魔法聖闘士セイント☆マギカ   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 皆様夏休みいかがお過ごしでしょうか。私はまだですが。今更ながら中学高校時代が懐かしい…。
 8月に入って早七日、ようやく最新話を投稿出来ました。ようやくキュゥべえの正体を明かすシーンが書けました。やれやれ…。


第37話 語られる契約の真実

 

 さやかの魔女から逃げきった魔法少女と聖闘士一行は、ひとまず暁美ほむらが住居としているマンションの一室へと集合していた。一面が白い壁、そして空中に幾つも浮かぶ映像、あるいは額縁…、そんなあまりにも生活臭が感じられない空間に、まどかとマミは呆然としていた。一方ほむらとマニゴルドは慣れた様子で部屋の中央のソファーに座っている。ちなみに氷漬けにしたさやかの肉体はソファーの近くに横倒しで置かれている。

 

 「…貴女達、物珍しいのは分かるけど早く座ってくれないと話が出来ないわよ?」

 

 自分の部屋をキョロキョロと見回すまどかとマミを、ほむらは呆れた表情で窘める。二人は少しギョッとした表情を浮かべると黙って二人に対面する形でソファーに座る。ソファーの中央にあるテーブルには、いつの間にか用意したのか4人分のコーヒーと牛乳パックが一つ、そして砂糖が入ったガラス瓶が置かれていた。

 

 「まあ、まずは飲んでリラックスしなって。インスタントで悪いがよ、苦けりゃそこの牛乳と砂糖で何とかしてくれや」

 

 「えっと…、お構いなく…」

 

 「…すいません…、私、その…」

 

 マニゴルドに進められるもまどかとマミはやんわりと断った。正直言ってコーヒーを飲んでリラックスできるような心境ではなかった事もあるのだが。マニゴルドもそれが分かっているのか何も言わない。一方のほむらはマニゴルドの淹れたコーヒーを砂糖もミルクも入れぬまま無表情で啜っている。無言で俯くマミとまどかをジッと眺めながら…。

 

 「さて…デジェル達はまだ来てねえけど、どうする?始めるか?」

 

 「……そうね、最悪後から説明すればいいし」

 

 マニゴルドとほむらは互いに目配せすると正面のマミとまどかに視線を戻す。

 二人の何時に無く真剣な二人の視線にマミとまどかの身体が無意識に硬直する。

 

 「まず、もう言ったけれど、ソウルジェムが完全に濁りきった時、ソウルジェムからグリーフシードが生まれて、魔女になってしまう。これがソウルジェムに隠された最後の秘密…。そして魔法少女にとっては最も重大な秘密よ」

 

 「………」

 

 ほむらの言葉にマミは顔を俯かせ、膝の上で握りしめた両拳を震わせる。未だに魔法少女が魔女になると言う事実が自身の中で消化できていないのだろう。

 無理も無い、とほむらは思う。自分とて初めて知った時には到底信じられなかった。嘘だと思いたかった。だが、残酷かもしれないが全て現実、逃避する事は出来ないのだ。

 身体を震わせるマミと彼女を心配そうに見つめるまどか。少女二人を眺めながらマニゴルドはソウルジェムを何処からか取り出して、その場に居る人間全てに見えるように掲げる。

 

 「ソウルジェムが濁る要因は大体三つ…。一つは当然魔法少女に変身して魔法をバンバン使った場合、二つ目は肉体の生命維持。魂の無い肉体を生きているように駆動させるのにもちっとばかし魔力を消費する、結果として魔法少女は生きているだけで魔力消耗しちまう羽目になっちまうわけだ。ンでもって三つ目は…」

 

 「ちょ、ちょっと待って下さい!!何でマニゴルドさん私のソウルジェムを持っているんですか!?」

 

 マミの言うとおりマニゴルドが掲げているソウルジェムの色は黄色、そしてマミの指には常に填められているはずの指輪化したソウルジェムが無い。ならば今マニゴルドの持っているソウルジェムが色合いから見てマミの物である事に間違いないだろう。一方、マミのソウルジェムを盗った事がばれたマニゴルドはと言うと、特に慌てる様子も無く平然とした態度をしている。

 

 「ん?そりゃお前からちと拝借したに決まってるだろうが。ソウルジェムについて解説するにゃ実物が必要だろうが。ほむらソウルジェムねえんだし」

 

 「なっ!!か、返して下さい!!それは私の魂なんですよ!?」

 

 「悪いけど無理。まァた変身してほむらやらキョーコちゃんやらをぶっ殺して自殺されるような事されちゃあたまんねえし。しばらく預からせて貰うぜ?」

 

 マニゴルドの何処か皮肉めいたセリフにマミは愕然として口を閉じた。マミの横にいたまどかはマニゴルドのあんまりな返答に非難の視線を向けるが、マニゴルドはどこ吹く風と言った様子で無視を決め込んでいる。

 

 「…続けるぞ。ソウルジェムの濁りが溜まる理由の三つ目は…、負の感情だ。

 怒り、憎しみ…まあ何でもいいが絶望に直結する感情を抱けば抱く程濁りの溜まる速度は早くなる…。ま、魔女が絶望の化身だって話だから分からねえわけじゃねえけどな」

 

 「美樹さやかは魔法少女の真実を知った頃から、精神的に不安定になっていたわ。さらにそれを知ってから間を置かずに志筑仁美からの宣戦布告…、この時点で彼女の精神の均衡は崩れてしまったんだと思うわ…。……彼女は、ああ見えて結構精神的に繊細な所があるから…」

 

 マニゴルドに続いて説明するほむら、その顔には何故か、まるで昔の辛い記憶を思い起こしているかのような、悲しげな表情が浮かんでいる。まどかはそんなほむらの様子が妙に気になったが、一方隣のマミはマニゴルドとほむらから語られた真実に打ちのめされ、ガタガタと身体を震わせていた。流石にまどかもマミの事が気がかりであったため、ほむらの事についてはひとまず意識の外へと追いやった。

 

 「キュゥべえは…、キュゥべえはその事を知っていたの…?」

 

 マミがまるで哀願するようにほむらに問いかける。魔女が魔法少女のなれの果てという真実…。その事実をキュゥべえは知っているのか…。否、そもそもマミ達を魔法少女にした張本人でありソウルジェムが魔法少女の魂である事も碌に話もしなかったのだから、恐らくその事実も知っている可能性が高い。

 だがそれでも、それでもマミにとってキュゥべえは命の恩人であった、長い孤独の中で過ごし続けた彼女にとって唯一の話相手と言え、少なからず友情すらも抱いていたのだ。だからそのキュゥべえに裏切られていたと言う事実は、マミにとっては信じたくない事実なのだろう。

 ほむらはマミの問い掛けに………ゆっくり、しかしはっきりと頷いた。

 ほむらの肯定にマミは突然力が抜けたように前へ崩れ落ちそうになる。

 

 「!?ま、マミさん!?」

 

 「だ、大丈夫よ…、大丈夫だから…。覚悟は、もうできていたから…」

 

 前のめりに倒れそうになるマミを慌てて支えるまどかに、マミは額に汗を流しながら、まどかに弱弱しげな笑顔を見せる。が、まどかにはその笑顔が、どうしても無理をしているようにしか見えなかった。

 

 「やっぱりショックでかかったか?まあ無理もねえ。仲間だと思って信頼していたんだろうけどよ、それを裏切られたんじゃあ精神的にきついわな。

 んでどうする?まだまだはなさなきゃなんねェことはあるんだが……、少し休むか?」

 

 マニゴルドも予想していたとはいえ心配になり、休んで気持ちを落ち着かせることを提案する。それに対してマミは弱弱しい笑顔で左右に首を振る。

 

 「だ…大丈夫です…。色々あって頭も冷えましたから…。それに……ソウルジェムが魂ってことを知った時から…薄々キュゥべえが黒幕なんじゃないかって…」

 

 「……そうかい」

 

 マニゴルドは強がりを見せるマミを見て、軽く溜息を吐く。

 信頼していたキュゥべえに裏切られたと言う傷は決して浅くは無いだろうに…。とはいえ彼女の様子からみてもこのまま話してしまった方がいいだろうとマニゴルドは判断し、ほむらと一度視線を交わすと説明を再開する。

 

 「ほむらちゃん…、キュゥべえって、キュゥべえって一体何なの?私達の願い叶えて、魔法少女にして、それで魔法少女を魔女にして…。一体何が目的なの…?」

 

 マミを支えながらまどかはほむらに問いかける。最初は魔法少女を導く魔法の使者、そんな程度に考えていたまどかだったが、此処に来てキュゥべえへの疑念は段々と大きくなっていた。魔法少女を魔女と戦わせる事だけならまだしも、ソウルジェムが魔法少女の魂、そして魔法少女がいずれ魔女になると言う二つの事実を隠していたという時点で、何か裏があるのではないかと考えてしまう。

 …そもそもまどかはキュゥべえについて何も知らない。彼等が何処から来たのかも、何故魔法少女を増やすのかと言う事も…。マミにも聞いてみたが何も知らない、特に考えた事も無いとのことであり、結局キュゥべえの正体への疑念についてはずっと考えていなかったのだが…。

 まどかの問い掛けにほむらはゆっくりと口を開いた。

 

 「キュゥべえというのは本当の名前じゃないわ。あいつ等の本当の名前はインキュベーター。日本語に訳すなら、孵卵機、と言う意味があるわ」

 

 「インキュ、ベーター…」

 

 自分達が知らず、彼等が教えなかった本当の名前、インキュベーター…。まどかとマミはその名前を反芻するように呟いた。その二人にほむらは再び何か言おうとした、が、突然マニゴルドに遮られる。

 

 「インキュベーターについて教える前にお嬢ちゃん達、アンタらの知っているインキュベーターについての知識、一度言ってみてくれねえか?知ってる限りでいいからよ」

 

 発言を遮られたほむらはジト目でマニゴルドを睨みつけているが、当のマニゴルドはそんな事を気にせずまどかとマミに問いかける。唐突な質問にまどかとマミは目を白黒させていたが、直ぐに自分達の覚えているキュゥべえについての情報を記憶から探す。

 

 「えっと、女の子と契約して願いを叶える代わりに魔法少女に、する…?」

 

 「あとは無限に個体がいるってアルバフィカさんが言っていたような…。一匹死んでもまた別のキュゥべえが動き出すって…」

 

 必死に自分の知っている限りのキュゥべえについての情報を思い出すマミとまどか。そんな二人の言葉をマニゴルドとほむらは黙って聞いている。

 

 「……ま、そりゃ全部間違っちゃいないな、間違っては、な…」

 

 「ええ、間違ってはいないわね。…正解でも無いけど」

 

 まどかとマミの答えを聞いた二人は、思わせぶりな表情と口調でそんな言葉を交わし合う。二人の様子に何が何だかわけが分からないまどかとマミは互いに顔を見合わせる、と、マニゴルドは指を組んで二人をジッと見据えてくる。

 

 「そもそも、だ。お嬢ちゃん達気にはならねえか?あいつ等が何処から来て、何の目的で魔法少女なんか生み出しているのか、ってよ」

 

 マニゴルドの問い掛けにマミはハッとする。

 

 「そ、そういえば…。今までずっと異世界とかそんな場所から来たんじゃないかって思ってたけど…」

 

 マミは今の今まで一度も、キュゥべえが何処から来たのか、何故自分を魔法少女にしたのか、そしてそもそも彼等が何なのか聞いたことも疑問に思ったことも無かった。ただ漠然と自分達魔法少女をサポートしてくれる魔法の使者程度にしか考えた事は無かった。言ってみればそれだけキュゥべえの事を信頼していたと言う事なのだが…。

 マミの返答に対してマニゴルドは乾いた笑い声を上げながら首を振って否定する。

 

 「ち・が・う・ねェ。そんなメルヘンチックなモンじゃねえよ。あいつ等はそもそもこの星の生命体じゃあねえ。あいつ等はこの地球とは別の星から来た、言うなれば宇宙人、エイリアンなんだよ」

 

 「え、エイリアン!?」「宇宙人って…、流石にそれは予想できなかったけど…」

 

 マニゴルドのあまりにも突拍子の無い答えにまどかとマミは仰天する。

 確かにこの地球の生物とは思えなかったが、まさか宇宙人だとは二人とも考えなかった。

 そもそも魔法少女と宇宙人等どう考えても無関係としか思えない要素であるため彼女等には予想する事も出来なかったというのが正しいのだが…。

 

「そ、それで、キュゥべえが宇宙人だと言う事は分かりましたけど…、だったら何でキュゥべえは地球まで来て魔法少女の契約をしているんですか?願いを叶えて、魔女にして…、何でそんな事を…」

 

 まどかはおずおずとマニゴルドに質問する。キュゥべえが宇宙人である事は分かったが、その宇宙人が何故この地球に来て、少女達に魔法少女の契約を迫っているのか…。まさか魔法少女を使って地球征服、…と言うのも今までの彼等の行動からは全く結びつかない。

 マニゴルドはまどかの問いを聞いて何かを考えるように顎を撫でる。

 

 「そうだな…、お嬢ちゃんがたの学年じゃあまだ習っちゃいねえだろうが…、エントロピーとかいう言葉聞いたことあるか?日本語じゃあ乱雑さって意味なんだが。そんでついでに熱量学第二法則、てのもしってるか?」

 

 マニゴルドは再びまどか達に問いかける。エントロピーに熱量学第二法則…、恐らく科学か何かで使われる単語であろうが生憎とまどかもマミも学校で習ったこともなければ聞いたことも無かった為、二人共黙って首を振った。

 マニゴルドは二人の反応を見ると突然牛乳パックの口を開き、中身を自分のコーヒーへと少しずつ垂らしていく。

 

 「……例えば、の話だ。このコーヒーにミルクを垂らす。見ての通りコーヒーミルクは最初は一か所に固まった状態だ、コーヒーと完全に分離している。だけど、段々時間が経って行くと……」

 

 コーヒーに垂らされた牛乳は、最初は黒い水面の上で白い塊のまま浮いている。が、段々時間が経過してくると、牛乳の塊はコーヒーの中へと解けだして、コーヒーと混ざりはじめた。

 コーヒーと牛乳が混ざる様子を眺めながらマニゴルドは説明を続ける。

 

 「……だーんだんと混ざっていき、最終的にはコーヒーとミルクの区別もつかなくなる、てな訳だ。このコーヒーとミルクが完全に混ざりきった状態をエントロピーが大きい、全然混ざりきっていない状態をエントロピーが小さい、ってんだ。分かるか?」

 

 「分かり、ます…、何となくですけど…」

 

 マニゴルドの説明にまどかとマミは頷くが、二人共何が何だか分からないと言いたげな表情を浮かべている。一体キュゥべえの目的と化学の何処に繋がりがあるのか、二人には全く理解できないのだ。まどかは困った表情でほむらを見るが、当のほむらは黙って聞けとばかりにこちらをジッと見ているだけで何も言おうとしない。

 

 「…んでもって熱量第二法則っつうのはだ、何らかの事象が起こる場合、必ずエントロピーは増大し、勝手に減少する事は無い、っつう法則のこった。例えばこのコーヒーミルク、こいつは只今完全に混ざりきってエントロピーが最大の状態だがよ、これが勝手にコーヒーとミルクに分離してエントロピーが下がる、ってな事は無いわけだ。一度解けた氷がもう一度勝手に凍るってことが無いようにな。不可逆、一方通行ってなわけだ」

 

 「は、はあ……、まあそれは分かりますけど…、それとキュゥべえとの目的とどう関係が?」

 

 ついに我慢できなくなったマミがマニゴルドにそう問いかける。マニゴルドは一度手元のコーヒーカップを持ち上げると完全に混ざり合ったコーヒーと牛乳に視線を落としながら再び口を開く。

 

 「…宇宙の熱量死、っていうのがある。宇宙のエントロピーが最大になった結果宇宙のエネルギーが尽き果てちまうっていう宇宙の終末論の一つだ。連中曰く、今の宇宙はどんどんエネルギーが減っていてそれに近付いているんだとよ。

 連中からすりゃ死活問題だ。なんせ宇宙が消えたら自分達も滅んじまうからな、何としても防ぎたいだろうさ。そんでまあ連中は宇宙のエントロピーを下げる代用エネルギーの探究を始めたわけだ。内側からエントロピーを下げるのは無理でも、外からならエントロピーを下げるのは、ある程度可能だからな。こんなふうに」

 

 そう言ってマニゴルドはコーヒーミルクに手をかざす。すると、コーヒーミルクから段々と白い液体が泡のように浮かびあがり、牛乳パックへと戻っていく。やがてコーヒーカップから白い泡が浮かばなくなった頃には、ミルクコーヒーは牛乳の無い元の黒いコーヒーへと戻っていた。

 あっという間の変化にまどかとマミはポカンと口を開けてコーヒーカップを眺めている。そんな二人の姿を見てマニゴルドは軽く肩を竦める。

 

 「まあこりゃ極端な例だが…、平たく言えば宇宙の熱量死の回避も理屈じゃ同じよ。宇宙が自分でエネルギー生産できずにエントロピー下げらんねェなら、外で別のエネルギーを作り出して宇宙のエントロピーを下げようって話よ。そんで連中は長い長―い間、その熱量学に縛られねェエネルギーってのを探し続けた。そんで奴等はついに……生物の感情って奴をエネルギーに変換するテクノロジーを手に入れた。ンでもってそのテクノロジーを使用すんのに一番最適だったのが………俺達地球人ってわけだ」

 

 マニゴルドの説明を、まどかとマミは目を白黒させながら聞いていた。エントロピーに熱量学第二の法則と来て今度は宇宙の熱量死…。ただの魔法少女から宇宙規模にまで話が広がって二人の頭は混乱しており話についていくのもやっとだった。

 要するにキュゥべえは宇宙人であり宇宙の滅亡を防ぐエネルギーを求めて地球にやって来たのだ、ということは二人共理解する事が出来た。

 

 「で、でも感情をエネルギーに変えるなら、自分達の感情をエネルギーに変えれば…」

 

 「連中にはそもそも感情なんてもんが無いのよ。いや、稀に持ってる奴もいるっちゃいるがインキュベーターからすりゃ感情持ってる奴は『極めて稀な精神疾患』って扱いをされちまうからなァ。実質苦労して作りあげた技術も使い物になんねえ。その点俺達地球人は数も多いし連中の求める『感情』があるから、適役だったんだろうぜ?」

 

 「感情が…、無い…?」

 

 言われてみればキュゥべえは殆ど感情を示す事が無かった。顔に表情と呼べるものが浮かんだ事は今まで見たところ無かったし、生物と言うよりもむしろ人形に近かった。あの甲高い子供に似た声も一見感情がこもっているように聞こえたが、実際にはそう聞こえるだけであり、感情など微塵も籠っていなかったのだろうか…。

 まどかはぼんやりとそんな事を考えていると、マニゴルドの説明を引き継ぐように今度はほむらがゆっくりと、だがはっきりした口調で二人に衝撃的な言葉を告げる。

 

 「そして、人類のエネルギーを最も効率よく、最大限回収できるのは……『第二次性徴期を迎えた少女』……すなわち私達位の年齢の少女の、希望が絶望へと相転移する時、なの…」

 

 「……!?」

 

 「な、何ですって…!?そ、それじゃあ…!!」

 

 ほむらの言葉を聞き、二人は愕然として思わずソファーから立ちあがってしまう。ほむらの言葉によって二人共、完全に理解してしまった。インキュベーターの言う『契約』と言うモノが何なのかを、そして、自分達魔法少女が、そのなれの果てである魔女が、何なのかと言う事を…。

 言葉も出ない、出す事が出来ない…。何故なら、あまりにも救いの無い残酷な事実だったのだから…。まどかとマミにとって、否、この世に存在する殆どの魔法少女にとって、あまりにも受け入れ難く、決して信じたくないであろう真実なのだから…。

 

 「もう分かったでしょう?奴等の目的が。…少女の願いを叶えて魔法少女にして、最終的に絶望に叩き落として、エントロピーを覆すエネルギーを得る…。これこそがインキュベーターの真の目的…、魔女って言うのは、インキュベーターによってエネルギーを絞りとられた魔法少女の、残りカスなのよ…」

 

 「連中の言う契約って言うのはな、いわば『願い叶えてやるから宇宙の為に死んでくれ』って言ってるようなもんなんだよ。つまりお前さん達は、知らず知らずの内に、取り消す事の出来ねえ悪魔の、いいや、死神の契約書にサインしちまったって事だ。Do you understand?」

 

 マニゴルドとほむら、二人のまるで死刑宣告の如き言葉に、少女二人は言葉も出なかった、否、出せなかった。

 それほどまでに衝撃的だったから、そして、信じがたい事実であったのだから…。

 ほむらの一室には、ただ静寂のみが流れていた。

 

 

 デジェルSIDE

 

 

 時を少し遡り、タクシー乗り場でタクシーを待つデジェル達三人は、中々タクシーが来ないため途方に暮れていた。

 

 「参ったな…。どうしたものか…。てっきりタクシーの一つや二つは来るものだと思っていたんだが…」

 

 「どうすんだよ…。また電車に乗って見滝原まで戻るか?大分遅くなっちまうがそれの方がいいだろ?」

 

 中々来ないタクシーに弱り果てた様子のデジェルに杏子は一度電車に乗って見滝原駅まで戻ることを提案する。このまま此処で来るのか分からないタクシーを待っていても時間の無駄でしかない。ならば電車で一度見滝原まで戻った方が時間の節約にもなるというのが杏子の案であった。

 一方の恭介は俯いたまま何の反応も示さない。未だにタクシーが来ない事にもデジェルと杏子が話している事にも全く気にも留めていない、というよりも自分の世界に入って全く気が付いていないと言った風情である。魔女結界から救出してからというもののずっとこんな調子だ。デジェルと杏子は話を一旦中断し、困った表情で恭介を眺めている。

 初めて魔女結界に侵入し、魔女に殺されかけただけでも衝撃的だと言うのに、さらにその魔女が自分の大切な幼馴染、美樹さやかが変貌したものだと言う事、そして魔女化の原因の一端が自分にあると言う事実を知ってしまったのだ。ショックを受けるのも無理は無いだろうが…。

 

 (…さやか君を救うには彼の助けが必要だ。さやか君の変貌した魔女、オクタヴィア・フォン・セッケンドルフはクリームヒルト・グレートヒェンの時とは違う。彼女を人間に戻すには彼が『呼びかけ』なければ救う事が出来ないと言うのに…。やはり連れてきたのは間違いだったか…)

 

 デジェルは目の前の呆然自失している恭介を眺めながら心の中で自問自答する。取りあえず今はほむらのマンションへと向かうのが第一だ。魔女やインキュベーターについては移動中にでも彼女達に説明すればいい。デジェルは心の中でそう決める。

 

 「…よし、なら取りあえず電車に乗って見滝原まで行こう。そこからはタクシーかバスか……まあ最悪歩きでも行けるだろう。この時間に歩くのは若干物騒だが…。さ、恭介君、行こうか」

 

 「おう、ま、アンタとあたしがいりゃ大抵のチンピラはノせるだろうぜ。んじゃ、善は急げで……ん?」

 

 早速駅に向かおうとした杏子が、何気なく道路の方に視線を向けると、一台の車がこちらに向けて走ってくるのが見えた。ライトを明々とつけたその車に杏子は一瞬タクシーか、と思ったがよくよく見るとその車は車高の高い大型のワゴン車、常日頃見ているタクシーに使われている車体ではない。

 タクシーではない事にがっかりする杏子、が、突然自分達の近くで停車したワゴン車からクラクションが鳴らされ、反射的に車へと向き直る。

 

 「ようデジェル!杏子!やれやれ探したぞ。ここら辺の地理に疎いせいで迷ってしまった」

 

 杏子達の目の前で停まったワゴン車の運転席の窓から豪快に笑いながらワゴン車を運転していたのであろうの男が顔を覗かせてくる。その運転手の顔を見て、デジェルと杏子は驚いた。

 

 「アルデバラン?何故君が此処に……というよりその車は何だ?君は免許を取っていたのか?」

 

 「お、おっちゃん!!何でここに居るんだよ!!てかゆまどうしたんだよ!!あの甘えん坊家に一人にしておいていいのかよ!?」

 

 運転手の正体はアルデバラン、杏子がゆま共々世話になっている家の主でありデジェルと同じ黄金聖闘士でもある男。どうやらデジェル達を駅まで迎えに来てくれたであろう彼に、デジェルは純粋に疑問そうに、杏子は仰天した様子で彼に質問を繰り出してくる。

 そんな二人の様子にアルデバランは苦笑いを浮かべながら困ったように頭を掻いた。

 

 「あのなあ、俺だって免許くらいは持っているぞ?元の世界で暮らすのに自動車一つ運転できんと不便で仕方がないだろうが。それからこの車はレンタルした物だ。いざ車一台買うとなったら中古であろうと高すぎるしな。“向こう”ならばともかく“此処”では金の無駄でしかないだろう?

お前達の居場所はマニゴルドの奴が教えてくれた。まあこの辺りまで殆ど来た事が無かったから少々迷ってしまったがな。ゆまの奴ならあいつの祖父祖母の家に預けてある。二人共優しい信頼できる人柄だ。ゆまの奴もよくなついているようだからこの一件が終わるまで預かっていてくれるように頼んでおいたから大丈夫だ」

 

アルデバランは苦笑いしながら二人に説明する。彼の説明にデジェルは納得した様子であったが、杏子は何か考え込むように顔を俯ける。

 

 「っていうかゆまの奴、じいさんばあさんが居たのか。親二人死んじまって兄弟もいないって言ってやがったからてっきりもう家族はいねえんじゃねえかって…」

 

 杏子は何処となく意外そうな、そして何処か羨ましげな表情でそんな事を呟いた。アルデバランは杏子の言葉を聞いてフッと優しく笑みを浮かべる。

 

 「まあ知らんの無理は無い。俺もつい最近知ったばかりだからな。まあこれであいつも俺から離れても大丈夫………っと!それどころではなかったな!早く乗れ!送っていくぞ!」

 

 「あ、ああ、恩に着る。…さあ恭介君、乗ろうか」

 

 「ったくよお、来るんなら来るで連絡くらい寄こしやがれってんだおっちゃん」

 

 デジェルはアルデバランに礼を言いながら、杏子はブツブツと小声で文句を言いながら、そして恭介はデジェルに促されてアルデバランのワゴンに乗り込んだ。

 三人を乗せたワゴンはそのまま駅から出発し、夜の車道を走りだす。

 車内では誰も一言もしゃべらず、ただ沈黙が流れるのみであった。あのような場面に遭遇し、心身ともに疲労しているのだろうから無理からぬことだろうが…。

 

 「さて、目的地に到着するまでまだ時間はある事だし…、デジェル、“あの事”を二人に話しても良いのではないか?どうせ今頃マニゴルドとほむらの奴がマミとまどかに話している頃だろうし、このままだんまり車に揺られていてもどうしようもないだろう?」

 

 アルデバランは助手席に目を閉じたまま黙って座っているデジェルにチラリと視線を向け、そう提案する。デジェルは片眼を開いて一度アルデバランに視線を向けると軽く溜息を吐いた。

 

 「……そうだな、さやか君を救うためにも、杏子君と恭介君には知っておく必要があるな。…杏子君、恭介君」

 

 「な、何だよ…、いきなり…」

 

 「……」

 

 突然声を掛けられて杏子は少しばかり動揺したのか一度姿勢を正す。一方の恭介は下を向いたまま反応すらしない。

 デジェルはそんな二人の様子に構わず話を続ける。

 

 「…君達に、全てを話す。魔法少女の正体を、キュゥべえの正体と、その目的の全てを。恐らく君達にとっては相当衝撃的な内容になるはずだ。…本当はまどか君達を交えて話す予定だったが、時間が無い」

 

 魔法少女の正体とキュゥべえの目的…、デジェルの口から語られたその言葉に杏子は反射的に身を乗り出した。

 

 「キュゥべえの正体に、目的って…、そ、それってさやか救うのに関係あるのかよ!?」

 

 「大いに関係ある、というよりも、これを知らなければ何も始まらない」

 

 「……!!」

 

 さやかを救う、その言葉を聞いた恭介は反射的に顔を跳ね上げた。顔色には僅かに生気が宿っており、先程までの生ける屍同然だった様子は欠片も見受けられない。

 どうやらさやかを救う手段があると言う事に希望を見出したらしい。が、自分の話を聞いている内にまた鬱に逆戻りしないか、とデジェルは内心不安を感じていた。

 それほどまでに彼が語ろうとしている事は、杏子にとって、そして恭介にとってあまりにも残酷で、過酷極まりない事なのだから…。

 

 「…聞かせて、ください…。さやかを、さやかを救うためなら、僕、僕どんな事実でも、受け入れますから…」

 

 「…ケッ、さっきまでいじけてやがった坊ちゃんが、中々熱いこと言うじゃねえの、ちっとは見直してやるぜ?…つうわけで聞かせて貰うぜ兄ちゃん?その『真実』って奴をよ。心配しなくてもあたしのメンタルはそう簡単にぶっ壊れる程柔じゃねえ、安心してゲロッちまってくれよ」

 

 恭介と杏子の催促を聞いたデジェルは一度確認するかのように運転席のアルデバランに視線を向ける。が、アルデバランは気付いていないかのように運転に集中している。その態度を了承と受け取ったデジェルは座席越しに軽く頷いた。

 

 「…よし、分かった。あまり時間も無いから簡潔に話させてもらうが、出来るだけ分かりやすく話すつもりだ。…もう一度断っておくが、あまり気持ちのいい話ではないぞ?」

 

 そしてデジェルは二人に語り始めた。魔法少女と言うものの正体、そしてキュゥべえ、否、インキュベーターの本当の目的、『契約』の本当の意味を…。

 

 

 




 

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