魔法聖闘士セイント☆マギカ   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 今年もあと少しとなりました。けど、なんとか一年終わる前に一個投稿できました。
 これでさやか編はラストです!!遅ればせながら読者様へのクリスマスプレゼント代わりに…!!


第44話 さやか救出作戦 最終楽章

 

「やれやれ、どうにか勝利できたようだな」

 

「ま、存外ギリギリだったがな。おうよかったな坊ちゃんよ、テメエの彼女は無事だぜ?」

 

 「さやか……」

 

 遠巻きからさやかの勝利を眺めていたデジェル、マニゴルド、恭介の三人は、さやかが人魚の魔女に勝利した事よりも、彼女が無事であった事に安堵の表情を浮かべている。

 一時魔力不足で押されたり、助けとして投げ渡そうとした黄金の剣が魔女の腕に突き刺さったりと危うい場面やハプニングがあったものの、さやかはなんとか人魚の魔女に勝利できた。さやかもどうやら大きな怪我も負ってはいないようなので三人、特に恭介は一安心していた。

 さやかに一刀両断にされた魔女は段々と光の粒子となってその場から消えていく。そして、魔女が消滅すると同時に結界全体が地震でも起きたかのように揺らぎ始め、段々とコンサートホールから元の空間、夜の街の公園へと戻って行った。

 

 「さて。元の空間に戻った事だし…、恭介君、早くさやか君の所に行ってあげたまえ。ほら」

 

 「あ、で、デジェルさん…」

 

 地面に落ちていた松葉杖を渡して恭介にさやかの側へと行くよう促すデジェル。松葉杖を受け取った恭介は少し放心していたものの、直ぐに真顔に戻ると杖を突きながら魔女を倒した後立ちつくしているさやかへと向かって行った。

 

 「さて、マニゴルド。此処は若い二人に任せて我々は退散しようか?」

 

 「ああ?別にいいじゃねえかよ見物しても。それにテメエもまだ聖衣石と剣返してもらってねえだろうが?」

 

 「あいにく私に出歯亀の趣味は無い。聖衣石も後々返してもらえばいいし既に剣は回収されている。さ、とっとと撤退するぞ。それとも氷漬けにして動けなくしてから連れて行こうか?」

 

 「おいこら、何笑顔浮かべながら不気味なオーラはなってやがる…。…っち、分かった分かった撤退すりゃいいんだろすりゃあ…」

 

 なにやら不穏なオーラを放ちながら肩を鷲掴みするデジェルにマニゴルドは顔を引き攣らせながら彼と一緒に公園から出て行った。

 

 

 恭介SIDE

 

 「さやか…」

 

 恭介は松葉杖で地面を突きながら、ゆっくりとさやかに近寄る。さやかは魔女を倒し、結界が元の世界へと戻ったにもかかわらず微動だにせずに夜空を眺めている。まるで、空へと消えて行った人魚の魔女を見送っているかのように…。

 

 「…ねえ、さやか」

 

 「…へ!?きょ、恭介!?い、いつからそこに!?」

 

 「さっきからずっといたよ…。ってどうしたのさやか?泣いてるの?」

 

 突然声を掛けられて振り向いたさやかの頬には、何故か涙の痕が残っていた。どうやら先程まで彼女は泣いていたらしい。

 心配そうに自分を眺める恭介に、さやかは慌てて目尻を拭って笑顔を作る。

 

 「あ、あははゴメンゴメン!!なんでもないのなんでも!!ちょっとあの魔女について考え事していただけで…」

 

 「あの、人魚みたいな魔女に?」

 

 そうそれ、とさやかは頷くと、ポツリポツリと語り始めた。

 

 「あの人魚…、元はあたし自身だったんだけど、あれってあたしのソウルジェムの濁り、つまりあたしの負の感情が生み出しちゃったってこと、もう恭介は知ってるんだよね?」

 

 「う、うん、デジェルさんから聞いたけど…」

 

 恭介の返事にさやかはそっか、と何処か寂しそうに笑顔を浮かべると、再び夜空を見上げる。

 

 「あたし、っていうよりあたし達魔法少女は、さ…、魔女を倒すのが役目で…、その魔女も、あたし達と同じ魔法少女だったって思うとさ、なんか、同じ人間殺しているみたいで、ちょっと…」

 

 「でも、でも確か魔女は放っておいたら人々を殺したりするんでしょ?だ、だったら仕方がないんじゃ…」

 

 「それはね…、まあ頭じゃ分かってるんだ。分かってるんだけど…」

 

 さやかは悲しげに笑いながら軽く俯いた。

 魔女が元は自分達と同じ魔法少女だった…、元は自分達と同じ、希望を信じて戦った自分達と同じ人間だったという真実は、あまりにもさやかにとって重すぎた。

 魔法少女は正義の味方、魔女は人々を襲い殺す化け物、かつてはそんな価値観が根付いていたさやかからすれば、魔女が魔法少女のなれの果てという真実を突き付けられれば絶対に信じなかっただろう。流石に一度魔女となってしまった今ならば嫌でも信じられるが…。

 だが、真実を知った末に、思い知ってしまった事実もある。それは、自分達が殺しているのが単なる化け物ではない事…。

 自分達が殺しているのは、かつて自分達と同じ人間であった存在だと言う事が…。

 

 「そう考えちゃうとさ…、ほんっと、自分が馬鹿だなって思えてきちゃって…。正義の味方気どりして、魔女殺してあんな有頂天になったりして、さ…」

 

 「さやか……」

 

 「魔女になったあの子たちだって……願い叶えて、希望に満ち溢れていたのに……、あ、あんな化け物になって、騙されたって知って、悔しくて、悔しくて仕方がないはずなのに…!!あ、あたしはそんなあの子たちを、この手で…!!」

 

 顔を歪め、再び瞳から涙をボロボロとこぼすさやか。自分達魔法少女がやって来た事への後悔と懺悔の念がさやかに重くのしかかってくる。

 やむを得なかっただろう、仕方のない事であっただろう。一度魔女になってしまった魔法少女はもう元には戻れないし、魔女を放置しておいたらもっと多くの人間が犠牲になる。だから退治しなくてはならない事は分かっている。

 だが、それでも完全に割り切ることも、受け入れることも出来ない。もっと他に道はあったんじゃないかという後悔の念がさやかに襲ってくる。

 目の前で幼子のように泣きじゃくるさやか、そんな彼女の吐き出す言葉を黙って聞いていた恭介は、松葉杖を突きながらさやかの側に近寄り、優しく包み込むようにさやかを抱きしめた。

 

 「…え?きょ、恭介!?」

 

 「さやか、確かに君は魔法少女になってからずっと魔女と戦ってきた。少なからず魔女を、元々魔法少女だった人間を倒してきた。でも、だからって君一人がその重荷を背負う必要はないんだよ?」

 

 「…え?」

 

 突然抱き締められたせいでつい泣くのも忘れて顔を真っ赤に染めて慌てるさやかだったが、恭介の言葉でキョトンとした表情を浮かべる。恭介はそんなさやかに教え諭すように言葉を紡ぐ。

 

 「君が魔法少女になった切欠はそもそも、僕だ。僕が腕を怪我しなかったら、いや、例え怪我して動かなくなったとしてもそれを受け入れていれば、君に八つ当たりなんかしなければ、君は魔法少女にならずに済んだ。ただの普通の少女でいられたんだ。だから、だから僕にも責任はあるんだ。僕が君を、魔法少女にしてしまったようなものなんだから…」

 

 「恭介、それは…!!」

 

 恭介の言葉に慌てて反論しようとするさやかだったが、恭介はさやかの言葉を静止して、話を続ける。

 

 「それに、魔女を狩っているのは君だけじゃない。巴さんも、暁美さんも、佐倉さんも、いや、魔女になる前の魔法少女達だって魔女を狩っていた。知ってか知らずか分からないけどそうしなければ生きていけないから、そうしなければ無関係な人達や大切な人達が傷つくから、だから戦っていたんだ。決して魔女が魔法少女だからと知って戦っていたわけじゃない。

 それにさ、魔女になった魔法少女達も、ひょっとしたら君達に倒される事を望んでいたのかもしれないよ?」

 

 「え?」

 

 「彼女達だって本当は魔女になんてなりたくなかったはずだ。ただの人間のまま普通の一生を送りたかったはずなんだ。それが願いを叶えた代償に残りの人生全てを奪われて化け物になって、死ぬことすら許されずに彷徨い続ける…。そんな死ぬ事よりも残酷な運命、誰だって望んでいないはずだ。

 でも魔法少女の力じゃ彼女達を元の人間に戻してあげることなんてできない、だったら、せめて彼女達を眠らせてあげる事しかできなかったんだ。だから、さやかは自分を責める必要なんてない。

 むしろ、悪いのは君達じゃなくて君達に本当の事を教えずに甘い餌で釣って君達を魔女になるように誘導したキュゥべえって奴なんだからさ、全部キュゥべえって奴のせいにしちゃえばいいじゃないか、ね?」

 

 「恭介…、ま、まあそう言われちゃそうなんだけどさ……」

 

 恭介の言うとおり、魔法少女が魔女に変貌するという悲劇の元凶はキュゥべえ、インキュベーターである。

 連中からすれば宇宙の延命のためという大義名分はあるのだろうが、そのエネルギー稼ぎの為に多くの少女達が魔女へと変貌させられる羽目になっている。それさえなければそもそも魔女、というより魔法少女というモノが誕生する事は無かったのだ。ならば全ての責任はインキュベーターにあると言う恭介の言葉は間違っているとは言い切れない。

 

 「だったらもうくよくよ悩むのは止めよう?もしもそれでも悩みとかがあったら一人で抱え込まないでまず僕に相談して、ね?」

 

 「恭介……」

 

 「僕はさやかと違って魔女と戦う事なんか出来ないけど、せめて相談相手とかになる事は出来るからさ?僕だけじゃない、鹿目さんや巴さん、佐倉さんに暁美さん、それにデジェルさん達聖闘士の人達だって居るんだから」

 

 恭介の優しく諭すような口調、抱きしめられている腕から伝わる温もりが、さやかの心を温め、癒していく。さやかはそのぬくもりに縋るように、恭介の身体に抱きついて、その胸に顔を埋めた。

 しばらく恭介と抱き合っていたさやかは、頬を少し赤く染めて顔を上げると、ニッコリと嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 

 「恭介…、ありがとう…。あたし、元気出たよ」

 

 「うん、そっか。よかったよかった。やっぱりさやかは元気なのが一番だよ」

 

 さやかのいつもの明るい笑顔を見た恭介も嬉しそうに微笑んだ。するとさやかは顔をさらに赤くしながら恥ずかしそうに恭介から顔を背けた。

 

 「ところで恭介…」

 

 「ん?何さやか?」

 

 何故さやかが顔を背けたのか分からず、笑顔を浮かべたままさやかを見つめる恭介。さやかはさらに顔を真っ赤にしながら、ぼそぼそと蚊の鳴くような声で呟いた。

 

 「…何時まであたしの事抱きしめてるの、かな?」

 

 「……へ?………!?!?」

 

 さやかの指摘にようやく自分がさやかを抱きしめたままだった事に気が付いた恭介は一瞬で顔を真っ赤にして慌てだす。が、今恭介は松葉杖に寄りかかって立っているような状態であり、下手に動こうものなら松葉杖が地面に倒れてバランスを崩し、転倒してしまうかもしれない。

 

 「ご、ゴメン!!嫌だった!?ぼ、僕鈍感だから!!す、すぐ離れるよ待って……」

 

 恭介は慌てながらも慎重にさやかを抱きしめている両腕を離そうとする。と、突然さやかが恭介を静止するかのように思い切り抱きついてくる。突然抱きつかれた恭介は顔を真っ赤にしたまま呆然とさやかを眺めている。

 

 「さ、さやか…?」

 

 「いやじゃ、なかったよ?恭介に、抱きしめられてるの…。あったかくて、安心できて……。だ、だから、もう少し、抱きしめていて、欲しい、な……」

 

 「……う、うん」

 

 自分に抱きついてくる想い人の行動に恭介の心臓は飛び跳ねるかのように鼓動を高鳴らせる。彼女のぬくもりと肩口から感じるさやかの呼吸にドキドキしながらも、さやかの願い通り彼女を再び優しく抱きしめる。

 夜の公園には、一つに重なった二人の影しかない。音の無い静寂の中で、恭介とさやかは黙って互いを抱きしめ合い、互いの温もりを交換し合っていた。

 

 「恭介…」

 

 「……ん?」

 

 突然、さやかが恭介の名を呼び、恭介もそれに答える。さやかはゆっくりと恭介の方から顔を離すと、双眸から涙をこぼしながら、心の底から幸せそうな笑顔を浮かべる。

 

 「……大好き、恭介」

 

 「僕も、大好きだよ、さやか……」

 

 そして、恭介とさやかの唇が重なり、一瞬離れた二人の影が、また一つに重なった。

 良い闇の中で重なる二人の姿、それを見守るのは闇夜に輝く星々と、天空に輝く満月だけであった。

 

 

 デジェルSIDE

 

 「…かくして人魚姫は王子と結ばれ、幸せに暮らしましたとさ、と…」

 

 「んあ?お前一体さっきからなに書いてやがんだよ?つーかなんだそのメモ帳は…」

 

 夜道を歩くマニゴルドは、隣のデジェルが歩きながら分厚いメモ帳に何かをメモしている姿を怪訝そうに眺めている。当の本人は同僚の視線を気にした様子も無く、メモ帳を閉じると優雅な笑みを浮かべる。

 

 「何、私なりにアンデルセンの『人魚姫』にアレンジを加えてみただけだ。いや、元となった話もいいと言えばいいが、やはり個人的にバッドエンドよりもハッピーエンドの方が好ましいな」

 

 「まあそりゃそっちの方がいいのかもしれねえけどな…、それじゃあ王子と婚約予定のどこぞの王女様はどうなるってんだ?オイ」

 

 「む?それは………、王子に振られました、か?」

 

 「適当だなオイ。そんな結末じゃ逆に王女様に同情しちまうぜ俺」

 

 どうやら王子と人魚姫のハッピーエンドは考えていても残された王女の方にまでは考えが及ばなかったらしいデジェルは冷や汗を垂らしながらマニゴルドから顔を背けている。そんなデジェルの姿にマニゴルドは呆れた様子で溜息を吐いた。

 

 「ま、それはそれとしてよ、コレでめでたくさやかちゃんと恭介君は結ばれたわけなのですが、先程のお姫様じゃねえが後に残された仁美ちゃんはどうすんだ?まさか当人同士で解決しろってのか?」

 

 「そうするしかないだろう。問題はない。既に仁美君は恭介君に振られて気持ちの整理も出来ている……はずだ。後はさやか君ときっちり話し合えば元の鞘に収まる……はずだ」

 

 「はずだって……随分と頼りねえなオイ。本気で心配になってきちゃったぞ俺?」

 

 自身があるのかないのか分からないデジェルの態度に流石にマニゴルドも若干不安を感じ始めているようだ。が、実際問題として仁美は恭介に告白するも振られ、恭介とさやかは無事に結ばれている。仁美はお嬢様ではあるものの心の芯の強い少女であり、たとえ振られたとしても時間が経てば立ち直れるだろうし、さやかとしっかり話をすれば恋敵から元の親友に戻れるだろう。

 ならばそこまで悲観する必要も無いか、とマニゴルドも強引に結論付ける。正直終わった事を何時までもくよくよ悩むのはマニゴルドの性には合わない。そういうのはデジェルやアルバフィカのような生真面目な連中のほうがお似合いだ、とニヤリと笑いながらデジェルの隣で足を進める。

 

 「…まあ、なにはともあれ二人が無事結ばれて良かった良かった。恭介君が彼女への恋愛感情を多少なりとも持っていたことが幸いしたな。…私も少しばかり後押ししたが…」

 

 「後押しってお前…、ジジイの命令もあったけどあの嬢ちゃんにいれ込み過ぎじゃねえか?あれか?昔惚れた女に告れなかったからせめて他人の恋愛手助けしてえってのか?」

 

 「……やかましい、悪いか」

 

 マニゴルドの冷やかしにデジェルは流石に機嫌を悪くしたのか顔を顰めてマニゴルドを睨みつける。が、マニゴルドはそんな視線もどこ吹く風と言った様子でクックッと含み笑いを浮かべている。

 デジェルは生前、ブルーグラードで聖闘士の修行をしていた際に、領主の娘であるセラフィナに想いを寄せていた事があった。最も、親友であり彼女の弟であるユニティを気遣って結局告白することなく終わってしまったが。よしんば告白しても彼女が受け入れてくれたかどうかはデジェル自身分からない。ひょっとしたら彼女も自分の事をただ『弟の親友』あるいは『可愛い弟分』程度にしか考えていなかったのかもしれない。

 

 「……それでも、告白の一つしていれば何か進展はあった、のかもしれないな…」

 

 「んあ?何か言ったかデジェル」

 

 「…なんでもない、さて、マニゴルド、二人の恋の成就を祝って祝杯と行こうか?無論、全部お前の奢りでな」

 

 「んだとコラ!!何が悲しくて俺がお前に奢らなきゃならねえんだ!!っておい、待て!!待ちやがれやテメエ!!」

 

 背後で怒声を上げるマニゴルドを無視してデジェルは早足で夜道を歩く。背後から聞こえる怒声と文句を聞き流し、デジェルは漆黒の夜空を見上げると、互いに想いあう少年と少女の姿を思い浮かべながらフッと口元を緩めた。

 

 「……めでたしめでたし、だな」

 

 夜空に輝く星々は、いつもと変わらず煌煌と輝きながら漆黒のキャンバスを彩っていた。

 

 

 魔法少女SIDE

 

 

 その頃巴マミの住居であるマンションの一室で、巴マミ、暁美ほむら、鹿目まどか、佐倉杏子の三人の魔法少女と一般人の少女一人、そして射手座のシジフォスの計五人の人間が集まってデジェル、マニゴルドからの報告を待っていた。

 当初はほむら以外の三人もさやかを救出しに行こうと息巻いていたのだが、下手をしたら魔女を刺激してしまう結果になる可能性があるとシジフォスに諭されて止められ、結局マミの部屋で二人の知らせを待つ事にしたのである。

 とはいえ何もせずにただ知らせを待つ、というのは彼女の親友であるまどかとマミ、そして腐れ縁でもある杏子からすれば歯痒いものでしかなく、まどかはもぞもぞと落ち着かない様子で身体を揺すり、マミもお茶とケーキを出したもののそれからは一言もしゃべらずにソファーに座り込んで俯き、杏子も何時もなら真っ先に手を出すであろうケーキにも手を出さずに壁に凭れかかっている。その様はさながら、手術室の前で手術が終わるのを待つ患者の親類のような緊張した面持ちであった。

 一方のほむらはそもそも心配してはいないのかいつも通りの表情で出されたケーキと紅茶を頂いて、のんびりとくつろいでいる。ただ、偶にまどかの方へと心配そうな視線をチラチラと向けているのだが。

 同じくシジフォスも特に心配や慌てた様子も無い。彼からすれば同僚二人の力量を信じていたのもあるのだろうが。そして、マミの家で待つ事数時間、既に日も暮れてすっかり夜となってしまい、そろそろ夕飯の時刻となった瞬間、シジフォスの胸ポケットにしまわれた携帯電話が鳴りだした。電話の着信音に反応してまどか達は弾かれたようにシジフォスへと顔を向ける。シジフォスは肩を竦めるとそのまま携帯の通話ボタンを押して耳に当てる。

 

 「ああ、俺だ、シジフォスだ。……うん、うん分かった。彼女達に伝えておこう。それじゃあご苦労だった」

 

 電話を終えるとシジフォスは電話を切り、まどか達へとゆっくりと顔を向ける。その真剣な表情にまどか達の表情が険しく強張る。まさか失敗してさやかが死んでしまったのか…?というような嫌な予感がまどか達の脳裏をよぎった。

 が、シジフォスはフッと表情を緩めると親指を立ててニッと笑った。

 

 「成功だ。さやかは無事救出された。明日あたり元気な姿が見られるはずだ」

 

 「!ほ、本当ですか!?」

 

 「こんなウソをついて何になる?な、案ずるより産むがやすし、だろう?」

 

 「~!よ、よかったっ!!さやかさんが無事でっ!!本当に良かった…!!」

 

 「……ケッ。んだよ、心配するまでも無かったじゃねえか、ったく!」

 

 シジフォスの言葉にまどかは安堵の溜息を吐き、マミは感激で泣き崩れ、杏子は憎まれ口を叩きながら目の前のケーキへと手を伸ばす。が、その顔には確かに安堵の表情が浮かんでいた。

 

 「まあまあ、良かったじゃないか。明日は学校があるだろうからさやかといろいろ話をするといい。彼女も無事恭介と結ばれたようだし、これでめでたしめでたし、というモノだろう?」

 

 「……全く、ね。雨降って地固まる、って言うのかしら?こういう場合」

 

 シジフォスの言葉に同意しながらカップを傾けるほむら。いつもは無表情なその顔には、優しい笑顔が浮かんでいる。彼女も彼女で知ってる人間が助かって嬉しいのだろう。他の皆も、さやかが助かった事を各々態度は違うものの心から喜んでいるのが分かり、シジフォスも自然と笑顔が浮かんでいた。

 

 「……ところで、まどか。もうこんな時間よ。そろそろ家に帰った方がいいんじゃないの?」

 

 「…ふえ!?そ、そういえばママやパパに連絡してなかった!!明日学校だし帰らないと!!」

 

 が、突然ほむらから投げかけられた言葉でその場の空気が砕け散った。明日も学校だと言うのにマミの家に長居してしまっている事に気が付いたまどかはあたふたと慌てだす。

 恐らくしっかり訳を話せば両親も分かってくれるだろうがそんなことよりも明日寝坊してしまう事だけは何としても避けたい。折角さやかと会って仲直りできるかもしれないのに此処で寝坊してしまっては元も子もない。

 

 「佐倉さんは此処に泊まっていけばいいけど…、なんならまどかさんも泊まっていけば…」

 

 「…ベッドが人数分あるの?…私が送っていくわ。急げば間に合う距離でしょう」

 

 「ふえ?い、いいのほむらちゃん…」

 

 「…いいのよ。どうせ一人暮らしだし、遅れても怒られる事は無いわ」

 

 そう言ってほむらは立ちあがるとさっさと玄関に向かって歩き出す。まどかは慌ててその後を追いかけて、玄関から出る前に一度マミ達に向かって一礼すると、そのままドアを開けて出て行った。

 

 「やれやれ、元気なことだな」

 

 「元気、ねえ…。単純に暁美さんにひっぱられていたような…」

 

 「つーかあのむっつり根暗女ちっとばかしあのまどかって子に世話焼き過ぎじゃねえか?何かあいつに因縁でもあるのかよ?」

 

 「いや……ただ単純に彼女を友達だと思っているんじゃ、ないのか?知らないが」

 

 シジフォスの言葉に杏子は『ふーん』と気の無い返事を返し、マミは彼女の態度に苦笑いを浮かべている。一方のシジフォスは二人が去っていった玄関を黙ってジッと眺めていた。

 

 (そろそろ、か…)

 

 直ぐそこまで迫る“夜”との決戦の時、その前に語られるべき暁美ほむらの真実…。自分達がこの世界から去る日が近い事を、シジフォスは心の内で感じていた。

 

 

 ???SIDE

 

 「いやはや、すまないなデフテロス。迷惑を掛けた」

 

 その頃見滝原のとあるビルの屋上で、僧侶が纏う墨染の衣を着た双眸を閉ざした男、乙女座の黄金聖闘士アスミタが、ビルの床に不機嫌そうな顔で座り込むジーンズと革製ジャケットを纏った浅黒い肌の筋骨逞しい男に微笑を浮かべながら礼を述べていた。

 男の隣には眩く輝く黄金の天秤の形をしたオブジェが置かれ、さらに男の右手にはさやかが魔女を切り裂くときに用いた黄金の剣が握られている。

 この褐色の肌の男の名前はデフテロス。本来は兄アスプロスと共に双子座の黄金聖闘士の座についていたのだが、今は訳あって空席となっている天秤座の地位を預かる立場となっている男である。

 アスミタの礼に対してデフテロスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

 「……借り物を貸してやったんだ、今度何か奢れ」

 

 「もちろん、この一件が終わったなら一杯奢らせて貰おう」

 

 自身の不満も柳に風、暖簾に腕押しと言った感じで受け流すアスミタにデフテロスは忌々しげに舌を鳴らすと顔を背ける。

 そもそもさやかが使った黄金の剣とは天秤座の黄金聖衣の一部、天秤座の十二の武器の一つである。

 本来女神の聖闘士は武器を用いず素手で戦うのが基本ではあるが、天秤座の黄金聖闘士は、例外的に12の武器を保持しており、アテナ、あるいは天秤座の黄金聖闘士が認めた場合のみ使う事が出来る。故に天秤座は聖闘士の善悪を図る要と称されることもあり、黄金聖闘士の中でも特別な存在として扱われているのである。そんな重要な役目であるがゆえに、当初デフテロスは例え代理だと言われても天秤座の黄金聖闘士にはなりたがらなかった。たとえ兄の暴走を止めるためとはいえ、幼いころから己を庇ってくれた双子の兄をこの手にかけてしまった事が未だに心のしこりとして残っていたのである。肉親殺しをした自分等に天秤座を纏う資格など無い、そんな風にデフテロスも当初は自嘲していた。

 が、そんな彼の予想に反し、天秤座の聖衣は彼を選んだ。デフテロスが聖衣にほんの僅かに近付いた瞬間、黄金聖衣は瞬時に彼の身体へと装着されたのである。まるで、聖衣自身がデフテロスを選んだかのようなその現象に、流石にデフテロスも呆然としてしまっていた。その後教皇や同僚、家主から何度も請われた結果、とうとうデフテロスも折れて、あくまで新しい装着者が見つかるまでのつなぎという条件で天秤座の黄金聖闘士へと臨時就任する事となったのである。

 ちなみに天秤座の剣をさやかに貸し出す事には、デフテロス自身あまり乗り気ではなかった。彼自身聖衣は借り物だと考えているからなのか、さやかと魔女が戦いを始めてからアスミタが彼女への助力として天秤座の剣を貸すように頼んでも中々うんとは言わなかった。最終的には根負けして貸してくれたが…。

 

 「元よりあの魔女程度デジェルかマニゴルド辺りが手を下せば片付いただろうが…。わざわざ武器を貸してやらなくても…」

 

 「そういうな。あの魔女を倒すことで美樹さやかは過去の己と決着をつけて、一歩前へ進めた。私達がやってしまえばそれは簡単だがそれでは彼女の成長の糧にはなるまい?」

 

 「……」

 

 アスミタの言葉を聞いてもデフテロスは不機嫌な表情を崩そうともせずに手の中で剣をクルクルと回転させながら眼下の街を黙って見下ろしているだけであった。アスミタはぶっきらぼうな友人の態度に肩を竦めるとそのまま彼に背を向ける。

 

 「ところでデフテロス、良かったら私と共に一仕事終えた後の祝い酒でもどうかね?まあ私はあまり酒に強い方ではないが、面倒を掛けた侘びとして一杯奢ろう」

 

 「……今日はいい、そんな気分ではない。酒は一人で勝手にやるから貴様もそこらでやってるがいい」

 

 無碍も無く断るデフテロスの態度にアスミタは機嫌を悪くする様子も無く、ただ肩を竦める。瞬間、アスミタの身体がまるで蜃気楼のように薄くなっていき、やがてその場に居たと言う痕跡を欠片も残さずに消え去っていた。デフテロスは顔を振り向かせることも無く、何の感慨も無さそうに鼻を鳴らした。

 

 「フン、一仕事終えた、か…。めでたい連中だ。本番はむしろこれからだと言うのに…。まあ、それも直ぐに片付くだろうが…」

 

 デフテロスは何かを予言するかのようにひとり呟くとその場から立ちあがる。と、次の瞬間、デフテロスの姿は天秤座の黄金聖衣と共にマンションの屋上から欠片も残さず消え去っていた。

 

 

 ???SIDE

 

 その頃、魔法少女と魔女が存在する次元とは全く違う別の世界にて…。

 

 そこは中国の緑生い茂るとある山林、その奥にある雄大なる大滝の麓…。

 地元の人間が廬山の大瀑布と呼び、恐れ、崇めるその大滝は、かつては水底に龍神が住むと言われており、時には大瀑布を遡って龍神が天に舞い上がる事もあったと言う伝説が伝わっていた。

 その大瀑布の真下にある小さな岩、そこには上半身半裸の一人の男が立っていた。

 男の身体はまるで鋼の如く鍛え上げられ、無駄な肉は一切付いていない。

 だが、それ以上に目を引くのは背中に浮かびあがった文様…、さながら刺青の如く背中に描かれている文様は、猛虎、猛々しい虎の顔が背中にくっきりと浮かび上がっていた。

 男は岩の上でバランスを崩すことなく目を閉じて呼吸を整えている。それはまるで精神を統一するために瞑想している修行者のようでもあった。

 が、次の瞬間、男はカッと両目を見開き、左腕を目の前の廬山の大瀑布目がけて振り上げた。

 

 「破ァ!!」

 

 気合と共に放たれた拳は轟音を立てて流れ落ちる滝へと叩きつけられ、そのまま振り抜かれた。すると、拳から放たれた強大な拳圧が滝の流れを押しとどめ、そのまま滝を上へ上へと押し戻していき、遂には大瀑布、そして河そのものの流れを完全に逆流させてしまった。

 

 「フム、ま、こんなものかのう」

 

 男は逆流して水が無くなった大瀑布を眺めながら何か納得したように頷くと岩から30メートルは離れた陸地へと一飛びで跳び移った。

 するとそれを合図とするように再び滝が元の流れを取り戻して一気に川へと叩きつけられ轟音が辺り一面に鳴り響いた。

 目の前で雄大な流れを見せる廬山の大瀑布とそれを彩る美しい森と山々、男はこの美しい自然を眩しげに眺めている。と、突然背後から何者かが近付いてくる足音が聞こえてくる。獣にしては規則正しいその足音に、男は特に驚いた様子も無く振り向いた。

 彼の後ろに立っていたのは山岳民族の伝統衣装のような厚手の服を着た、長い黄金色の髪と平安貴族のような丸い眉が特徴的な成年の男であった。その男は口元に優雅な笑みを浮かべて半裸の男へと歩み寄る。

 

 「どうやら腕は鈍っていないらしいな、いや、安心した」

 

 「何じゃお主かい。確かジャミールに行って聖衣を作る研究しておったのではなかったのか?」

 

 「ああ、師の集めた素材と研究データを位置から見直して色々と研究していた、が、残念だがそれは後回しだ」

 

 貴族風の眉の男は肩をすくめながら目の前で座り込んでいる男へとその言葉を告げる。

 

 「帰還の時が来た。いよいよ我等が出張る時が来たらしい」

 

 「…そうか!!うぬ、ようやく奴らに会えるのう!!くゥ~!!ワシらだけ蘇生が遅れたから彼奴等には会えずじまいじゃったからのう!!」

 

 「一刀殿曰く皆を驚かせるサプライズの為……らしいがな。だが、私も久しぶりに戦友達や師に会えるからな。フッ、今から楽しみになって来たな」

 

 麻呂眉の人物は嬉しそうに笑いながら、そして半裸の人物はさながら子供のようにはしゃぎながら立ちあがり、足元に投げ捨ててあった上着を羽織った。と同時に二人の目の前の空間が歪むと巨大な黒い穴が出現した。何処に続いているのかも分からないその得体のしれない空間の裂け目を、二人は一向に怯んだ様子も無く一人は嬉しそうに、もう一人は猛々しい笑みを浮かべながら眺めている。

 

 「さァ~て久方ぶりの再会じゃ、帰ったら存分に飲もうぞ、シオン!!」

 

 「それは賛成だが飲むのは皆がそろってからだぞ、童虎。まずは彼の仕事を片付けてから、だ!」

 

 互いに軽口をたたき合う虎の仔と金羊は、何処へともなく続く空間の裂け目の中へと入っていく。

 

再び戦場へと身を投じるために。そして、かつての仲間たちとの再会の為に……。

 

 




どうにか恭介君とさやかちゃんが結ばれました。いや、探してみても二人が結ばれる二次創作というのはなかなかないもので。
ちなみにデジェルがセラフィナに恋愛感情を抱いていたかは………まったくわかりません!正直自分の想像です!!まああの二人劇中でも結構かかわってたしなんらかの感情抱いていてもおかしくはないんですけど…。
ラストの二人は…、出番はワルプルギスまでお預け…かな?ひょっとしたら外伝で出番なるかも……。
以上、今年最後の投稿と相成りました。どうか来年も私の作品をごひいきにお願いいたします。
それでは皆様、よいお年を!

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