魔法聖闘士セイント☆マギカ   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 どうも皆さん、なんだか更新が少し遅くて申し訳ありません。なんとか七月終わる前に投稿出来ました!
 少し展開遅いですが読者の方々が楽しんでくれれば幸いです!


第36話 みんな死ぬしかないじゃない!!

 「ぐ…、うう…、チクショウ、何がどうなってやがるんだ…」

 

 地面に倒れ伏していた杏子は、頭を押さえながらムクリと顔を上げる。

 あの時、さやかのソウルジェムが弾けた瞬間、強大な魔力の渦が発生して自分を弾き飛ばし、挙句頭蓋を何かに打ちつけてしばらく意識を失ってしまっていた。幾ら魔法少女であったとしても脳を揺らされたり強烈な打撃を受けたりすれば意識も失ったりする。目が覚めた今でも頭痛と軽い目まいがする。

 

 「…目を覚ましたか、無事か?杏子君」

 

 「…ッ、アンタは…」

 

 目を覚ました杏子の前に、一人の男性がこちらに背を向けて立っている。

 この男は確か、さやかと一緒に駅から出てきた…。

 

 「水瓶座のデジェルだ。君は確か佐倉杏子君でよかったか?先程まで意識を失っていたようだが、具合はどうかな?」

 

 「ああ…、何とか………っておい!それよりもさやかはどうした!さっきソウルジェム爆発してからさっぱり記憶が……なあっ!?」

 

 起き上がった杏子は周囲の風景を目の当たりにして愕然とした。

 辺り一面墨で塗りつぶしたかのように黒い、そして漆黒の地面の上には幾条もの線路が敷かれている。

 明らかに先程居た駅ではない、ここは…。

 

 「こ、此処は…、魔女の、結界…?」

 

 杏子は地面から跳ね起きると瞬時に魔法少女へと変身し、武器の槍を構えて辺りを警戒する。

 聖衣を纏っていないとはいえ聖闘士がいる以上不意打ちで攻撃を受けるような事は無いだろうが、それでも魔女の正体が分かるまで気が抜けない。

 杏子はこの結界を構成する魔力の源を探して視線を巡らせ…、そして、それを見つけた。

 

 「こいつは……」

 

 杏子の視線の先に居たもの、それは一見すると鎧を纏った巨大な人魚とも言えるような姿をしていた。

 上半身は所々にピンク色のリボンのような帯が漂う無機質な金属の鎧で覆われ、顔は蓄音機に似た三つの穴が開いた兜で隠され見る事は出来ない。その下半身は鱗で覆われた巨大な魚のものとなっており、その姿はさながら、鎧をつけているのを除けば物語に出てくる人魚そっくりであった。

 無論、こんな暗闇の世界に居る存在が人魚であるはずがない。間違いなく魔女、この結界を作り出している元凶であり、魔法少女が倒すべき敵と言うべき存在である。

 

 「こいつが…、この結界の魔女か…!!」

 

 魔女の姿を視認した杏子は間髪いれずに槍を構えて戦闘態勢に入る。一方魔女はそもそも杏子達に気が付いていないのかこちらを見ようともしない。この様子を好機と見た杏子は一気に仕留めようと槍を構えて魔女に向かって跳びかかろうとした。が…。

 

 「待て杏子君!この魔女と戦うな!万が一にも彼女を殺したら取り返しのつかない事になる!!」

 

 突然前に立ちふさがったデジェルに止められる。倒すべき存在である魔女との戦闘を突然止められた杏子は、焦りと怒りでデジェルを睨みつける。

 

 「…何言ってんだよ!!あの魔女倒してさっさとさやかを探しださないと…」

 

 「あの魔女はさやか君だ!!さやか君は、ソウルジェムの穢れが限界に達して魔女になってしまったんだ!!」

 

 その一瞬、ほんの一瞬時間が止まった…。そんな錯覚を抱いていてしまう程の静寂が流れる。デジェルの怒鳴り声を聞いた瞬間、杏子の思考が凍りつく。それほどまでにデジェルの言葉があまりにも信じ難く、受け入れがたいものだった。

 

さやか…?あの魔女が…?ソウルジェムの穢れが限界に達して…?

 

 「お、おい…、それ、どういう、ことだよ…。さやかが、魔女になったって、ソウルジェムの穢れが、限界に達したって…」

 

 「そのままの意味だ。ソウルジェムの穢れが臨界に達した瞬間、ソウルジェムからグリーフシードが生まれ、魔法少女は魔女へと転生する…。これが、これが魔法少女の、避けられない運命、最後の秘密だ…!!」

 

 「ふ、ふざけんな…、そ、そんなことでたらめに決まって…」

 

 決まっている、そう言えない、言う事が出来ない。

 杏子も心の中ではうすうす感づいていた。あの魔女がさやかである事、さやかが魔女になってしまった事…。

 何故なら彼女は見てしまった、さやかのソウルジェムからグリーフシードが生まれるところを。そしてグリーフシードが生まれる瞬間に放たれた魔力とあの魔女から放たれる魔力の波動が、全く同じである事も。

 動揺を隠せずに沈黙してしまった杏子、そんな彼女にデジェルは淡々と口を開く。

 

 「…とにかく今は退こう。これ以上此処に居て魔女に発見されては面倒だ。早々に退散するぞ」

 

 「なっ!?さ、さやかを放っておくのかよ!?」

 

 「彼女の身体も回収した、元に戻す手段も無いわけじゃない。だから此処は大人しく撤退するんだ!」

 

 そう言ってデジェルはいつの間にか脇に置いてあった半透明な筒のようなものを持ち上げる。その円筒は長さ二メートル、直径は50センチ程ある。だが、杏子はその円筒に入っているモノ、それを見て目を丸く見開いた。

 

 「って、さ、さやか!?な、何でこんな中に…」

 

 そう、その円筒には美樹さやかが入っていたのだ。さやかはまるで眠るように目を閉じており、傍目から見れば本当に寝ているようにしか見えない。思わず杏子はさやかの封印されている円筒に手を伸ばす。

 

 「…うお!?つ、冷てえ!!なんじゃコリャ!!」

 

杏子の触れた円筒の表面はあまりにも冷たく、杏子は反射的に手を放してしまう。

よくよく見ると円筒は氷、円柱の形状をした氷の塊であり、さやかはその中に氷漬けにされていたのだ。

 

 「君が眠っている間に魔女から彼女の肉体を引き放しておいた。魂の無い抜け殻だが彼女が戻るのに必要だ。傷がつかない様に氷漬けにしてある」

 

 「なっ…、氷漬け…?」

 

 「肉体の腐敗を防止するために措置をした。体組織の活動を停止させて腐敗の進行を止めてある。取りあえずこれで彼女の肉体は持つだろう」

 

 今の美樹さやかは魂が無い抜け殻の状態、いわば死体と変わらない。そのまま放置しておけば腐敗していくだろうし下手に欠損すれば治癒不能になる恐れもある。

 そこでデジェルは彼女の肉体を一時的に氷漬け、いわゆるコールドフリーズ状態にし、彼女の肉体の欠損を防ぐ事とした。この状態ならば彼女の肉体が外界の影響を受けることなく、無論腐敗する事もない。そしてこの氷は並大抵の温度では溶解する事は無く、青銅聖闘士レベルでも無いと破壊する事は不可能だ。

 杏子はデジェルの説明を聞いて少し納得したようではあるが、一つだけ気になる所があった。

 

 「…何で服ごと氷漬け?」

 

 「…幾ら魂が無いとは言え女性を裸にするようなセクハラ行為は出来んよ…。まあそれはともかく彼女の肉体は確保した。早く撤退を…」

 

 デジェルは円筒を片手で抱え込んで持ち上げる。常人を越えた鍛錬で身体を鍛え上げあげた彼ならば、この程度の氷の柱を抱え上げることなど造作もない。

 さやかの身体を確保してあとは逃げるだけ、とデジェルは魔女に気付かれない様に結界の出口へと向かおうとした。

 

 「ん…?おい、あれ…」

 

 「何だ杏子君、一体どうし…」

 

 デジェルは杏子の指差す方向に視線を向け、そして絶句した。

 そこに居たのは一人の少年、魔女のすぐ近くで膝をつき、呆然と魔女を見上げている。

 デジェルはその少年の姿に見おぼえがあった、否、彼の事を知っていた。

 上条恭介、美樹さやかの幼馴染にして想い人。そして、彼女を救うための鍵となる少年。

 まどか達と共に現在のさやかがどのような状態か教えるためにマニゴルドに連れて来てくれるよう依頼したのだが、まさかこんな状況で結界に飛び込んでくるとは…。

 今のさやかは完全に魔女と化している。もはや己の愛する人間も親友も区別がつかない。全て、己の領域に侵入する敵、あるいは捕食する餌以外としか考えていない…。

 そうこうしている内に魔女が恭介の方へと身体を動かした。そしてその手に握られたサーベルを……恭介目がけて振り上げた。

 

 「恭介君…。まずい!!」

 

 デジェルは恭介目がけて振り下ろされようとするサーベル目がけて極低温の凍気を放とうとした。瞬間、サーベルの刀身が青い炎に包まれて炎上する。炎はそのまま柄へと燃え上がり、遂には魔女の腕にまで燃えうつろうとする。魔女は炎を避けるためにサーベルを投げ捨てる。瞬間、サーベルは灰も残さず燃え尽きてしまった。

 

 「これは…、鬼蒼焔か!」

 

 「おうデジェル、わざわざ御苦労さん。お嬢ちゃんの死体はGETできたかい?」

 

 サーベルを焼きつくして恭介を救ったのは蟹座のマニゴルド、デジェルの依頼で恭介、まどか、マミの三人を此処まで送り届けてくれたのだろう。が、どうやら恭介が勝手に結界に侵入してしまったためにその後を追って来たらしい。

 

 「…ああ、それよりも恭介君は…」

 

 「…あ~、こりゃだめだ。完全に意識が飛んでやがる。ま、自分の大事な幼馴染がこんな化け物になっちまっちゃあそりゃショックだわな、うん」

 

 「なんだと…!?」

 

 デジェルは慌てて恭介に駆け寄る。見ればマニゴルドの言うとおり、目には生気が無く、顔には何の表情も浮かんでいない、まるで死人か何かのような顔をしている。

 マニゴルドの言うとおりさやかが魔女になった事がショックだったのか、あるいは魔女に殺されそうになった事がショックだったのか…、どちらにしろ死んではいないもののしばらくはこのままであろう。

 そうこうしている内に再び魔女が動き出す。その手に再び断頭台と見紛うばかりの巨大なサーベルを生み出して、目の前の『敵』を葬ろうと刃を振りあげる。

 

 「恭介君!何をしている!早くここから逃げるぞ!!」

 

 デジェルに肩を鷲掴みにされ怒鳴られるが、恭介はまるで魂の抜けた抜け殻のように呆けた表情のまま何の反応も示さない。

 

 「…クッ!!」

 

 「デジェルよ、このお嬢ちゃんは俺が相手してやる。殺さねえように手加減しておいてやるからさっさとその坊主とそこの嬢ちゃん連れて逃げな」

 

 マニゴルドはこちらに刃を振り下ろす魔女の巨体を、そのまま思い切り蹴り上げた。魔女は一瞬宙に浮くと、そのまま地面に叩きつけられる。魔女が地面に落ちた瞬間、結界内がまるで地震でも起きたかのように大きく振動する。

 マニゴルドはそんな振動など意にも介さずに軽く肩を竦める。

 

 「なっ、分かったらさっさと行けっての。早くいかねえと勢い余ってコイツ殺しちまいかねねえからよ」

 

 「…感謝する、行くぞ杏子君!!」

 

 「ふえ!?お、おい待てっての!!」

 

 恭介を背負い上げ、片腕に氷柱に封印したさやかの肉体を抱えたデジェルはわき目もふらずに結界の出口へ向け走り、大きな揺れで身体をよろけさせていた杏子も急いで彼の後を追う。彼等の背後から追撃しようとする魔女の咆哮、そしてマニゴルドが魔女を殴りつける打撃音が響いてくるが、そんな物を気にしている暇は無い、むしろ時は今とばかりに走りぬける。

 出口をこじ開け、一気に結界の外へと飛び出すデジェルと杏子。だが…、

 

 「やめてっ!やめてくださいマミさん!!」

 

 「くっ!やっぱりこうなって…!!」

 

 黄色いリボンで拘束されたほむらとその前に立ちふさがるまどか。そして…、

 

 「ソウルジェムが魔女を産むならっ!皆死ぬしかないじゃない!!貴女も!そして私も!!」

 

 滂沱の涙を流しながら銃口をまどか、そしてその背後のほむらに向けるマミの姿だった。

 

 

 まどかSIDE

 

 恭介とマニゴルドが結界に消えた後、まどか達の間には沈黙が漂っていた。

 先程恭介の叫んだ言葉、それがまどかとマミの心に突き刺さっていたのだ。

 

 「どういう…、ことなの…?さやかさんが、魔女になってしまうかもって…、魔法少女が、魔女になるって…」

 

 「ま、マミさん…」

 

 影の差した表情で、嘘だと言って欲しいと言いたげな表情で呟くマミ、そんなマミを心配そうに見つめるまどか。ほむらは二人の姿を痛々しげに見つめながらも落ち着いた調子で口を開いた。

 

 「…そのままの意味よ。ソウルジェムが完全に濁りきった時、ソウルジェムからグリーフシードが孵化して、魔法少女は魔女へと転生する…。魔女と言うのは、絶望した魔法少女のなれの果て…。これこそが、ソウルジェムに隠された最後の秘密、と言うわけよ」

 

 ほむらの口から無情にも放たれたのは、肯定の言葉。魔法少女は魔女になると言う、マミにとって、否、全ての魔法少女にとって受け入れがたい現実…。

 ほむらの返事にマミは地面に崩れ落ち、まどかはショックで顔を歪め、僅かに後退りする。

 

 「じゃあ…、じゃあ…、私が、私達が今まで倒してきた魔女も、ただの怪物だと思って倒してきた魔女も、かつては私達と同じ魔法少女だったの…?私は、私は同じ魔法少女を今まで殺してきたって言うの…!?」

 

 「そんな…、そんなのって…」

 

 「………」

 

 地面に崩れ落ちてむせび泣くマミの姿を、ほむらは黙って見ている事しか出来なかった。

 元々彼女は、事故から生き延びる手段としてキュゥべえと契約したに過ぎず、初めから人々を救うために魔女と戦っていたわけではなかった。

 だが、ある日魔女との戦いで苦戦し、一般人を結界に置き去りにして逃げ出してしまった事があった。己の力不足で一般人を犠牲にしてしまった事を悔いたマミは、それ以来一般人とは出来る限り関わらぬようになり、魔女と使い魔を倒して街の人々の命を守るため、己を鍛え続けた。

 結果として彼女は魔法少女として高い実力と経験を身に付け、多くの魔女を倒し、それと同時に多くの人々の命を救うことも出来た。…そう思っていた。

 だが、魔法少女が魔女になる運命、そして今まで倒してきた魔女がかつて自分と同じ魔法少女だった事、そして何より、結果的にさやかをその道に引き込み、魔女化させる一端となってしまった事…、これらの事実がマミの心を打ちのめし、今までマミが抱いていた魔法少女である事の『正義』そして『誇り』を粉々に打ち砕いてしまった。その苦しみは、本人にしか分からないだろう。

 ほむらとまどかは、地面に蹲って啜り泣くマミを黙って見守っていた。が、突然マミは啜り泣くのを止め、地面からまるで幽鬼のように立ちあがる。

 

 「…巴マミ?」

 

 「あ、あの…、マミさん?もう大丈夫なんですか?」

 

 「………が……なら………じゃない…」

 

 心配そうに声を掛けるまどかとほむらを無視して、マミは小声で何かブツブツと呟いている。顔を俯かせて表情を見せずにいる彼女に流石に妙だと感じたほむらはマミへと近寄ろうとした、が、その瞬間…、

 

 「なっ!?」

 

 突然足元から黄色いリボンが飛び出し、ほむらの身体を雁字搦めに縛り上げる。ほむらはギョッとした表情でマミへと視線を向ける。マミの姿は見滝原の制服から黄色を基調とした魔法少女の姿へといつの間にか変化している。

 

 「なっ!?何のつもり巴マミ!!」

 

 「ほ、ほむらちゃん!?ま、マミさん!!一体何を…」

 

 「こうするしか…、無いのよ…。魔女を、生み出させないためには、こうするしか…!!」

 

 ほむらを拘束したマミは、右手にマスケット銃を作り出すと、その銃口をほむらへと向ける。

 それを見たほむらの脳裏にかつてループした世界の記憶がフラッシュバックする。

 それは今と同じさやかが魔女となってしまい、ほむらとマミ、そして杏子とまどかが魔法少女が魔女となると言う現実を知ってしまった後の事…。

 その時マミは、自分の仲間が魔女になると言う事実に耐えられず、杏子を、そして自分を殺そうとした。そして、今…。

 

 「やめてっ!やめてくださいマミさん!!」

 

 「くっ!やっぱりこうなって…!!」

 

 …かつての世界と同様に、巴マミは暴走する。あの時と同じ顔、同じ言葉を吐きながら…。

 

「ソウルジェムが魔女を産むならっ!皆死ぬしかないじゃない!!貴女も!そして私も!!」

 

 そして、マスケットの引き金に指がかかる。まどかはマミの前に身を投げ出してほむらの盾になりながら必死にマミに呼びかけている、が、今のマミには彼女の言葉は耳に入っておらず、ただ目の前の魔女になる運命の魔法少女を無情に撃ち殺す事しか考えていない。

 …その結果、魔法少女ではないまどかが犠牲になる可能性も考慮に入れずに…。

 

 「ダメッ!!まどかどいて!!貴女まで、貴女まで犠牲になる必要は…」

 

 「ヤダッ!!ほむらちゃん、やっと私と友達になれたのに!!やっと、やっとマミさん達と分かりあえたのに!!死んじゃうなんてヤダッ!!」

 

 「まどかァ!!」

 

 ほむらの必死の呼び掛けを無視して、マミの前に立ちふさがるまどか。そんな彼女達に無情にも銃の引き金が引かれようとした。が、その瞬間…。

 

 「カリツォー!!」

 

 「なっ!?」

 

 マミの身体に氷のリングが纏わりついて彼女の動きを封じ、さらにマスケット銃が凍りついて砕け散った。同時に今までほむらを拘束していた黄色いリボンが消滅し、ほむらは地面に倒れ込んだ。

 

 「え…?こ、これって…」

 

 「やれやれ間一髪だな。まさかと思っていたが本当にこうなるとは思わなかった」

 

 困惑するまどかとほむらの耳に何者かの声が聞こえてくる。二人が声の聞こえた方へ視線を向けると…。

 

 「で、デジェルさんに杏子ちゃん!?何時の間に来てたんですか!?」

 

 「佐倉杏子に、デジェル、そして…、その円筒の中に居るのは…、美樹さやか!?」

 

 そこに居たのは魔女結界から逃げ出してきたデジェルに杏子、そして氷漬けにされたさやかであった。何も無い所から突然出てきたような形になったデジェル達に唖然とするまどかとほむらに対し、氷のリングで拘束されたマミは、怒りと敵意に満ちた視線でデジェルを睨みつける。

 

 「なんで…、なんで邪魔をするんですか…」

 

 「いや、邪魔をするに決まっているだろう?普通は。まあ、私が言うよりも、彼女が言った方が早いか…」

 

 デジェルはチラリと杏子に視線を移す。杏子はマミを、怒りの籠った視線で睨みつけている。

 

 「マミ、てめえ…、何やってやがる…」

 

 杏子は静かに、それでいて一言一言噛み締めるかのようにマミを問い詰める。

 鋭い怒気の籠った視線に耐えられず杏子から顔を背けていたマミは、

 

 「ソウルジェムが…、ソウルジェムが魔女を産むなら…、魔法少女は死んだ方がいいじゃない…。だから、だから私が貴女達を殺して、その後で私も死のうと…」

 

 「ッ!ざけたこと言ってんじゃねえ!!」

 

 マミの言葉に杏子は怒声を張り上げてマミを殴りつける。身体を拘束されたマミは受け身をとる事も出来ずに地面へと叩きつけられる。杏子は地面に倒れたマミの胸倉を掴んで持ち上げ、怒りを通り越して殺気の籠った眼光で彼女を睨みつける。

 

 「死ぬしかねえだと!?馬鹿言ってんじゃねえ!!テメエが死んで誰が喜ぶんだよ!!こいつ等が死んで誰が嬉しがるってんだ!!魔女になるからって命を粗末にするんじゃねえ!!こいつ等の命を、今を必死に生きている命を奪おうとするんじゃねえ!!それとも、そんなに死にてえならあたしが殺してやろうか!!」

 

 「……!!」

 

 何時に無く激しい怒りをぶつけてくる杏子に、マミの身体が震える。そんな彼女の姿に構わず杏子は叫ぶ。

 

 「テメエが魔法少女になったのだってテメエが命助かりたかったからだろうが!!その為に自分の魂抉りだしてまで魔法少女になったんだろうが!!そうまでして助かった命を魔女になりたくないからって手放そうとするんじゃねえ!!そして赤の他人までテメエの自殺に巻き込むな!!」

 

 「……!!貴女に、貴女に私の何が分かるっていうのよ!!」

 

 たび重なる杏子の怒号を黙って聞いていたマミは、耐え切れなくなったかのように絶叫する。拘束されたまま杏子を睨みつけるその双眸には涙が溢れ、ポロポロと頬を伝い地面に染みを作っている。

 

 「私だって…私だって死にたくない…!!誰も殺したくない…!!でも、でも魔女になんてなりたくない、魔女だって殺したくない…!!

 魔女達が魔法少女だってこともあるけど…、それ以上に、私が魔女になって、皆を、まどかさん達を殺してしまうのが…!!怖いの、怖いのよ…!!」

 

 目の前の杏子に、その場に居る人間全てにマミは独白するように叫ぶ。

 真実を知らない頃だったなら、自分は決して魔法少女を殺スなどと言うような事を考えなかった。杏子とも、ほむらとも、そしてさやかにまどかとも共に戦い、共に笑いあえる最高の友達でいれただろうし、魔女とも何の躊躇もなく戦えたはずだ。

 でも、今は違う。魔法少女はソウルジェムが完全に濁れば魔女になる…。その事実を知ってしまった今、彼女の意思も、誇りも、正義も、何もかもが壊れてしまった…。

 魔女が魔法少女のなれの果てというのなら、自分は、自分の同胞達を正義面して無情に殺してきたという事、そして何より、自分の大切な後輩である杏子も、いつかは魔女化して自分がこの手で葬らなければならなくなる…。杏子だけじゃない、ほむらも、そして今魔女化してしまったさやかも。

 …そして、他ならぬ自分自身も、何時か魔女となって災厄を振りまいた末、他の魔法少女に殺されると言う運命が待っている…。

 そんなのは嫌だ…!自分の友達と殺し合うなんて、そしていつか自分が自分じゃなくなって、この街に住んでいる人達を殺し続けた挙句に自分と同じ魔法少女に殺されるなんて…、絶対に嫌だ!!

 でも、でももう魔法少女になってしまった…。一度契約してしまったらもう解除は出来ない…。もう元の人間に戻ることなんてできない…。なら…。

 

 「なら、なら死ぬしかないじゃない…!ソウルジェムを砕いて、魔女になる前に人間のまま、魔法少女のまま死んでしまうしかないじゃない!!まどかさんがキュゥべえに願いを叶えてもらえれば元の人間に戻れるかもしれない…!!でも、そんなことになったらまどかさんが魔女になっちゃう…!!なら、ならもうこれしか…!!」

 

 「マミ…」

 

 「マミさん…」

 

 「………」

 

 大声で、まるで子供のように泣き叫ぶマミ。その姿を杏子は先程の怒りも忘れ、何とも言えない表情で眺めている。まどかとほむら、そしてデジェルもまた、泣き叫ぶマミを黙って眺めている。

 魔法少女が魔女になる…、それは確かにショックな事実だ。それに間違いは無い。

 ソウルジェムの穢れは何もしていなくても段々と溜まっていくとキュゥべえは言っていた、とするのなら、どの道魔女となるのは避けられない運命…。マミがその運命に絶望してしまうのも、杏子には分かる気がした。

 

 (…ん?ちょっと待て、ソウルジェム…?)

 

 が、杏子の脳裏にふとある疑問が浮かんできた。

 デジェルは言った、『ソウルジェムからグリーフシードが生まれ、魔法少女は魔女に転生する』と。

 だが、今の自分は肉体に魂を戻され、ソウルジェムを持たない『魔法少女もどき』である。聞いた話ではほむらもそうなのだとか。

 ソウルジェムを持たない魔法少女である自分達は、果たして穢れ等と言うものが溜まるのだろうか?もしもソウルジェムのように穢れが溜まらないとしたら…。

 

 「な、なあデジェルの兄ちゃん…」

 

「あ~、御話し中のところ申し訳ねえんだが、何時まで此処に居るつもりなんだ?つーか話するんなら別の場所に行かねえか、お嬢ちゃん達?」

 

 杏子がデジェルに問いかけようとした瞬間、杏子の言葉を遮るように何者かの声がその場に響く。その場の人間全員が声の聞こえた方向に顔を向けると、そこには何時の間にそこにいたのか、マニゴルドが何処か居心地の悪そうな表情で立っていた。

 

 「マニゴルド!あの魔女は…」

 

 「心配すんな。人間襲わねえようにちょいと弱らせておいちゃあいるが、まだ死んじゃあいねえよ。俺がその程度の力加減出来ねえとでも思ったか?…と、ンな事よりさっさと此処からおさらばすっぞ。魔女についちゃあ…、ま、後々何とかすりゃ問題ねえ。こっちにゃ魔女を元に戻す方法があるしな」

 

 マニゴルドがポツリとつぶやいた言葉、それを聞いたほむら以外の少女達は一斉に反応を示す。

 

 「さ、さやかちゃんを戻せるんですかッ!?」

 

 「お、おいヤクザなあんちゃん!!それマジかよ!?」

 

 「そ、そんな方法があるなら何で今まで黙っていたんですか!!」

 

 必死な顔で自分に詰め寄ってくる少女達、マニゴルドは失言したと内心後悔しながら腕をふるってまどか達を周りから追い払う。

 

 「あーあーうるせえぞガキ共!!話は家でしてやるから黙って車乗りやがれ!!あと誰がヤクザだ!!俺は真っ当な善良市民だコラ!!」

 

 怒鳴り声を上げるマニゴルドを放っておいてデジェルは背中に背負った恭介の状態を改めて確認する。

 外傷は無い、特に病や毒といった体内の症状も無さそうだ、が…。

 

 「…やはり心、精神の傷か…」

 

 表面上の傷や病気よりも遥かに性質の悪い、下手をすれば一生残るかもしれないダメージ…。恭介の負っているのは、それだろう。

 自分が幼馴染を傷つけてしまった…。彼女の気持ちに気付いてあげられず、彼女を化け物にしてしまった…、そのことへの後悔が心の中で渦巻いているのであろう。

 

 (大切な人が傷つき、絶望する姿に気付く事が出来ず、手を差し伸べてやる事が出来ない…、その苦悩、私も良く分かる…。だが…)

 

 デジェルは背中の恭介を背負い直すとおもむろにマニゴルドの愛車に視線を向ける。

 

 「……ん?」

 

 と、デジェルは今更ながらある事に気が付いた。

 

 「ところでマニゴルド」

 

 「あん?」

 

 「君の車は…、何人乗りだ?」

 

 「そりゃあ5人乗り…」

 

 そこまで呟いたマニゴルドは一度口を閉じ、視線を動かしてその場に居る人間を数える。

 自分、デジェル、まどか、マミ、杏子、ほむら、…そして氷漬けのさやかに気絶中の恭介…。合計八人と明らかに車に乗せられる人数を越えている。

 いや、さやかに関して言えば座席の下に置くなりなんなりすればどうにでもなるだろうが、他二人は如何ともしがたい。これ以上は定員オーバーで乗せるのは到底無理だ。

 

 「……私と恭介君、そして杏子君はどうすればいい?車に乗れないとなれば…」

 

 「そりゃおめえ……、…歩くかタクシー拾うしかないわな。シオンかハクレイのジジイみてえに集団テレポート出来ねえだろ?そこの氷漬けは俺が乗せてってやるからよお前等は自分で何とかしろや」

 

 「…承知した。少々余計な出費になるが、止むを得んか…」

 

 デジェルは重々しく溜息を吐きながら、恭介を背負い直し、杏子に向かって手招きする。

 

 「んあ?ンだよデジェルの兄ちゃん」

 

 「…タクシーを待とう。もうバスも無いし止むを得ない」

 

 デジェルはそう言って駅の方へと歩いていく。それを見て杏子はギョッとした。

 

 「お、おい!そこには魔女の結界が…」

 

 「大丈夫だ、もういない。今は別の場所に向かっているはずだ」

 

 どうやらマニゴルドに手痛い反撃を受け、人魚の魔女は退散したようだ。既に結界から漏れ出ていた魔力はそこには無い。何処か別の場所へと移動したのだろう。

 魔女の行動範囲はそこまで広くは無い。無論ワルプルギスの夜のような例外も無いわけではないが、大概の魔女は生前の己と所縁があった場所、あるいは己が魔女となった場所に留まっている事が多い。

 ならばたとえ逃げても人魚の魔女の居場所は特定できるはず、デジェルは杏子にそう説明しながら足を進める。

 

 「さて…、んじゃあほむらン家で落ち合おうぜ?そら行くぞお嬢ちゃん達。そこの氷漬けも一緒に乗せてな」

 

 「は、はい!ま、マミさん…」

 

 「……まどか、さん…」

 

 「…マニゴルド、早く美樹さやかを車に乗せて。私たちじゃ重くて持てないのよ」

 

 「んあ?…あー、そっか、しゃーねーなァ…」

 

 まどかとマミとほむら、そして氷漬けになったさやかの身体を乗せてマニゴルドは愛車を発進させる。デジェルは杏子と一緒に遠ざかっていく車のライトを眺めている。すると、自分の背中で恭介が僅かに身じろぎするのを感じた。

 

 「さや…、か…、ご…めん…」

 

 「………」

 

 背中から聞こえる恭介の嗚咽、デジェルと杏子は彼を慰める事も出来ず、黙ってタクシーが来るのを待つしかなかった。

 




 何とか七月終わる前に投降できました…。
 今回は脱出編…っていい加減長すぎますかね…。他の人ならもう既に人魚の魔女と杏子の心中辺りまで書いている頃…なのか?どうも展開が遅すぎてすみません。

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