架物語   作:藍鳥

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 そして筆者の暴走が始まる。
 彼女のことは頭の片隅にでも置いといてください。


灰色の前日譚

 

 これは、世界の長い歴史にとっては振り返ってすぐ目の前にあるくらいの、ただの前日譚だ。

 しかし、とある少女のまだ短い人生にとっては、遠い遠い昔話である。

 

 

 

 

 

   灰

 

 もし、自分の周囲から誰もが消えてしまったとしたら、人は一体どういう反応をするのだろうか。

 異常さに戸惑い、何もできないままその場に立ち尽くすのか。

 異常さに絶望し、その場で発狂し、暴れ回るのか。

 勿論、普通に生きていればそんな奇怪な場面に出くわすことはないだろう___そんな怪異に出くわすことないだろう。

 しかし、それでもやはりこの世界には切っても切りきれない常識外の現象は存在するのだ。

 魔術なり超能力なり怪異なり。

 怪異には理由があると言うが、同じように魔術や超能力、その他『原石』などの力にも理由があるのかもしれない。

 

 「......。」

 

 さて、命題に戻ろう。

 もし、自分の周りから人間が消えてしまったらどうなるか。

 少女の場合はどちらでもなかった。

 そもそも彼女は、最初は異常を正しく認識できていなかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

   灰灰

 

 「んん......、あれ......?」

 

 朝、布団から起きて周囲を見回すと、床にやたらゴミが散らかっていた。埃やら灰やら。

 夜中に屋根裏でネズミと猫の大戦争でもあったのか。

 窓を開けっ放しにして寝てしまったようで、秋の朝の冷たい風が部屋の埃を煽っていた。寒いのはそのせいだ。

 

 「んーっ」

 

 布団の上に座って伸びをする少女は、至って普通の少女だ。高くもなく低くもない身長に、長くもなければ短くもない黒髪。顔立ちも整っていると言えば整っているが、別に絶世の美少女という訳ではない。

 どこにでもいる、一人の少女だ。

 

 「もうこんな時間か......」

 

 少女の両親は共働きで、彼女が起きるよりも先に家を出ることもしばしば。彼女の兄も同じだ。

 そういう日は母親が朝ご飯を作り置きしてくれる場合もあるが、してくれない場合もあった。

 

 「ん......。朝ご飯、作らないと」

 

 今日はどうやら後者だったようだ。

 彼女はトーストを焼き、牛乳をコップに注いで一人いただきますをした。

 

 「おいしかったです。ごちそうさまでした」

 

 食べ物に感謝の心を忘れずに、少女はコップと皿を片づける。

 今日は月曜日。平日なので普通に学校がある。

 少女の住んでいる町は小さいが、空気が綺麗で、自然も豊かなところだ。その半面あまり交通機関が便利ではなく、バスも走っていないため、不便だと嘆く人もいる。

 都市部からは遠い町なのだ。

 どのくらい遠いのかと言うと、結構遠い。駅のある街まで徒歩で二時間は掛かる。

 だけど、彼女は不便だとか、生活しにくい、などとは感じない。

 町が小さい分、皆と親密になれるし、少し探検すれば綺麗な流星群だって見られる日もある。それに、その気になれば街の外になど出なくとも不便なく暮らせるし、というか車があるので、徒歩二時間と言ってもそれほど現世と隔離されている訳ではないのだ。

 好奇心旺盛な少女にしてみれば、毎日が冒険で、新たな発見をもたらしてくれる、最高の町なのである。

 

 「行ってきます!」

 

 誰もいない我が家に挨拶をし、彼女は今日も家を出た。

 

 

 

 

 

   灰灰灰

 

 ユーリの家は彼女の家のすぐ近くにある。ユーリは彼女の親友の一人だった。

 少女とユーリはよく一緒に町のはずれの大きな森を探検した。お化け屋敷じみた廃屋は彼女たちの秘密基地だ。森には理科の教科書には載っていない珍しい植物や動物がたくさんいて、彼女たちの冒険と言うのは、主にそんな生物たちを観察すること。

 都会の子供たちのように、カードゲームや流行りのゲーム機で遊ぶなんて、考えもしない。まず誰もそんな物は持っていない。

 

 「ユーリーっ! 学校行くよー!!」

 

 いつもと同じように、彼女は家の扉の前で大声を出す。

 するとユーリは、

 

 『お、おはよう......』

 

 と、眠たそうに扉を開けてくる。ユーリを起こしに行くのが彼女の日課なのだ。ユーリはもちろん、朝ごはんを歩きながら食べる。

 今日何のジャムを塗った食パンをくわえているのだろうか、などと考えながらしばらく待つ。

 ___しかし。

 

 「ユーリーっ! まだーっ?」

 

 今日は何故か返事がない。

 彼女を置いて、先に行ってしまったのだろうか。

 ちなみにそういうことは今までに何度かあった。

 ユーリは寝ぼけているので、毎朝彼女が訪ねてくることを忘れてしまっている日もあるのだ。

 今日はきっと忘れてしまったのだろう、そう少女は解釈した。

 

 そうそう、忘れていたと言えば、彼女にはもう一人親友がいた。

 名前はセミリア。

 彼女は少女以上のおてんばで、自由奔放で親を困らせていた少女でさえ、それはマズい、と踏みとどまるようなことを平気でして、そのたびに家裏の蔵に閉じ込められていた。

 彼女とはよく噛みつきあったものだ。

 犬猿の仲と言うか、喧嘩するほど仲が良いと言うか......。

 

 「ふん、ふふ、ふ~ん」

 

 軽やかに鼻歌を誰もいない通りに響かせながらスキップする。

 ユーリに忘れられてしまったけど、今日はなんだか気分が良い。

 両手を広げれば、空だって飛べそうだ。

 

 「いえーい、いえい!」

 

 二十分程で、少女の通う学校に着いた。

 時間通り。

 早く教室へ行って、置いてけぼりにしたユーリを叱ってやろう。セミリアにも協力を煽って。

 そんな事を考えながら、教室へ向かう。

 ガラガラ、と教室の扉を開ける。

 

 「おはようございますっ!」

 

 けれど。

 

 「あ、れ......?」

 

 騒がしく、笑顔で溢れているはずの教室に、誰もいなかった。

 ユーリも、セミリアも。

 エミルやシグルア、ルイも。

 トーレスやジミー、アレクドラもいない。

 

 もう誰も、いなかった。

 

 

 

 

 

   灰灰灰灰

 

 きっと少女は心のどこかで気付いていた。

 気付いたから否定した。

 それじゃあ困る。

 そんなことはあっちゃ駄目だ。

 

 「......。」

 

 人間、イレギュラーな状況に一人で陥ると、どんな行動を起こすかわからない。

 例えばこんな風に、突然町から自分以外から消えさった、とか。そんな状況。

 

 「......っ」

 

 常人なら、その場で立ちつくすか、狂いながら絶叫するか、そのどちらかだろう。

 しかし少女の場合は違った。都合が違った。彼女たちの場合は、前提条件からして異なっていた。

 

 「......は、」

 

 きっと少女は心のどこかで気付いていた。

 

 「......ははっ、」

 

 気付いていたから否定した。

 

 「...ははっ、あははっ」

 

 それじゃあ困る。

 

 「...あはははははっ」

 

 そんなことはあっちゃ駄目だ。

 けれど、

 

 「...っ」

 

 彼女はいつの間にか自分の家の、自分の部屋に戻っていた。

 足元を見る。

 

 

 灰。

 

 

 吸血鬼の残りかす。

 

 

 「ご...めん、なさい.......」

 

 灰に涙を落としながら、少女は謝った。

 灰に、謝った。

 

 「......ごめんなさい、ごめんなさい......」

 

 足下の灰が、風にのって飛ばされていく___誰の灰だったのだろう......。

 

 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい......」

 

 

 

 

 

   灰灰灰灰灰

 

 少女の住む町には吸血鬼の残りかすである灰が舞っていた。

 それは全て、少女の部屋の開いた窓から噴き出した物だった。

 

 「......行ってきます」

 

 必要な物を全てカバンに詰めた少女は町を去る。

 皆消えた。

 他でもない、少女が皆を___吸血鬼たちを殺した。己の力を抑えきれなくなった。

 吸血鬼の町を一夜にして滅ぼした。

 

 彼女は『原石』。

 姫神愛沙と同種のタイプの『原石』。

 吸血鬼を殺す、特別な『血』を持つ者。

 

 吸血鬼にして、『吸血殺し(ディープブラッド)』の少女は、振り返りはしなかった。 

 自分にはきっと、やるべき事がある。

 このふざけた体質を利用して、誰かのためにすべきことが。

 そう信じて、彼女は歩き出した。




 次回はあいつらの話です!

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