「さてと…、話すといっても何から話したものかしら……。……そうね、まずはまどか、貴女に一つ聞きたいことがあるんだけど…」
「ふえ?何、ほむらちゃん?」
唐突におのれに話を振ってきたほむらにまどかはきょとんとしてしまう。ほむらはまどかの反応にも構わずに話を続ける。
「貴女は不思議に思わなかったかしら?私が転校してきたときに私が貴女のことを保健委員だと知っていたことを。そして登校してきたばかりだって言うのに保健室までの道を知ってたことを、変だと思わなかったかしら?」
「へ?え~っと、…そういえばそうだったね、あれからすっかり忘れてたけど…。でも私の名前知ってたのって早乙女先生から聞いたからじゃあ……」
ほむらとまどかが初対面した折に何故かほむらは見ず知らずのまどかの名前を知っていた。ただあの時ほむらはまどかの事を担任の早乙女先生から聞いたと説明したため、まどかもそれっきり忘れていたのだ。なぜ保健室の場所を知っていたのかまでは分からずじまいであったが、それも転校初日に誰かから聞いたのだろうと勝手に考えていた。
が、まどかの言葉を聞いたほむらは彼女の言葉を否定するように首を左右に振った。
「あれはその場の方便、嘘よ。私は転校した時から、いいえ、転校する前から貴女の名前を知っていたのよ」
「……え?そ、そうなの?……あ!で、でもほむらちゃんは魔法少女だから、魔法使って何とかしたんじゃない?」
「そうそう、ほむらも魔法少女なんだから魔法とか使って何とかしちゃったりすることができるんじゃない?ほむらが魔法使っているところ見たことないけど…」
まどかとさやかはほむらの言葉に特に疑問を持った様子もなく、マミと杏子も特別変だとは感じていないようであった。
そもそもほむらはマミ達と同じく魔法少女、キュゥべえに何らかの奇跡を祈った代償に、魔法を操る力を与えられた存在だ。ほむらは学校に転校してくる前からすでに魔法少女だったようなので、何らかの魔法を使って学校内部の情報や転校するクラスの人間の名前を知ることなど造作もなかっただろう。何故そのようなことをしようとしたかは分からないが、大方見滝原中学にほかの魔法少女がいないかどうか探るためだったのだろうとマミ達は予想していた。
魔法少女たちは魔女から手に入れることができるグリーフシードを巡って縄張り争いを行うことがしばしばあり、万が一自分以外の魔法少女が居たとするのなら魔法少女同士の潰し合いとなりかねない。
そうなるのを避けるために転入した学校に魔法少女が居ないかどうかを調査するのもあり得ない話ではないだろう。少なくとも魔法少女としての経験の長いマミと杏子はそう考えていた。
「…半分正解、半分はずれってところね。まああながち的外れでもないんだけどね。まあいいわ」
「んだよ、奥歯に何か挟まったような言い方しやがって…。言いたいことがあるならはっきり言えっての…」
「話すにしても順序というものがあるのよ佐倉杏子。催促されなくても今話すわ。でも話す前に………貴女達に聞きたいことがあるの。貴女達は魔法少女が持つ固有能力がどうやって決まるか……。それを知っているかしら?」
不満げな表情で茶々を飛ばしてくる杏子を無視したほむらは、突然魔法少女たちへと問いを投げかける。唐突な問いかけに織莉子以外の少女たちは戸惑ったようにたがいに顔を見合わせている。
「え、ええっとキミ?いきなり何を言ってるんだい?魔法少女の固有能力?それが一体全体どうしたって……」
「……いいから答えて、くれるかしら?分かっていることだけでいいから」
訳が分からない様子のキリカの言葉を無視し、ほむらは静かに、それでいて有無を言わさないような口調で皆へと再度問いかける。
突然の問いかけに少女達はあっけにとられていたが、やがておずおずといった感じでマミが口を開いた。
「ええっと……、確か各々の魔法少女の魔法は契約のときに願った内容で決定されるんじゃあなかったかしら…?例えば私の場合は私の命を助けてほしいって願いで契約したから『命を繋ぎ止める』って意味合いでリボンを操る魔法に、佐倉さんのは確か……」
「……親父の説法を聞いてもらいたいって願いから幻惑魔法、だ。ッケ!要は催眠術か何かで人をだまくらかしてるってことなんだろうよ。嫌味な魔法寄こしやがって……」
話を振られた杏子は心底忌々しげに吐き捨てる。彼女からすれば己の手にした魔法はさながら己の願いを皮肉っているかのようであり、かつてほどではないにしろ今でも少なからず気に入らないという思いは持っているのだ。
「…そうね、おおむねその通りよ。魔法少女の魔法というものは契約のときに願った願いによって大体決まってくるわ。何かを思い通りにしたいという願いなら洗脳系、傷を治したいという願いなら治癒系、といった風にね」
二人の答えに軽くうなずいたほむらは、いつの間にやらテーブルの上に置いてあったコーヒーカップを持ち上げて、中のコーヒーを一口啜る。
「……え?こ、コーヒーなんていつの間に…?」
と、コーヒーを啜るほむらの姿を眺めていた織莉子はハッとしてテーブルへと視線を落とした。そこにはいつの間にやらこの場にいる少女達全員分のコーヒーと、コーヒー用のミルクと砂糖が置かれていた。
何の前触れもなく突然出現したコーヒーに、ほむらを除く少女達があっけにとられていると、ふとテーブルの隣から2、3度咳払いする音が聞こえてくる。反射的にそちらを向くと、そこには片手にお盆を抱えたシジフォスが、ばつの悪そうな顔で頬を掻きながら立っていた。見るとソファーを囲んで立っている黄金聖闘士も各々湯気を立てるコーヒーカップを持っている。どうやらこの場にいる全員分コーヒーを淹れてきたらしい。
「……あ~、その、なんだ、驚かせてすまない……。何か飲み物でもと思って、な…。すまないほむら、勝手に台所を使ってしまって……」
「別にいいわよ。話も長くなるだろうから飲み物ほしいと思ってたところだし。……うん、なかなか美味しいコーヒーね」
頭を下げて謝罪するシジフォスに、ほむらは特に気にした様子もなくコーヒーを啜る。どうやらこのコーヒーを淹れたのはシジフォスのようであり、長話になりそうだからとわざわざ気を使ってくれたようである。
「で、でも何の物音も立てずにコーヒーをテーブルに置くなんて……思わずびっくりしちゃいました…」
「いやすまん。ついいつもの癖でな……」
「せめて彼女たちに声をかけるなりなんなりするべきじゃあなかったんじゃないのか?おかげで皆驚いているぞ?」
「……うん、まあ、その通りだなアルデバラン、俺の不注意だった…」
アルデバランに窘められたシジフォスは申し訳なさそうに頭を掻いた。
幾多の修羅場を乗り越えてきた聖闘士の一人であるシジフォスにとって、他者に気づかれないように気配を消して行動することは造作もない事ではある。もっぱら潜入捜査やらで用いている技術なのだが、うっかり給仕で使ってしまったのだ。シジフォスの行動に気が付いていた黄金聖闘士達は平気かもしれないが、彼の気配に気がつかなかない魔法少女達にとっては心臓に悪いことこの上ない。一方のほむらは慣れているのか全く気にした様子はないが…。
「ほむらちゃんは……平気なの?なんだか全然驚いてないみたいだけど……」
「もう慣れたわ…。主にマニゴルドとなぎさのお陰で、ね…。今更この程度じゃ驚かないわ」
「にゅ?誰かなぎさを呼んだですか?」
突然コーヒーが出現しても全く驚かないほむらに、まどかがどこか感心したような声をあげると、ほむらは少しばかり疲れたかのようにため息を吐きながら恨めしげにマニゴルドへと視線を向ける。
どうやら度々マニゴルドやなぎさからいろいろと悪戯されているらしく、今更この程度では驚かないらしい。一方じと目で睨まれているマニゴルドは悪びれた様子もなくニヤニヤと笑いながらコーヒーを啜っている。
と、ほむらが名前を出したことに反応して、いつの間にそこに居たのかなぎさがソファーの陰からひょっこり顔を出してきた。自分の背後から突然姿を現したなぎさにほむらは呆れた様子で軽く溜息を吐いた。
「貴女とマニゴルドがいつもいつも私に悪戯してくることについて文句言っていたのよ…。寝起きに貴女の魔女の顔が目の前にあったり、食べようとしていたチーズが突然無くなったり……、何回胆を潰したことやら…」
「うっ…、そ、それはごめんなのです…。蟹のお兄さんにああすれば確実に起きるって教えてもらったので…」
「俺のせいかよ、ってかチーズはテメエの意地汚さのせいだろうが。いい加減自重しやがれってんだ。お陰でこっちは料理に使うチーズも残らず食われてんだぜ?オイ!」
ほむらの文句に顔を引きつらせるなぎさ、そしてさりげなく自身に責任転嫁された事でマニゴルドも突っ込みを入れてくる。最もマニゴルドがなぎさに寝起きのほむらを驚かせるように仕向けた事に関しては事実なのであるが……。
「ふーむ……、ん?ちょっと待った!魔法が魔法少女の願い次第ってことはわかったけど、それじゃあ何で私は時間低速化なんて魔法になったんだ?私の願いは根暗な自分の性格を変えたいって願いだったのに……」
と、三人のやり取りを興味無さそうに眺めていたキリカが突然何かを思い出したかのように大声を上げる。
キリカが魔法少女となるときに願った願いは『己の性格を変えること』。だが、その結果として手にした魔法は『時間の低速化』。確かに魔女や魔法少女との戦闘では有利な千党系の魔法ではあるが、自分の願った願いとはかなりかけ離れており、共通点が無いように感じてしまう。まさか実は全く関連性なんてないんじゃないか?等と頭をひねって考えるキリカ。そんな彼女の様子を察したのかアスミタは何かを考えるかのように顎に手を当ててポツリポツリと口を開く。
「フム、これは私の想像だがなキリカ。恐らくは君の願った願いが性格を変えたいという『変化』の願いだったから時間の流れを『変化』させる願いとなったのかもしれん。ちなみに織莉子の場合は己の生きる意味を知りたい、すなわち己がこれからどうやって生きていくべきか知りたいという願いからこれから起こることを観ることができる未来予知、という魔法になったのだろうな」
「フ~ン、なるほど流石神様!!…でもそれじゃあむしろ変身魔法とかのほうが合っているような……。ま、考えても仕方ないかな~」
キリカは一瞬納得したような表情に、だがすぐに何か納得できない様な表情へと変化するが、考えるだけ無駄だと思ったのかケロッとした顔でコーヒーカップへと手を伸ばした。
実際アスミタの推測も所詮は推測の域を出ておらず、何故キリカの魔法が願いとは関係なさそうな時間低速化となったのかということなど、彼女を魔法少女にしたインキュベーター以外は知らないだろう。連中から聞き出せば案外素直に吐くかもしれないが、そもそもの諸悪の根源である奴らと好き好んで口を訊きたいとは思わないし思いたくもない。
そんなことを考えながらコーヒーを口へと運ぶキリカ、だったが……。
「!?ウエッ!!な、なんだこれ苦ッ!!苦すぎて飲めたものじゃない!!」
コーヒーを口に入れた瞬間、目を見開いて口からコーヒーを吹き出しそうになった。が、ほむらから殺気のこもった視線を送られたため、やむを得ず我慢して飲み込んだ。
もともとかなりの甘党であるキリカにとって、甘みなど全く無いただひたすらに苦いブラックのコーヒーなどそのままでは飲めたものではないだろう。最もそれはキリカに限ったことではなく、ほむら以外の少女たちはコーヒーを一口含むたびにその苦さに顔を歪め、先を争ってミルクや砂糖の入った瓶へと手を伸ばしている。まだ中学生である彼女達からすればコーヒーの苦みはまだ美味いとは感じられないのだろう。ましてや紅茶にも大量の砂糖やジャムを入れる程の甘党であるキリカならなおさらだ。
「キリカ……それコーヒーだから苦いのは当たり前よ?貴女甘党なんだからミルクとか砂糖とか入れればいいのに…」
「こ、これがコーヒー!?なんなんだこの苦さ!!まるで泥水じゃないか!!こんなもの普通の人間が飲めるわけない!!」
「……いや、その普通の人間が飲めない泥水を飲んでいる人間がここにいるんだが、な…」
ブラックのままコーヒーを啜ったキリカをあきれた様子で窘める織莉子と、キリカの反応に少々落ち込むシジフォス。自分の好物にこうまで言われたい放題言われたら誰だって落ち込むことだろう。ましてや自分が淹れたものを酷評されたのならばなおさらだ。がっくりと落ち込んでいるシジフォスに織莉子は親友の失言を必死に謝罪し、キリカもそれを見てようやく自分が失礼な発言をしてしまったことを理解し、ばつが悪そうに顔をそむけている。
「……ま、まあそれはともかくとして……、ねえ暁美さん。それで魔法少女の魔法が貴女とどう関係あるのかしら?もしかして貴女の持っている魔法と願いっていうのが貴女が私達に話したいことと何か関係がある、とか…」
「……そうね、ちょっと話が回りくどかったけど、貴女の言う通りよ巴マミ」
慌てて話題を変えてきたマミに対して、ほむらは彼女の言葉を肯定して頷いた。
「貴女達と同じように、私も魔法少女としての固有魔法を持っている。それは……時間の停止よ」
「え……?」
「時間の停止…?」
「な、なんだそりゃ…?一体どういう……」
ほむらの返答に魔法少女たちは茫然としている。ほむらが言ったことがいまいち理解できていないといった様子である。彼女達の様子にほむらは呆れた様子で溜息を吐きながら説明を始める。
「つまり私の能力は、時間を自由に止めることができる、というものなのよ。今現在動いている時を停止させて、私だけはその止まった時のなかを自由自在に動き回ることができる…、それが私の魔法よ」
「お、おお~!!すごいじゃんほむら!!まんまDIO様のザ・ワールドじゃん!!半端なくラスボス臭漂う魔法で……「静かにしてもらえるかしら?美樹さやか」……すいません」
説明しているときに大声で茶々を入れてきたさやかに、ほむらは鋭い眼光をぶつけて黙らせる。ほむらに威圧されて動けなくなっている親友の姿にまどかは思わず苦笑いしてしまう。と、コーヒーを啜りながらほむらの話を聞いていた杏子が突然不機嫌そうな顔でフンと鼻を鳴らす。
「なんだよ……聞いてる限りお前の持っているの相当すげえ魔法じゃねえか…。てか殆ど無敵じゃねえか!時間とめてりゃ魔女もあたしら魔法少女も動けなくなるんだからボコボコにし放題じゃねえかよ!!」
「そ~そ~。ま、多分相応の魔力使うとか時間制限あるとか色々デメリットあるんだろ~けどさ~…。これじゃあ私の魔法の上位互換じゃん?なんだか私の立場がない気がするんだよね~。そう思わない織莉子、神様?」
杏子の意見の同調するようにキリカもまたコーヒーにたっぷりとミルクと砂糖を流し込みながらぼやいている。それを眺めていたシジフォスは顔を引きつらせており、キリカの保護者役でもあるアスミタはそんな同僚の様子にやれやれと肩を竦めていた。
「シジフォス…、そもそも甘党のキリカにコーヒーの味などわかるまいだろうに…。それ以前にまだ14、5の少女達にコーヒーは早すぎると思うのだが……」
「むう……、た、確かに……」
アスミタの言葉にシジフォスはぐうの音も出ない様子でがくりと肩を落とす。確かに彼女達はまだ中学生、コーヒーの苦みを旨いと感じるにはまだ早い年ごろだろう。そんなことも察せずに己の好みでコーヒーを淹れてしまったのは迂闊だった…。シジフォスは己の迂闊さに少しばかり落ち込んでしまう。
「全く……、まあいい。さてキリカ、君は先程暁美ほむらの時間停止が己の魔法より上位と言ったが……、私はそうは思わないな。君もそうだろう織莉子?」
「え、ええ…。確かに時間を止めるというのは強力な魔法ですけど……、多分何らかのリスクはあると思います…。莫大な量の魔力を使うとか、時間を止められるのに制限があるとか、時間を止めている間は相手を傷つけることができないとか……」
「……そうね。美国織莉子の言うとおりよ。私の魔法は一見すると確かに強力だけれど……それ相応の欠点があるのよ」
アスミタと織莉子の考察にほむらは軽く頷いて、再びコーヒーカップへと口をつける。コーヒーを啜って唇を湿らせると、ほむらは向い側のソファーに座る魔法少女に見えるよう、左手の指をピンと一本立てる。
「まず第一に私は貴女達のような魔力で生成された武器、要するに魔法少女専用の武器を持っていないし作り出すこともできない。唯一左手の盾が武器と言えるのかもしれないけれど、こんなもの鈍器に使ったとしても人間一人脳震盪起こすことしかできないわ」
「いや、何物騒なこと言ってんのよ………、ってん?ちょっと待ってよほむら。武器がないんだったらあんた今までどうやって魔女狩ってきたのさ?」
さやかはほむらの発言に突っ込みながらも素朴な疑問を投げかける。
もしもほむらの言うとおりだとするなら、今の今まで彼女はどうやって魔女を狩っていたというのか?
武器に頼らず素手で戦うという可能性もないわけではないが、どう見てもほむらは肉体派には見えない。確かに体育の授業では他とは頭一つ抜けた身体能力を発揮していたものの、それだけでは到底魔女と素手で渡り合えるとは思えない。
さやかの質問を聞いたほむらは突然口を閉じると落ち着きなく左右に眼を動かし始める。
しばらく沈黙していたが、やがて一二度咳払いをすると、視線をそらしながらボソボソと蚊の鳴くような声で話しだす。
「……ネットで仕入れた情報で爆弾を作っていたわ」
「ウェ!?ば、爆弾!?」
「なんてモノ作ってるのよ!!てか爆弾の作成法なんてネットであるのかよ!?」
「そんなもん裏サイト覗きゃあうんざりするほどあるぜ?ちょいとした設備がありゃあダイナマイト並みの代物も楽々……ってな。ああついでにヤバいヤクの精製法なんかも………」
「おおおおおおおおおお!?ヤバい!!ヤバすぎるよほむら!!ヤクだけは駄目!!ヤクだけは駄目、絶対!!」
「うるさいわよ美樹さやか!!心配しなくても麻薬なんて買ったことも使ったこともないわよ!!マニゴルドも余計なこと言わないで!!!」
ほむらの返答にまどかとさやかはパニック状態になり、さらにマニゴルドまでもが余計な事を言ったせいでさらにギャアギャア騒ぎ出す。
そんな二人の様子にほむらは頭痛を抑えるように額に手を当て「だから言いたくなかったのよ……」と呟いた。
「ああそれからその手の人から銃や手榴弾を拝借してきたことも……」
「その手のってなんだよ!?あれか、ヤのつく稼業の連中かよ!?つーか拝借って要はかっぱらってきたのかよ!!あたしの万引きや空き巣が幼稚に見えてくる位ヤバいことやってやがるなアンタ!!」
「……在日米軍基地からミサイルとかを頂戴したこともあったわね…」
「ちょ、ちょちょちょちょ暁美さん!?それはさすがにまずいんじゃない!?もしもそんなことがばれたら国際問題………っていうかもう盗まれたことで騒ぎになってるんじゃあ……!!」
「……て、天国のお父様が知ったらどうなる事やら……」
「あ~!!お、織莉子の顔色が真っ青に~!!し、しっかりしてくれ織莉子~!!君に先立たれたら私はこれから何を頼りに生きていけばいいんだー!!」
さらに衝撃的な事実、暴力団事務所やら軍の基地から銃や兵器をくすねていたことまで明かした瞬間、部屋は蜂の巣をつついたかのような大騒ぎとなってしまった。
自らの暴露が原因であるとはいえ、まさかここまで彼女達を混乱させることになろうとは思ってもおらず、困った表情で隣でのんきにコーヒーを啜るマニゴルドへと視線を向ける。が、マニゴルドは「自分で何とかしろ」と言わんばかりに彼女を無視しており、援護は全く期待できない。後ろでこちらを眺めるなぎさも何が起こっているのか分からないと言いたげな顔をしており、こちらも問題外。
どうしたものかと頭を抱えるほむらであったが…。
「まあまあ落ち着け。幾ら魔法少女でも高々中学生の少女が銃器やら兵器やらを何回も盗みだせるはずがないだろう?それに国際問題云々も心配ないだろう。仮にも国を守る軍が武器を盗み出されたなどということを世間に公表するはずがない。そんなことをしようものなら彼らのメンツは丸潰れだ。暴力団も同じくな。
だから一切問題はない。まあ流石に銃器を持ち出したことは褒められることではないが、な…」
このままではいつまで経っても話が進まないと感じたのかデジェルは少女達を落ち着かせるために彼女達を説得する。デジェルの説得を聞いていた魔法少女達も段々と落ち着きを取り戻してようやく沈黙する。ほむらはようやく話が進められることに安どのため息を吐きだす。
「ふう…、フォローありがとうデジェル」
「いやいやこの程度、どうということはないさ。まあ君も爆弾製造はともかくとして、もう銃器盗難などやっていない……、否、やる必要もないだろう?」
「そうね。ソウルジェムの穢れを取り除く必要もないし……、何より戦闘関連はマニゴルドとなぎさに丸投げすればいいしね」
「何気にヒデエ事言ってるなオイ」
「む~…、なぎさはもう魔女じゃないですのに…」
ほむらのセリフに軽く突っ込みを入れるマニゴルドと不満げに頬を膨らませるなぎさ。が、ほむらは二人を無視して説明を再開する。
「二つ目に停止した時間の中を動けるのは基本的に私だけなんだけど、例外的に私の体に触れている人間も触れている間だけ私と一緒に停止した時間の中を行動できるようになってしまうのよ。例えば巴マミのリボンで拘束されているときに時間停止を仕掛けたとしても、巴マミも一緒に停止した時間の中へと放り込まれてしまう……。だから相対的に拘束系の魔法を使う魔法少女や魔女とは相性が悪いのよ。……最も使いようによってはメリットにもなるけどね」
「ん?どういうこった?」
ほむらの含むような言葉に杏子が反応を示す。彼女の質問を聞いてほむらは軽く肩を竦めながら解説する。
「私の体に触れていれば私と一緒に停止した時間の中を動ける、ということは逆にいえば味方の魔法少女も一緒に停止している時間の中を移動可能にできるということなのよ。これならどんなに危機的な状況でも一時離脱できるし逆に動けない魔女を一方的に攻撃することだってできる、というわけよ。まあ今まで他の魔法少女と共闘なんてことはしていなかったんだけど、ね…」
「なるほどね。戦闘を任せられるパートナーさえいればデメリットもメリットになるということね。でも貴女に触れてなければ止まってしまうから相性がいいのは遠距離攻撃が出来る魔法少女、よね?」
「………なぜ私を見るの巴マミ?」
何やら意味深な笑顔でこちらをじっと見つめるマミへと気味悪げに眺めるほむら。確かに遠距離攻撃が主体のマミならば相性は悪くないものの、それで彼女と組むか否かは別問題である、少なくともほむらはそう思っている。
「……まあいいわ、それで私の魔法の欠点その3なんだけど……。この時間停止能力は使用できる期限があってね……、その期間は一カ月程度。それを過ぎてしまったら時間停止能力は使えなくなって私はただの人間同然になる………、というわけよ。まあ欠点はこの3つといったところかしら?分かってもらえたかしら?まだ何か質問があるなら受け付けるけど?」
己の能力の弱点についての説明を終えたほむらは、少女達を見まわしてそんな言葉を投げかける。ほむらの言葉に最初は誰も反応する様子がない。が、次の瞬間……。
「……」
突然まどかが手を挙げた。その表情は手を挙げてみたはいいものの質問するべきかどうか迷っているようであり、視線を彷徨わせている。
「…なにかしら、まどか。質問があるなら遠慮せずにどうぞ」
ほむらは顔色一つ変えることなくまどかにそう促すと、まどかは少し躊躇するかのような様子を見せながらおずおずと口を開く。
「ね、ねえほむらちゃん、ちょっと話が脱線しそうだから言いにくいんだけどさ…。最初に言ってたほむらちゃんが私のことを保健委員だって知っていたことや保健室の場所を知っていたのって……、ほむらちゃんが時間を止めて調べたってことでいいの?何でそんな事をしたのかは分からないけど…」
まどかの質問、それは最初にほむらがまどかに問いかけてきた『転校してきたばかりのほむらが何故かまどかが保健委員であるということと保健室までの道順を知っていた』という謎についてであった。
確かに時間停止の魔法を使えば校内の構造を把握することも容易だろう。だが、一度も会ったことがないはずの鹿目まどかが保健委員であるということを知っていたことに関しては未だ分からないが…。ついでに何故わざわざ調べたのかという動機も不明である。
まどかの質問を聞いたほむらはその質問にすぐには答えず、テーブルに置かれたコーヒーカップを持ち上げて残ったコーヒーを飲み干して軽く息を吐いた。
「……残念ながら外れよ。私が貴女の事や学校の構造を知ることが出来たのは時間停止の力じゃないの。もう一つの魔法の能力によって、よ」
「もう一つの魔法?お前の持ってる魔法って時間停止だけじゃないのかよ?」
ほむらの返答に杏子は興味ありげに声を上げる。他の魔法少女達も興味しんしん名様子でほむらに視線を向けている。彼女達の視線に対してほむらは軽く肩を竦めて答える
「……そう、私の魔法にはもう一つ別の魔法が存在するのよ。これも時間停止と同じ時間関連の魔法、『時間逆行』よ」
「じ、時間逆行…?」
ほむらの口から出た単語に、思わずさやかがポカンとした顔で聞き返す。ほむらはさやかの反応に気付いていないかのように解説を始める。
「時間停止の使用期間を過ぎて、時間停止能力が使用できなくなった時に使うことができる魔法よ。文字通り時間を一カ月だけ巻き戻すことができる。これで私は何度も何度も時間を巻き戻して過去に戻り続けていたということよ」
「…!!そ、それじゃあほむらちゃんが私が保健委員だって言うのを知ってたのって…」
「ようやく気がついたわね。そう、私が貴女を保健委員だと知っていたのも、学校の内部構造を知っていたのも、私が何度も時間を巻き戻して『同じ場面を経験して覚えていたから』なのよ。どう?あながち的外れでもないでしょう?」
「な、成程……。まあそりゃ分かるっちゃ分かるけど……」
あまりにも突拍子もない話題に少女達は茫然としている。
時間の逆行、巻き戻し…。あまりにも突拍子のない単語の連続に少女達の理解が追いつかない。確かに魔法少女という常人とはかけ離れた存在となり、異形の化け物かつ魔法少女のなれの果てである魔女と戦うというファンタジーと同異議な日常を送っているとはいえ、流石に時間を巻き戻して過去に戻るというのは理解が及ばないようである。最もそれはそんなことが出来る魔法少女を今の今まで見たことが無かったというのもあるのかもしれないが…。一方織莉子だけは顔色一つ変えずに落ち着いた様子を崩してはいない。まるでほむらが時間逆行の魔法を使えることを初めから知っているかのように泰然としている。
「で、でも何で暁美さんは何度も時間逆行なんて魔法を使ったの?何か変えたい過去があったとか……。……あ!!もし言いづらいことだったら言わなくていいから!!」
混乱から一足先に立ち直ったマミは、恐る恐るといった様子でほむらに問いかける。時間を巻き戻して過去に戻る……。そんな事をするのは何か過去に戻ってやり直したいことがあるからではないのかと、マミは考えた。が、すぐにひょっとしたらほむらにとっては言いにくいこと、あまり話したくないことなのかもしれないと考えてあわてて一言付け加える。が、ほむらは特に機嫌を悪くした様子もなく、むしろ彼女の質問を待っていたかのように再度口を開く。
「私には倒さなくてはいけない魔女がいる…。その魔女を倒すために、何度も時間をループしてきた…。結局何度も敗れて時間を巻き戻すことになってしまったけど、ね…」
「ワルプルギスの夜、ですか…。成程、やっぱり貴女はそれが目的で…」
ほむらの返答に対して織莉子はすでに彼女が言おうとしていることを察していたかのようにほむらに次いで口を開く。織莉子の言葉を聞いたほむらは彼女の言葉を肯定するように黙って頷いた。
「わる…ぷるぎす……?な、何それ?さやかちゃん、何か知ってる?」
「い、いやあたしも知らないけど……マミさんと杏子は何か知って……マミさん?」
まどかの質問に答えられず、隣に座る先輩魔法少女に質問しようとするさやかだったが、すぐさまその口を閉じることとなった。マミの表情は驚愕のあまり強張っており、その視線はほむらをジッと凝視していたのである。一方織莉子とキリカ、そして杏子の三人はマミほど驚いてはいない、が、その表情は険しく尋常ではない。
彼女達のただならぬ様子に訳が分からずに互いに見合うまどかとさやか。そんな彼女たちを見かねたデジェルは、マミ達に代わって口を開く。
「ワルプルギスの夜……。元はただの一体の魔女だった存在が数多くの魔女、そして魔法少女の魂を取り込み続けた結果強大な力を持つ規格外の魔女へと進化した超大型の魔女だ。過去世界中で出現し、人間世界に多くの災いを振りまいてきた、そうだったなほむら?」
「よく知ってるわね。その通りよ。魔法少女になったばかりの美樹さやかは知らなくても仕方がないだろうけど、他の魔法少女達にとっては有名な名前よ。そうよね?巴マミ?」
「え、ええ……。私たち魔法少女の間じゃ一種の伝説として囁かれてたんだけど……まさか!?」
「そのまさかよ。ワルプルギスの夜は来るわ。あと一週間後に見滝原へ、ね」
「なっ!?」
ほむらの口から出た言葉にマミは衝撃を受けた様子で唖然とする。無理もない。伝説とされて見ることもないと考えていた最強の魔女、ワルプルギスの夜…。
それがあと一週間後にこの見滝原に襲来するというのだ、驚かないはずがない。
一方暁美ほむらに共闘を持ちかけられた際にワルプルギスの夜について聞いている杏子、そして織莉子自身の固有魔法でワルプルギスの襲来を察していた織莉子とキリカは特別驚いた様子はなかった。
「そ、そんじゃあほむら!あんたが時間遡ってたのって、そのワルプルギスってのを倒すためだったの!?」
「その通りよ。それも、まどかを魔法少女にしないという条件付きで、ね」
美樹さやかの言葉にほむらは肩を竦めながら答える。最もその表情は苦々しげに歪んでいたが。
「まどかの魔法少女としての素質はずば抜けているわ。それこそ魔法少女になれば一撃でワルプルギスの夜も滅ぼすほどの力を秘めている。でも、それは逆にいえば……」
「魔女になってしまえばワルプルギスの夜を上回る脅威になる……ということですね。たとえワルプルギスを倒したとしてもそれを上回る化け物が誕生する危険性がある。だから貴女は鹿目さんを魔法少女にしたくない。……違いますか?」
「…正解よ美国織莉子。事実私はこの世界にループする前、まどかを魔法少女へと契約させた挙句……魔女へと変貌させてしまった。
いえ、あれはもはや魔女と呼んでいいのかどうかわからない、正真正銘の『災厄』そのものだった……。インキュベーターの話では、まどかの魔女の力なら地球上の人類を約10日で絶滅させることが出来るっていう話よ……」
「そ、そんな……」
「冗談でも……笑えないよそれ…」
ほむらと織莉子の口から語られる真実にまどか達は絶句しており、特にまどかは強い衝撃を受けていた。
己が魔法少女となったときの末路、その結果引き起こされるであろう悲劇を知り、まどかは言葉も出なかった。己が魔法少女となり、その果てに魔女となった瞬間、世界中の人間がわずか10日で全滅する……、何かの冗談としか思えない話だ。
しかしそれでも納得してしまった。何故キュゥべえがあれほど自分を魔法少女にしたがっていたのか、そして、何故黄金聖闘士達とほむらが自分を魔法少女にしたがらなかったのかを…。
自分が魔法少女になることでそんな災厄を引き起こすというのなら、どうあっても魔法少女にだけはすまいとするだろう。そしてキュゥべえも自分が魔女になることで莫大なエネルギーを得れるというのならどんなことがあっても魔法少女に契約させようとするだろう…。
最初はあこがれていた魔法少女という存在にそんな思惑が絡んでいたという事実に、まどかはやり切れない思いを抱いていた。
「つまり暁美さんの目的は、まどかさんを魔法少女に契約させずに、ワルプルギスの夜を倒すこと…?」
「それであたしらと共同戦線結ぼうって話持ちかけてきやがったのか……」
ほむらの話を聞いていたマミと杏子は驚きながらも納得した様子で頷いている。
暁美ほむらが過去にワルプルギスの夜と戦い、敗北、あるいはワルプルギスの夜を倒したもののまどかを魔女化させてしまい、やむなく時間を巻き戻して過去へと飛んだ…。
すべてはワルプルギスの夜を倒し、まどかを魔女にしないため…。そういう理由ならば納得がいく。
だが、そんな彼女達に対してほむらは、沈痛な表情で首を振る。
「……それだけじゃないわ。私はまどかに、いいえ、貴女達全員に償わなければならないことがある。その償いを、この世界、この時間軸で果たさなくてはならないのよ…」
「え……?」
ほむらの言葉にまどかは唖然とする。
償い…、確かにほむらはそう言った。だが、まどかには全く身に覚えがない。否、まどかだけではなくマミ達魔法少女達にとっても何の身に覚えも無いことである。
「つ、償い……?え、えっとほむらちゃん…、私、身に覚えが無いんだけど……」
「あるはずがないわ…。貴女は何も知るはずがない、他の皆も知っているはずがない…。だって……」
「全ては私の、私が祈った身勝手な願いのせいなんだから……」