魔法聖闘士セイント☆マギカ   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 遅ればせながら読者の皆さま、あけましておめでとうございます!
 正月からだいぶ遅くなってしまいましたが、どうにか最新話投稿いたしました!
 これから完結まで一気に突っ走っていく予定ですのでどうか最後までごひいきにお願いいたします!


第45話 救出から一夜明けて

 「はうあああああああああ~!!寝過ごしちゃった~!!遅刻遅刻~!!」

 

さやかを救出した翌日、鹿目家では朝っぱらから凄まじい絶叫とドタドタと誰かがかけまわるような騒音が鳴り響いていた。その騒音の主は普段朝の弱いまどかの母、鹿目詢子

………ではなくその娘の鹿目まどかであった。まどかは大声で絶叫しながら慌てて制服に着替え、カバンを引っ掴み、洗面所で顔に水をぶちまけるとそのままダイニングへと飛び込んだ。

 

 「お、おはよパパ!!ママ!!たつや!!」

 

 「おお~、おはようまどか。珍しいじゃないかお前が寝坊だなんて。こりゃ今日は雨が降るか~?」

 

 「ママ、冗談言ってる場合じゃないでしょ?ほらまどか、着替え終わったならお弁当持ってそれからご飯……」

 

 「食べてる場合じゃないの!!お弁当だけ貰って行くから!!じゃあ行ってきます!!」

 

 「おねーちゃ、いってらっしゃーい」

 

 既に玄関から出かけようとしている母と、母を見送る父親と弟への挨拶もそこそこに、父から渡された弁当を鞄に放り込んだまどかは脱兎の如く玄関からかけだした。

 

 「あう~、昨日眠れなかったからかな~?うう、このままじゃ待ち合わせ場所に遅れちゃう~」

 

 昨日はさやかの事が気になって碌に眠る事が出来なかった。幾ら彼女が無事だと知っても心の底ではまだ不安だったのだ。未だにあの雨の中でさやかと喧嘩別れしてしまった記憶が頭に残っており、心の中ではもう自分はさやかの中では友達だと思われていないんじゃないか、彼女に嫌われてしまったんじゃないかという不安が未だに頭の中から離れなかった。

 お陰で寝つけずにこうして遅刻寸前になってしまったのだが……。

 

 「ああもお~!!仁美ちゃんとさやかちゃんもう行っちゃってるんじゃ…!!うわーん待って待って~!!」

 

 普段の運動音痴ぶりからは想像できない程の速さで全力疾走するまどか。今の彼女なら、きっと短距離走で一位に入賞できるに違いないだろう。

 そんなわけで通学路をゼイゼイ息を切らしながら疾走するまどかは、ようやく仁美とさやかとの待ち合わせ場所へと到着する。そこには既に仁美が一人ポツンと立ちつくしており、まどかは彼女の姿が視界に入った瞬間、身体に残ったありったけの体力を振り絞って全速力で走り込んだ。突然目の前に飛び込んできたまどかに気が付いた仁美は、目の前で項垂れてゼイゼイ呼吸を整えているまどかの姿を呆気にとられた様子で眺めていた。

 

 「ま、まどかさん?どうしたんですのそんな息を切らして…。ああ、額が汗でびっしょりですわ。これを…」

 

 「ゼエ……ゼエ……ちょ、ちょっと、寝坊しちゃって……、はあ、はあ、……、仁美ちゃん、もう、いっちゃったんじゃ、ないかって………はあ、はあ、あ、ありがと……」

 

 息を切らしながらまどかは仁美から受け取ったハンカチで額を拭う。呼吸も忘れる程の

速さで全力疾走したせいか息を切らしながらせき込むまどか、仁美はそんなまどかを隣から心配そうに見ている。しばらくして呼吸も整ってきたまどかは大きく深呼吸すると大丈夫だと言いたげに仁美に笑顔を向ける。

 

 「えへへ、もう大丈夫だよ仁美ちゃん。あ!ハンカチ明日洗って返すから…」

 

 「いえいえ、そんな程度お構いなく。…それはそうとさやかさんは、今日も来ないのでしょうか…」

 

 「…うん」

 

 みると、待ち合わせ場所には自分達しかおらず、さやかはまだ来ていない。

 さやかが魔法少女であり、魔女へと変貌してしまった事、そして昨日無事に魔女から元の人間に戻った事を知らない仁美は心配そうに通学路へと視線を向けている。一方さやかが無事人間に戻れたことを知っているまどかも、さやかの事が心配でならなかった。

 何しろ理由はともかく丸二日学校をさぼって家出していたのだ。家に戻っているとするならばさやかの両親からはこっぴどく叱られているだろうしひょっとしたら魔女化した副作用か何かで病気か怪我をしているかもしれない。だったら今日さやかは学校を休むんじゃあないだろうか、とまどかはふと考えてしまう。

 

 「仁美ちゃん…、取りあえず、学校行こう?もしかしたらさやかちゃん見つかってるかもしれないし、何か分かったら学校のホームルームで伝えてくれると思うから…」

 

 「……そう、ですわね…。それじゃあ行きましょうか…」

 

 まどかの説得に仁美もおずおずと頷いてそのまま学校へ向かおうとした。

 

 「ちょおおおおおおおおっと待ったあああああ!!何二人共さやかちゃんを置いていこうとしてんのよ!!あと少しは待っててくれても良いんじゃないかな!!」

 

 と、次の瞬間辺りに響き渡る程の叫び声と共に見滝原の制服を着た少女が一人、まどかと仁美の前に飛び出してきた。少女はゼエ、ゼエと肩で息をしながら顔を上げて二人を見る。突然目の前に現れた少女、その顔を見た瞬間まどかと仁美は目を真ん丸にして仰天した。

 

 「「さ、さやかちゃん(さん)!?」」

 

 「YES!!I AM!!美樹さやか、遅ればせながら只今参上ってね!!」

 

 驚愕する二人の目の前で少女、美樹さやかは笑顔のままポーズを決める。……とはいっても顔は全力疾走したせいで汗まみれ、呼吸はゼエゼエと乱れていていまいち決まってはいないが。

 

 「さやかさん!?だ、大丈夫でしたの!?わ、私があんな無責任なことを言ってしまったせいでさやかさんはショックを受けて………申し訳ありませんさやかさん!!こんな無神経で空気の読めない私のせいで……」

 

 「ちょ、ちょっと仁美落ち着いて!!もう大丈夫だから!それに皆に相談せずに勝手に外ぶらついていたあたしにだって責任あるんだしさ!!これでお相子だよお相子!!恭介の事だって気にしてないし、ね!!」

 

 「さやかさん……」

 

 泣きながら頭を下げる仁美を必死に宥めるさやか。そんなさやかの姿をまどかは黙って見つめている。

 見たところさやかは特に後遺症のようなモノは無く、いつもと同じく元気そうだ。

 

 (…でも、私の事どう思ってるのかな…)

 

 それでもまどかは、あの雨の中での出来事を思い出してしまう。あの雨の公園の中で、さやかに拒絶されてしまった時のことを…。あの時、自分はさやかに酷い事を言ってしまった、あまりにも無責任な口をきいてしまった…。その事をまだ怒ってるんだろうか…。

 そんな不安に満ちた目でさやかを見つめるまどか。と、突然さやかはまどかへと真剣な表情で向き直ると、まどかに向かって近づいてくる。いつものさやからしからぬ真面目な表情にまどかは怯んでしまう。さやかはまどかの三歩ほど手前で足を止めるとそのままジッとまどかの目を見つめる

 

 「まどか……」

 

 「な、何…?さやかちゃん……」

 

 さやかのただならぬ雰囲気に怯みながらも、まどかはおずおずと言った感じで問い返す。そんなまどかの様子を知ってか知らずかさやかは落ち着かない様子で何度も何度も深呼吸を繰り返して、頬を両手で叩いて何やら気合を入れ直すと………。

 

 「ごめんなさいッ!!!!」

 

 まるで怒鳴るかのような大声でまどかに向かって叫ぶと思い切り頭を下げる。一方いきなりさやかに謝られた上に頭まで下げられて、まどかは何が何だか分からないと言った様子で呆気にとられていた。

 一方さやかはそんなまどかに構わずにさながら機関銃の如くまくし立てる。

 

 「ごめん!!あたし、まどかに向かってあんな酷い事言って!!まどかはあたしをただ心配してくれただけなのに!!それなのにあたしってばまどかに酷い口きいて傷つけて…!!本当にごめんなさいまどか!!あたしの事、いくらでもぶん殴って構わないから…」

 

 「ちょ!?ちょちょちょちょっと待ってよさやかちゃん!!わ、私もうそんな事気にしてないから!!それに私だってさやかちゃんに酷い事言っちゃったし……」

 

 「そんな事無い!!まどかはあたしの事心配してくれただけだもん!!そんなまどかを罵倒したあたしが全面的に悪いの!!だから、だからまどか、お願いだからあたしをぶって!!思いっきりこの頬を叩いて!!」

 

 「うう~…、そ、そんな事言ったって~…」

 

 しきりに自分を殴れと言ってくるさやかにまどかは困った様子でキョロキョロと周囲を見回す。そんな困り切った様子のまどかの姿に、仁美はどうにかしようとおろおろしていたがふと自分の腕時計へと視線を向けた瞬間、ギョッとした表情で二人へと向き直った。

 

 「お、お二人共!!言い争いをしている暇はありませんわ!!もう時間がありませんことよ!!このままだと私達は遅刻してしまいますわ!!」

 

 「ええッ!?ちょ、マジ!?ま、まどか!!この話は後で!!今は取りあえず学校急がないと!!うわ~!!不登校明けから遅刻!?マジ笑えないよコレ~!!」

 

 「ウェ!?ふ、二人共待ってよ~!!」

 

 もう時間が無い事に気が付いて走りだす仁美とさやか、そしてそれを追いかけて再び駆け出すまどか。

 …結局三人は何とか遅刻寸前で学校に到着する事が出来たものの、二度も全力疾走する羽目になってしまったまどかは靴箱まで辿りつくと同時に疲労で倒れ込んでしまい、さやかにおんぶされて教室に行く事となってしまったのは別の話である。

 

 

 

 

 

 そして、時は過ぎて昼休み頃…。

 

 「はあああ~…。しんどかった~…。全く休み時間になった瞬間質問の嵐だもんね~」

 

 「しょうがないよ、さやかちゃん二日間行方不明だったんだもん。誰だって気になるよ」

 

 疲れ切った様子で机に突っ伏すさやかを、まどかは笑いながら慰める。

 学校に到着し、HRが終わってからさやかはクラスメイトから質問攻めにあっていた。

 質問の話題は無論、なぜ二日も学校を休んだのか、である。

 家出か、はたまた人攫いか、あるいは失恋のショックで家に引きこもっていたのか、等々クラスメイトから次々と質問を投げつけられ、流石におしゃべり好きなさやかも辟易としていた。

 なお、両親と教師には、『下校中にどこぞの半島の工作員に連れ去られた揚句、しばらくマンションの一室に閉じ込められていた』というふうに説明している。

 実際さやかが魔女に変貌した頃、見滝原のすぐ近くの町で某半島の北側の国家の工作員が多数検挙されると言う事件が起こった。ちなみに、その工作員たちであるが、警察が通報を聞きつけて乗り込んだ時には既に全員叩きのめされて縛り上げられた後だったと言う。

 

 「でも御無事でよかったですわ。聞いたところによりますとあの工作員たちって日本人を拉致しに密航してきたのでしょう?もしもさやかさんがあの国に連れ去られたと考えたら…」

 

 「あはは~…、ま、まあ確かに連れ去られて軟禁された時は怖かったけどさ、それでもこうやって無事に帰ってこれたんだからよかったじゃん!!…結局親に絞られたけどさ」

 

 「それだけさやかちゃんのパパとママも心配だったってことなんだよ。…でも、さやかちゃんが無事でよかった~…。上条君とも無事恋人になれたみたいだし…」

 

 「こ、恋人って…!!んも~!!まどかったら~!!このこの~!!そんな本当の事言っちゃって~、さやかちゃん恥ずかしいじゃな~い♪」

 

 まどかの恋人発言にさやかはキャー!と奇声を上げながらイヤイヤと身体を揺する。そんなさやかのご機嫌な様子にまどかは引き攣った笑顔で、仁美はやれやれと呆れた様子で眺めている。

 あれからさやかは無事上条恭介と結ばれて、晴れて恋人同士となった。クラスメイトの質問でも度々話題に出しては勝手に一人で有頂天になっており、流石にまどかと仁美もげんなりしていた。

 

 「……ま、まあとにかく今はさやかさんを祝福してあげましょう…?おめでとうございますわさやかさん」

 

 「……ひ、仁美…」

 

 呆れた様子ではあったものの素直にさやかを祝福する仁美、が、彼女の言葉を聞いたとたん、さやかは先程までの有頂天な態度を引っ込めて、真剣な表情を仁美に向ける。その表情は、何かを思いつめているかのようであった。

 突然表情を変えたさやかに、仁美は不思議そうな顔をする。

 

 「……さやかさん?どうかなされたのですか?」

 

 「…仁美、仁美は、さ…、何であたしの事を祝福してくれるの…?仁美だって、仁美だって恭介の事が好きで…、あたしよりも先に告白したはずだよ…?あたしは仁美の恋敵で、仁美の大好きな恭介を横取りしたも同然だってのに……」

 

 「さやかちゃん…」

 

 さやかの言葉を聞いて、まどかは複雑そうな顔をする。

 仁美もさやかと同じく恭介の事が好きであり、しかもさやかにそのことを堂々と宣言して時間の猶予を与えた上で、恭介に告白した。

 …だが、恭介は仁美の告白を断り、さやかを選んだ。そして、魔女となった自分を救うため、黄金聖闘士と共に結界にまで来てくれた。その後、さやかが人間に戻り、自分の魔女と決着をつけた後、さやかと恭介は無事結ばれて恋人同士になった。

 選んだのは恭介自身、だからさやかには何も後ろめたい事は無く、現に仁美も素直にさやかを祝福してくれている。それでも、さやかには少なからず罪悪感があった。

 …先に告白したのは仁美だと言うのに、恭介を油揚げをかっさらう鳶の如く横から奪ってしまった…。本当に恭介の恋人になるべきなのは、仁美なのかもしれない、だとしたら、あたしは…。

 そんな鬱屈した気持ちで仁美を見つめるさやか、そして横で緊張した雰囲気の親友二人をはらはらしながら見守るまどか。

 そして、さやかの思いの丈を聞いた仁美は………何を言っているのか分からないと言いたげにキョトンとした。

 

 「……は?私が上条君を?ああ、あれですの。アレは嘘ですわ」

 

 「………は?」

 

 仁美の口から飛び出た思いがけない言葉に、さやかとまどかは硬直した。目を真ん丸に見開き、顎が外れたかのように口をあんぐりと開けてポカーンとした様子でニコニコと優雅に笑う仁美を凝視している。

 

 「え?え?う、嘘って、どういう……」

 

 「いえですね?さやかさんったら折角長い間入院していた上条君が退院してきたというのに碌に声も掛けられないじゃないですの。ですから不肖この私がさやかさんに発破をかけようと思いまして、上条君の事が好き、彼に告白する、と嘘をつかせていただきましたの」

 

 「……な、何ですと?」

 

 仁美の話によると、仁美はわざわざさやかをその気にさせるため、ワザと恭介が好き、恭介に告白すると言う嘘を吐いたのだと言う。自分ではない誰かが恭介に告白するともなれば、流石に恋愛面では奥手のさやかであったとしてもその気になって告白すると考えた末での行動だったとのことらしい。が、実際はただでさえソウルジェムの事で追い詰められていたさやかの心をさらに追い詰める結果となってしまったが…。

 

 「そ、それじゃあ仁美、仁美は、その、恭介の事、何とも思って無いの?」

 

 「ええ、全く何とも?それはバイオリンの腕は素晴らしいと思いますし性格も悪く無いとは思いますわ。でも、私の好みにほんのちょっぴり合わなくて…。ですから友達としてなら兎も角恋人同士になる事は、ありえませんことよ?」

 

 真顔でそんな事を言いはなつ仁美、そんな恋敵と思いこんでいた親友の発言に、さやかはまるで糸の切れた人形のように床へと崩れ落ちた。その顔には貼り付けられたかのような乾いた笑みが浮かんでいる。

 

 「じ、じゃああたしは、仁美の嘘に悶々と悩んで、挙句勝手に絶望して、家出までして……あ、あはははははは……、何やってんのよ…。あたしって、ホント大馬鹿…」

 

 「さ、さやかちゃーん!!大丈夫!?」

 

 「ああ!!そ、そんな落ち込まないでくださいさやかさん!!貴女がそんな繊細な性格だなんて私知らなかったものですから!!もっと男の子っぽい少々ガサツな雰囲気かと…」

 

 不気味に笑い声を上げるさやかを、まどかと仁美は必死になって慰める。が、仁美が最後にうっかり口を滑らしてしまい、そのセリフをさやかが耳にした瞬間、不意にさやかは笑うのを止めるとまるで油が切れた機械のように仁美の方へと振り向くと、ニッコーリと満面の、だがとてつもなく不気味な笑顔を浮かべた。

 

 「……へえ~?あたしが、ガサツ?ふ~ん?仁美あたしのことそんな風に思ってたんだ~?これでも女の子なさやかちゃん、ちょっとショックだぞ~?」

 

 「!?す、すみませんわさやかさん!!べ、別にさやかさんを侮辱していたわけでは無くて…」

 

 「そりゃあ仁美は習い事もしてるし美人だしスタイルいいしお金持ちだし成績良いし……、な・に・よ・り!!物腰柔らかくってあたしみたいにガサツじゃありませんからねェ!!ええええあたしよりも遥かに女らしいでしょうねェ!?」

 

 ニッコニッコと笑みを浮かべながらゆっくりと席から立ち上がるさやか、その背後にはただならぬ妖気が、まるで人魚の魔女の如き形状で立ち上っている。あまりにも不気味かつ恐ろしげな雰囲気に仁美は一歩一歩背後に後ずさりする、が、後ずさりするとさやかも同じく一歩一歩仁美に向かって前進してくる。ちなみにまどかはさやかの迫力に気圧されて教室の隅っこに避難してガタガタ震えていた。

 友人からの助けが期待できない、と判断した仁美はチラリ、とさやかに視線を向ける。

 全身から怒りのオーラを放っており、とてもではないが謝っても許してくれそうには無い。……ならば、取るべき手段はただ一つ…。

 

 「も、申し訳ありませんわー!!」

 

 仁美は身体を反転させると教室から飛び出して行った。女子短距離でも上位にランクインできる程の脚力で廊下を全力疾走する仁美。少々スカートがめくれてしまったり人目が気になってしまうがこの際気にしてられない。人混みの中を縫いながら必死で足を動かす仁美…。

 ……だったのだが…。

 

 「にいいいいいがすかあああああああ!!!この怒りと憎しみと嫉妬の炎、アンタにぶつけずに置くべきかぁあああ!!!つーわけでその無駄におっきい胸揉ませやがれ仁美ぃぃぃぃぃ!!!」

 

 「何セクハラ発言してるんですかさやかさん!!!……って速ッ!!もう追いつかれてしまってますわ~!!イヤー!!わ、私そういう趣味はございませんのに~!!」

 

 「FUHAHAHAHAHAHA!!!仁美なんぞレイプしてくれるわー!!!」

 

 「嫌ですわ!!レイプなんて愛がありませんわ!!ていうかさやかさんには上条君がいらっしゃるじゃありませんか!!」

 

 「何言ってるの仁美!!女の子同士ならノーカンなのよ!!大丈夫!!最初は痛いけど段々と気持ちよく……」

 

 「尚更嫌なんですのー!!!」

 

 半泣きで逃げる仁美と不気味なオーラを発しながら全速力で追いかけてくるさやか…。

 そのあまりにも奇妙な光景は、しばらくの間見滝原中学での語り草になったとかならなかったとか…。

 

 

 まどかSIDE

 

 「…全く元気なモノね」

 

 「……あ!ほむらちゃん!!」

 

 教室から出て行ってしまった仁美とさやかを見送ったまどかは、突如背後から聞こえた呆れた様子の声に反射的に振り向いた。そこには相変わらず無表情のほむらが、まどかと同じく二人が飛び出して行ったドアへと視線を向けていた。

 

 「貴女は良かったの?あの二人を止めなくて。ま、止めても無駄でしょうけどね…」

 

 「えへへ…、でもさやかちゃん元気になってよかった。やっぱりさやかちゃんはああやって元気なのが一番だよ!」

 

 「…そうね、確かに、美樹さんはあの方が、似合ってるかもね」

 

 まどかの言葉にほむらも僅かに口元を緩める。傍から見れば分かりづらいものの、まどかにはほむらが笑顔を浮かべていると言う事が分かり、反射的にまどかも満面の笑みを浮かべる。まどかが自分を眺めている事に気が付いたほむらは、頬を僅かに赤らめるといつもの仏頂面に戻って顔を背ける。そんな何処か素直じゃないほむらの姿を眺めながら、まどかはニコニコと顔を綻ばせていた。

 

 「……そんな事よりまどか、今日はちょっと話があるのだけれど…」

 

 「え?どうしたのほむらちゃん?」

 

 突然真剣な表情を向けてくるほむらに、まどかは若干戸惑った様子であったが、ほむらは構わず話を続ける。

 

 「…今日、放課後に私のマンションまで来てくれないかしら。巴マミや美樹さやか、佐倉杏子も誘うつもりだけれど…。貴女達に話したい事があるの」

 

 「話したい事……って?」

 

 「重要な話よ。貴女達に、いえ、この街にとってとても重要なことになる話…。いつかは話そうと思っていたけど、今日、全てを話すわ。だから……来てくれないかしら?」

 

 「………」

 

 ほむらの真剣な言葉にまどかはしばらく黙って考え込んでいた。が、やがて覚悟を決めたかのようにコクリと頷いた。

 

 「分かった。今日の放課後、ほむらちゃんのマンション、だね?」

 

 「ええ、大事な話だから、必ず来てね。それじゃあ私はこれで……」

 

 「あっ!ほむらちゃん!!」

 

 話す事だけ話し終えて、そのまままどかの前から立ち去ろうとするほむらを、まどかはあわてて呼び止める。まどかの呼び掛けにほむらは黙って振り向いた。まどかは少しもじもじしながらおずおずとほむらに言葉を掛ける。

 

 「その…、わたしこれからお昼なんだけど…、ほむらちゃんも一緒にどうかな?マミさんももう居ると思うし、さやかちゃんは……まあおなかがすいたら来るだろうし、ね?」

 

 まどかの昼食の誘いに、ほむらはしばらく黙って考え込んでいたが、やがて少し申し訳なさそうな顔をすると首を左右に振った。

 

 「ごめんなさい…。今日はそういう気分じゃ無くて…。またにさせてもらうわ」

 

 「そっか…。それじゃあ今度は一緒にお昼ご飯、食べようね!ほむらちゃん!」

 

 ほむらの言葉にまどかは残念そうな顔をする。そんな彼女の表情にほむらは若干罪悪感を感じながら、教室から出て行った。そんな彼女の背中が、まどかには何処か寂しげに見えた。

 

 

 ほむらSIDE

 

 

 一方、教室を出たほむらは、そのまま図書室へと入ると携帯でマニゴルドに連絡をしていた。

 

 「……と、言うわけで、まどかには私のマンションに来るように連絡しておいたわ」

 

 『そうかいそうかい、ま、ごくろうさん。他の連中は俺の同僚が話をするだろうからま、心配はいらねえだろ。ま、それはそうとして、だ……』

 

 電話の向こう側のマニゴルドの声が、少し心配げな物へと変わる。

 

 『お前、本当にいいのか?あの事話しちまってよ。下手したらあの嬢ちゃん達との、つーかあのまどかって嬢ちゃんとのお友達関係ブチ壊しになっちまいかねねえぜ?』

 

 「…いつかは話す事よ。それに、元はと言えば私がループなんてしなければ、まどかが奴らにつけ狙われる事も無かったんだから…。…嫌われるのだって、一人になるのだって、もう慣れてるし……」

 

 『…ネガティブすぎるだろ、オイ…。まああの嬢ちゃんに限ってテメエを嫌うようなことはねえと思うがな…』

 

 ほむらの暗い言葉にマニゴルドは苦々しげな口調で苦言を呟く。

 ほむらは既に、自分のループがまどかに及ぼしてしまった影響を、既に知っている。マニゴルドと病院で出会ったあの日、彼を問い詰めて全て語らせたのだ。

 それを知ったほむらは一度、絶望し、泣き崩れた…。全てはまどかを救うため、まどかと自分が知り合った少女達の未来を守る為にループしてきたというのに、それらが全て裏目に出て、かえってまどかをインキュベーターの格好の獲物にしてしまったのだから…。

 故に、ほむらは今日自分の全てをまどか達に語ることを決めていた。恐らくこの事実を知れば他の魔法少女は言うに及ばず、あの優しいまどかも自分の事を責めるだろう、もう友達だなどと言わなくなるだろう…。だがそれでも構わなかった…。どの道まどかを救うために一人汚れ役に徹する覚悟は既に出来ている。彼女に嫌われても彼女さえ守れればそれでいいから…。

 

 「…それが、私が今まで犠牲にしてしまった、他の世界の“まどか達”へのせめてもの償いだから…」

 

 『そうかい…、ま、あの嬢ちゃん達に限ってそんな事はねえと思うけど…。お前がそういうんならもう何も言わねえ。あいつらに言いたい事全部話しな。ま、もしも泣きたくなったら俺の胸貸してやっても良いぜ?』

 

 「……このロリコン」

 

 『やかましい!!俺をシジフォスと一緒にすんな!!ったく可愛げのねえ餓鬼だぜ…』

 

 マニゴルドの愚痴を無視して、電話を切ったほむらは、ふと図書室の窓へと視線を向ける。窓の外に広がる見滝原の街並、そして、そこに生きて生活する多くの人々…。

 もうすぐ、この街に『奴』がやってくる。これまでループしてきた世界で、何度も何度もほむらに煮え湯を飲ませてきた、あの魔女が…。

 今度こそ終わらせる、今度こそ自分が勝つ…。もうやり直さない、否、やり直す事は出来ない。この世界で掴んだ『奴』を倒す千載一遇のチャンス、無駄にしてなるものかと、強く心に誓う。

 

 「“ワルプルギスの夜”…。今度こそ、終わらせて見せる…」

 

 そう呟くほむらの目には、静かな、だが確かな決意と闘志が宿っていた。

 


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