ようやくさやかVSオクタヴィアもこの話で決着となります。ここまで来るのに長かった…。
決着のつけ方とかいろいろ賛否あるかもしれませんが、私の文章力と魔法少女の魅せ方ではこれが精一杯ですのでどうかご勘弁を。
「さて…どうなる事かねデジェルさんよ。あの魔女は確かに再生能力とかは無くなっちゃあいるけど、今のさやかちゃんに勝てますかね?」
「微妙な所だな。念のために聖衣石を渡しておいたが、あれも精々鎧程度の役目しか果たせない上に時間制限つきだ。今のさやか君が魔法少女でいられる時間はせいぜい20分程度…。聖衣石を着ていられる時間と大体同じと言ったところ、か…」
デジェルとマニゴルドはついに始まったさやかと人魚の魔女との死闘を眺めながら互いにさやかの勝機について語っていた。
実際さやか同様人魚の魔女も戦力的に弱体化はしている。本来魔女は魔法少女の属性を受け継いでいる関係上、魔法少女だった頃の固有能力をある程度扱う事が出来る。人魚の魔女の場合、サーベル、車輪と言った攻撃手段のほかに、さやかの癒しの魔法を受け継いで通常の魔女を上回る再生能力を保有していた。
だがその能力は魔女の体内に元となった魔法少女の魂がある場合に限られる。本来ならばあり得ないがもしも魔法少女の魂が魔女の身体から抜け出てしまった場合、魔女の固有能力は失われて魔女本来の能力も弱体化してしまう。
とはいえそれでも魔法少女と違い時間制限なしで戦い続ける事が可能であり、時間制限あり、かつ通常の人間と同じ身体のさやかが一概に有利であるとは言いきれない。
「…あの、デジェルさん、そういえばあのお守りって結局何だったんですか?さやかに渡した時にいつの間にか消えてましたけど…」
と、聖闘士二人と同じくもさやかと魔女の戦いを見守っていた恭介が、何気なくデジェルに問いかけてくる。恭介がさやかに渡したあの緑色の宝石、さやかがあの黄金のプロテクターを身に付けた瞬間に何故か影も形も無くなっていた。それが多少なりとも気になっていた恭介はおずおずと宝石の持ち主であるデジェルに問いかける。
「…む?ああそういえばまだ説明していなかったね。あのお守りの名前は聖衣石、聖衣をその内に封印した石だ」
「聖衣を封印、ですか…」
不思議そうな顔で問い返してくる恭介にデジェルはそうだ、と頷いた。
「まあ詳しい経緯は省くがあの宝石の内側には水瓶座の黄金聖衣が封印されていてね、それを私の小宇宙で一時的にさやか君が使用できるようにしているわけだ。とはいえ本物同様全身を覆う事は出来ず、まあせいぜい急所を守る為の頑丈なプロテクター程度の役割しかないだろうが、ご覧の通り魔女の攻撃なら大概跳ね返せる。…それでも持って十分程度しか装備できんだろうが」
聖衣石、本来はデジェル達の後の世代の聖闘士の聖衣が闇の神アプスの隕石の影響によって変化した姿。青銅白銀はもちろんのこと黄金聖衣もまた聖衣石と化してその時代の黄金聖闘士にもたらされた。…が、その代の黄金の大半が聖域の敵であるマルスの腹心であり、結果として黄金聖衣は悪用される破目になってしまい、その事実に前々世代の黄金聖闘士の殆どは血涙を流して慟哭したという。
もっともマルス軍が壊滅してからは黄金聖衣も無事地上の平和を守る為に使われるようになったためその点で大概の聖闘士達はホッとしていた。……一部活躍する事が無かった聖衣があって激怒したメンバーも居たが…。
聖衣石はそもそも聖衣そのものである為、前提として小宇宙が無ければ装着することすらできない。故に本来ならばいかに魔法少女であったとしてもさやかには装着不可能な代物であるはずだった。だがデジェルは聖衣石に予め自身の小宇宙を注ぎ込み、一時的にさやかが纏えるようにしたのである。とはいえ完全とは言えず、本来全身を覆うはずの黄金聖衣も精々腕と足、上半身を覆う程度にしか出現せず、さらに纏っていられる時間も精々十分程度と本来の装着者の場合よりも大幅に弱体化してはいる。
「で、でも良いんですか?そんな、黄金聖衣ってとても大事なモノなんじゃあ…」
恭介はデジェルに不安そうに問いかける。デジェル達の話によれば、黄金聖衣に限らず聖衣というのはの象徴でもあり証とも言える鎧、そして黄金聖衣は黄金聖闘士の魂でもあり命そのものとも言える代物と聞いていた。そんな大切な鎧をたとえさやかを助けるためとはいえ彼女に貸してしまってもいいのだろうかと恭介は不安に思ってしまったのだ。
が、そんな恭介に対してデジェルは何処となく疲れたような笑顔を向ける。
「気にするな、この聖衣石に封印されている黄金聖衣は借り物だ。本来の私の聖衣は他にある。ま、確かにアレも水瓶座ではあるがね、別に彼女にあげるわけではないし、コレもさやか君を助けるためと思えば安いものだ。…それにあのカスに着られるよりかは遥かにマシというもの…」
最後何やら小声で呟きながら顔を俯かせるデジェル。その目には光が無く、口元には不気味な笑みを浮かべて何やらさっきまで漂わせている。先程までの態度とは一変したデジェルの姿に思わず一歩下がる恭介に対して、マニゴルドはあきれ果てた様子で溜息を吐いた。
「おいお前、まだあの事根にもってやがるのかよ。もう終わった事…、いや厳密にゃまだ終わっても始まってもいねえことだけどよ、それだったら俺も似たり寄ったり…」
「やかましい!!てっきりカミュの弟子の氷河が跡を継ぐとばかり思っていたのに、敵に奪われて洗脳装置にされた揚句に何処の馬の骨とも分からん人間に大事な聖衣を着られた私の気持ちが分かるか!!しかもお前はまだ同じ積尸気使いという事で共通点はあるのだろうがあいつは時間操作!!一体何処に凍気要素があると言うんだ!!」
「お、おう…、なんか悪かったな、うん…」
デジェルのあまりの気迫、そして殺気に思わずマニゴルドも顔を引き攣らせてしまう。デジェルはそれからもブツブツと『やはり聖衣石を返すのをやめようか…』だの、『いや、それよりも時貞を氷漬けにして…』だのと何やら不気味なオーラを発しながら呟いており、そのあまりにも異様極まりない姿に恭介も若干引いてしまう。
「まあ、気にすんなや坊ちゃん、ていうか気にしてやるな。あいつもあいつでいろいろ大変なことがあるんだよ、うん」
「へ?あ、は、はあ…」
怯える恭介の肩を叩いて宥めながらマニゴルドはデジェルへと視線を向けて深々と溜息を吐いた。
どうも水瓶座の後々の後継者…、否、あれを後継者と呼ぶべきかどうかは分からないがとにかく聖衣の装着者と、水瓶座の黄金聖衣の辿る末路を知ってからというものの、時折不気味な笑い声を上げたり鬱になったりするようになってしまい、黄金聖闘士達も頭を悩ませていた。…最も同じように後々悲惨な末路を辿る事となった蠍座、山羊座、獅子座もまたデジェルと同じ症状を抱えているのだが…。
「……っと、どうやら鬱になっている場合ではなさそうだ…。さやか君も段々と苦戦してきているようだな…」
と、突然いつもの冷静な口調と表情へと戻るデジェル。その変化の速さに同僚であるマニゴルドも若干呆れながら、再び目の前の戦況へと視線を戻す。
デジェルの言うとおり、さやかも段々と押されており、一方の魔女が逆に勢いづいてさやかを攻め立てていた。
「っち、ちょいとまずいな。魔法少女のタイプからしてあの嬢ちゃんは守りに回ると脆いぜ」
「ああ、特に今は魔法少女でいられる時間に制限があるからな、聖衣も何時までも着ていられるものではない、持久戦は彼女にとって不利だ…」
「……さやか」
人魚の魔女の苦戦するさやか、彼女の姿にデジェルとマニゴルドはいつでも助けに向かえる態勢で、恭介は今にも目の前の戦場へと飛び出していきそうな様子で目の前の戦況を見守っていた。
さやかSIDE
「うりゃああああああああ!!」
さやかは飛び交う車輪を避けながら、人魚の魔女へと斬りかかる。魔女も咆哮を上げながらさやか目がけて凶刃を振り下ろした。だが…、
「当たるかっ!!」
巨大なサーベルの軌道を見切り、瞬時に回避したさやかは人魚の魔女の腕へとすれ違いざまに斬撃を喰らわせる。
『■■■■■■■■■■!!!???』
腕を切られた痛みに絶叫を上げながら背後へと振り向く人魚の魔女であったが…。
「もらったァ!!」
今度は頭部を覆う兜を斬られ、結局さやかを取り逃してしまう。
魔女は自分の周囲を飛び回るハエを追い払うかのように両腕を矢鱈滅多らに振り回し、さらに大量の車輪を出現させて辺り一面へと降り注がせる。
「遅い遅い遅―い!!そんなんでこのさやかちゃんのスピードを捉えられるかー!!」
だがさやかは車輪の弾幕をするするとかいくぐり、振り回される巨碗とサーベルを悠々と回避して魔女の本体を切り刻んでいく。回復能力を失って再生力が大幅に落ちている人魚の魔女は己の肉体を傷つける虫けらへの憎悪から怒号を上げる。
一方魔女相手に優勢に戦いを進めているかのようなさやかではあったが、実際はなかなか魔女への致命傷が与えられずに決め手に欠けていた。
さやかの魔法少女としての戦闘タイプは遊撃型、軽いフットワークとサーベルによる一撃離脱が基本であり、さらにダメージを負ったら回復魔法でフォローするのが基本である。
だがサーベルによる斬撃は威力がそこまで高く無く、使い魔や中堅程度の魔女ならば何とかなったであろうが、強力な力を持つ魔女ではどうにも火力不足になりやすい。
無論さやかも自身の武器の火力不足はとうに承知であり上級魔女用の高火力技も体得してはいる、のだが此処で魔法少女でいられる『制限時間』が大きな壁となってくる。
(まっずいなあ…。デジェルさんの言う事が本当だとあたしあと10分しか変身していられないだろうし、このプロテクターもその内解除されちゃうって言ってたし…。あーもー魂ソウルジェムだったら特攻戦法で何とかなったのかなー…)
最もあんな無謀な戦法取ったら流れ弾がソウルジェムに命中して死んでいたかもしれないけど、とさやかは苦笑いしながら魔女へと必死にサーベルを振るう。魔力で編まれたサーベルは魔女の体躯を切り裂きはするものの、鎧によって防御している為かどの傷も致命傷には至らない。致命傷を与えられるであろう大技も所詮は即興で考えたものであり、マミやほむらからは魔力の消耗が激しすぎるとダメ押しされてしまった。前だったらともかく魔力ゼロ=変身解除となり無防備な姿を晒してしまう関係上、あの技は乱発する事は出来ない。
「…となると地道に削っていくしかない………ってうおっと!!」
考え事をしている最中にも降り注ぐ車輪のスコールとさやか目がけて振り下ろされる凶刃、今の状態で命中したなら確実にあの世行きであろう攻撃をさやかは必死になって避ける。
「……んも~!!人が考え事してる時に攻撃してくんな!!あたしはそんな空気読めない女じゃないぞ!!あ~、やっぱりアンタはあたしじゃない!!うん、決定!!」
考え事を邪魔された事に怒り心頭となったさやかは魔力を脚に込めて魔女目がけて飛びかかる。それに答えるように人魚の魔女もサーベルをさやか目がけて振り下ろした。
…が、
「んのやろおおおおお!!!」
さやかは何とサーベルの刀身を、黄金のプロテクターで覆われた拳で殴りつけた。瞬間、サーベルの殴られた部分が瞬時にひび割れ、魔女のブレードは粉みじんに砕け散った。粉々に砕けたブレードを人魚の魔女は信じられないものでも見るかのように呆然と眺めている。
一方さやかも無意識のうちに拳でブレードを殴りつけていた為、己の拳がサーベルを砕いた事が信じられずに唖然としていた。
「ええ~…、うっそ、あたしこんな力あったっけ…?幾ら魔法少女変身したからって…、いや、前魔法少女だった頃もこんなにパワー無かったような………、ま、まさかこれもこの金ぴかプロテクターのお陰!?」
さやかはハッとして己の両腕に嵌められた傷一つ無く輝く黄金の籠手へと視線を落とした。
実際黄金聖衣に限らず聖衣には単なる防具としての役割以外に聖闘士の小宇宙を増幅させ、装着者の力を押し上げる作用も存在する。デジェル達の後の世代の青銅聖闘士、天馬星座の星矢に白鳥星座の氷河、龍星座の紫龍が各々黄金聖衣を纏い、強敵から奇跡的な勝利を掴み取ったのもこの能力が起因している。
とはいえ黄金聖衣を纏えば誰でもパワーアップすると言うわけでも無く、ある程度の適合性と小宇宙が無ければならないのも事実。実際もし碌に小宇宙が無い人間や聖衣が馴染まない人間、あるいは聖衣を邪な事に悪用しようとする人間であったならばたとえ装着しても殆どの場合黄金聖衣は充分に力を発揮しない、あるいは拒絶して直ぐに身体から離れてしまう事もありうるのだ。
さやかの場合は彼女自身は小宇宙を持たないものの、聖衣石に込められたデジェルの小宇宙の作用によって一時的に聖衣を護うことができている。デジェルの小宇宙の作用は聖衣をも纏うだけではなく聖衣の能力強化の力も引き出しており、先程拳で魔女のサーベルを破壊したのも聖衣の強度だけではなく強化された身体能力も影響しているのだ。
「これなら……いける!!」
強化された身体能力にさやかは自信を取り戻すとサーベルを構えて再び魔女へと飛びかかった。
…が、次の瞬間、
「ガハッ!?」
突如飛んできた車輪がさやかの胸部へと直撃、さやかは地面に叩きつけられてしまった。
幸い聖衣に守られてダメージは少ないものの完全に衝撃は受け止める事は出来ずさやかは地面に倒れ伏したまま激しくせき込んでしまう。
すぐさま軽い回復魔法でダメージを癒して立ちあがるさやか。だが、地面に倒れて動きが止まった一瞬、それがさやかにとって最大の隙となってしまう。
『■■■■■■■■■■!!!』
「しまった!!」
雄たけびと共に振り下ろされる魔女のブレード。もはやすぐ目の前まで迫って来ているそれにさやかは慌てて聖衣の装着された腕を交差させ、刃を受け止めた。
「ぐ…うぐっ…!!」
『■■■■■■■■■■!!!』
刃を受け止められた人魚の魔女は、今度は力づくで真っ二つにしてやろうとサーベルに思い切り力を込めてさやかに押し付ける。凄まじい重量と共に押し付けられてくる刃を、さやかは必死に黄金のプロテクターで受け止める。
たとえ本来の持ち主で無いとしても黄金聖衣は大よそ人間が作り出せるものの中でも最高と言える強度を誇っている。故に魔女の攻撃程度では欠けることすらない、のだが、生身の肉体は話が別である。今は何とか黄金聖衣で覆われた両腕で受け止めてはいるものの、もしも両腕の力を僅かに緩めでもしたら、瞬時にサーベルはさやかの頭を真っ二つに両断して、さやかは確実に即死してしまうだろう。
(冗談じゃ、ないわよ!!まだ、まだ恭介と彼氏になったばかりだってのに!!碌にデートにも行ってないってのに!!こんな所で死ねるかっての!!)
一瞬真っ二つになった自分の姿を思い浮かべてしまったさやかは頭を振り回して幻影を振り払うと両腕にありったけの魔力を込めて凶刃を弾き飛ばした。
さやかの思わぬ反撃によろけながら後退する魔女、その隙にさやかは魔女から距離を取って呼吸を整える。
「はあ…、はあ…、やっば…、ちょっと魔力使いすぎちゃった、かも…」
杖のように剣に寄りかかりながら息も絶え絶えな様子のさやか。実際先程剣を弾き飛ばす際、相当な魔力を消耗してしまった。これではあとどれだけ変身していられるか分からない。
10分、いや1分、下手をすればそれ以下かもしれない。
「っていっても、引くわけにはいかないよね…」
さやかは息を整えながら再びサーベルを構えて目の前の絶望へと目を向ける。人魚の魔女は既に態勢を立て直し、さやかと同じくサーベルを構えている。
奇しくも自分と同じ構えの魔女に苦笑しながら、さやかは倒すべき敵目がけて駆け出した。
聖闘士SIDE
「なんとか、持ち直したみたいだな…。やれやれ危なっかしくて見ていられん…。やはり聖衣だけでは足りなかったか…」
「まあまあ落ち着きなってデジェル先生よ、あの嬢ちゃんの目を見てみなって。ありゃまだ諦めちゃあいねえぜ?」
「それはそうかもしれんが……、止むを得ん、最悪彼女の不興を買ってでも私が助けに入るか…」
目の前で魔女に苦戦するさやかの姿を見て厳しい表情を浮かべるデジェル。一方のマニゴルドは何処か余裕そうな笑みを浮かべながら目の前の戦闘を黙って見守っている。
そんな二人とは対照的に、さやかの恋人である恭介はまるで胸を締め付けられているかのような苦しげな表情で目の前の死闘を眺めている。
目の前で自分の大切な人が命を掛けて戦っている、なのに自分は地面に座り込んだまま何もする事が出来ない。一緒に戦うことも、側に居てあげることも出来ず、彼女の戦うのをただ黙って見ているだけ…。その悔しさと目の前でさやかが傷ついていく姿を目の当たりにした恭介は思い切り地面へと拳を叩きつける。
「僕はっ、僕は結局傍観者だ!!さやかの事を知っても、さやかが苦しんでいる事を知っていても、何もしてやれない、何もできない…!!なんで、なんで僕はこんなに役に立たないんだ…!!こんなに、弱いんだよォ……!!」
「…恭介君」
地面を拳で叩きながら悔しげにむせび泣く恭介、そんな彼の姿をデジェルは悲しげに見つめている。
己に力が足りなかったが故に…、それで後悔した事があるのは自分もまた同じであった。
親友の姉であり自分の想い人であった女性が死ぬことを防げず、それによって引き起こされた親友の暴走を防げなかった事……、今でこそ薄れてはいるものの、それでも彼の心にはあの時の傷は未だに残っていた。
デジェルだけではない。黄金聖闘士達は皆、部下を失い、家族を失い、戦友も失い、一度は己の命すらも失うという常人ではまず味わえないであろう程の “絶望”“無力感”と言ったモノを少なからず味わっている。彼等が何故最強と呼ばれるのか、それは第七感や黄金聖衣よりも、これらの“絶望”を幾多も味わいながらも乗り越えてきた事が一番の要因なのかもしれない。
「まあまあ坊ちゃん、テメエもそんな足でまともにあの化け物とやれると思ってるのかよ?まあ足が大丈夫でもまず無理だろうけどよ、むしろテメエがのこのこあそこに出て行って魔女にぶち殺されちまった方があの嬢ちゃんのダメージはでけぇと思うけどな?」
「そ、それは……」
マニゴルドの言葉に思わず口ごもってしまう恭介。確かに足が不自由で逃げることも満足にできない自分が行ってもさやかの足手纏いにしかならないかもしれない。むしろ自分が魔女に殺されてしまったらさやかはもう立ちあがれないくらいに悲しむかもしれない。
でも、だからと言って…、恭介は苦悶に顔を歪めて俯いてしまう。
「きゃあっ!!」
と、恭介の耳に突如鋭い悲鳴が聞こえてくる。弾かれるように顔を上げた恭介の目に飛び込んできたのは、魔女のサーベルをまともに喰らって吹き飛ばされるさやかの姿だった。
「さやかァ!!」
その姿を見てもはや居ても経っても居られなくなった恭介は必死に地面から立ちあがると足を引きずりながらもさやかの元へ行こうとする。
「恭介君、落ち着くんだ。魔女の攻撃は聖衣に防がれている。さやか君は無傷だ。それに本当にまずくなったら私達が助けに入る」
「だからって、だからって大切な人がボロボロにされているのを黙って見ている事なんて、僕にできません!!僕は、僕はさやかを助けたいんです!!ほんの少しでも彼女の助けになりたいんです!!」
「いや、だが君の身体は…」
まだ満足に動ける状態じゃない、そう続けようとしたデジェルだったが、恭介の何処か思いつめた表情を見て思いとどまってしまう。
「僕は…、いつもさやかに頼りっぱなしでした…。怪我をする前も、した後も、ずっとさやかに甘えてばかりで…、そんなさやかに僕がしてあげたことなんて何もない…!!これじゃあ、これじゃあ完全にさやかのお荷物じゃないか、僕は…!!」
悔しそうに涙をこぼす恭介は、まるで血を吐くように慟哭する。恭介のその姿にデジェルは何も言えない様子でチラリとマニゴルドに視線を向ける。が、マニゴルドは肩を竦めて首を振るだけであり何も言おうとしない。デジェルは諦めて地面に崩れ落ちている恭介へと視線を戻した。
「恭介君……」
デジェルが彼に声をかけようとした瞬間…。
「……!?」
「ん…?これは…」
「おいおい、マジかよ…」
突然恭介の目の前で黄金の光が放たれると、次の瞬間光り輝く黄金の長剣が恭介の目の鼻の先に出現し、地面に突き刺さったのだ。
「…へ!?う、うわああああ!!な、なんだこの剣は!?何でいきなりこんなものが!!ま、まさかこれも魔女の仕業!?」
突然目の前に黄金の剣が出現した事に恭介はパニックを起こしてしまう。が、その現象を背後で見ていた聖闘士二人は冷静そのものと言った様子で何やら話している。
「オイデジェル、何で此処にアレが出てきやがる。デフテロスの野郎の気まぐれか?」
「いや、単なる気まぐれでコレを貸すはずがない。……まあ恐らくは誰かの説得もあったのだろう、が…」
「この小宇宙……、あいつかよ。おうデジェル、どうやらせめてもの援軍代わりらしいぜ?」
「…フ、何とも粋な真似をしてくれるな。私達に出る幕が無い、とでも言いたいのか?…恭介君!!」
「へ?あ、は、はい!!」
動揺している所で大声を掛けられた恭介はビクッと身体を震わせると反射的にデジェルへと振り返る。デジェルは恭介の手元にある黄金の剣を指差した。
「その剣をさやか君に渡すんだ。その剣の力なら、彼女の窮地を救う事が出来るはずだ」
「……!!ほ、本当ですか!!」
さやかが勝てると言う言葉を聞いた瞬間、恭介の顔色が変わる。そんな恭介にデジェルは自身に満ちた笑顔を向ける。
「ああ、本当だ。詳しい説明は省くがその黄金の剣をさやか君に渡せば彼女の大きな力になるはずだ。君がさやか君を助けたいと思うのなら、その剣を彼女に渡してあげるんだ」
「……」
デジェルに促された恭介は、しばらく地面に突き刺さった黄金の剣を見つめていたが、直ぐに決心したのか剣の柄を両手で鷲掴みにして力を込めて引き抜いた。
黄金の剣は存外あっさりと抜けてしまい、恭介は勢いよく抜いた反動で地面に尻もちをついてしまった。
「あ!!っ~~!!」
腰だけでなく背中も一緒に地面に叩きつけられた恭介は、それでも痛みに耐えて何とか立ち上がった。不思議な事に黄金の剣を握りしめていると何故か体中に力が沸き起こり、まともに動かなかった足にも力が入っており、今なら歩くどころか走ることもできそうだ。
「よし…!!待っててさやか!!」
恭介は黄金の剣の柄を掴むとさやかと魔女が激闘を繰り広げる戦場へ向かって駆け出した。足に痛みは無い、殆ど事故に遭う前と変わらず力いっぱい走る事が出来る…。何故かは知らないけれども今はコレがありがたい…!!
息を切らしながら足を動かす恭介は、何とか無事にさやかと魔女の戦場のすぐ近くまで到着した。さやかは黄金のプロテクターで護られていたおかげか、何度か魔女の攻撃を受けているのにもかかわらず無事であった。最も外見の傷は無いものの、身体に溜まった疲労とダメージは大きく、さらに魔力の残量も余裕が無くなりかなり危機的状態ではあった。
一方の魔女は体中に傷を負ってはいたものの致命傷は無く、むしろ傷を負った事による怒りで凶暴性が増して
「さやかっ!!」
「え!?きょ、恭介!!何こんな所まで来ちゃってるのよ!!早く逃げて!!」
突然自分と魔女が戦っているすぐ近くまで走ってきた恭介にさやかは驚きながらもさっさと逃げるように怒鳴りつける。だが、恭介は息を切らしながら手に握りしめた黄金の剣をさやかに見せるように掲げる。
「さやか!!これを受け取って!!」
恭介は大声で怒鳴りながら黄金の剣をさやか目がけて放り投げた。と、同時に今まで恭介を支えていた足が突如として力を失い、恭介は再び地面へと倒れ込んでしまった。
黄金の剣は空中をクルクルと回転しながら飛んでいき、そしてそのまま………、
魔女の腕へと突き刺さった。
「……あ」「……何?」「……オイオイ」
目標とは全く別の場所に突き刺さってしまった黄金の剣に、恭介は唖然とし、デジェルの笑顔は凍りつき、マニゴルドはやれやれと言った感じで頭を押さえていた。
遠目で見るさやかも自分目がけて投げられた黄金の剣が何故か魔女に突き刺さり、ポカーンとした表情で恭介を見ている。
あんぐりと口を開けている恭介を、マニゴルドはジト目で睨みつける。
「……おいおい坊ちゃんよ、ここはちゃーんと嬢ちゃんに投げ渡すってのがセオリーだろうが?なーに盛大に空振りかましてやがんだよ…?」
「ご、ごめんなさい…。ぼ、僕、僕、キャッチボール苦手で…」
「いや、これはむしろキャッチボールというよりやり投げか円盤投げ……と、そんな事を言っていられなくなってきたな…」
再びガクリと項垂れる恭介にデジェルは呆れたような口調で話しながらも、戦闘態勢へと身構える。何事かと恭介がデジェルを見上げると、デジェルは少し言いにくそうな表情を浮かべるとゆっくりと口を開いた。
「…魔女の注意が君の方を向いてしまったぞ、恭介君」
「……ええ!?」
恭介が弾かれたように魔女を見ると、確かに魔女の視線が自分の方を向いている。しかも、相当な殺気の籠った視線が…。人生で初めて真正面からぶつけられる殺気に恭介は恐怖のあまりガタガタと震えだす。急いで逃げ出そうとするのだが、黄金の剣を握っていた時と違って足が自由に動かず、中々立ち上がる事が出来ないでいた。
「きょ、恭介!!何してるの!!は、早く逃げて!!」
「だ、駄目だ!!何でか知らないけどまた足の自由が利かないんだ!!クソッ!!さっきは動いたって言うのに、なんで!?」
突然元に戻ってしまった自分の足に戸惑いながらも少しでも魔女から距離を離そうとする恭介。だが、さやかを始末する邪魔をされ、腕に傷を負わされた魔女は怒り狂いながら恭介へと接近し、そのギロチンの如き刃を思い切り振りあげる。さやかは悲鳴を上げながら助けに向かおうとするが、今までの魔女との戦闘の疲労で足がもつれてしまい遅れてしまう。そして、魔女の凶刃が恭介の脳天目がけて振り下ろされた。死を覚悟した恭介は思い切り目を閉じた。
…が、何時まで待っても真っ二つにされるどころか、髪の毛一本切れたような感覚も無い。恭介は恐る恐ると言った感じで目を開いた。
「え!?」
目を開いて直ぐに視界に飛び込んできた人魚の魔女、その姿を見た恭介は思わず目を見開いた。
魔女の巨体に幾重にも氷の結晶がリング状に巻きついており、魔女の動きを封じていたのだ。魔女はリングを振り払おうと必死に暴れるが、一見頼りなげに見える氷のリングは全く千切れる様子も無い。
「やれやれ君達は私達が居る事を忘れていないか?たとえどんな事があるにせよ私達黄金聖闘士が護衛である以上万が一にも恭介君とさやか君を殺させるわけがないだろう?」
何時の間にそこにいたのか恭介の背後からデジェルが人差し指を振りながら苦笑いを浮かべている。見るとデジェルが指を振るたびに彼の周囲で氷の結晶が舞い、飛び散る。
「カリツォーを少々強めにかけておいた。これでその魔女は指一本動かせない、時間制限付きだがね……よっと!!」
「うわっ!?ちょ、デジェルさん!?」
突然デジェルに持ち上げられた恭介は驚いて悲鳴を上げるがデジェルは構わず恭介を肩に背負って魔女に背を向けて歩きだす。
「フ、今は満足に歩けないのだろう?だったら私が運ぶしかないじゃないか。心配しなくてもお膳立てはした。魔女もしばらくは行動不能だろうし後はさやか君があの剣を引き抜けば、まあ何とかなるさ」
「何とかなるさって…!!そんなお気楽な!!」
「まあまあ…、取りあえず君は安全な場所に避難、だ。…さやか君、今がチャンスだ!魔女に突き刺さっているその剣なら魔女に決定打を与える事が出来るはずだ!」
デジェルはさやかに大声で呼びかけると恭介を肩に担いでその場から離れていった。あくまでこれはさやか自身の戦い、彼女自身が望んだものである以上彼女自身の手で決着をつけるべきだとデジェルもマニゴルドも考えているのだ。無論彼女の変身が強制解除されたり命が危うくなったら問答無用で魔女を倒すつもりではいる。
もっとも、その必要はもうなさそうだとデジェルもマニゴルドも魔女の腕に突き刺さった黄金の剣を眺めながら心の内で呟いた。
さやかSIDE
「デジェルさん…」
デジェルの声を聞いたさやかは、表情を引き締めてコクリと頷くと、直ぐに自分の身体を魔法で治癒する。
とはいえ魔力に制限がある以上完全治癒をするわけにはいかず、行動に支障が出そうな怪我のみに限定して治癒魔法をかけざるを得なかったが。何とか動けるまでに回復したさやかは急いで拘束された人魚の魔女へと走り出す。
人魚の魔女は氷のリングの拘束から逃れようと必死にもがいており、遠目に見る分には危険はないが、下手に接近しようものならその巨体に巻き込まれて引き潰されるかのたうつ巨大な尾に叩き伏せられてしまうだろう。さやかは拘束を振りほどく為に我武者羅に暴れる魔女の巨体を避けつつ、腕に刺さっていると言う黄金の剣を探す。
「…あれだ!!」
黄金の剣は直ぐに見つかった。魔女の左手の甲に深々と突き刺さっている。投擲しただけで魔女の腕に突き刺さるなんてどういう鋭さをしているのやら、とさやかはどうでもいいことを考えながら、剣を引き抜こうと魔女に忍び足で接近する。
『■■■■■■■■■■!!!』
「うおおおおお!?あ、危な~…」
と、突然巨大な魚の尾がさやか目がけてなぎ払われる。危うく引き潰されそうになったがさやかは何とか回避に成功する。魔女に気付かれたのか、とさやかが魔女を恐る恐る見上げると、どうやら魔女はさやかには全く気が付いておらず、単純に拘束を引き千切ろうともがいた結果、尾っぽがさやかの方に向かってしまっただけらしい。
そんな事を考えるさやかの目の前で、魔女は未だにさやかに目もくれずに矢鱈滅多らに暴れている。氷のリングで拘束されている関係上その場から動けはしないが、これでは簡単に接近できない。
「あ~も~どうすんだってのよこの状況~。…なんだかこのプロテクターも消え始めてきたし、さっさと決着付けないとまずいよね~」
さやかの言葉通り、彼女の身体を覆う黄金聖衣も少しずつだが消え始めていた。今まで聖衣を実体化させていた小宇宙がもう切れかかっている証拠である。早く決着をつけなければ不味い。
「せめてあの尾っぽだけでも何とか……!!」
拘束されても未だに蠢く巨大な尾を眺めるさやかは、ふとある事を思いついた。
これならば恐らくあの巨大な尾を一時的だが無力化できるかもしれない。恐らく残存魔力の大半を喰ってしまうだろうが、他にはもう選択肢はない。
「なら、善は急げよ!!」
さやかは瞬時に黄金聖衣の下に着ていた魔法少女服を解除し、元の見滝原の制服姿へと戻る。
本来ならば魔女の攻撃から身を護る防御服でもある魔法少女の服を解除するのは悪手、だがさやかは、展開しているだけで魔力を消耗する魔法少女服をあえて解除する事で、魔力の消費を抑えて大技につなげようとしているのだ。
「さあ、派手にいくよ!!」
さやかは右手に握られたブレードを掲げる、と、魔女の尾の周囲にさやかのサーベルと同じ形状のサーベルが数十本出現した。
サーベルの切っ先は一つ残らず、ジタバタと動きまわる人魚の尾へと向けられている。さやかはニッと口を吊りあげるとまるで指揮棒のようにサーベルを地面に振り下ろした。
瞬間、宙に浮いていた無数のサーベルは一つ残らず人魚の尾のひれへと殺到し、さながら昆虫標本のように地面へと縫い付けた。己の尾を貫かれた痛みに魔女は絶叫し、瞬間、ほんの一瞬だけ暴れる魔女の動きが止まった。
「今だ!!」
その一瞬にさやかは魔女へと走り寄ると、魔女の左手に突き刺さった黄金の剣の柄を鷲掴みにし、一気に引き抜いた。
黄金の剣が引き抜かれると同時に、魔女を拘束していた氷のリングも消え去り、尾びれを貫いていたサーベルも無理矢理引き抜いて魔女は完全に自由の身となった。
「ありゃまあ、あれ簡単に引っこ抜かれちゃったか…。これでも結構魔力使ったんだけどなー…。ま、いいか」
魔女から瞬時に距離を取ったさやかは魔女の腕から引き抜いた黄金の剣を正眼に構える。
魔女に突き刺さっていた黄金の剣…、これを握っているだけで何故だか分からないけれどさやかの身体に力が沸き上がってくる。
さやかが何気なくチラリと視線を横に向けると、そこにはデジェルとマニゴルド、そして自分の一番大切な人、上条恭介がこちらを見守っていた。
自分をただジッと見つめる恭介に、さやかはニッと笑顔を浮かべると軽く頷いて、再び魔女へと向き直る。目の前に立つのは己が生み出した己自身の絶望の象徴…。最初は恐ろしいと、おぞましいと感じていたそれが、今では何の恐怖も感じない。
「何でって…、言うまでも無いか」
さやかは笑顔のまま呟いた。恭介が、大好きな人が自分の事を見守ってくれている。これに勝る援軍があるはずがない。黄金の鎧や剣よりも、彼が側に居てくれると言う事が、何よりも心強く、己を奮い立たせてくれる。さやかの顔に、自身に満ち溢れた笑みが浮かぶ。
「…さあ、決着をつけよう!」
さやかが叫ぶと同時に人魚の魔女が巨大なサーベルを振りかざして襲いかかってくる。
まるでダンプカーが突進してくるかのような圧力だが、今のさやかに、恐れはない。
「っらああああああああ!!!!」
振り下ろされる巨大な刃、さながら断頭台と見紛うその刃に向けて、さやかは黄金の剣を振りあげた。
巨大な刀身と黄金の刀身がぶつかり合った、瞬間…!!
鋭い破砕音と共に、サーベルの刀身は真っ二つに圧し折れた。
『■■■■■■■■■■!!!???』
己の獲物がいとも簡単に破壊された事に魔女は困惑し絶叫を上げる。が、そんな物を悠長に聞いているさやかではない。
「うおおおおおおお!!」
さやかはありったけの魔力を脚に込めると一気に10メートル以上の高さまで飛び上がり、落下と同時に振りあげていた黄金の剣を振り下ろす。振り下ろされる先は、異形の兜で覆われた人魚の魔女の頭部…。
「これで…、終わりだアアアアアアア!!!」
自分目がけて降ってくるさやかに気付いた魔女は急いで防御しようと頭上で両腕を交差させる、が、黄金の刀身は触れると同時に魔女の大木のような腕を二本まとめて両断し、頭、胴体、尾まで一気に真っ二つにしてしまう。
真っ二つに両断された魔女は、そのまま悲鳴も上げることなく、まるで浄化されていくかのように光の粒子となって消滅していく。そして、魔女の死と同時に、周囲の結界も消えて、元の空間へと戻って行く。
「…安らかに眠って、あたしの魔女。あたしももう、絶望なんてしないから…」
さやかがそう呟いた瞬間、彼女の身体を覆っていた黄金の鎧は何処へともなく消え去った。そして、魔女が消え去った場所を見つめるさやかの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
次回で最終楽章となります。どうか次回もお楽しみに。