訳ではない。
例えば、第三次世界大戦、ロシアでの一幕。『グレムリン』に関する、ハワイやデンマークでの一幕。
しかしそれでも彼女の頭に『魔術』の二文字が浮かぶことは無かった。
「まぁ良いわぁ。私は私で調べる。あなたはあなたでお得意の電磁力で調べたらどう?」
「そうね、そうさせてもらうわ。あんたと組むなんて御免だから」
その時。
二人の頭上を何かが突っ切った。
「......あれは!?」
「第一位とぉ、後ろの方は知らないわねぇ」
「......トール!?」
「んん......?」
御坂は二つの影が飛び去った方向を睨む。
何をやっているんだ、あの男は。
トール。
正体不明の電撃使い。
とても大能力で済むような能力ではなく、下手をすれば御坂をも上回っていたかもしれない。
ではなぜ彼は超能力者判定を受けていない? その能力に何らかの欠点があったのか?
いいや、違う。
おそらくは、トールはこの街の人間ではない。
学園都市製の超能力者ではないのだ。
御坂はそう結論付ける。
「じゃあ......何なのよ、あれ」
032
「なぁ忍、さっきの、どう思う?」
第七学区の学生寮、『上条宅』に僕と忍は戻っていた。
僕は部屋のベッドに寝転び、忍は僕の腹の上に座っている。
胡座をかいている。
「スターチェイス、とやらの話か?」
「ああ。あいつはお前を求めてた。それも忍野忍ではなく、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードって言ってな」
「そこに何か意味があるとすれば、奴らはかつての儂の、完全体としての力を欲している、という訳じゃな」
それにしても、イマイチ相手の目的が見えない。
怪異の王、とまで呼ばれ畏怖されてきたあの圧倒的な力を一体どうするつもりなのか。
それとも必要なのは忍自身ではなく『心渡』の方なのか?
「まぁ何にせよ、儂はお前様から離れるつもりはない。奴らがどんな見返りを出してきても、よっぽどの事がなければ大丈夫じゃ」
「いや、全然大丈夫じゃなさそうなんだけど? ドーナツ一年分とかで釣られそうな気がするんだけど?」
「その時は......そうじゃな、お前様がドーナツ二年分を儂に貢げばよかろう?」
「よくねぇよ!」
僕の財布がどれだけ圧迫されてると思ってんだ!
何で自分の彼女より幼女に貢がないといけないんだ。
全く、僕はロリコンじゃないんだからな。
その点、しっかりして欲しいものだ。
「まぁ今はとりあえずこの話は置いておこう。問題は土御門の件だ」
「白い小僧の暴走、か?」
「一方通行は今この街のお偉いさんの依頼で『吸血殺し』って能力者を探しているみたいなんだけど、その能力がやたら厄介らしい。特に僕たちには」
もし一方通行が失敗すれば、彼が守ろうとしている少女、打ち止めちゃんに大きな害が及ぶんだとか。そしてもし打ち止めちゃんに何か万が一があれば、一方通行が黙ってないらしい。最悪のパターンで、一方通行が暴走する可能性がある、と土御門は言っていた。
「それだけなら話は簡単だったんだよ。土御門が実は『吸血殺し』と学校でクラスが一緒らしいんだ。いざとなれば『リムーブ』のメンバーを投入すれば女子高生の一人や二人捕まえられる」
「......なるほど。めんどうなのはその後、ということじゃな」
「ああ」
土御門は見透していたのだ。
『新世界』は確かに、学園都市にとって脅威となる魔術結社だ。学園都市がその突出した科学力を駆使して彼らを殲滅しようとしていることには不可解な事は何も無い。
では土御門は何を見透かしたのかと言うと、だ。
学園都市のお偉いさんの本当の狙いは『新世界』、つまりはこの世界の吸血鬼なのではなく、異世界の吸血鬼である僕たちなのではないのかと。
確かに、エイザーと戦った時、垣根帝督一人こそやられたものの、垣根五人と僕ならば追い込むことができた。
浜面の方もファイブ・オーバーで撤退させることができたのだ。
自分たちの力を過信している訳ではないが、それでもわざわざ『吸血殺し』などという能力を持ち出さなくとも勝てるのである。
「だから出来れば『吸血殺し』の能力を持ち出したくない。けど、それだと打ち止めちゃんに影響が出て、一方通行が暴走する恐れがあるんだ」
「あの白い小僧がどれ程の力を振るうのかは知らんがの、儂とお前様で迎撃するのと、『リムーブ』の小僧たちと共にこの世界の吸血鬼たちを倒すのと、どっちが楽かという話になる」
一方通行の能力はベクトル制御。
あらゆる攻撃を『反射』するため、通常の攻撃は効かない。
『心渡』でその能力を斬れるかが問題だ。魔術は斬れたが、超能力が斬れるかどうかはまだわからない。
どちらにせよ、彼と殺し会うようなことにはなりたくない。
「『新世界』に僕たちで太刀打ちできるのか?」
「儂を誰じゃと思っておる。それにカブトムシもおるじゃろう?」
ファイブ・オーバーがあるので、火力は十分だ。だが、相手は吸血鬼。かつてのキスショットを越える吸血鬼性を持っていた場合、尋常じゃない回復力で上回る可能性もある。吸血鬼に常識は通用しないのだ。
しかしこちらには忍がいる。
あらゆる怪異の頂点に立つ最強の怪異が。
超能力者たちと僕でできるだけ弱らせて、忍に食べてもらえば何とかなるだろう。
「よし。なら動くのは夜だな。それまではしっかり睡眠を取って準備しておいてくれよ」
「まったく、これでドーナツ十個追加じゃぞ?」
それだけ言い残して、忍は僕の影に戻っていった。
さてと。
それじゃあ僕も僕のするべきことをやろう。
土御門に電話を掛ける。
『何かあったか、阿良々木』
「いや、特に変わったことはない。それより、僕から一ついいか?」
『なんだ?』
「『新世界』の連中を誘き寄せて、倒したい」
言うと、電話の向こうから笑い声が聞こえた。
『なりほどにゃー。忍ちゃんの件があるからか?』
「いいや、勿論それもあるけれど、それ以上に一方通行の方が心配なんだよ」
『一方通行はそこまで脆くはない......って言いたいところだけど、そう言いきる訳にもいかないからな。けどまぁ阿良々木。そう焦ることもないぜよ?』
「と言うと?」
『実はな、さっきイギリス清教の連中から朗報が届いたにゃー。奴らの次の学園都市襲撃の日程が割れた』
「なんだって!?」
『ま、日程っつうか、今日なんだけどにゃー。今日の午後六時。上条宅に直接』
「ここに!? ていうか土御門、その情報は信じて良いのか? そんなに詳しい情報、普通わかんねぇだろ?」
日程はともかく、時間まで割れているとなると、誰かが潜入、もしくは裏切って情報を漏らしているとしか考えられない。
『心配することはないぜよ。この情報を持ってきたのはレイヴィニア=バードウェイだからな』
「れ、れい......誰だ?」
『ああ、そこは気にするな。ただ、強力な魔術師だとだけわかっていればそれで良い。あまりこちら側に関わろうとするとロクなことにならないからな』
「.......わかった。で、僕たちはどうすればいい?」
『垣根と麦野を向かわせるから、上手く迎撃してくれ』
「ああ」
通話終了。
現在時刻は午後二時過ぎだ。『新世界』襲撃にはまだ時間は十分にある。
来たるその時に備えて、僕も一睡するとしよう。
先程の戦闘で正直、少し疲れたのだ。