魔法聖闘士セイント☆マギカ   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 映画版星矢Legend of sanctuary上映開始…とはいっても私はまだ見に行っていないのですが…。
 十二宮編二時間で収めるの無理だろ!とは思ったんですがオリジナル展開も結構情報出た時には結構期待したり…。でも観に行く時間無いからおとなしくBD出るの待つしかないか…。


第34話 あたしって、本当にバカ…

 

 正午から駅に張り込み続け、美樹さやかが来るのを待ち続けるデジェル。

 仲間達からの連絡によればさやかは見滝原のあちこちを特に当てもなくブラブラとさまよい歩いているとのことだが、それでも警察や一般人の目を避けるように移動しているからか、誰にも見咎められてはいないとの事だ。

 だがもう既に時刻は7時を過ぎており、日も沈んで辺りはすっかり暗くなってしまっている。そろそろさやかが来てもいい頃だとデジェルは段々と暗くなっていく空を見上げながら心の中で呟いた。

 デジェルは自販機で購入したコーヒーを啜りながら駅の入り口付近でジッと待ち続ける。気配も完全に消しており、駅を出入りする人々の死角になる達一に立っているため、誰からも見咎められることなく待ちに徹する事が出来る。意図的に解除しない限り隠密行動が可能である。

 デジェルが注意深く入り口から出入りする人混みに目を走らせていると、駅に入ろうとする人々の中にチラリと見滝原の制服が見えた気がした。デジェルは目を細めて人混みを良く確認する、と…。

 

 「…見つけた、ドンピシャだな」

 

 電車の乗車券売り場、そこに呆然と立っている見滝原の制服を着た青い髪の毛の少女を、今度は確かに視界に捉えた。デジェルは軽く息を吐くと、人混みを掻き分けて乗車券売り場、そこに立っている目的の少女、美樹さやかの隣に立つと、彼女の肩を軽く叩いた。

 突然肩を叩かれたさやかはギョッとして背後を振り向く。その顔には一睡も出来ていないのであろうか目の下に隈が浮かんでおり、顔色も少し蒼ざめている。制服も昨日雨にあたって濡れたものをそのまま着ているせいで、未だに湿ってよれよれになっている。

 

 「こんな所で何をしているんだ、さやか君」

 

 「デジェル、さん…」

 

 自分の肩を叩いてきたのが自分の見知った人物である事に気が付いたさやかは、まるで掠れるような声で、彼の名前を呼ぶ。いつものようにハイテンションな彼女の姿からは想像もつかない今のさやかをデジェルは痛ましく思いながら口を開いた。

 

 「君が何故こんな所に居るのかはまあ聞かないでおくが…、君は昨日別れてから家にも帰らず学校にも行かずにいたそうじゃないか。親御さんもまどか君達も心配している。早く家に帰るんだ」

 

 「………」 

 

 さやかはデジェル言葉に何の反応も示さず、財布から小銭を取り出すと乗車券販売機に投入して切符を一枚購入する。

 

 「さやか君、聞こえているのか。というより君は電車などに乗って何処に…」

 

 「…何処でも、いいじゃないですか。あたしが、何処に行こうと…」

 

 デジェルのまるで説教するかのような強い語気にさやかは心底うっとおしそうに吐き捨てるとそのまま電車の改札口まで歩いていく。デジェルは彼女の反応に眉を顰めながら、自身も乗車券を購入してさやかの後を追いかける。

 

 「…何でついてくるんですか」

 

 「まどか君達に約束してしまった、君を連れ戻してくるとね。だから君が帰ると言うまで君から目を離すわけにはいかない」

 

 まどかの名前が出た瞬間、さやかの顔色が少し変わる。が、直ぐに悲しげな、何かを後悔するような表情を浮かべると顔を俯かせて黙って歩きだす。デジェルも彼女から半歩ほど離れて彼女の後についていく。

 それから電車に乗り、電車が発車するまでデジェルとさやかは一言も言葉を発しなかった。デジェルも彼女を慮ってか黙って彼女の隣に座っていたが、いつまでも黙っているわけにはいかないと思い、おずおずと口を開く。

 

 「さやか君、君に一つ伝えておくことがある」

 

 「………」

 

 デジェルの言葉にさやかは無反応だった、が、デジェルは構わずに言葉をつづけた。

 

 「仁美君が恭介君に告白したそうだ」

 

 「……!!そう…、ですか…」

 

 デジェルから告げられた事実にさやかは一瞬顔を強張らせる、が、直ぐに何処か諦めに満ちた笑顔を浮かべて乾いた声で笑い出す。恐らく彼女は、恭介が仁美を受け入れたと思いこんでいるのだろう。自分の女としての魅力なんて仁美に到底及ばない、ましてゾンビになってしまった今となっては…。そんな風に完全に自身を無くしている、だからこそ恭介に告白する事が出来なかったのだ。

 デジェルはそんなさやかの心境を察している。だからこそ彼女は真実を知らなければならない、デジェルはさやかを見てそんな事を考えながら再び口を開く。

 

 「だが、恭介君はその告白を断った。仁美君を振ったよ」

 

 「………え?」

 

 デジェルの言葉にさやかは初めてデジェルに顔を向ける。その顔には『信じられない』という思いがはっきりと浮かんでいる。上条恭介が志筑仁美を振った…、その事実がそれだけさやかにとっては非現実的なモノに聞こえたのだ。

 

 「う、嘘でしょ…?」

 

 「嘘じゃあない。恭介君は仁美君よりも君を選んだ。彼は君に伝えたい事があると言っていた。早く会いに行ってあげるといい」

 

 さやかの言葉にはっきりと嘘ではないと言い放つデジェル。彼の言葉と表情から、デジェルの言葉が嘘でない事を、さやかはようやく理解する事が出来た。…が、理解した瞬間、さやかは突然寒気に襲われたかのようにガタガタと震え始めた。

 

 「い、嫌、嫌あ…。あたし、あたしゾンビなのに…。恭介に、恭介に告白なんてできない…!!知られちゃった、あたしが、あたしが魔法少女だってこと…、人間じゃないってことを…!!」

 

 「いや、それは…」

 

 『そんなことはない』とデジェルがさやかを説得しようとした、すると…。

 

 「…でさ~、ったくまいっちまうよ俺も」

 

 「うわ~、それ分かりますわ~」

 

 突然男性の声二つが車両内に響き渡る。デジェルは何気なく声の聞こえた方向に視線を移す。視線の先に居たのは派手なスーツに金のブレスレットに指輪と言った趣味の悪いアクセサリーを付けた、恐らくホストと思われる二人組の若い男。二人共こちらに気付いた様子も無くゲラゲラ笑いながら談笑している。デジェルは一度車両中に視線を巡らせる、が、どうやらこの車両に乗っているのは自分とさやか、そしてあの二人組の男だけらしい。他の車両からも幸か不幸か人の気配はしない。

 デジェルは視線を二人組に戻すとそのまま観察を続ける。

 

 「…だから言い訳とかさせちゃだめっしょ。稼いできた分は全額貢がせないと。女って馬鹿だからさ、ちょっと金持たせとくとすぐくっだらねえことでぜんがくつかっちまうからさぁ」

 

 「いやー、本当に女って人間扱いしちゃダメっすよね~。犬かなんかだと思って躾ないと。あいつもそれで喜んでいるわけだし、顔殴るぞって言えばまず大抵は黙りますもんね~」

 

 ホスト達の言葉に隣に座ったさやかがビクリと身体を震わせている。女性を道具かペットのようにしか見ていないホスト二人への怒りか、それとも彼等の会話に出てくる女性と恭介の為に魂を捧げた自分を重ね合わせているのか、あるいは両方か…。

 かく言うデジェルも目の前の男達の会話に少なからず怒りが沸いていた。

 間接的に聞いた時にはそこまでではなかったにしろ、現実に、しかも目と鼻の先でそんな事を話されれば全くいい気分はしない。自分達を慕ってくれる女性を何だとおもっているんだ、と、今すぐにでもあの二人を殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られてしまう。

 だがデジェルはその衝動を抑え込むと、そのまま二人の男の会話に耳を傾ける。

 

 「ケッ!あの女どもちょっと油断すれば籍入れたいだの何だのと言いだすからさぁ、甘やかすの厳禁だっての!ったくテメエみてえなキャバ嬢が10年後も同じように稼げますかっつーの、身の程わきまえろってーんだ、なあ?」

 

 「捨てる時もさあホントウザいっすよねェ?その辺ショウさん上手いから羨ましいっスよ、俺も見習わないと…、ん?」

 

 ふとホストの一人がキョトンとした顔で前を向く、と、そこにはいつの間にかさやかが男達を見降ろして棒立ちしていた。

 デジェルは座席に座ったまま何もしない。さやかが席を立った時も、二人組に向かって歩いていった時も。彼はこれから美樹さやかが彼等に何をするかを分かっている。無論今は傍観しているが、その時が来た瞬間止めに入る。

 

 「ねえ…、その人の話、もう少し詳しく聞かせてよ」

 

 さやかは顔を俯かせて、感情の籠らない口調でそう言った。前髪が顔を隠しており、デジェルの側からは彼女の顔は良く見えない。だが、その口調から大体の推測は出来る。先程の二人組の発言、それがさやかの心に決定的なダメージを与えてしまった事を…。

 

 「あれ?お嬢ちゃん中学生?駄目だよ子供がこんな所に居たら。夜遊びなんかしたら親御さんに心配かけるだろ?」

 

 「大方部活かなんかで遅くなったんだろうけどさ、早く家に帰りなよ?最近物騒だから下手にうろついてると通り魔やらひったくりやらの被害にあうかもしれないし」

 

 二人のホストはさやかの服装から中学生と判断したのか口々に彼女がこんな時間に電車に乗っている事をたしなめる。どうやら先程の発言を除けば人並みの常識は所持しているらしい。根っからの悪人、下種と言うわけでもないようである。それでも、先程の発言が相当不謹慎である事に変わりは無いのだが。

 ホスト二人の発言からそんな事を考えるデジェルに対し、さやかは二人組の言葉を聞いていないのかはたまた無視しているのか、顔を俯かせたまま話し続ける。

 

 「ねえ…。その女の人は貴方のために頑張っていたんでしょ?なのに犬と同じなの?役に立たなきゃ捨てちゃうの?」

 

 「い、いやその…、なあこの子お前の知り合い?」

 

 「…いやしらないっスよ。お、お嬢ちゃんさっきの話はほんの冗談!先輩の冗談なんだから気にしないで…」

 

 先程の会話を聞いていたと分かったホストは必死にさやかに言い訳しようとするが、もはやさやかは二人の言葉を聞いていなかった。

 

 「ねえこの世界、守る価値があるの?あたしは何のために戦ってきたの?」

 

 さやかが独り言のように呟いた瞬間、指輪のソウルジェムが青い輝きを放ち、さやかは魔法少女の姿へと変身する。その腕には魔力で作られたサーベルが握られている。そろそろか、と判断したデジェルはゆっくりと席を立ちあがる。

 一方目の前でさやかが変身するのをみたホスト二人は訳の分からない事を話していた女子中学生が突然妙な服にサーベルを持った姿に変身した事に頭がついていかず、完全に呆気にとられていた。が、さやかがいきなりサーベルを『ショウさん』と呼ばれた男の首筋に突き付けた瞬間、ホスト二人の顔が恐怖と驚愕に満ちたものへと変化する。そのサーベルの刃が間違いなく本物であり、彼女視線に宿った殺気が本物であるとようやく二人は気が付いたのだ。

 

 「ねえ、教えてよ、今すぐアンタ達が教えてよ?この世界が、守る価値があるのかどうか…」

 

 「ちょ、ちょちょっとお嬢ちゃん、い、いいい一体何してるのかな?」

 

 「ひ、ひひ、だ、だ、誰か助けて…!!」

 

 「…でないとあたし…!!」

 

 男の返事を待たず、さやかのサーベルがホスト目がけて振り下ろされようとした、瞬間…。

 

 「止めるんださやか君。そんな事をしてはいけない」

 

 「デジェル…、さん…?」

 

 デジェルはさやかの腕を掴み、ホスト二人に振り下ろそうとしていた刃を間一髪で止めていた。さやかはデジェルの腕を振り払おうとするが、デジェルの腕は万力のようにさやかの腕を握りしめて放そうとしない。

 

 「放して、下さい…。こいつら…」

 

 「よせ、こんな二人相手に君の手を汚してはいけない。代わりに私がやろう。だから君は下がるんだ」

 

 デジェルはさやかを押し退けると座席に座りこんで震えている二人組をジッと眺める。

 どうやら彼女の変身を目と鼻の先で見た事、そして彼女に本物の刃物で脅された事等が原因で腰を抜かしているだけのようで、それ以外には特に怪我も無い。精々今夜の事がトラウマになって夜不眠症になる等の精神的な影響が出る程度であろうが、そんな事になってしまったならホスト二人組がさやかの事を色々と言いふらす可能性もあり、そうなればこの二人組だけでなくさやかにとってもありがたい話ではない。

 デジェルは膝をついてホスト二人に目線を合わせると心配そうな口調で彼ら二人に話しかける。

 

 「…大丈夫か?どこか、怪我とかはしていないか?」

 

 「お、おお!!あ、ありがとうな助けてくれて!だ、大丈夫だ怪我は無い!と、ところでそこの女の子はアンタの娘か何かか?」

 

 「…まあ保護者とでも言っておこうか。それよりも、助けたついでに君達にやらなくてはならないことがあるのだが」

 

 するとデジェルは助けたホスト二人の額に両手を翳す。突然訳の分からない行動を始めたデジェルに男二人は翳された手を思わず振り払おうとするがデジェルの強い視線に気圧されて身体を動かす事が出来ない。。

 

 「え…?お、オイアンタ、何をするつもりだよ…」

 

 「悪いが彼女の姿を見た事を辺りにまき散らされては私達にとっては迷惑だ。命はとらん、傷もつけないし金品も盗らん。代わりにこの電車の中で起こったこと全て、忘れてもらうぞ」

 

 「な、わ、忘れてもらう…て……あ………?」

 

 「あ…なんか…意識…遠く………」

 

 瞬間、ホスト二人組はそのまま意識を失って座席に横たわるように倒れ込んでしまう。デジェルはホスト二人から手を放すとそのまま元の座席に戻って座り込んだ。一方さやかは自分が斬りつけようとしていたホスト二人が寝込んでしまっているのを見て、片手に握ったサーベルをそのままに呆然とするしかなかった。

 

 「…え?…え?えっと、一体何が…」

 

 こちらに困惑の視線を向けてくるさやかに、座席に座るデジェルは軽く肩を竦めた。

 

 「彼等が電車に乗っている間の記憶を消した。命は取って無いし傷一つつけても居ないからその内目を覚ますだろう。まさか魔法少女云々を言いふらされるわけにはいかないだろう?ついでに少々記憶に細工を施した。目を覚ましたら今まで金を貢がせた女性全員に謝罪巡りでもする事になるだろうな」

 

 「そ、そんな…、こんな奴等生かしておいても…」

 

 「罪を憎んで人を憎まずだ。私は無駄に殺生する気は無い。本人にやり直す気概があるのなら私はそれを尊重する、ただそれだけだ。さあ、早く変身を解きなさい、魔力の無駄遣いは良くない」

 

 デジェルに促されたさやかは、黙って元の制服姿に戻る。だが、その表情はデジェルが駅で見た時よりも暗く、重苦しいものになっている。チラリと見た腰のバックルのソウルジェムも相当黒く濁っていた。

 これは魔女化も時間の問題か、とデジェルが厳しい表情を浮かべていると、いつの間にか停車駅に到着しており、自動ドアが開いている。デジェルは座席から立ち上がるとさやかを視線で促して先に駅へと降りる。さやかもしばらく黙って俯いていたが、やがてデジェルの後に付いて電車を降りた。

 ホームに降り、駅の出入り口に出てくると、街灯に照らされた道に、誰かが立っている。 

 その人影はデジェルとさやかが駅から出てくるのを待っていたかのようにこちらに向かって歩いてくる。遠くに居た時には暗がりで分からなかった顔が、近付いてくるにつれて人影の顔がはっきり見えるようになってくる。そして、さやかから3メートル程の距離になって、さやかはその人影が誰なのかはっきりと視認出来た。

 

 「やっと見つけたぜ?このバカ」

 

 「あんた…、杏子…」

 

 さやかと同じ魔法少女、佐倉杏子は若干怒りの籠った視線でさやかを睨みつけている。一方のさやかは杏子を見つけた事に何の感慨も抱いていないかのように呆然と彼女を眺めている。そんなさやかの無気力な姿が気に入らないのか杏子は軽く舌打ちする。

 

 「何でこんな所に…」

 

 「そこの兄ちゃんが教えてくれたんだよ。ったく!碌に家にも帰らずにあちこちぶらつくなんて何考えてやがるんだよ!探し歩くこっちの身にもなりやがれってんだ…」

 

 憎まれ口を叩きながらも杏子は何処か心配そうにさやかを眺めている。さやかは無表情で杏子の愚痴を聞いていた、が、やがて何処か疲れたような表情で自嘲するような笑顔を見せる。

 

 「そっか…。ごめんね、心配かけちゃって…」

 

 「あたしだけじゃねえ、マミも、あのまどかって子も相当心配してやがったぜ?特にまどかって子は自分がテメエを傷つけたんじゃあねえかって気に病んでやがった…。ちったあ反省しやがれ」

 

 「………」

 

 さやかは杏子の言葉に何も返さず、近くにあったベンチに座り込んだ。いつもと違って力の無い様子のさやかに、杏子も流石にこれ以上きつい言葉は吐けず、黙って彼女の隣に座った。

 

 「…なあ、一体どうしたってんだよ。失恋と魂のことでショックなのは分かるけどよ、お前少しおかしいぞ?らしくないじゃんか」

 

 杏子は心配そうにさやかに問いかける。

 

 「…別に、何もかもがどうでもよくなっちゃっただけだよ」

 

 「どうでもいい、って…」

 

 杏子がなおも問い詰めようとすると、さやかの掌が杏子に突き出される。その掌に乗ったあるものを見て、杏子は息を呑んだ。

 

 「ねえ杏子、あたしね、一体何の為に魔法少女やっていて、何の為に戦っているのかわからなくなっちゃったんだよ」

 

 そんな杏子の同様を尻目にさやかは淡々と、事務的に話し続ける。デジェルはそんなさやかを悲痛な表情で、だが何も言わずに見つめている。

 さやかの掌にある物は、ソウルジェム。だが、本来は青く輝いていたはずのそれは、今や溜まりきった穢れでどす黒く染まっている。それはまるで、今の彼女の心をそのまま映しているかのようで…。

 

 「…キュゥべえがいつか言ってたんだ。希望と絶望は差し引きゼロだって…。あんただってそうだったでしょ?今のあたしは、ようやくそれが理解できた」

 

 「さやか…」

 

 「………」

 

 「あたしは確かに魔法少女になって人を助けるために戦ったよ?恭介の為に命も投げ出したよ?でも、その分恨みや妬みが重なって、最後には大切な親友まで、傷つけちゃった…」

 

 さやかは夜空を見つめながら乾いた声で笑い出す。だが、その双眸は潤んで、今にも涙が零れ落ちてしまいそうであった。

 

 「あたし達は、誰かの幸せを願った分、誰かを呪わずにはいられない…、そんな、そんな存在だったんだよ…。こんな、こんな状態になってようやくそれに気が付いた…」

 

 さやかは杏子に顔を向ける。その顔は笑っていた、だが、その瞳から、一筋の涙が頬を流れ落ちて行く。

 

 「あたしって…、ホント馬鹿…」

 

 そして、その涙がソウルジェムに零れ落ちた瞬間…、

 

 

 

 ソウルジェムが、爆ぜた。

 

 「なっ!?何だよこの魔力は!!」

 

 「杏子君!下がるんだ!!」

 

 ソウルジェムから放たれる禍々しい魔力の奔流。突然放たれたそれに杏子は吹き飛ばされそうになる。が、いつの間にか彼女の前に移動していたデジェルが瞬時に前方に薄氷の壁を作り出し、瘴気の奔流を防いでいた。

 何とか吹き飛ばされずに済んだ杏子は恐る恐るデジェルの背後から顔を出した。魔法少女の魔力とは全く異なる圧倒的な黒い魔力。その魔力はもはや『希望』の象徴である魔法少女の物ではなく、そう、杏子の記憶が正しければそれは…。

 

 「魔女…?」

 

 杏子が思わず呟いた独り言、それを証明するかのように瘴気が段々と薄れ、あたりへと広がっていく。それと同時にベンチに座っていたさやかの姿も浮かび上がってくる。

 さやかは地面に倒れ込んでいた。まるで死んでいるかのように微動だにしない。

 一瞬杏子の視線はさやかの方を向いた、がそれを見た瞬間杏子の顔が豹変する。さやかの事を心配する表情から、信じられない、あり得ないと言いたげな表情へと…。

 

 さやかのすぐ上に浮かぶ黒い罅割れたソウルジェム、そのソウルジェムがまるで卵の殻のように砕け、地面に落ち、やがてそこからひな鳥のように顔を出すモノ。

 

 「グリーフ……シードだと…?」

 

 魔女が生み出す魔女の卵、その名前を口にして杏子は目の前の光景に、自分の口にした言葉が信じられずに愕然とした。

 

 

 マニゴルドSIDE

 

 「しっかしお前らも随分とエグイ手段使うもんだなあ、インキュベーターさんよ」

 

 蟹座のマニゴルドはとあるビルの屋上で、眼下の光景を眺めながらポツリと独り言をつぶやいた。否、厳密には一人ではない。彼の隣には一匹の白い獣が座っている。だが、大概の人間がその獣を見たら本当に生物か?本当は人形なんじゃないか?と疑問符を浮かべる事だろう。それ位その生き物からは生気が感じられなかった。

 しかしその白い生き物は間違いなく生きていた。この生物はこの星の存在ではない、別の星からある目的を持ってこの地球へと来訪した生命体。

 その名前はインキュベーター、通称キュゥべえ。この星の少女に『奇跡』をばら撒き、その代償として『絶望』を刈り取る存在…。

 

 「君の方がえげつないと思うけどね、僕達からすれば」

 

 インキュベーターは顔色一つ変えず、口を開くこともせずに甲高い声を発する。まるで思春期の子供のような明るい口調ではあるが、感情が全くこもっておらず、何処となく機械音声を思わせる。

 

 「変わりは幾らでも居るんだけどさ…」

 

 「勿体ない、そう言いたいのか?自分の同族に対してちっとそれは冷たすぎねえか?」

 

 「確かに彼等はそれぞれ独自の魂は持っている、けど個人的な人格は存在しないからね。そんなイレギュラーな存在も居なかったわけではないけど、極めて稀な精神疾患と言うことで処理されてしまったから、僕達を個人で分けると言う事は無いと言ってもいいな」

 

 インキュベーターには個々に感情は存在しない。この場に居るインキュベーターの個体は母星に存在する本体が人間と交信するために用いるただの端末に過ぎず、一個体が破壊された場合別の個体がその個体の記憶を受け継いで行動を開始する。故にインキュベーターにとって他の個体の死には何の影響も及ぼさない。

 強いて言うならば、精々「変わりは幾らでもあるが無駄に潰してしまったら勿体無い」程度でしかない。端末が一つ壊れた、ああなんて勿体無いのだろうという生命と言うよりも物か機械程度にしか見ていない。

 

 「…ったくよお、俺からしたらこれだけ同族殺されて怒りも悲しみもしねえ、全くの無感情なお前等の方が理解出来ねえな、いや冗談抜きで」

 

 「何の感情も湧かないわけじゃないよ?言ったじゃないか、勿体ないって。でもどうせ変わりは幾らでもあるからね、そんなことで一々怒りや悲しみの感情を出した所で無駄じゃないか、最も僕達に感情は無いから、そもそも怒ることも悲しむことも出来ないんだけどね。というか、そんな感情があったらわざわざこんな星まで来て、魔法少女を魔女にするなんて面倒な事はしなかったんだけど、ね」

 

 インキュベーターがこの地球に来た理由、それは“希望”から“絶望”へと転化する際に生ずる“感情エネルギー”を回収する為である。

 遥か昔、今の人類より優れた文明を持っていたインキュベーター達は、いずれ宇宙のエネルギーが枯渇し、宇宙そのものが熱量死するという事実を観測するに至った。

 宇宙のエネルギー不足、それに伴うエントロピーの増加、それを覆すためのエネルギーを模索し続けたインキュベーター達は、遂に生物の持つ感情からエネルギーを取り出すと言う方法を考え付いた。だが、肝心のインキュベーター達には感情が存在せず、エネルギーを取り出す事が不可能、結局他の星の生命体の感情からエネルギーを取り出さなければならなくなったのだが、知的生命体の存在する星等極わずか、たとえ発見したとしても種族の個体数そのものが少なく恒久的にエネルギーを得る事が到底不可能な種族、あるいはインキュベーターと同じく感情そのものが存在しない種族等が殆どであり、インキュベーターの計画は暗礁に乗り上げかけていた。

 それでも諦めることなく宇宙に存在するありとあらゆる星を探索し続けたインキュベーター。そしてついに、彼等の長年の研鑽は実を結ぶ事となる。

 太陽系に存在する水の惑星、地球に生きる知的生命体、ホモ・サピエンス、即ち人類の発見であった。

 人類は喜怒哀楽を含む多種多様な感情を持ち、それほどの感情を持ちながら他者と交流し、社会生活を行う事が出来ると言うインキュベーターからすれば不可能と考えていた行動を行う、今までにない生命体だった。

 何故そのようなことが可能なのか、何故人間は多種多様な感情を持っているのか…、それらの疑問を覚えはしたもののインキュベーターにとってそのような事は些細な事、ようやく見つけた優良な『家畜』あるいは『エネルギー資源』とも言うべき存在を利用し、宇宙を救うエネルギーを得ることこそが最優先だったのだ。

 インキュベーターはすぐさま行動を開始した。人間の中でも第二次性徴期にあたる少女、その中でも多大なエネルギーを発生させる『素質』を持った少女に契約を持ちかけ、彼女達の願いを叶える代償として彼女達の魂をソウルジェムへと造り替える。その果てに少女達のソウルジェムが濁りきりグリーフシードが生まれ、希望が絶望へと変化した瞬間に発生するエネルギーを回収、宇宙の延命のための外的エネルギーとして利用する…。それこそがインキュベーターのエントロピー回避のためのエネルギー回収手段なのであった。

 契約した少女のソウルジェムから生まれるグリーフシード、そこから生まれる魔女と言う存在はその副産物。分かりやすく言うならば核燃料を使用した末に発生する核廃棄物のようなものなのだ。ちなみにインキュベーターが魔法少女から回収しているソウルジェムの浄化に使用したグリーフシードに溜めこまれた『穢れ』は、量で言えば魔法少女が魔女に変化する時のエネルギーに劣るとはいえそれでも貴重な外部エネルギーに変換できることから回収したあとにちゃっかりとエネルギーへと変換されている。

 

 「目的だけ見りゃあテメエらにも大義ってもんがあるんだなー…とか多少は同情出来るんだろうが……やってる事だけ見たら下種の極み、吐き気を催す邪悪そのものだな、お前等」

 

 「ひどい事を言うなあ。君達だって世界を救うために多くの命を犠牲にしていたそうじゃないか。敵の命は無論の事、多くの味方の命も戦争で失われたはずだよ?だから世界を救うために犠牲を出していると言う点について言えば僕達も君達も変わらないと思うんだけどね?」

 

 不満そうな声で反論を口にするインキュベーター。が、今度は逆にその反論を聞いたマニゴルドの表情が不機嫌そうに歪む。

仮にも世界の人々の平和、営みを守護するために戦ってきた自分達聖闘士と、いかに宇宙を守護するためとはいえ殆ど詐欺同然な手段で少女達を騙し、絶望させてちゃっかりエネルギーだけは回収していく詐欺師同然なインキュベーターを同じようなものと言われた事にマニゴルドも少なからず怒りを感じていたのだ。

 

 「…チッ、人が気にしている事をズケズケほざきやがって…。つまりテメエは俺とお前は同類だって言いてえのかよ?」

 

 忌々しげに顔を顰め、キュゥべえを睨みつけるマニゴルド。それに対してキュゥべえは相変わらずの無表情で、まるで何かを考えるかのように頭を傾ける。

 

 「うーん、同類と言うのは少々違うな。ただそれだけ強大なエネルギー、小宇宙、だったかな?それがあるっていうのなら何でそれをもっと有効活用しないんだい?特に君達が魔女…、いや雄個体に魔女と呼ぶのは語弊が生じるな、まあいいか。魔女になったのならどれだけ莫大なエネルギーが手に入る事か…。十二人全員ならこの宇宙も安泰、しばらくは契約をしなくても済むって言うのにね」

 

 「そりゃ何か?俺達に是非契約して下さいとそういいてェのか?」

 

 「無理強いはしないよ?ただ君達が契約して魔法少女…、否、この場合は魔法聖闘士になってその後魔女になってくれるっていうのなら、まどかの契約の件については綺麗さっぱり諦めるよ。君達のエネルギーが得られるのならわざわざまどかを魔女化する必要も無くなるからね」

 

 聖闘士達が契約すればまどかとの契約はしない、どこまで信用できるかは分からないがインキュベーターはそう口にした。確かに自分達聖闘士にはキュゥべえと契約する事が出来る程の素質はあるのだろう。現に教皇セージと臨時牡羊座のハクレイはインキュベーターと一度契約をしている。そして自分達が魔女化すれば莫大なエネルギーが得れると言うのも事実だろう、契約の際に願った願いにもよるが…。

 マニゴルドは少しばかり考えるような仕草をする、が…、すでに答えは決まっている。

 

 「前向きに検討…、とでも言うと思ったか?万が一俺らが魔女になって見ろ、ワルプルギスレベルの魔女12体がこの世界に降臨すっぞ。そうなっちまったらこの世界は終わり、テメエらも折角のエネルギー回収場所無くす羽目になっちまうだろうが」

 

 「それを差し引いてもお釣りが来るくらいのエネルギーを君達は秘めているんだよ。まあ僕は強制しないけどね。基本それは”許されていない“し。まあもしも契約しないって言うのなら、出来れば邪魔しないでもらえるかな?あちこちから報告が来ているよ?君の仲間のせいで折角魔女になろうとしている魔法少女達が次々と魂を肉体に戻されてるって。

 何でそんな事をするんだい?君達はこの世界の人間じゃない、いわば君達にとってこの世界は全く関係のない世界のはずだ。この世界で何体魔女が生まれようと、君達の世界には何ら関係も無いはずだよ?」

 

 キュゥべえは無表情のまま、心底分からないと言いたげな口調でマニゴルドに問いかける。

 彼等は元々この世界の人間ではない、その事実は既に今までの調査で分かっている。

 恐らく彼等はこの世界、そしてこの世界に連なる並行世界とは別の次元に住む人間なのだろう。どうやってこの世界に来たのか、彼等の住む次元がどのような世界なのか等色々と聞きたいことは山積みではあったが、取りあえず今聞きたいのは自分達の妨害をする目的である。

 彼等が魂を戻した魔法少女は今のところ100人にも満たない。世界中に多数存在するであろう魔法少女の総和から見たら微々たるものに過ぎない。だがそれでも損害は損害である。

 一度契約した魔法少女とは再度契約は出来ない、それに穢れの機能も魔法少女が魔女化する機能も全てソウルジェムに組み込まれている。それを元の魂に戻されて肉体に戻されでもしたら、こちらからすれば赤字でしかない。魔女や他の魔法少女達に殺されてしまう事については不幸な事故、やむを得ない犠牲として受け入れられはするものの、このようなイレギュラーは宇宙の延命の為にも出来る限り阻止していかなければならないのだ。

 

 「あいにくとこっちも仕事でな、依頼人からの依頼であのガキ共のお守をしてるわけだ。悪いけど邪魔するなってのは契約違反になるんで、却下させて貰いまっせ?」

 

 インキュベーターの申出にマニゴルドは肩を竦めて却下の返事をする。

 

 「まあいいや。それよりも僕にとって重要なのはこっちだ。正直言ってこんなに早くエネルギーが回収できるとは思わなかった。やっぱり美樹さやかは僕の見込んだ通りの魔法少女だったよ」

 

 残念そうに息を吐くとインキュベーターは視線をビルの下に広がる街のある場所へと向ける。

 

 「魔女化を止めるなら少し遅いよ。もう彼女は魔女になっている。まあ君達なら魔女になった魔法少女も元の人間に戻せるらしいから問題なさそうだけど…、どうするんだい?」

 

 インキュベーターはまるで赤いガラス玉のような双眸を隣の蟹座に向ける。

 

 「何言ってるんだよキュゥべえちゃん。此処まで全て、予定通りに動いてるぜ。俺達の予定通りに、全て順調に、な」

 

 マニゴルドは笑みを…、まるで勝利を確信したかのような笑みを白い獣に見せると一瞬でその場から消え去った。まるで蜃気楼のようにその場から消えてしまったマニゴルドにインキュベーターは特に驚いた様子も無く何も存在しない虚空をジッと眺める。

 

 「予定通り、ね。まあいいさ。僕達は僕達の役目を果たさせて貰うよ。僕達の使命を、何千万年もの時を掛けてようやく成就しつつある僕達の『救済』を、邪魔なんてさせやしないよ。君達にも正義があるように、僕達にも宇宙を救うって言う『正義』があるんだからね」

 

 インキュベーターはそう呟きながら、眼下の光景を見下ろしている。

 ソウルジェムが爆ぜ、グリーフシードが、魔女が誕生し、莫大なエネルギーが生まれるその瞬間を見届けるために…。

 




 ようやくさやかちゃん魔女化です…!ようやくここまで来ました。
 いや確かにキュゥべえもやってることは厭らしいんですが彼らもまた宇宙の延命のためという大義があるんですよね。まあ劇場版では最後碌な目に合わないけど…。
 魔女化の件黙っていたのももしばらしたら契約する少女がいなくなるからある意味仕方がない……のか?

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